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剣の聖女は覇王と踊る  作者: 縞白
二章 黒獅子の戴冠
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三話 騙り。神の僕。鳥のヒナと親鳥の後悔。





 レダにとって、人々の慕う『剣の聖女』として“王国に生まれた二十二番目の御子”のもとへ行くのは、グランベルク・ウォーシャーフという人物の姿をとらえるための手段だ。


 今のままでは目に映すことすらできないのだから、まずは手の届くところまで行かなければならない。

 それには彼の指示に従うしかない。

 ただの孤児が王子のもとへたどり着く手段など、他にありはしないし、おそらく生きてこの状況から逃れられるすべも、今はないだろうから。


 美和子の記憶にもレダの記憶にも、何かを演じるための知識や経験などまるでなかったが、元の世界で多くの本を読んでいた美和子の思考能力がそれなりに役立った。



(わたしはただ“神を盲目的に信仰する、何も知らない孤児”でいい。

 神託は「王国に生まれた二十二番目の御子に仕えよ」という一点で、わたしは剣のこともその御子のことも、何も知らないままでいい。

 子どもの無知は、たいていの人の目に“無垢”と映る。それに何も言わずにおけば、人々はその沈黙を、それぞれ自分の望むように解釈していく。

 沈黙は金、雄弁(ゆうべん)は銀。

 へたに語っては、かえって危ない)



 そう考えて行うのは、これまで自分を育ててくれた人を、優しくしてくれた人を、「あなたを信じます」と言ってくれたクリフトン司祭を。


 だまし、裏切る行為だ。



 それを思うとたまらなく苦しかった。

 けれどレダの望みを叶えるのに最も適した手段が『剣の聖女』になることである上、ここから生きて逃れるすべを見つけられない現状、選べる道など他になかった。



「なぜ神がお前に語りかけたのだと、断言できる?」


 アイジスの領主の館で、神託を告げたレダにウェルズ侯爵がそう問うた時も、だから彼女はゆらがなかった。


 ゆらいでぼろを出せば、『剣の聖女』から“神の名を(かた)る背徳者”へと転落する。

 エルゼイン聖教の聖職者たちが罪の裁きを司るこの国で、神の名を騙る罪がどれほどのものか、考えるのもおそろしい。


 レダの望みを叶えるため、そして何よりも自分の命を守るため。

 わたしは本当に『剣の聖女』なのだ、と繰り返し頭にすりこみながら答えた。


「わたしが神の(しもべ)だからです」



 一方。

 主の声を聞き間違えることはない、と言外に断じるこの少女を何としたものか、侯爵は内心で迷っていた。


 彼女の態度から感じるのは、必死にそれを信じようとするあわれなまでの真剣さと、おびえ。

 狂信者というにはあまりにも頼りなげで、誰かに仕込まれた刺客というにも、そのような覚悟や技量があるようには見えない。


 しかしレダが持つのは、彼女でなければ触れることさえできない類稀なる剣。

 仕えたいと望むのは、ヴァルスタン王国の王族のひとり。

 しかも王位継承権を持つ王子だ。



 北に若き黒獅子あり。



 そう言われるほどの勇猛さを見せるようになった、当代国王の二十二番目の御子、第十三王子グランベルク・ウォーシャーフ。

 幼い頃にあまりかんばしくない奇癖(きへき)があると聞いたことがあったが、最近はそんな噂もなくなり、賢く優れた剣の使い手として知られている。


 この『剣の聖女』が王都へ行くことで、現在十八人の王子を抱えて水面下で後継者の選定に荒れる王家に、何らかの影響を与えるのか否か……


 長く親交のあるクリフトン司祭が守ろうとした少女を、血なまぐさい世継ぎ争いの渦中へ放り込むのかと考えると気分が沈んだが、それが彼女の望みでもある。

 もとより放置はできないし、彼女が精神を病んでいるか、あるいは何者かが仕込んだ王家への刺客である可能性も、無いような気はするが警戒はとけない。


 しばらく考えて、ウェルズ侯爵は自分一人で判断を下すべきことではないと結論した。



 監視を継続し、判断は王都にゆだねよう。



「王都までは私の配下に送らせる」


 侯爵はそう言って、レダを教会へ帰らせた。





 ◆×◆×◆×◆





 二人の騎士とともに教会へ帰る道のりを、レダは時折、後ろをちらりと振り返りながら歩いた。


 彼らからいくらか離れたところを、メメリーが歩いている。


 「あなたを連れてはいけないの」というレダに、頑固に「めめりー、れだと、いっしょ」と繰り返すこの少女は、いつどこへ行くか知れないレダから片時も離れようとしなかった。

 レダはほとほと困り果て、なつかせすぎたことを後悔し、どれだけ心配でも、もうかまわないよう自制した。


(わたしが何もしてくれない人だとわかれば、きっとあきらめてくれる)


 祈るようにそう考えて、メメリーの眼差しに応えることなく背を向け続けていた。

 しかし、それはあまりにも遅すぎた。


 メメリーはまるでかまわず、何も言わず、鳥のヒナが親鳥を追うように、レダのあとを追った。

 レダが教会へ追い返そうとすると、その手の届かないところまで離れ、距離を保ってついてきた。



 レダは後ろで物音がするたびに、メメリーが転んだのではないか、誰かにぶつかったのではないかと、はらはらしながら振り向いた。

 そして何事もなくついてきている青い目と視線が合うと、急いでまた前を向いた。


(わたしのそばにいて、この子に何かあったらどうしよう……)


 そばに置くのも不安だが、目の届かないところにいるのも心配でたまらない。

 どうしてこんなことになったのかと思うと、レダは何も考えずメメリーを連れ歩いていた過去の自分が、つくづくと(うら)めしかった。





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