06 恥ずかしがりやな勇者様
暑い季節なのに、今歩いている場所は肌寒い所だった。
しかも一番マシな道を選んでいるはずなのに完全な獣道。
目的の場所は、麓の村から二日はかかる『勇者』の村。
『勇者』の村に行くための山道は確実に体力を奪っていく。
休み無く進んでいるはずなのに、いまだに着く気配がない。
こんなに遠い所だっただろうか?
道を間違えたのではないだろうか?
道しるべの通りに行っているはずなので、間違えてはいないと思うが…。
勇者の事だから、ほぼ崖の道を使ったんじゃないだろうか?
「こっちのほうが早い」とか言って、俺の意思を無視して道なき道をガツガツいったあの頃…。
可哀想だった俺…。あの頃を思い出せば、この獣道は道がある分マシな気がしてくるから不思議だ。
少し進むと、やっと目的の場所の隣の山が見える。
見えてきた今にも壊れそうな吊り橋を渡り少し下った場所が目的の場所だ…。
橋に近づいていくと微かに見える人の顔…。
それは『勇者』の村と呼ばれる場所と同じ様に思える。
その顔は小さすぎて分かりにくいものだったが、すぐに誰だか分かった。
あいつだ…
そう思った瞬間 今までの疲れが無かったかのように俺の足は動いた。
吊り橋を慎重に渡り道しるべを確認しながら…足取りは軽かった。
木々に囲まれた道を抜けると少しだけ拓けた場所にでる。
目の前には、大きな彫刻。
それは、天を仰ぎ その両手は何かを掴もうと伸ばされた天の使いの姿。
太陽の光が降り注ぎ 神秘的な空間に息をのむ。
喉が熱くなって苦しくなる。
刻まれた文字―勇者の虚像―
あぁ…やはりお前は…もう
カサッッ…音のしたほうを振り向くと、いつの間にか俺の横に一人の男が立っていた。
俺の父親と言っていい年齢の 物腰が柔らかい男。
人がここにいる事がに驚きはしたが、何故かここにこの男が居ることが自然にも思える。
「…私の最高傑作です。あちらの山のほうから来られたのでしょう?どうでした?」
「…あまりに素晴らしくてここまでの疲れを忘れてしまいました」
俺が、そう答えると男は、「それは良かった」っと言って笑う。
「この像のモデルがいまして、その方がそれはもう恥ずかしがりやさんで…。この像のモデルだと分かったら壊されるかもっと思っていたのですが、その方がこちらに来られる際あちらから登ってこられたので助かりました」
そう言って男は崖のほうを指す。
…あいつ、やっぱり道なき道を選んだのか…。
昔と変わらない親友の姿に妙な安心感をもってしまう。
「その恥ずかしがりやは、貴方に『昔』話をしたんじゃありませんか?」
「…えぇ、話していただきました。あの方の時間が許す限りでしたが…」
この像に刻まれた文字は、あいつの言葉。
「きっと、あいつはこの像は自分だと気が付いてます」
『勇者』の像とか刻まれたら、恥ずかしくて本当に壊しそうだからな。
きっとこの言葉を選ぶように誘導したのだろう。
男は はっとして小声で「そうですか…」っと言うと像をそっと撫で
「壊されなくて良かったです…」っと苦笑した。
「この先にある小屋にいますので、後で寄ってください。お茶でも用意しますので」
そういって男が去ると 俺は一人この場所に残される。
「後で…」きっと気を使ってもらったんだろう…。
天使の像 彼女の肖像
二人の時間の為に…。
まったくお前…なんでこんな所にいるんだよ。
恥ずかしいからって上ばかりみていたら顔が見えないだろう?
恥ずかしいなら顔は、下をむいてるもんじゃないのか?下を向いていれば、覗き込んで見てやるのに。
お前が上ばかり見ているから、お前に追いつけない。
やっと追いついたと思ったら、お前はまた先に行ってしまう。
いつの間にか流していた涙…。いつから流していた?
止まらない涙で『勇者』の姿がぼやけて見える。
お前の姿が見えないんだ…見えないんだもう…。
恥ずかしがってないで出てきてくれよ…。
あいつは、俺にとって親友でもあり 理想の『勇者』さまだった。
世話のやける 恥ずかしがりやの勇者様…
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