31話
「準備できました!」
レオの合図を聞いたベルム達は魔法の衝撃に備えるため、彼から少しでも離れようと迫りくる亡霊達に斬りこんでいく。そして彼らが十分に離れたところでレオは雄叫びをあげながら、ほとばしる稲妻を纏った剣を天井を覆う炎へ向ける。
「くらいやがれ!!」
纏っていた稲妻すべてが一点に集中。つんざくような音を立てて放たれた稲妻はたちまち炎を貫いた。炎の中にぽっかりと穴ができる。かと思うと渦まき、一瞬にして消え去った。
亡霊達もまるで最初からいなかったように消え兵士達はしばらくポカンとしていたが、レオがへなへなと床に座り込むと彼らはハッと我に返り皆揃ってレオを称えだす。
「よくやりましたね」
「いえ、皆のおかげです」
照れくさそうに笑うレオにベルムは手を差しのべる。その手を握り返して立ち上がるとベルムはここで何があったかを手短に説明した。
「こういうわけであまり悠長にしてられません。負傷した者は安全な場所へ撤退を。そうでない者はリリーの救援をお願いします。吾輩は魔王様のもとへ向かいます」
「待ってください! 俺もウールのところへ行きます!」
「いえ、あなたはリリーの救援へ向かってください。手出し無用とリリーは思っているでしょうが万が一に備えてお願いします」
「でもッ! ……分かりました、気をつけてください」
その言葉を最後にベルムはウールのいる謁見の間へと走って行った。
♢
「その程度? 無様ね」
狂気に満ちた表情を浮かべるキャロルは余裕そうに剣を弄ぶ。対してリリーは彼女の前でハルバードを支えに片膝をついて座っていた。鎧はあちこちひび割れ、頭からは血が垂れている。降伏を表しているような姿だがリリーはまだ諦めていない。ヒュー……ヒュー……と肩で乾いた息をしながらふらふらと立ち上がると、ハルバードを持ち直し痛みを誤魔化そうと雄叫びをあげた。
「威勢だけは立派ね。でも前みたいに化け物の姿にならないなんて」
迫りくるリリーのハルバードの一撃を剣で受け止める。動きが止まった隙をつきキャロルは力技でハルバードを地面に押し込む。そしてパッと剣をハルバードから離した。
ギョロリとキャロルの目が見開く。心臓を撫でるような寒気がリリーを襲う。かと思うとハルバードの柄を一瞬にして叩き折られる。リリーは血の気の引いた顔のまま痺れる手を抑え数歩下がってしまう。
「甘くみないでくれる? ほら、さっさと復讐に身を堕とした姿を晒しなさい」
リリーは無言のまま睨みつけている。キャロルはそれを黙って見つめたまま何も仕掛けようとしない。
「なぜそれにこだわる?」
「なぜ? あなたをただ殺すだけじゃダメなの。敵を完膚なきまでに始末することが私の信念。中途半端なんて許さない、根絶やしにしなければならないの」
しばらくリリーは沈黙する。キャロルも静かにギラギラと欲にかられたように睨み続ける。
「……だからあの時も。父さんも母さんも、弟も妹も……。村の皆も殺したのか。何もしていないのに……。ただ敵国の村人だったという理由だけで」
「ええそうよ。それだけで十分殺す理由になるわ。情けなんて見せない、そうしないといずれ脅威になる存在が生まれる。そう、あなたみたいなね。騎士であるあなたならそのくらい分かるでしょ?」
キャロルから放たれている炎が獲物を求めるように暴れだす。その炎に照らされた彼女の放つプレッシャーは辺りの空気を全て消すかのようなものだ。しかしリリーは動じない。
どころか――
「……なるほど、歪んだ信念だが一理あるな」
リリーの目に光が灯る。ふらふらと下を向いたまま立ち上がると折れたハルバードを捨て髪をかきあげた。そこから覗く真っ直ぐな眼差しにキャロルは一瞬たじろぐがすぐに剣を構え直す。
「その信念と貴様の持つ絶対の正義。そうか、迷いがないのか……。だから貴様はこんなにも強いのか」
風の向きが変わる。キャロルはそれを感じるとニヤリと笑う。リリーの雰囲気も風と同じようにがらりと変わったからだ。いよいよあの化け物がくる、獲物を見つけた狩人のように確信を覚える。
だがすぐにキャロルから不敵な笑みが消え去った。
リリーは確かにかつてのように尻尾と翼を生やしていく。しかし前とは様子が違っていた。漆黒で歪な禍々しいものだったはずが徐々に色を変化させていくのだ。
「だが今の私はお前よりも強い」
鋭い翼は四つに分かれ、尻尾は二又だ。そのどれもが眩いばかりの銀色をしている。さらに変化していたのは翼や尾だけではない。リリーの髪もまた銀色へと変化していたのだ。
「もう以前の私ではない。もう、自分を見失ったりしない」
リリーが手を天に掲げると光が手から放たれ、それはたちまち銀色のハルバードを作り上げた。そしてハルバードを力強く握ると先を真っ直ぐキャロルに向けた。
「受けてみろ白騎士。これが私の信念だ」
キャロルは我を忘れてリリーへと斬りこむ。リリーはそれを避けもせずハルバードで受け止めた。それを起点に二人は何度も何度もかち合い続ける。
互いに一歩も引かない攻防。二人の武器がぶつかり合うたび辺りに火花が落ちていく。しかしキャロルの額から流れてきた冷や汗がそれに混じりだすと、運の悪い事にキャロルは自分の汗が目に入り、彼女は一瞬目を閉じてしまう。だが場数を踏んでいることがそうさせたのか、隙を作らせまいと振りしぼった叫びをあげながらリリーから距離を取る。
「あなたがどれだけ強くなろうが関係ない!!」
キャロルは剣を地面に突き刺した。たちまち火柱が起きそれは有無を言わさずリリーを飲み込む。それでもキャロルは余裕をみせず何度も何度も剣を地面に突き刺す。その度に火柱がさらにあがり続ける。
「はぁ……! はぁ……! まだだ、まだ!!」
もう一度突き刺そうと腕を高らかに掲げる。しかし腕に一瞬、つむじ風が通りすぎるとキャロルが痛みを感じる前に彼女の腕が後ろへ吹き飛ぶ。それを認識したのも束の間、キャロルの体を次々と銀色の風が通り過ぎ体のあちこちを切り刻んでいく。
「アアアァァァァァ!!」
悲鳴をあげながらキャロルは涙し、絶望した。痛みだけではない。炎の中にいたはずのリリーが無傷のまま翼をはためかせながら歩いてくる姿を目の当たりにしたからだ。
「負けるはずがない! この私が! 正義であるこの私があああああああああああ!!!!」
キャロルは体中から炎を出しリリーの前に二体の炎の巨人を生み出した。しかしリリーは巨人達をハルバードの一振りで消し去る。それに驚く間もなくキャロルは距離を詰めており、剣先をリリーに向けながら姿勢を低くしていた。
そして突き刺す直前、目くらましのつもりで火柱を目の前に出すと目にもとまらぬ速さで後ろに回り込む。だがそれも無駄に終わる。リリーはキャロルに背を向けたまま手で剣を受け止めたのだ。
「なッ?!」
たちまち剣が握りつぶされた。火の粉となって消える剣。何が起きたか理解できずにいたキャロルは今まで作らなかった一瞬の隙を作ってしまう。
それをリリーは見逃さなかった。リリーは肘でキャロルの腹を殴るとすぐに振り返り、彼女の腹をハルバートの突起で突き刺した。
「よッ……くもッッ!!」
キャロルの体から炎が消え鮮血が腹から溢れ口からも垂れ始める。それでもまだ抵抗しようとキャロルは痛みで顔を歪めたまま隠していたナイフを手に持つ。しかしリリーはハルバードを抜くとナイフを持った彼女の手を腕ごと容赦なく切り捨てた。
「が……あぁ……」
心で敗北を認めてしまったキャロルは膝から崩れ落ち、倒れた。まだ意識はある。だが体のあちこちから血を流し虫の息だ。彼女がもうすぐ死ぬのはリリーの目からも明らかだ。
リリーは彼女の首元にハルバードを添える。刃の冷たさをひたひたと首に感じながらおぼろげな目で見上げるキャロルの姿がリリーの目に映る。その目は憎しみさえ通り越しその先を見透かしているかのようだ。
「なぜだ……あなたは復讐に身を堕としたはず……。あんなケダモノに負けるような私では……」
「私はもう、復讐のためだけに生きてはいない」
「なにが……なにがあなたを強くしたの……? いえ、分かるわ……。あの小さな魔王への忠誠ね……。それがあなたを強くしたのね……」
「それもある。そして復讐も私を強くした。だがそのどれよりも私を強くしたものがある」
リリーはハルバードを高く掲げた。
「愛だ」
ハルバードが振り下ろされる。キャロルは諦めに似た感情を表情に浮かべた。
「勝てるわけ――」
♢
慌てた様子のレオ達が駆けつけるとリリーは首より上が無くなったキャロルの死体の前でたたずんでいた。
「大丈夫ですか――」
レオはその質問が無意味であったと、キャロルの死体と少し遠くに転がっていたキャロルの首を見て悟った。
「……やったのですか?」
「ああ」
リリーからは既に翼や尾が消えていて元の姿に戻っていた。だが前髪の一部だけが銀色になったままだ。鎧もあちこち傷つき、愛用していたハルバードも真っ二つに折れたまま捨てられている。
それだけでなく庭のあちこちには戦いの爪痕が残っていた。それがここであった壮絶な決闘を物語っている。レオが言葉を失っているとリリーは突然よろよろと歩き出しレオは慌てて彼女を止めようとする。
「な、なにをしてるんですか?!」
「行かなければ……。魔王様のところへ、早くッ――」
バランスを崩し倒れそうになるリリーをレオ達が数人がかりで支えた。
「その傷で行ってどうするんですか?!」
「……そうだな、少し休ませてもらおうか」
リリーは兵士達に支えられながら近くの柱にもたれかかる。その時、一粒の涙がリリーから零れ落ちた。




