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剣の聖女は覇王と踊る  作者: 縞白
二章 黒獅子の戴冠
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十四話 子守歌。褒美。それが、今日。





 王宮滞在十四日目の朝。

 礼拝後の聖堂で二人、向かい合って座ると、唐突に王が言った。


「なにか歌え。聖歌でなければ、なんでもよい」


 そんなことを言われても、聖歌以外で知っている歌など、母がうたってくれた子守歌くらいしかない。

 それでもいいかと訊くと、王は「よい」とうなずくので、自分で歌う気のないレダは美和子に代わって歌ってもらった。


「三番目の月がのぼり、あなたは生まれた」


 荘厳に聖歌を歌いあげる司祭たちや、国一番の歌姫の華やかな声、音の調べに物語りをのせる吟遊詩人の朗々(ろうろう)たる声を知る王の耳に、まだ幼いレダの歌声は未熟すぎて微笑みを誘われる程度のものだった。

 けれど王はレダに三回、繰り返しそれを歌わせた。


「空を見たいとひとみをひらき、鳥とともに歌おうとくちびるをひらく」


 彼自身は、幼少時にその歌を聴いたことはない。

 けれど大人になった後で、一度だけそれを聞いたことがある。


「今はおやすみ、いとしい子」


 三回目の歌が終わると、王は奇妙に透き通った緑の目にレダを映して、言った。


「それはヴァルスタン王国で古くから歌われている子守歌だ。生まれたばかりのグランベルクを抱いて、あれが歌っているのを聴いたことがある。

 あれは歌が苦手だったが、我にはそれまでに聴いたどんな歌姫の歌より、はるかに美しいものに聞こえた」


 石台から立ち上がり、ゆっくりと歩いてくると、王はレダの前で片膝をついて視線を近づけた。

 大きな手をのばし、レダのちいさな顔を包みこむように、その頬へ触れる。


「そなたの歌も、美しい」


 レダは王の手を拒まなかった。

 これが別れの挨拶であると、言われずとも察せられるほどに王がまとう死の匂いは濃厚で、彼がそれに満足そうであることがどこか悲しかった。


「なんでもてにいれられるのに、あなたがのぞむのはしぬことだけなの?」


 おおきな手のなかで、つぶやくようにレダが訊いた。

 穏やかな微笑みを浮かべたまま、王は答えた。


「そなたは、我が玉座にあるのはなぜかと問うたな。

 約束通り、しばらく話につきあった褒美として、教えてやろう」


 じっと見あげてくる無垢な青い目へ、生きることに疲れた男が言った。


「この国を守ってほしいと、あれが、ソフィアが望んだからだ。

 そしてその望みを叶えてくれるのなら、己が魂を捧げると我に誓ったからだ」


 だから彼女亡き後も玉座にいてヴァルスタンという国を保ち、次代を担う王子が育つのを、彼らのうちの誰かが自分を殺しに来るのを待った。

 けれど彼がこれと見込んだグランベルクは、もうすでにじゅうぶん育っているにもかかわらず、なかなか玉座をとりにこない。



 ならば、こちらから追い込んでやろう。



「レダ」



 それが、今日。



「初めて会った時も今も。恐れることなく、拒むことなく。

 そなたは真っ直ぐに我を見る……


 できることなら何十年か前に、そなたとは別のかたちで出会いたかった」



 手をおろして立ちあがり、聖堂から去る王の背を、レダは何も言わず見送った。





 ◆×◆×◆×◆





 その日の夕方。

 急な王命で謁見の間へ呼び集められた王子と重臣たちから離れたところで、彼らと同じように客室から突然連れてこられたレダは、ひとり静かに立っていた。


 心の奥底で惨劇の予感におびえながら、美和子が訊く。


(とめなくていいの?)


 レダは常と変わらず冷静だった。


(おうはもうしんでる。

 からだだけいきてたって、なんのいみもない。

 のぞむところへ、いけばいい)


 とくに気にするふうもなくそう答えて、言った。


(あのひとのことは、あたしがみてる。だからみわこは、いいよ)


 美和子はレダほど、いさぎよく割りきれなかった。


 王が自ら死を選ぶことには「どうして」と思うし、現実から目をそむけ続ける自分が情けなくて、レダが見るものをともに見なければならないとも思う。


 けれど、怖かった。


 人の死が、人を殺す人という存在が、どうしようもなく怖くてたまらなかった。


(むりしなくていい)


 ふるえながら必死に踏みとどまろうとする美和子へ、穏やかにレダが言った。


(あたしがこーでりあのはなしをきかないみたいに、みわこはひとがころされるのをみないでいい。

 あたしたちはせっかくふたりいるんだから、じぶんがとくいなことをやっていけばいいんだよ)


 レダが言っていることは正しい気がして、美和子は迷った。


 できることなら目を閉じ、耳をふさいで背を向けていたい。

 けれどそれではダメだと、心のどこかに引きとめる声がある。


 これは仕事の分担とは違う、と。

 今背を向けることは、ただの現実逃避だ、と。


 その声は言う。


 そうして美和子がぐずぐずと迷っている間に、王が現れた。

 彼は鮮血のしたたる抜き身の剣を手に、悠然とした足取りで歩いてきて玉座へと腰を下ろす。


 ぽたり、ぽた、と王の歩いた道にしたたり落ちるその血はいったい誰のものなのか、問う声はなかった。

 謁見の間に呼ばれた人々は、首をしめられているかのように沈黙していた。





 静寂の中、王は手にしていた剣を玉座の前へ放り。


「グランベルク・ウォーシャーフ」


 ざくろの眼の王子へ命じる。





「そこにいる兄弟たちを皆殺し、唯一の王位継承者となれ」





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