それぞれの想い
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ユリルは荷物を抱え、帰り道を急いでいた。『呪紋』を使うための授業に出た帰りだ。沙耶の教師兼女官になってから、今まで住んでいたところを引き払い王宮に住み込む形になったので、向かっている先はミコト宮だ。凝り性で努力家のユリルは、つい夢中になって遅くなってしまった。
授業に出る日は、沙耶に来る必要はないとは言われているが、出かける時と帰ったときは挨拶するようにしている。もしかすると心配しているかもしれない。
ユリルは、ミコト宮に近い裏門についた。
「夜分遅くすみません。ユリル=ディーナ=アイリスです。只今戻りました。」
「アイリス様、今日は一段と遅かったですね。」
出かける日は申し送りされているので、すぐに開けてくれる。門番は、暗視持ちと嗅覚持ちの動物混じりが当たるのでユリルの身元は確認される。
「すみません。今日は新しい『呪紋』を習ったので。」
ユリルはダグルでの経緯の後、心に引っかかっていた動物混じりへのわだかまりに整理をつけたので、気安く彼らに答える。
もともとコケテッシュなほくろ美人なだけにこのところ、人気は上昇している。
「それは良かったですね。」
始めは儀礼的に通していたが、度重なると話もするようになってくる。話を交わすうちにユリルが軽く報告するというのが、お決まりになってきていた。
「熱心なのはいいですが。あまり遅くなる時は、一報くだされば馬車を差し回しせよと、神子様より仰せつかっております。」
暗闇にぽおっと光が浮かび、それとともに人影が近づいてくる。
門番が敬礼をする。ほのかな光に照らされた彫りの深い顔立ち。落ち着いて物腰の柔らかいさまで皇帝のそばにいる彼は、『皇帝の良心』『忠義の具現者』と言われている。人当たりの良さに、王宮で働いている者たちの(特に女性の)理想の上司像として敬意を集めている。
「ライオリアス様。もうそのような時間なのですか?」
リガードは深夜になる少し手前、自分が自室に下がる前に王宮を一回りするのを日課にしている。
「今日は少し早いですが、若い女性が一人歩きする時間でもありませんよ。」
「申し訳ありません。」
「アイリス嬢は、美しい方なので特に気をつけたほうがいいでしょう。」
門番はうんうんと頷く。
「美しいなんて・・・サヤ様に比べたら。」
確かに最近の沙耶は、皇帝陛下の愛情に包まれているのもあるが、自分に自信を持ててきたのだろう。公の場所での所作は、セエルも認めるところとなりつつある。
「サヤ様、サヤ様。アイリス嬢はまた違った美しさがお有りになるのは間違いないところでしょう。こんなに遅くなるまで根を詰めると、サヤ様のように寝込むハメになってしまいますよ。」
自然にエスコートするように体を開く。
「おやすみなさい。」
門番に会釈する。軽く手を振る門番をあとにして、リガードに近づく。
「大分進んでいるようですね。教授は私の古くからの年の離れた友人でして、この間久しぶりにあった時にあなたのことを褒めていましたよ。」
あの厳しい教授が褒めていてくれたとは・・・
「それは嬉しいことを聞かせていただいて、ありがとうございます。やっと・・・足でまといではなくなりそうです。」
「それは、サヤ様の口癖ですな。最近は減ったようですが。アイリス嬢に感染りましたか?」
「私は、自分は優秀だと思っていました。就職できないのは動物混じりの固有能力のせいで個人の資質は私の方が上だと。」
「確かにアイリス嬢には、幅広い知識をお持ちだ。」
「今では、他人の知識を頭に詰め込んだだけと思っています。」
ユリルは頭を降る。サヤ様も、『ネットの知識を流用しているだけ』と嘆いていた。それの何が悪いと思ってもいた。
「それは努力の賜物です。恥じることはありません。自分のものとして消化しているのなら、受け売りも結構でしょう。」
「頭でっかちで、可愛くない女に見られていました。」
朋輩より成績が優秀なので、鼻にかけた自分の隠したい過去がある。
リガードは足を止めた。
「そうですね。可愛くはないでしょうな。」
「え?」
『物腰の柔らかい』という接頭語が付くリガードらしくない言い方だ。
「褒められたら喜びなさい。悲しいことがあったら泣きなさい。楽しかったら笑いなさい。卑下することはありません。それは可能性です。」
ポンっと肩を叩かれる。
「皇帝陛下のような方は、一人で十分です。」
☆
ナッソーから国境へ向かう途中の宿で
アーカネは、テーブルの上に抱えてきた紙をどさっと置く。
「これは?」
「キマイラの資料です。キマイラは脊椎動物やそれ以外の複合生物であることは知っていますね。」
「はい。」
サヤは何が始まるのかわからず警戒する。
「その形体は実に様々ですが、基本的に嫌悪を催すものが多い。スベルトでのキマイラ戦、あれは何ですか?」
「あれは・・・ゴキブリがこの世の中で一番嫌いなので。」
「あれは、まだ可愛い方です。こちらの世界にも似たようなものがいるくらいですから。」
思い出したのだろう、顔色が悪くなってきている。
「あのくらいで、パニックになるようでしたら、危なくて一緒に戦えません。本当は実物を見るのがベストですが、そう都合よく出てきてくれるわけではありませんので、こちらを持ってきました。」
サヤは紙を一枚見る。
「うえっ。」
美人にあるまじき声だ。
「これは、我々人類が血を流して集めたキマイラの、資料です。『うえっ』などと言っていい代物ではありません。」
そう言うと、サヤは身を縮こませると
「すみません。」
と謝る。予想通りだ。アーカネは自分がニヤニヤ笑っているだろうと自覚する。
「アーカネ。サヤ様をいじめると陛下に言いますよ。」
レシュが口を出してくる。
「構わない。陛下には許可を得ている。戦闘になって逡巡が、命取りになるのは知っていらっしゃるからな。」
そう、サヤには強くなってくれないと困るのだ。そして、生きてもらわないと。
サヤは皇帝陛下に一番必要な『信頼』を、与えた。サヤを失うことは皇帝陛下にとって、痛手以上になるだろう。自分は皇帝陛下の盾であり、矛であり、影であり弾劾者である。サヤについている自分は、皇帝陛下の影の部分だ。本体が愛する者は、影も愛する。
影として危なっかしいサヤに、ずっと付き添っている自分は本体より多くの時間をサヤと過ごしている。本体より影が愛することがあるのか?そして本体より影が愛されることがあるのか?
そんな思いをメガネの奥に隠して、アーカネは今日も『陰険メガネ』としてサヤをいじめて楽しむのだ。




