神子を失った国
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「やっとくたばったか。」
ウガリッドは、自国の戦神子だったものを足で蹴る。いつでも次の戦神子を召喚できるように、準備を隠密にしていたつもりだったが、当の本人にバレてしまった。
「準備はしてくれて構わぬ。だがそう長くは待たせないから、わしが死ぬまで待ってくれないか。」
王の謁見の間でそう言われては、待つと答えるしかなかった。幸いメドー公国との国境の緩衝地域は変動しなかったのが、救いだ。
「すぐに召喚の儀式を始める。大司教をお呼びしろ。」
マントを翻して踵を返す。長年国を支えてくれたという感謝の念など既になくなって久しい。
追随する側近が慌てて追う。
「陛下、今大司教はマエールで聖下の平癒の呪言のために、不在です。」
「司祭や助祭では代理が出来んのか!」
「聞いてみますが、おそらくは厳しいかと。」
大司教から上の位の者のみが、行える儀式なのだ。
「最後までこちらの思うままにならないか。」
ウガリッドは毒づく。
なぜにそこまで憎むようになったのだろう。かつては憧憬持って見ていたこともあったというのに。
「なるべく早く大司教を呼び戻せ。戦神子いなければますます緩衝地帯に食い込まれる。」
執務室に戻ると、副王が控えていた。
「すぐにでも、召喚できるように準備していたと言うのに、全くついていない!」
どかっと椅子に腰を下ろす。
「奈落との境界の警戒を厳しくして、砦の人員は増員してあります。」
副王がウガリッドをなだめるように言う。
「キマイラの侵入がすぐ始まります。臣民の移動も制限したほうがよろしいでしょう。」
「そうだな。」
「しかし、マッシュール王国は国王の威光を持ちまして、ラールヴェル帝国と違い財政的に安定した時期が長かったために、すぐに召喚できますので領土の後退はそう起こらないと、言えるでしょう。」
本当はウガリッドの威光ではなく、バールの力があったからなのだが、副王はそれとなく持ち上げて話す。
「王たるのもの器の違いよ。」
「誠に仰せの通りでございます。」
深々と下げた顔がどのような表情を浮かべているかは、ウガリッドには見ることはできなかった。
☆
何年ぶりかでぐっすりと眠った。
となりには正妻が寝息を立てている。
(公主となったからには、もっと身分の高い女を妻にしなければなるまい。)
トラロ=シンミャ=メドー
ランス=シンミャ=メドーの異母妹の子供だ。公爵を名乗ってはいたが、世継ぎではなかった。ランス=シンミャ=メドーは若い頃から猜疑心の強い男だった。自分の側近さえ信じられず、純血種にさえ『隷属の呪紋』を施すほどだった。貴族には戦神子を忍び込ませ、弱みを握った。病を誰かが自分に毒を持ったと考え、猜疑心は狂気に至る。自分の死に際し利益を得るもの、すなわち世継ぎの男子を次々と殺していった。トラロは自分に及ぶ前に、脳病を患ったと言って屋敷に閉じこもった。
ランスの血筋の男はトラロだけになったが、彼にも死神の鎌が襲いかかろうとした時、その死神の鎌はランスへと取って返した。
必然的にトラロが次期公主だ。
だが、頭が痛い。中央に近い領地で好き勝手に過ごしていた方が楽だった。
どうみても、貧乏くじを引いたような気がしてならない。元老院も行政も機能をしていない。互いに密告、誣告の末、使えるものは朋輩の悪意の果てに黄泉へと沈み、鼻のきく者はその前に逃げ出していった。
王城に残っているもので使えるものなどいやしない。
今やメドー公国は沈む船のようだ。
「軍を味方にするか。」
トラロは自分のことをよくわきまえていた。普通の男だ。可もなく不可もなく。それが何の因果か公主になってしまった。国と一緒に沈むのだけはごめん被りたい。
少しでもアテにできるのは、軍だ。
メドー公国は、戦神子との混血を他の国よりも重視していた国だ。
戦神子の子孫も多く残っている。
彼らの呪紋の力は強い。彼らと動物混じりの混成部隊が、メドー公国の軍事力の要だ。
それで一番の頭痛の種に意識がいく。
戦神子が行方不明だ。
正式に即位すれば居場所が知れる。契約の印を発動して、遺体を回収すれば良いと思って軽く考えていたのだが、よりによって見つけたのはラールヴェル帝国の辺境だ。何故そんなところに。遺体回収部隊を出すにしても、遠すぎる。ひと月はかかる。とりあえず部隊を先発させて『3元竜アジ=ダカーハ』の行方を追わせることにした。
それで昨日『3元竜アジ=ダカーハ』の死亡を感じた。印による繋がりが断ち切れるということは、死を意味する。最後に切れた場所は・・・・奈落だ。
何もかもめちゃくちゃにしてくれた。トラロは既に王座を放り出して逃げたくなっていた。望んで得た玉座ではないというのに、どうしてこう苦労する・・・
遺体は回収できないと諦めるしかない。
「大司教を呼び、その前に国庫の確認か・・・」
マエール国教会へ収める上納金は、一年の国家予算に匹敵するほどの金額になる。前公主が溜め込んでいればいいが。
そう言えば、アシュタ枢機卿より親書が届いていると報告を受けている。国教会の枢機卿よりとなれば戦神子のことに違いない。
「ああ、面倒だ。」
思わず声に出して言うトラロに反応して、ベッドの正妻が
「ウ~ン」
と寝返りを打つ。昨日の夜閨で、宝石をねだっていた媚に満ちた顔はそこにはない。トウが立ち始めた疲れた女の顔だ。
「まずは、美しい若い女だ。」
トラロは普通の男だった。




