19話
南下を続けていたウール率いる新体制軍と、ヘンリー率いる旧体制軍との距離はあと数日ほどにまで縮まっていた。
この間ウール達はこれといった反抗を受けることはなかった。スペンサーが未だ戻ってきていないというのもあるかもしれない。いや、それよりも今日まで強権的な政治を反対勢力に対し行ってきたことに対する成果とした方が正しいだろう。
貴族達はもはやかごの中の鳥のように無力なものとなり果てていた。そうなった決定的な要因としてはギルバートの死があげられる。
彼の死はイーラの目論見通り抑止力となったのだ。しかしウールとしてはギルバートの死も含め、強権的な政治を行わざるを得ない今の状況に不満を持っていた。
というのもいつかこのことが間違いなく禍根となり何らかの反乱がおきるだろうとウールは考えていたからだ。それでも今はスペンサーという最大の脅威を排除するためにも手段を選べない。
それに彼女は誰もが手を仲良くつないでなどというの最初から期待していないしありえないものだと考えている。だから誰かが苦しむのは避けられないことであり、今回はそれが反対派であったというだけだ。
そう自分にずっと言い聞かせながらウールは王都をシャーロットに任せ、明日を生きるため自分に思いを託してくれる兵達を率いて戦いへと赴くのだった。
♢
戦まであと二日となった夜
野営地から少し歩いたところにある開けた場所。そこでリリーはイーラと共に修行をしていて、ウールは表情を曇らせたまま少し離れて二人を見守っていた。
「お嬢、まだ心配なのか?」
「いいやそうじゃない。そうじゃないんだ……」
頭をさげながら段々と声を小さくする。それに反するようにウールは力強く手を握りしめる。リリーは今すぐにでもウールを抱きしめたい衝動にかられた。しかし今の彼女にそれはできない。
リリーは今、手足を縄で縛られている。しかも縄は杭できつく地面に止められていた。
これもキャロルとの一戦以降、戦いで興奮状態になると暴走しやすくなったリリーの状態を直すためだ。
スタークが行ったような単純な魔法の鍛練では意味がなく、過去のトラウマを克服することこそが重要であるとイーラは考えていた。そう考えるのはリリーの持つ力が既にキャロルに対抗できるほどの域に達しているとみているからだ。
ではなぜリリーが敗北したのか。敗因は力をものにしているか否かだ。
キャロルの持つ歪んだ正義を目の当たりにしたからこそイーラはそう言いきれる。歪んでいるからこそ迷うことが無く、だからこそ純粋に自らの信念を貫くことが彼女にはできた。だからイーラと姉妹達を苦戦させるほどの力に飲み込まれなかったのだ。
対して身を犠牲にするほどの復讐に燃えるリリーはトラウマという恐ろしい闇に引きずられているせいで不安定になり、結果として力に飲まれている。それが暴走状態を生み出し、彼女をただの獣へと成り下がらせているのだ。
この状態を直さない限り、リリーはキャロルを倒せない。それはつまり味方の兵士達への甚大な被害を意味する。
「ではいくぞ。準備はよいか?」
「……はい」
「準備はよいか?」
語気を強めてイーラが聞くとリリーはごくりと唾を飲む。そしてさっきよりも強く返事をし、それを確認したイーラはリリーの額に手を添えた。
「よいか、溢れるもの全てを吐き出すのじゃ」
イーラの目が妖しく光る。リリーはおとなしくその時を待っている。
「闇を知り、経験するんじゃ。己にある闇を目を凝らしてよく見るのじゃ。苦しいじゃろうが目をそらしてはならん、そこに活路があるからの」
「……うぅ」
うめき声が次第に大きくなる。そして――
「ぅぅうウウウアアアアアア!!!!!」
血管を浮かばせながらリリーは空に向かって咆えた。叫びは慟哭となり涙を流す彼女の背中から歪んだ黒い羽が生えてくる。顔を振るい歯をガチガチと鳴らしながら手足を激しく動かす。
やがて漆黒の尾まで生え衝動のまま地面を叩きだす。しかしリリーは悶えながら必死に理性を保とうと吠え続ける。
目も当てられないその姿をウールとイーラは黙って見守っていた。
そして十分ほど経つと尾と羽は霧となって消えた。ウールはリリーの状態を確かめようとそばに寄る。気づいた気リリーはを失いそうになりながら手を握りしめ、ただ頷くだけだった。
「イーラよ……本当にこのやり方であっているのか?」
「前よりは耐えられておる。最初の頃を忘れたのか?」
修行を始めたばかりの頃、リリーは数分も経たずに正気を失っていた。それだけでなく、意識が戻ってもウールに気が付くと言動や振る舞いがまるで子供に戻ったようになり、あろうことか甘えるようになってしまっていたのだ。
それは本能的に見せる防衛反応であり、いかにリリーのトラウマが深刻であるかを物語っていた。
本来ならば時間をかけて向き合う問題だ。しかしこうして無理矢理にでも克服させようとしているのは戦うためだ。リリーはそれを望んでおり、ウールも心苦しい思いをしながら彼女の思いを尊重することにしたのだ。
「しばらくしてからまた再開するぞ。よいな?」
リリーは朦朧としたままこくりと頷く。
「お嬢はそれまでそばにいてやってくれんか。リリーは消耗しきっておるからのう」
「……分かった」
イーラはパイプをふかしながら去っていく。その背中はウールが今握っているリリーの手のように冷たく、どこか寂しいものだった。
♢
二日後
大陸の中南部に位置する平原にて、いよいよウール達は反体制軍と向かい合った。
兵の数は新体制軍の方が上回っていておよそ2万。その内500人ほどはベルムやスターク達の教育の甲斐あって火球を放つ程度の初級魔法が使える。そこにおよそ五千の魔族と数十体のワイバーンが加わる。
対して反体制軍はおよそ1万3千から1万5千。その内どれだけが魔法を扱えるかは不明であり、またどの魔物をどれだけ使役するかは分からない。
しかし勝機はウール達にあると考えるのが普通だろう。数もそうだがこの平原には両軍を分断するように浅い川が真ん中を流れている程度だ。真っ向勝負をする以外あまり選択肢はなく奇襲は考えられない。何か策があるとすればせいぜい援軍を呼ぶ程度だ。しかし周囲をグルト達ワイバーンに調べさせてもそれらしき影は一日の距離の間には見えなかった。
「布陣は終わったか?」
馬に乗ったまま敵の布陣を眺めるウールに隣にいたベルムは「ばっちりです」と自信満々に答える。
ウール達の布陣は左翼を魔族およそ三千と人間の騎馬隊千人で構成されており、これをイーラとホーナーが担当する。右翼は歩兵を中心にした人間達と少数の魔族で構成され、およそ六千の兵をリチャードが担当する。
そして中央は残った兵士の指揮をウールが執る。
とはいうものの、実際負担が大きいのはイーラ達だ。敵の布陣はどこもまんべんなく固められており、普通に挑めば消耗戦となるのは目に見えている。
そこでとったのが左翼に精鋭を集中させ素早く敵の左翼部隊を突破、その後敵の後方へ突っ込みかく乱する。混乱した敵を中央のウール達が戦線を押し上げ、最後はこらえている右翼のリチャード達の援護へと周り敵軍を挟み撃ちにして撃破する。
このような策であるからイーラ達が失敗すると全てが崩れる。しかしイーラとホーナーは「鍛えられた魔族が人間相手に負けるわけがない」と策をベルムが提案した時に自信を見せていた。
「よいか皆の者!」
ウールは馬を兵達の方へと振り向かせると兵達を見渡す。みなこわばった顔をしている。
「ここまで不安な気持ちはあったと思う。特にお前達人間は、魔物や魔法を使う者達を相手にすることに対し恐れているだろう。だが心配するな、意外とどうにかなるものだ」
口調こそ指揮官のそれだがウールのどこか軽い言葉に兵達は肩透かしをくらう。
「お、おい待てってウール!」
「なんだレオ? まだ話の途中だぞ」
「いやそうだけどさ、いくら何でも軽いって。これから命をかけて戦うんだぞ? もっと言い方ってものがさ」
「安心しろ、それは最後に言うつもりだ」
「最初からやれっての! 何で最後だけなんだよ?」
「普通の戦ならば私もそうする。だが今回は人間達の不安が特に高い、だから緊張をほぐそうとしてな。皆が皆レオみたいに根っから勇敢であるわけではないのだよ」
レオはぶっきらぼうにしながらも納得して元の場所へと戻って行く。そしてウールはその後緊張をほぐそうと数分演説を続けた。
そして話し終えると勇ましく剣を空高くかかげた。朗らかだった兵達の表情も引き締まる。
「では行くぞ! これが明日を決める決戦――」
「魔王おおおおおおおおおおおおお!!!!」
「…………は?」
どこからかウールを呼ぶ叫び声が聞こえた。出鼻をくじかれたウール達は微妙な空気に包まれ、ウールに至っては剣を掲げたまま呆けていた。
するともう一度ウールを呼ぶ声がした。それでようやく声の主が分かった。
その声の主はヘンリーだった。彼は単騎で軍の中から飛び出し川のほとりへやって来るともう一度大声でウールを呼んだ。
そして――、
「俺と決闘をしろおおおおおおお!!!!」
「何だあのバカは」




