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16話


 五日後


 意匠が施された煌びやかな大広間。壁や天井、言葉を飲んでしまうくらいどこも壮麗な作りだ。そこにシャーロットはベルムやリリーを含め彼女が信用できる者達十数人を召集した。


 彼らが来ると既にレオをお供に彼女は用意された朱色の椅子に座っていた。向かいにはウールとホーナーが座っていて入ってきた彼らを目で追っている。


 その光景を見た時、恐らく迷宮の事についてだろうと彼らはすぐにピンときた。だが同時に疑問が一つ浮かんだ。一緒に行ってたはずのスタークとメアリスの姿が見当たらないのだ。


 それを察したウールは「とにかく座れ」と促す。彼らが座ると心配そうにしているシャーロットをちらりと見て、迷宮で起きたことを包み隠さず全て話し謝った。


「そんなことが……」


 にわかには信じられず動揺を隠し切れないシャーロット。話を聞いていたベルム達も似たような反応を示し、レオは「なんで二人を置いてきたんだ!」と怒りをみせる。


「私達の判断だ」


 ホーナーでさえそれに強く同調した。まだ言い返そうとするレオは言葉を詰まらせる。思う所があってこの行動に至ったのだとさすがの彼でも理解できたからだ。


「……分かったわ。でもウール、これからは無茶なことをしないで」


「無理だ」


「何言ってるの?! 自分がどんな立場にいるか分かってるの?!」


「分かってる。だが上に立つ者である以上、危険を冒さないという甘ったれたことはできん」


 シャーロットは何も言わないがキッとウールを睨んだまま動かない。それはウールも同じだった。険悪な空気が辺りに漂う。人々は何も口出しができずただ二人を交互に見ているだけだ。


「似た者同士ですねえ」


 ベルムのどこかのんきな言葉が空気をぶち壊す。ウールとシャーロットはムッとし息ぴったりに彼を睨んだ。引きつった笑みをベルムがみせているとシャーロットは「二人が心配じゃないの?」と口調を強める。


「そりゃ心配ですよ。ですが吾輩も魔王様も彼らを信頼していますからね」


「信頼?」


「ええ信頼です。それがどれだけ大切かシャーロット様とレオならよく分かると思います」


 ベルムにそう言われシャーロットとレオは互いに見つめ合う。しばらくして理解を示すように頷いた。


「しかし二人がいないのは面倒ですね。イーラ様がまだ帰っていないというのに」


「ま、考えても仕方ないだろ。気長に待とうではないか」


「あーそれがですね……。そうは言ってられないんですよ」


 ウールはベルムの歯切れの悪さに疑問を持つ。彼は咳ばらいをし確認するよう部屋を見渡すと少し前のめりになる。


「確かな状態になってからお伝えしようと思ったのですが、どうも敵の方で動きがあったみたいでしてね」


 奇妙な沈黙が流れる。彼の言葉が何を意味しているのか部屋にいた者達は薄々勘づいたからだ。レオが「戦争が始まるってことですか?」と恐る恐る聞くとベルムは「近いうちに」とだけ答える。突きつけられる現実にシャーロットは深呼吸をして天井を見上げた


「ベルム。前から戦の準備はするよう言ってたができてるだろうな?」


「もちろん準備万端です! と言いたいところですが……。戦場に出ないスターク様はともかく、イーラ様とメアリスがいないのが気がかりですね。相手がどんな魔法や魔物を使ってくるか分からない以上、彼らのように人知を超えた存在の重要性はかなり高いので」


彼らがいなければ戦いに勝てないというわけではない。しかしいた方が当然良いに決まっている。だがいない者の事を考えるのは愚かな事だ。ウールは難しい顔をしたままあれこれ考えを巡らせる。部屋にいる他の者達も同じように頭を悩ませていた。


 すると突然、扉が勢いよく開かれた。何だと思いウール達が振り向くとイーラが物凄い剣幕で入ってきた。


 彼女は二人の女をお供に連れていた。一人はクー、そしてもう一人はシルクのように滑らかな長い金髪をし、少したれ目がちな琥珀色の目をした女だ。


 彼女の名はマドクス。クーよりも少し背が低いが目を見張るほどの美しさを持ち合わせている。着ているメイド服は標準的で白くシックなものでいやらしさを感じさせない。振る舞いも相まってか淑女のように落ちついた雰囲気を醸し出している。


 しかしシャーロットは知っていた。彼女がクーとモリガンの姉妹であり、拷問を好む最も残酷な性格の持ち主であることを。


 以前シャーロットはクーが人間の指を食べるというとんでもない光景を目の当たりにした後、怖いものみたさについ『姉妹』のことをウールに聞いていた。そして聞いたことを後悔していた。


 三人の『姉妹』達。それは悪魔の中の悪魔と思えるほど残虐な性格の持ち主だ。頭のネジを片っ端から外した人間がようやくできることを積極的に行うほどだ。


 クー達が関わってはいけない類の存在であることをシャーロットは思い出し、突然やって来たイーラ達に驚く反面、居心地悪そうな表情をみせている。しかし彼女以上にイーラは不愉快そうにしている。


 一体どうしたのかとホーナーが訊ねるがイーラは彼を無視し、しばらく部屋をキョロキョロとしていた。


「……坊やとスタークはどうした?」


「セドは街で人間達の仕事を手伝っています。ただスタークは……」


 言葉をにごらせるベルムの様子に何があったかイーラは察しがつく。すぐに彼女はパイプをふかしながらウールを見た。向けられるのは心臓をギュッと握りしめるかのように鋭い眼差し。ウールとホーナーは揃って頭を下げようとするが「早まるな」とそのままでいるよう注意されてしまう。


「お嬢がしくじるということは相応の理由があるのじゃろ? でなければこれまでお嬢を信じてきたわらわの目が節穴(ふしあな)であったということになるからのう。……話してくれぬか?」


 穏やかに聞くイーラにウールはあったこと全てを説明した。そして彼女が話し終えるとイーラは「そうか……」とパイプをくわえたまま虚空を見た。


「全部お見通しじゃったというわけか……。敵も随分抜かりないのう」


「どういうこと?」


「その前に姫様や、ここにおる人間共は信用できる者達か?」


「え? ええ……」


「なぜ自信を持って言えん? やましい心でもあるのか?」


 否定するシャーロットにイーラは一歩、また一歩と迫り目の前まで来ると彼女の視線と同じ高さにかがむ。そしてシャーロットが「そんなことないわ!」ときつく言うと唐突に胸倉を掴まれてしまった。


「おいやめろ! いくらあなたでもシャーロット様にそんなことをすれば――」


「すればなんだ? 言ってみろ、坊やのお気に入りなだけの雑魚が」


 怒気を孕んだ声にレオは首を絞められたような感触に襲われた。シャーロットは彼女の威圧的な恐ろしさにおののき口を開けたままだ。


「今すぐやめろイーラ。お前が難癖をつけるなどらしくないぞ」


 ウールが厳しく注意するがイーラは黙ったままウールを睨んでいる。


「何があったか知らんがまずは謝れ」


「…………」


「……聞こえなかったか?」


 それでもイーラは無言だった。だが目をわずかに泳がせるとレオ達の方を向き「……すまなかった」と深く頭をさげた。そして戸惑う二人をよそに彼女は苦しそうにパイプをくわえ煙を吐く。


 普段のどこか達観した態度を取るイーラとは明らかに様子が違うのをウールは彼女が悪態をついた時点で気づいていた。何が起きたか訊ねると「まずはこれを見てくれぬか」と彼女はおもむろに服をまくりあげた。


「なッ?!」

「ちょ、ちょっと! 何をして――」


 慌てて止めるようシャーロット達は言う。しかしすぐに言葉を失った。あらわになるイーラの白く幼い体。しかしそこには無数の切り傷があり、背中には袈裟切りにされたような傷まであった。処置はすでにされていたが血が混じり黒々としたその傷跡は見るも無残なものだ。


「イーラ……。あなたが傷を……」


「わらわはまだマシなほうじゃ。モリガンはこれ以上の傷を負ってしまっての。マドクスの治癒魔法のおかげで一命は取り留めたのじゃが危険な状態であるのに変わりない……だから今は休ませておる」


 そう語るイーラの表情は暗く、クー達も自分を責めるように悔しさをかみ殺していた。


「そんな……。一体だれが」


「『白騎士』じゃ」


 そしてイーラはまるでリリーに特に聞いてほしそうに語りだした。

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