戦神子強化計画
お読みいただきありがとうございます。
寒さも峠を越えて、日差しの暖かさを感じるころになった。
「そろそろいいか。」
「そう思います。結構使えるレベルにはなっていると思いますね。」
ティルルの独り言のような言葉に、アーカネが反応する。
「は?」
置いてきぼりなのはリガードだ。
「サヤです。実践訓練に出そうかと。」
「アーカネ、前々から言おうと思っておったのだが、サヤ様を呼び捨てにするとは、不遜ではないのか!」
「リガード、アーカネはそれでいいのだ。そのおかげでサヤはガス抜きができているのだからな。」
「どういうことで有りますか?」
アーカネは肩をすくめる。
「戦神子は異世界の住人だ。異世界っていうところは、人種での差別がこちらより少ない。身分制度も緩やかだ。そんなところから来た奴が、かしずかれっから壊れるんだ。ましてやサヤは真面目だからな、自分で抱え込んでしまうところがある。言いたい放題言える人間が一人くらいいたほうがいいんだよ。」
そこまで説明されれば、リガードにもわかる。
「だが、この場においては皇帝陛下の面前である。」
「リガード。お前にはお前の忠誠。アーカネにはアーカネの忠誠・・・のようなものがある。ほおっておけ。」
「陛下。『のようなもの』ではないことだけは、言っておくぜ。俺は陛下の剣で、楯で、影で、弾劾者だ。そうあの時に誓った。」
「そうだな。あの時の誓いは私にとっても神聖なものだ。だから、お前をサヤにつけた。」
「それも、わかっている。」
リガードは思い出した。彼の主とアーカネが出会った場所を。
ほの暗い石造りの部屋に互いに壁を隔てて、鎖につながれていた。
リガードが仲間を率いて助けに行った時、何を話し合い、何を合意したのか、主は何も言わない。
しかしアーカネは救い出されたあと、皇帝と行動を共にすることになったのだ。
「スベルト島で実践訓練?」
サヤの顔が曇る。
スベルト島には大型キマイラとの遭遇という記憶が残っている。
それが、顔を曇らせる要因だろう。
「そうだ。いまやスベルトは観光地になっている。小手調べにはちょうどいいだろう。」
確かに帝都で魔法の練習をしても、実際に使ってみるか、使えるかを確かめなくてはならないのだ。
沙耶はティルルの言葉に頷いた。
「そのあとに、もう一度国境を回ってもらう。」
「もう一度?」
「国境が広がって、もう一度『楔』を打つ必要ができたということだ。」
「そういうものなの?」
「そういうものではないのだがな。」
ティルルが苦笑する。先代の死後、国土の後退がいかに大きかったことを示すものであり、契約前の神子の力と契約後の神子の力の発現を見誤っていた。
「スベルト島には、私も同行する。」
「へ?」
ティルルは、はぁ~とため息をつく。
「サヤ、私には構わないがその外見で『へ?』という受け答えは、戦神子『ルイーズの女神』のイメージを著しく損ねる。」
「す、すみません。」
小さく自分から『女神』なんて名乗ったつもりはないのにとつぶやく。
「名乗ったつもりはなくとも、イメージ戦略として『女神』は好都合なのだ。」
(地獄耳!)
「それは、置いといて、」と遠くの方へ押しやる「本当に一緒に行くの?」
「スベルト島は、帝国が苦しい時を脱却したという事を示す具体的なものだ。一度行く必要がある。」
「仕事・・・政務はいいの?」
「すぐに問題が起こるほど、無能な臣下を持ってはいない。」
話を聞くと、『冷血皇帝』の名を持つほど厳しい皇帝だから、この返答は納得できる。
サヤには、『冷血』とは到底おもえなかったが。
「私と行くのが嫌なのか?」
「とんでもない!とっても嬉しいけど、逆にティルルの身に何かあったらと思うと。」
嬉しいとはっきり言われたので、ティルルの顔が少し《・・》緩む。
「シロの結界が効いている。奈落に一番近いところでは、あそこが一番安全だ。」
「観光地化しているって、フィン領事も言われていた。」
「おかげで外貨が入ってくる。守銭奴は渋い顔をして影で仕掛けてきているが、海上を行かないから其の辺も安全だ。シロ様様だな。」
「はい、飼い猫におんぶに抱っこの状態です。」
「だが、私にとっての戦神子はサヤだけだ。」
最近皇帝をよく見る侍女たちは、『冷血の』が唯一取れる存在としてサヤがいると了解するようになった。
(今のさらりとデレたよね。)
(デレたね。)
サヤの影響で、ネット小説を“読み上げソフト”で楽しんでいる侍女たちは用語を使いこなす。
皇帝の地獄耳がそれを捉えても何を言っているかは、確とはわからないだろう。
ナッソーまでとは言え、皇帝自らの行幸であるので規模は大きくなっている。
セエルは宣言通り(?)に今回参加している。
ユリルも覚えたての『呪紋』を実用訓練するために参加している。
つまり 前向きパーティー です。
サヤ自身もはじめの時のように、『ただ行けと言われましたから来ました。』という旅ではない分だけ楽しい。
もし、今までどうりに和気あいあいと旅行できればだ。
無理だとは半分諦めていた。それでも、ティルルと同じ時間に同じものを見て話ができるということが捨てがたいものと思っていたし、そういった時間が取れると思っていた。
天蓋の豪華な皇帝専用馬車、これにはもちろんティルルとサヤが乗る。
そして乗用の馬車が2台。
これには侍女たち(ティルルの世話も兼ねるのでティルル付きの侍女はこない。理由は皇帝付きの侍女はみな純血種なので例によって帝都を出ない。)が乗る。
貨物用の馬車が3台。
内一台は、荷台にクッションが敷き詰められている。
皇帝の警護のために懐かしい第6騎士団、サヤの直属の神子騎士団(アーカネ達)など、総勢50人以上の大所帯だ。
「やっぱり、皇帝の行幸ともなるとこうなってしまうわよね。」
「サヤ様はあまり仰々しいのは、好まれませんでしたな。」
「好むとかではなくて、落ち着かないだけだから。」
「もうすぐ1年になるのにまだ慣れないか?」
「こういうことに関係ない人生を過ごしてきてますからね。でも、昔お姫様ごっことかしたな。『宜しくてよ』なんて、ベルOらやお蝶O人の真似をして。」
ちょっと遠い目をする沙耶。
「宿場で下々の者と接触するときにその『ごっこ』をしてみろ。」
「え~、恥ずかしいよ。」
「『旅の恥はかきすて』」
「また、ネットを見ていたでしょ。私はマエールで枢機卿にあちらの知識をむやみに持ち込みませんと偉そうに行ってあるのだから、ティルルも気をつけてね。」
「誰に向かって言っている。」
「ラーヴェラル27代皇帝ティルル=シンミャ=ラーヴェラル。」
「その私が自ら世界のバランスを崩すわけ無いだろう。」
「よかった。」
「だが、降りかかる火の粉を払う準備なら、するつもりだ。」
「その、降りかかってくるなら来いっていう姿勢は敵を呼び込みそうなんだけど。何も好き好んで敵を作らなくても。」
そう言うと、リガードがうんうんと深く頷く。
「『冷血』なんて異名がついているから、ティルルに慈悲を求められないって突っ走っちゃう人もいると思うのよね。もし許してくれるとわかれば、引き返せるのに行ってしまう。そういうところってあると思うな。強くない人間の分際からすれば。」
リガードの頷きはさらに深くなる。
「そうですとも、そうですとも。」
「この世界はサヤのいた世界と違って甘くない。」
そっけなく言い返すティルル。
「それは、もうわかっている。」
ここへ来てリガードは二人の間の空気が変わってきているのに、やっと気がついた。
「怨嗟と苦痛に彩られた私の今までの人生を、たやすくわかったと言ってもらいたくないものだ。」
「言ってくれなきゃ、わからない。私は鈍いんだもの。」
「鈍いのは確かだな。」
いつもの冷笑だ。
「ごめんね。ティルルがどんなに大変な目にあって来ているかはわからない。でも、今はもうその時は過ぎているんでしょ?今の帝国にはこれからは厳しく取り締まるのではなくて、伸ばす時代に来ていると思う。今のティルルじゃ、失敗を許さない雰囲気があって、新しいことにチャレンジできない。」
「何もできないくせに、偉そうに言うな。」
今まで、アーカネには言われていたし自分でも言っていた。
だが、ティルルに言われると応える。
ヤハリ ヤクタタズダト オモッテイタンダ
じゃない!
今までの自分とは変わると、覚悟を持つと宣言した!
ぐっと沙耶は下唇を噛む。
「それとこれとは話が別でしょ。ティルルのくせに論点をすり替えないで。論点をすり替えるのは核心を突かれた証拠って言うわよ。」
「・・・・」
ティルルは答えない。
「馬車を停めて。」
馬車が止まると沙耶は降りる。
「お気に障ったようですから、ご一緒の馬車ではお嫌でございましょう?失礼致します。」
セエル仕込みの、優雅とも言えるお辞儀をする。
バタンと扉が締まる。
「陛下。最後の一言はあまりに」
「うるさい!わかっている!」
いい感じだったのにねえ。
どちらが先に謝るでしょう?




