離宮
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離宮はかつての戦神子が『寒いのは嫌、お肌に悪い』の言葉とともに建てられたものだ。
白い白鳥石をふんだんに使ってあり『白亜宮』と呼ばれている。
建てられている場所はエリドゥ帝国との緩衝地帯の近く、少し南西に向かうとエステリオ王国にも近い。
帝国領内の南端に近いところに位置しているので、冬でも滅多に雪は降らない。針葉樹の緑と灰色の空と雪の白の三色に塗りこまれる帝国の冬に比べれば、寒さに強い草木の花が咲き、挿し色を添える。
沙耶は冬の帝国も好きになりつつあった。厳しい冬を超えて後迎える春は、一斉に芽吹き花を咲かせる、それは絵の具で一刷きしたかのように劇的に変わる有様は、心を浮き立たせる。
そこに暮らす人々は概して、質素で我慢強く前向きだ。(物事には例外もあるが)
「この度は皇帝陛下並びに戦神子様の行幸を賜り、光栄にございます。」
入口に十人ぐらい並んでいてぎょっとする沙耶の前に、50歳くらいの渋い男が進み出て挨拶をする。
「ご苦労。大分趣味が良くなったな。」
ティルルが周りを見回して声をかける。
以前はいたるところに金が貼られ、彫刻の目には宝石、調度品は最高級のものと贅を尽くしたものだった。
帝国の財政を立て直すためにいろんなところから、引っペがして売却したので、至ってシンプルな離宮になっている。基本的な作りは以前の戦神子のこだわりで凝ったものになっている。
「お褒めいただきありがとうございます。」
胸に手を当ててお辞儀をする。仕草が絵になる渋いおじさまだ。
(誰かに似ているような?)
「サヤ、この男はオーリスと言う。リガードの兄だ。」
リガードよりは細く優しげな顔立ちだ。
「オーリス=シンミャ=ライオリアスと申します。この離宮の管理を任されております。『ルイーズの女神』様にお会いする日をお待ちしておりました。」
声はとても似ている。
「しばらく滞在させていただきます。よろしくお願いします。」
「もったいないお言葉にございます。」
「皆様もよろしくお願いします。」
沙耶はオーリスの後ろにも声をかけた。皆は一斉に頭を下げる。
「皇帝陛下とは違って、私はあまりかしこまったのは好みません。帝都から一緒に来た侍女たちのように接してください。」
こう言っておけば少しは、居心地がいいかもしれない。
二年もいると対応力がついてくるものである。
最近は自分の顔にもやっと慣れてきた。脳内修正は入るが、鏡を見て『あ、こんにちは』と挨拶してレシュたちに生温かい目で見られることはなくなっていた。
『手段』として『顔』が使えることにもようやく慣れてきていた。
・・・慣れは恐ろしい
・・・天狗にならないように気を付けよう
・・・そのうち羽根扇子を翻して、『オホホホホ、文句があるならベルサイユへいらっしゃい』などと口走るようになったら事だ
「承知いたしました。神子様は病み上がりであらせられましたな。まずはお部屋に案内いたします。」
☆
案内されたのは、いたるところに椅子、ソファーが置かれている部屋だった。
「どうぞこちらへ。」
中央にひときわ大きく10人が楽に座れそうなソファーがある。
「お疲れでございましたでしょう。神子様がお好きと聞いて“コーヒー”を取り寄せました。」
「私は黄茶を入れてくれ。」
(懲りたのね。)
出されたコーヒーを一口飲む。
(うわ~どうしよう。吐き出したいけど・・・)
漉してない。ザラザラなままだ。コーヒーをチョコでコーティングしたお菓子は好きだが、これはちょっとこれ以上飲めない。
「早速ですが離宮の中を、案内していただいてよろしいですか?」
「お疲れではないのですか?」
「初めてのところって探検してみたくて・・・子供っぽいですが。」
「オーリス、そのあいだに報告を聞いてしまおう。誰か別なものに案内させろ。」
「承知しました。」
(これでコーヒーは回避できた。後で私が入れて見本を見せてあげればいいよね。)
離宮を作った戦神子は、離宮に若い男を多数招いて(連れ込んで)、いろいろなことをしていたらしい。
ま、いろいろです。
そのいろいろするために、いろいろな部屋があるわけで・・・
いや、さすがにいろいろする器具は撤去済みですが・・・
ガラス張りのお風呂があったり(床もガラスです!しかも浮いている!!!下から丸見え!!!!)
ガラス張りのおトイレがあったり(座るところもガラスです!!)
地下には鉄格子付きのお部屋も・・・不審人物の尋問のためです。念のため。
一体どんな性格でどんな生活をしていたのやら、冷や汗を掻いてしまった。
「キマイラだー!」
突然階下で声が上がる。
ティルルとオーリスが部屋から飛び出してくる。
「サヤはここにいろ!」
そういう訳にはいかない
声の上がった方に急ぐ。
三メートル四方もある両開き正面玄関ドアの幅いっぱいに黒い影が覆う。
『白亜宮』の侍女たちは悲鳴を上げあとずさり、男たちは身構える。
『ふううう』
「珍しいな、玄関から出入りするとは。」
ティルルのホッとして、苦笑混じりの声がする。
「オーリス、『ラーヴェラルの白き守護獣』だ。」
白鳥石の床にシロの爪が当たる音がテシテシテシと響く。
最初に声を上げた男の前まで来ると、座って首をかしげる。
巨大でなければ可愛い仕草だ。
「これは・・・噂よりも大きい・・・」
「シロです。よろしくお願いします。」
シロは男の匂いを嗅ぎ始める。
なれている沙耶たちに比べて、初対面のものにはひとのみで食べられそうなくらい大きいシロが顔を寄せて来るのは恐怖以外の何物でもないだろう。
男は顔を引きつらせながらも無言でシロに嗅がせているが、離れた時に腰が抜けてへなへなと座り込んだところを見ると恐怖で声が出なかったらしい。
嗅ぎ終わると今度は、『白亜宮』のほかの者たちにと向き直る。
「ヒィ~」
「来ないで~」
「食わないでください。」
「まずいです。まずいです。まずいです。」
「怖くないですから。」
サヤがシロのそばに駆け寄る。
「私がついていますし、人にほとんど害を与えたことがありませんから、安心してください。」
《ほとんど》と言わなくても良いことを正直に言ったのでかえって逆効果だ。
皆逃げ出しそうになる。
「動くな。」
ティルルの声がする。皇帝としての威厳に満ちた声は、浮き足立った者を一気に沈静化させた。
「ただの猫だ。匂いを覚えてもらわなければ、後に獲物に間違えられて狩られるぞ。」
石のように固まった者たちをシロは嗅いでいく。
ひとあたり嗅ぐと、シロはまた扉から出ていった。おそらくこの周辺をめぐって最適化するのだろう。




