再び国境へ
目の前に3人の男の人たちが立っていた。
国境の巡視には次からはアビスという役所の人たちが同行するとのことでリガードさんが連れてきた人たちだ。
アビスとは、対キマイラ、対奈落のための役所ということだったが、
「ラス=レパード=アーカネと申します。アーカネとお呼びください。」
と名乗るリーダーは学者と言ったほうがしっくりくる風貌だった。
「こちらこそよろしくお願いします。」
「これは、マトゥラ=スローン=ジャード」
アーカネさんが上司らしく紹介する。
2メーター以上身長はありそうだ。ウェイ隊長さんより大きい人がお辞儀をする。
「よろしくお願いします。」
「そしてこっちは、ラードン=クロガル=エンデ」
こっちの人も背が高い、半袖の腕から一部ウロコ状の肌が見えるからきっと爬虫類系なんだろう。
「アーカネさんにジャードさんに、エンデさんですね。」
覚えるように復唱する。密かにスマホで写メをとっておいたから、後で名刺整理アプリに登録しておこう。
「みなさんはシンミャではないのですね?」
アーカネさんはメガネをクイッと上げるといった。
「アビスの者たちはキマイラと戦闘状態になることを想定して任官されていますので“雑種”で構成されています。」
自分たちのことを自ら“雑種”という人に初めて会った。
「その言葉は忌み言葉じゃないのですか?」
「差別用語ですよ。でも昔はきちんとした言葉でした。神子の飼い猫のシロも雑種だ。それであなたはシロと他の猫を差別しますか?」
「いいえ。」
「ミックスが強いことを認めたくない人種が、雑種を忌み言葉にしたのです。」
そうかもしれないが、
「でも、今は言われると不快になる人が多いのですから、使わなくてもいいのではないのですか?」
ことさら波風を立てる必要はないだろう。
「仰せのままに」
ちょっとわからない人だ。
ちょうどその頃ウェイ達第六騎士団の面々は昼間だったが、下街区の居酒屋にいた。
再び国境視察への護衛の任が下る前に、ゲールの追悼のための飲み会を開いていたのだ。
軍人として死んでいった者をいつまでも思っているわけにはいかない。だがそう流してしまうほど、浅くない付き合いでもあった。その場合一晩だけ偲んで送ってやるのが第6騎士団の慣例だった。
ゲールのすっとぼけた行動の数々を肴にしんみりとでも陽気に偲んでいた。
貴族の子弟で構成される純血種の第一騎士団は、帝都ボスラからは滅多に出ない。
支配者層であるシンミャと名乗る種族は、自分たちの種族が減るのを極端に嫌う。
危険なところにはいかない。
戦神子の警護という役割も放棄する。
だから影で第1騎士団は、穀潰しの集まりと言われている。
しかも、都市部では我が物顔で威張り散らしているので、人気はない。
キマイラとの戦いもあるというのに、まだ人は身内同士で争いの種を蒔いているのだ。
その問題児集団の第1騎士団の団員と思われる男たちが、4、5人連れ立って酒場に入ってくる。
その酒場はごく庶民的な酒場であり、純血種の貴族の子弟たちは立ち入ることのない酒場だった。
「ここか?ほんとういるのか?」
「いるとも!」
男たちは場違いな空気を察することなく、テーブル席に陣取る。
「おい!」
給仕を呼ぶ。
「いらっしゃいませ。」
「この酒場の裏手の水を神子の猫が飲みにくるっていう噂を耳にしたんだが、本当か?」
「はい。時々いらっしゃっています。」
「聞いたか?雑種に『イラッシャッテマス』なんて使うなよ、なあ?」
男はほかの同僚に同意を求める。
仲間は口々にそうだといい笑う。
「俺たちはなあ、神子より役に立つというその猫を見に来たんだよ。」
給仕はむっとしたらしく言葉付きが硬くなる。
(あんたたちの方が、よっぽど役に立たないわよ!)
「今日はまだ見ていません。」
「そうか・・・ちょっとその井戸を見せてくれ。」
「見てどうなさるのですか?」
男はニアリと笑うと懐から小さい巾着を取り出した。
「これが何かわかるか?」
「いいえ?」
「またたびだよ。またたび。」
「バノン、しまっとけよ。動物混じりの店だ。猫系がいたら、絡まれるぞ。」
「そうだな。女だったらいいが男なんぞに絡まれてもなあ。」
バノンと呼ばれた男が声を上げて笑う。
彼らを取り巻く空気がピリピリとしたものに変わってきているのを気がつかないらしい。
「隊長。ほっといていいんですか?」
ウェイに耳打ちしてくる。
確かに彼らは、この店に入ってくる前からかなり出来上がっており、このままだとほかの客とトラブルを起こしかねない。
別段彼らがボコボコになることについては何も異論はないが、第一騎士団を一般人が相手にした場合にはのちのち街の人間のほうが泣くことになる。
「そうだな。」
ウェイは立ちあがった。
神子に対する不敬な言動も気に食わなかったのだ。
確かに戦力的には、役に立たないどころか足でまといだ。
だが、兵士を物のように扱う戦神子よりマシだ。
「ちょっといいか。」
男たちはウェイを見てぎょっとする。
2メーターの上背で、しかも横幅もあるウェイがちがづくとそれだけで威圧される。
(これくらいでびびるなよ。訓練不足もいいところだ。)
内心苦笑しながら続ける。
「シロにはちょっかいを出さないほうがいい。」
「シロ?」
「ねこの名だ。あの猫はただの猫じゃない。上位キマイラが逃げだしたほどの強さだ。」
「そうだってな。だが、所詮猫だろう?」
「神子様がテイマーだとしたら、シロは英雄クラスだ。そのシロをただの猫扱いはできんだろう。」
「そう言えば隊長、シロは最近人の言葉がわかるようなってきましたよ。」
いつの間にか、部下たちが後ろにいる。
「おまえ、この間シロにパンチされて10メーター吹っ飛んだよな。」
「ああ、俺が頑丈だったから大丈夫だったものの、この人たちなら病院送りは確実だな。」
そう言って男たちを見る部下。
「なんでまたそんなことになった?」
「いや、そのう、ちょっとからかったら・・・でも、爪はだしてなかったから、手加減してたと思うぜ。」
「そりゃ、つめがでてたら、いまおまえはここにいないだろうよ。」
聞いている男たちの顔色が変わってくる。
「ち、ちょっと、行くところを思い出した。」
「あ、おれもだ。」
「全くいけすかないったら、ありがとうねウェンの旦那。」
「いや、でもシロが来るのは本当なのか?」
「うちのは井戸水で冷たいからね。ときどきね。」
「本当だったのか。」
「はじめは小さかったけど、みるみるうちにおおきくなって・・・でも小さいときからの馴染みだからかわいいもんさ。」
「そうだな。」
まるっきり同意するのはむずかしかったが。
「止めてくれて助かったよ。最初の頃やっぱりシロのしっぽを掴んで離さなかった奴が吹っ飛ばされたんだよ。
骨折で済んだからいいんだけど、今だったら死んじまうんだね。まあ、このへんの人間はシロには手をださないからいいけど」
手を振ってウェンが席に戻ると部下たちが変な顔をしてしわっていた。
「どうした?」
「いえね、今のはネタだったんで・・・・まさか本当に吹っ飛ぶとは・」
「吹っ飛ぶだろう?キマイラ相手にあれだけ戦力になったんだから。」
「・・・シロを怒らせないようにしよう。」
「おれ、シロのことを鳴き声がイケてねぇ虎って言っているんですが、大丈夫ですよね?」
「知らん。」




