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剣の聖女は覇王と踊る  作者: 縞白
二章 黒獅子の戴冠
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二話 捧げものひとつ。銀の髪に青い目。繰り返し。




 聖堂で騒ぎが起きていると聞いたクリフトン司祭は、興奮した様子で浮かれ騒ぐ人々をそれぞれの仕事に戻して場をおさめると、騒動の中心にいたレダに事情を聴くため、教会の奥の書斎へ連れていった。

 この教会で代々使われ続けてきた大きな執務机の奥に座った司祭に、その机をはさんで前に立った少女はもう一度、人々に言ったのと同じ言葉を告げる。


「わたしは王国に生まれた二十二番目の御子に仕えるものとして、神託を授かりました」


 クリフトン司祭は驚かなかった。


 思いがけない人々に助けを求められ、それでも常に彼らの楯となり剣となってきた初老の司祭にとって、唐突に現れた剣を物静かな少女が手にし、数多の兵士たちを斬り殺す以上に驚くべきことなど、もう何もない気がした。


 くるべきものが来たのだと、むしろ納得して「ふむ」とうなずく。

 そして、ひとつだけ、四年ほどともに教会で暮らした少女に訊ねた。


「二十二番目の御子がどのようなお方か、神は教えてくださいましたか」


 ガラス玉のように透き通った青い目は、まっすぐな声で答えた。


「いいえ」


 その必要はないと、語るような眼差しだった。

 理由を問うこともなく無言でうなずいた司祭は、どこか悲しげに微笑み、つぶやくように言った。


「やはりあの剣は、一度だけではあなたを放してくれぬのですね」


 そしてレダに答えは求めず、言葉を続けた。


「レダ、どうかあなたに、ひとつ誓いを捧げさせてください」


 司祭の声は、聖堂の祭壇で祈りを捧げる時と同じものだった。



「私は神の御心を信じるのに等しく、あなたを信じます」



 真摯(しんし)な、どこまでも真摯な声が強い決意をつむぎ、しんとした書斎にこだましてとけた。


 それを聞き、今日、はじめて青い目の奥がゆらいだ。

 レダは唇をわななかせ、何かを言おうとしたが、その言葉が声になることはなかった。



 司祭はただ優しく見守った。

 レダが何者であるのか、あの襲撃の中で彼女に守られて生き残った人々のなかでも意見はわかれている。


 神に聖なる剣を与えられて人々を守る『剣の聖女』だと盲信する者もいれば、彼女に剣を与えるくらいならなぜ最初からこの街を守ってくれなかったのか、あの剣は本当に神に与えられたものなのかと強い疑念を持つ者もいる。


 信じる者は何も言わずとも信じるし、疑う者は誰に何と言われようと疑うだろう。

 語れば語るほどに反駁(はんばく)を招くこともある。

 だからクリフトン司祭は、彼自身の考えを訊かれれば答えたが、みずから積極的に何かを語ろうとはせず、助祭や修道士たちにも人々を扇動(せんどう)するような言動をしないよう言い含めていた。


 けれど、レダにだけは言っておきたかった。


 司祭たちが守りきれず失われるはずった多くの命を救った少女に、せめてひとこと、深い感謝と、彼女に報いたいと思う心があるのだと伝えたかった。

 そして同時に、己の心をよく理解して、考えていた。



(レダにこのような誓いを捧げるのは、己の自己満足だ。

 私が守れそうになかったものたちを命がけで守ってくれた彼女に、せめて捧げられるのはこの心くらいのものしかない。

 それゆえの行為にすぎない。


 彼女が受け入れられぬというなら、私はそれを受け入れる。

 ただそれでも、この信じる心を、私はあなたに捧げ続けよう)



 捧げものに返礼を望んではならない、ということを遠い昔に学んでいたクリフトン司祭は、それ以上言わず話を戻した。


「王国の御子は王都におられます。この地から王都までは、馬車でも二月ほどかかるでしょう。旅支度は私達が整えておきます。

 ですが旅立つ前にまず、あなたは今回この地へ遠征に来られたヴァルスタン軍の将、ウェルズ侯爵さまのもとへ行き、彼の問いに答えねばなりません。彼の判断によっては、そのまま軍に捕えられる可能性もあります。心して行きなさい」


 そのようなことが起きないよう、内心で祈りながら告げるクリフトン司祭を見るレダに、己が捕まるかもしれないという不安や動揺はなかった。

 物静かな少女の意外な強さを頼もしく思うのと同時に、どこか悲しく感じながら司祭は話を終えた。


「明日、侯爵さまの元へ行けるよう支度を整えておきます。あなたは体を休めておいてください」


「……ありがとうございます、クリフトン司祭さま」


 レダは深く、深く礼をして答え、司祭から「よく休んでおくのですよ」と念を押されるのに、「はい」と従順に応じて書斎から出ていった。


 けれど彼女が孤児院の大部屋へそのまま戻ることはなく、また誰かに懇願されて見知らぬ隣人の埋葬に立ち合うか、あるいは具合の悪いものの手を握ってやってくれと頼まれてついて行くのだろうと、クリフトン司祭にはその光景を見るまでもなくわかっていた。


 黄金の剣を手にして数多の兵士たちを斬り殺した少女のことは、何もわからないが。

 「『剣の聖女』さま」と呼ばれて困ったように微笑む少女のことならば、いくらかは知っている。



 彼女を守るために、何ができるだろうか。



 深く考えこみながら、司祭は筆記具と紙を取り、エルゼイン聖教本山への手紙をしたためた。





 ◆×◆×◆×◆





 旅立つことを決意したレダにとって、最も困難な問題となったのはメメリーの説得だった。


 このちいさな頑固者はレダの行くところならどこへでもついていき、当たり前のようにこれからもそうするつもりでいた。


「あなたを連れてはいけないの、メメリー。わたしは行くけれど、あなたはここに残らないといけないんだよ」


 “神託”を皆に告げた日の夜、ほとほと困り果てた顔でレダはメメリーに言い聞かせていた。


 外にはどんな危険があるかわからないし、レダの望みは“安全”とはかけ離れたものだ。

 連れていくことなど考えられないレダに、メメリーはいつもと同じように答えた。


「めめりー、れだと、いっしょ」


 誰が何をどう言っても、メメリーには無意味だった。

 なぜこれほどに彼女がレダに固執するのか、本人以外には誰ひとりとして理由を知らなかったが、その執着がおそろしく強いことだけは皆よくわかっていたので、レダ以外の人々はだんだんと諦めの方向へ流れていった。


 メメリーはその様子を見て、ほっとした。

 レダと一緒に行くためなら何でもするつもりだったが、大変なことはなるべく少ないほうがいい。





(めめりー、れだと、いっしょ)





 銀の髪に青い目をしたこの少女がどうして孤児になったのか、レダへの執着の理由と同じで、本人の他には誰も知らない。

 彼女が誰に何と訊かれても、なにも答えないから。


 そして同じ理由で誰も知らないことだったが、メメリーには生まれつき不思議な力があった。

 それは“生きものの弱いところが視える”という力だった。


 まだ幼いメメリーを、その力が救った。


「なんだその目は、オレをバカにしてんのか!」


 酒を飲んではわけのわからないことを怒鳴って、母を殴り娘のメメリーを蹴る父親を、母が台所で使うナイフを手に取れるようになったある日、メメリーは刺し殺した。


 どこを刺せばいいか、メメリーの目にははっきりと視えていた。

 酒に溺れていつもだらしなく寝ているひとだったから、機会はいくらでもあった。


「ああ、メメリー、メメリー……」


 それを見ていた母は、夫に殴られながらもひたすらに働かなければ生きていけない貧しい暮らしに、疲れ果てていた。

 血を流して動かなくなった夫を呆然と見おろし、彼を刺したナイフを握ったままの娘に、彼女は頼んだ。


「お願い、メメリー。わたしも……」


 メメリーは母の願いを叶えた。


 娘が父親に殴られるのを見ても、部屋のかたすみでおびえることしかできない弱いひとだった。

 ケガをして血を流す娘を見ても手当すらしてくれず、目をそらして自分の仕事へ行くひとだった。


 メメリーはそんな母にひとかけらの愛情も持っていなかった。

 むしろ近くにいるのに何もしてくれないそのひとが、大嫌いだった。



 そうして、ひとりきりになった。



 近所の人が血まみれのメメリーを見つけ、教会の孤児院へ連れていったのは幸か不幸か。

 誰も、二人の男女の死が、彼らの幼い娘の手によるものだとは思いもしなかった。


 酒癖の悪い夫に我慢できなくなった妻が彼を刺し殺し、その後に自殺したのだろう。

 大人達はそう結論して、それ以上のことが調べられることはなかった。


 メメリーも、誰にも何も言わなかった。

 ただ自分の身は自分で守らなければならないのだと、誰も守ってくれないのだということだけを、学んでいた。



 そんな時だった。



「三番目の月がのぼり、あなたは生まれた」


 ごくちいさな声に気づいて、メメリーはふらふらと歩いていった。

 そこにいたのが、床をみがきながら歌うレダだった。


 メメリーはそばへ行ってみたはいいものの、だからどうするというあてはないし、何が起こるとも思っていなかった。

 なんの期待もなかった。


 けれどレダは、メメリーがぼんやり立っているのを見るとそばに来て名を訊き、お腹が空いていることに気づくと台所へ連れて行って食べ物をくれた。

 ケガをしているのを知ると、手当てをしてもらえるよう修道士に頼んでくれた。


 メメリーはすぐに、レダが好きになった。


 彼女はごはんをうまく食べられなくても怒らないし、お酒ものまないし、誰のことも蹴ったり殴ったりしないし、何よりも、メメリーの嫌いな“おおきいひと”ではなかった。

 それどころかいつも優しい顔で微笑んで、メメリーの知らないことをていねいに教えてくれて、じょうずにできると喜んでほめてくれる。


 ほめられるなんて初めてのことで、なんだかとてもくすぐったくて、うれしかった。


 メメリーはレダの笑顔が何よりも好きだった。

 時々うたってくれる子守唄も好きだった。

 たまにきびしいことを言うこともあるけれど、それはメメリーがわがままを言ったり、悪いことをしたせいだとわかっている。


 レダのそばにいるのが心地よかった。

 そんな人を他に知らなかった。


 そうしていつの間にか、レダ以外のものを見なくなった。





「あなたを連れてはいけないの、メメリー」


 辛抱強く繰り返すレダを見あげ、メメリーもまた繰り返す。


「めめりー、れだと、いっしょ」





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