15話
つんざく音がこだまする。少し遅れて炎が突風をもたらしウール達は成す術も無く吹き飛ばされてしまった。
「ッ……。何が起きた?」
「何かが天井に潜んでいます。気をつけてください」
ホーナーの忠告を受けウールは天井を見上げる。雲に覆われた夜空のように暗くはっきり見えない。しかし一瞬、巨大な影がもぞもぞと動いた。はっきりとしないが大きさはスタークの召喚したドラゴンよりも大きいだろう。
「何だあれは? ドラゴン――?」
「逃が……さない……」
「――ッ?!」
ウール達が振り向くと再生を終えた少女が既に迫っていた。とっさにホーナーはウールを守ろうと走るが間に合いそうにない。少女はウールに肉薄し突きの構えをみせる。
しかし届く直前、少女とウールの間に遮るように人影が現れた。
「ウールは私が守る」
それは意識を取り戻したメアリスだった。彼女は攻撃を受け流すと数回剣を交え、少女の剣を上にかちあげるように叩き上げた。少女はビリビリと伝わる衝撃を流そうと腕をあげてしまう。
腹ががら空きになった。メアリスはそこへすかさずめり込むほどの蹴りを入れる。少女の体が自然とくの字にねじまがる。そのまま吹き飛び轟音と共に壁に背中を打ち付けた。
「ガ……あぁ……」
血とよだれが混じったものを口から垂らし少女は痛みのあまり顔を歪めるが、メアリスは一切の迷いなく手に持っている二本の剣をぶん投げた。剣は直線を描いて飛び、少女の両腕にそれぞれ杭のように突き刺さる。
「グアアアアァァァァ!!」
少女の悲鳴が響き渡る。それを背にメアリスはウールの方へと振り返る。しかし彼女の姿にウールはどこか違和感を覚えた。確かに彼女であることに違いはない。だが何か違うのだ。
「……意識が戻ったのか?」
答えを探るように慎重に聞く。するとメアリスは純粋すぎるほど真っ直ぐな目で――
「いいから早く行って!」
ハキハキとした口調。まるで仮面の中の素顔をついに見ることができたようなハッキリとした感触。違和感の正体をウールは掴んだ。
「メアリス! お前――」
答えを聞く前にウールはホーナーに担がれ彼女から離れていった。ウールは必死になって止めるよう言うが彼は守るのに必死で従おうとしない。
バタバタと騒ぐウールの声が虚しく響く。離れていくその姿をメアリスはまるで生きた人間のような暖かな目で見守っていた。
「ウール、あなたを死なせはしない。それがあの人との約束だから」
決して大声で言ったわけではない。しかしその言葉は自然とウールの耳に届いた。もう一度ウールが彼女の名を叫んだ時、二人の間に食いちぎられた蜘蛛の死体が立ちふさがるように落ちてきた。
ウール達の姿が見えなくなるとメアリスは少女に向かって走りだす。少女は激しい悔しさと憎しみに満ちた凄みのある顔をしたまま体を強引に動かそうと試みている。メアリスが剣を引っこ抜くと少女は痛みさえ忘れ噛みつこうと体を前に倒した。
それは常人程度の速さでメアリスが避けるのは容易いことのはずだった。カウンターさえも余裕でできる。だが彼女はそうしなかった。
メアリスが床を蹴って離れるとすぐ頭上からミシミシと蠢く音が聞こえた。直後、少女は透明な何かの体内に取り込まれた。
「なんじゃこれは……」
「あの人の置き土産、といったところだね」
二人の目の前に広がる光景は目を疑うものだった。透明な何か。目を凝らしてみると体がクリスタルでできたドラゴンであるのが分かった。あまりの純度の高さに周囲に溶け込んでしまっていたのだ。
しかし全てが透明というわけではない。体内でもがき苦しむ少女のすぐ近くには、命を表すように銀色の炎がメラメラと輝いていた。
「あの人とは誰の事じゃ? というかお前さん――」
「あなた達の言うところの先代魔王ね」
「先代じゃと?」
スタークは目だけで驚きを見せる。どうやってその衝撃を表せばいいのか彼には分からなかったからだ。彼が杖を何度も持ち直していると「あなたなら興味あるでしょ?」とメアリスは言った。しばらく戸惑っていたスタークだが不意にニヤリとしてみせる。
「もちろんじゃ。摩訶不思議はわしの大好物じゃからな」
「変なの」
「ほめ言葉じゃな」
メアリスはおかしそうに肩で笑う。スタークもつられて笑うと突然、透明なドラゴンからビリビリと膜が破れるような音がした。少女が怒号をあげながら手で腹を無理やり引きちぎろうとしていたのだ。
「クォオオ! クオォォォ!」
透き通るような叫びをあげるドラゴン。目をそらしたくなるほどの痛々しい光景だ。しかしそれに同情する余裕など今のメアリス達にはない。
「絶対生きて帰る。そのために時間を稼がなきゃ」
「当たり前じゃ。それにお前さんの話が気になりすぎて死んでも死にきれんわ」
「そう。でもウールを守るのが一番だから」
「いやいやそれくらいわしも分かっておるぞ。じゃがやはりお前さんのことが気になっての」
「それはどうも」
二人はそれぞれ武器を構える。同時に二人の後ろにいたドラゴンは口に蒼炎をため始めた。
「あの時と似てるなんて何だか皮肉ね」
ポツリとメアリスが呟くとクリスタルでできたドラゴンの腹に巨大な穴ができ、銀色の液が中からドバドバと流れ落ちてきた。それに混じって生まれたばかりの子供のように少女が体中に液をつけたままずり落ちる。
ズシン……
ドラゴンが力尽きたように地面に倒れた。液まみれの少女が獣のように叫ぶ。それを合図に戦いの火蓋が切って落とされた。
♢
ホーナー達が来た道を戻っているとメアリス達の戦いのものであろう地響きが何度も伝わってきた。しかしそれ以外に異常と呼べるものは何もない。罠もない、敵とも遭遇しない。彼はウールを抱えたままひたすら走り続ける。そしてウールは抱えられたまま無言で暗闇を眺めていた。
「こんな事をしてすみません。ですがウールのことを思って――」
「分かってる。お前ならそうするだろうしそれでいいと私は思ってる。セドならきっと『皆を助ける!』などとぬかしていただろうな」
レオも言いそうだなとウールは付け加える。ホーナーが静かに頷くとドラゴンの鳴き声がかすかに聞こえてきた。彼は振り払うように頭を振ると走る速度をさらに速める。
やがて外に出ると二人はホッと一息ついた。空は紺色へと変わりつつある。そのせいか木々の揺れる音、葉の擦れる音がいつもより大きく聞こえる。森は既にぞわぞわとした恐ろしさに包まれていた。
ウールはホーナーにすぐ出発するよう言う。しかし彼はなぜか入り口をボーッと魂が抜けたように眺めていた。
「心配する気持ちは分かるが今は先を急ぐぞ」
「ええ、まあ。そうなんですが」
「どうした? お前らしくない。気になる事でもあるのか?」
ありすぎるというのが二人に共通していることだった。なぜ純白の少女がここに現れたのか。あの透明なドラゴンは何だったのか。そして何よりも気になることは――
「メアリスの様子が変ではありませんでしたか? こう……、まるで生まれ変わったというか本来の彼女に戻ったというか」
「それは私も思っていた。だから待てと言ったんだが」
ホーナーは「すみません……」と体を縮こまらせズーン……と落ち込んでしまう。ウールはキュッと口を結んで空をしばらく見上げつい言ってしまったことを後悔する。しかしいくら経っても彼は落ち込んだままでむしゃくしゃしたのか「ああもうめんどくさいなお前!!」と彼をポカポカ殴り立ち直るよう言った。
「とにかく色々考えるのは城に戻ってからだ!」
「ええ……そうですね……」
「だあーもう!! だからお前は悪くないと言ってるだろ!! いい加減落ち込むのをやめろ!!」
「いえ、そうじゃなくてですね。ウールが無事だったとはいえイーラに何と言われるかと思うと……」
そう言って彼は大きなため息をついてしまう。ウールは殴るのを止め気の毒に思いながらも歯切れの悪い言葉しか出せずにいた。
「……私も一緒に行くから」
「何もウールが出ることは――」
「いやその、さすがに一人では可哀想だと思うんだ。というか私も多分『上に立つ者としてなっとらん!』って説教を受けそうだし……」
「あー。……ありえますね。ウールに面と向かって説教できるのは彼女くらいですから」
「だろ? だからうん、……頑張ろうな」
「……はい」
ホーナーはウールを抱えたままトボトボと王都への道を歩き出した。




