男の子
エリドゥ帝国の控え室に向かう途中で、前から助祭が小走りにやってきて、
「エリドゥの神子様とのお話は、神子様の体調が優れませんので、今日は取り止めになりました。」
「わかりました。」
長旅で疲れたのだろうか。
「ラールヴェルの神子様ご一行様には、一旦聖堂を下がられて下さい。明日またこちらから使いのものがご連絡いたします。」
「聖堂の迎賓用宿舎を用意できないのか?」
カルガーイがずぃっと前に出て、助祭に聞く。
「げ、迎賓用宿舎は2部屋しかご用意がございません。同時にお二人方以上の戦神子様をお迎えすることなどありませんので」
カルガーイの威圧感で助祭は怯えている。
「突然来たわけではないのだから、事前に対処しておくべきだろう。」
「も、申し訳ありません。ひと部屋はラールヴェルの神子様のためにご用意させていただいていたのですが、急遽マッシュールの御子様が逗留なさることと相成りまして、そちらに。」
「サヤ様にご用意した部屋を他の神子にまわしたですって!」
レシュが声をあげる。
(シッポがボワッってなってるな、きっと。)
沙耶はムカっとはするが、力のない格下の戦神子と自分を見ているので、さもあるだろうと思う。
「廊下で揉めても仕方がない。それに助祭は伝えに来ただけで、実際の差配は別な人でしょう。」
「ですが、ラールヴェル帝国の戦神子が他国の戦神子より下に見られたということは「カルガーイ。」」
カルガーイを制止する。
「事実私は戦神子の中でも新参者。格下なのは事実です。マッシュールの戦神子には先ほどご教示をいただいて、仮にも『師匠』と呼んでいたのだ、師匠に譲るのは理にかなっている。」
(波風立てるのは嫌なのよ~)
「あ、ありがとうございます。」
助祭はほっとした様子だ。
「だが、マエール国教会の教義が世界の安定ならば、戦神子の序列を作ることは自ら騒乱の種を撒くような所業と思われる。以後心されよと差配したものに伝えよ。」
釘はちゃんとさしておかないと、これは私一人のことではないから。まあクレイマーじゃないよね、このくらいなら。
それに、一息入れられるならそのほうがいい。
「かしこまりましてございます。」
助祭は深々と頭を下げた。
「では、行こうか。」
「明日の予定が定まったら連絡を差し上げます。」
「ゆっくりで構わない。エリドゥの神子の体調次第でこちらは結構です。」
「お心遣い感謝致します。」
「本当に失礼です。」
みんなの待つ宿坊に戻ってもレシュは怒っている。
「サヤ様もあんなペーペーの助祭ごときに丁寧な物言いをなさって、つけあがります。ああいう時はガツンと言うべきです。サヤ様が無表情でおしゃっられたら、きっと泣いて謝ります。」
「しかし、サヤ様の態度はご立派でしたな。」
「そうですな。事を荒立てず抑えるところはきちんと抑えていらした。」
褒めてくれるので気恥ずかしい。
「そんな、たまたま。」
「そうですね。大方マッシュールの戦神子とあってお腹がいっぱいになったんでしょうな。」
(アーカネ、なんでわかるのよぉ!)
マクリール枢機卿は入ってきた助祭に声をかける。
「戻ったか、ユール。ラールヴェルの新しい戦神子はどう出た。」
『ユール』それは、助祭ではなく、枢機卿の側使えの司教の名だ。
「湖畔の宿坊に戻りました。」
「すごすご戻ったか。」
「ただ、序列を国教会自ら決めるのはいただけない、今後は黙っていないとおっしゃられました。」
「わしだとて、長く伊達に戦神子はやってはおらん。良い素材だ。まだ、卵にもなっておらぬがな。」
ゆったりと椅子に腰掛けていたマッシュールの戦神子が、脇から面白そうに言う。
「無力ではないとの見立てか?」
「戦神子に無力・無能なものはおらん。弱い者がいるだけだ。」
「名言だ。壊れずに済んだ数少ない戦神子としては、新しい戦神子は見込みがあるというだな。」
「それがテイマーとしてか、魔法使いかはわかん。」
「それだけわかれば、昔馴染みを呼んだ甲斐があった。」
「エリドゥの小僧に会わせるのは、魔法について教えるためだけか?」
バールは枢機卿に聞く。
「マッシュールの戦神子は力だけではないと、なぜウガリッドに示さない。」
「面倒だ。先がもう見えている身だ。好きなようにさせてもらいたい。」
「まだ、睨みはきかせていてもらいたい。ここに来て状況がかなり変化しそうだ。五大国も国教会も。」
「そちらも代替わりか。」
バールは腰を上げる。椅子がギシッと軋む。
「戦神子に悠々自適な老後は望めないか。」
エリドゥの戦神子と会う時間がポッカリと空いてしまったので、散歩に出かけた。
沙耶が、異世界人の目で世界を見ることで、いろんな発想が生まれているので、OKが出た。(誰がだすって?影の支配者のアーカネです。もちろん。)
景色は本当にきれいだ。
湖畔の緑の低く刈り込まれた下生えを踏んで、歩く。
鏡のような湖面に自分の姿が映る。
全身が映ると自分で見惚れるほど綺麗な姿だ。
(まじっ!ルルスしてしまった。)
つまりナルシーが入ってしまったということだ。
『羊の群れは大きい立派なオスの羊が多くのメスを従え統率するのです。聞けば羊の大なるものと書いて美しいという字になるというのではないですか。このわたくしが美しいのは当然ですな。』
思い出して痒くなってきた。
「サヤ様!」
付いてきたシオがいつの間にか、少し離れたところのブッシュから顔を出して呼んでいる。
「どうしたの?」
「こちらに来てください。」
そう言うとブッシュの中に潜り込む。
(なにかがいるの?)
そこには、猛禽類のヒナを抱いた男の子がいた。
「どうしたの?」
シオと同じくらいの年の男の子だ。栗色のくせっ毛がかわいい。身なりは良いのでどこかの貴族の子供か、聖職者の子供かだ。
ちなみにこの世界の聖職者は妻帯が可能である。聖職者は純血種でないと、まず司祭にもなれない。いきおい純血種が多くなる。妻帯を禁止すれば、純血種が少なくなる。それを避けるためである。
元に戻る。
体を小さくして、怯えている。
「この子の友達なの。怖くないよ。」
指を指されたシオは頷く。
男の子はほっとした様に体の力を抜く。
「巣から落ちているのを見つけて。それでね、お母さんの鳥が探しているから巣に戻そうと思ったけど、巣のある場所は高くて届かなかったの。」
言いながらみるみるうちに目から涙が盛り上がってくる。
「親の鷹が子供を盗られたと思ったんじゃないかな。この子を攻撃してたんでここへ連れてきたんだ。」
なるほど、ブッシュの中なら攻撃できないだろう。
「シオ、グッジョブ。」
と言って頭をワシャワシャする。
ちょっと羨ましそうな顔をするので、
「君もよくヒナを守ったね。」
と頭を撫でてあげると嬉しそうに笑う。
(かわいい。そう言えば、この世界に来て私より弱いものっていなかったなあ。)
「もう、戻せないね。きっと育てようとしないから。」
シオはブッシュを出ながらポツンという。確かに野生の動物はそういうところがある。
弱い子は育てないのだ。生き残る確率が少ないから。
男の子の顔がみるみる泣きそうになっていく。
「この子、お母さんに捨てられちゃったの?」
子供に鷹は育てられないだろうし、ここは大人が一肌脱ぐところでしょう。
「大丈夫。お姉さんたちが育てるから心配しなくていいよ。」
「本当?」
ウルウルの目で見上げられる。
「本当。」
「よかったな、ジョニー。」
ジョニー?やけにあっち風の名で。
「うん。・・・・僕もう帰らなくちゃ。」
気がかりがなくなってホッとしたら、ここに居ることに不安になりましたって感じだね。
「そうだね。きっとおうちの人たちが心配しているよ。」
「あのね、ここで会ったこと黙っていてくれる?」
服は破けて汚れている。なんと嘘をついてもバレるだろうなと思いつつもいたいけな子供をいじめる趣味はないのでうなづく。
「ありがと!綺麗なお姉さん。」
いや~いい子だ。
あのくらいの子の素直な賞賛が一番ストレートに喜べる。




