第二十三話 闘士寮と、大蛇と。
翌朝。闘技場へ着くと、ガレオンが待っていた。
どう見ても悪人の風貌なのに、笑うと親近感が湧く。
このあたりのギャップが、この男をこの国のトップたらしめている理由なのかもしれない。
護衛と思しき男が何人かいたが、
わしが案内するからいい、とそれを下がらせた。
「いいんですか?」
俺は思わずガレオンに聞いた。
「なにがだ?」
「いえ、もし俺がガレオンさんに悪意があったら……
危険じゃないですか?」
「悪意があるのか?」
「いえ、もちろんないですが……
不用心ではないのかなと」
俺がそう言うと、ガレオンは笑った。
「〝奇術師〟ユイトよ。もしお前に悪意があったら、
昨日のうちにわしを襲い、誘拐でもしているんじゃないか?
その機会はあったはずだ。
それに、わしは——
人を見る目には自信がある。
裏切られたことなどない。お前はそういうやつじゃない。
それくらいすぐに分かる」
ガレオンの言葉には、説得力と、重さがあった。
ガレオンはそれだけ言うと、足早に闘技場内を進んでいく。
商売人は、足が速い。
俺はそれに必死についていく。
闘技場の裏手にある重厚な扉を抜けると、
寮と思われる施設に入った。
「こっちだ」
ガレオンが案内する。
石造りの階段で、上に上がっていく。
「闘士寮は縦構造だ。下層ほどランクが低い。
上に行くほど、待遇も——報酬も上がる」
「各階の行き来は禁止だ。下から上へも、上から下へもな。
必要以上に交わると、余計な軋轢が生まれる」
合理的だ。
羨望、嫉妬、劣等感。
そういうものは、閉じ込めておいた方が管理しやすい。
階段で二階に着くと、ガレオンは鉄扉を開けた。
「EからCランクは一階。BとAが二階だ」
「上は、Sランクですか?」
「ああ。あとは闘技場幹部が住んでいる。
わし専用の部屋もある」
なるほど……建物の構造は分かった。
極論、三階を制圧すれば、シャインの奪還は可能と言うことだ。
良い情報だが……その手段を使うのは、違う気がする。
なぜか、この男を裏切る気がしない。
それに値する悪人に思えない。
そう思うようになっていた。
本当に、奴隷貿易を率先してやっていたのだろうか?
俺は、フィオラの話を思い出し、確かめてみることにした。
「べラムっていう、ブレイヴェンの元貴族がいると思うんですが……」
フィオラを襲った、貧民を奴隷にしていた貴族だ。
犯罪者となり、闘技場に送り込まれたとアルヴァルド前王が言っていた。
ガレオンが鼻を鳴らす。
「ああ、いるな」
興味なさそうな声。
「あいつはEランクだ。貧民を奴隷にして送り込んできたやつだ。まったく、迷惑な話だ。こっちまで疑われた」
足を止め、こちらを見る。
「我々は、犯罪者や理由のある者しか受け入れていない。
闘技場は興行だが、同時に社会復帰の施設でもある。
罪のないものを無理やり働かせるなど、闘技場の信念と異なる」
「信念?」
「ああ。ここにくるのは、社会を知らないものばかりだ。
闘いの中で、自分の価値や生きる意味を学んでいく。
そいつらが社会に出て、護衛や、魔獣討伐の兵士になる。
ビジネスと、社会活動の両立、それがここの信念だ」
あれ……?
やっぱり、この人ただの拝金主義の独裁者じゃないんじゃないの…?
あまりにイメージと違いすぎる。
しかし、信念を語る人間ほど、要注意である。
まだまだ油断はしないでおこう。
「ちなみに、ベラムは、グラスハウンド一匹に噛まれてな。
今は療養中だ。
本人は戦いたくないと言っているが——
戦う意志がないものを面倒は見切れん」
肩をすくめる。
「ブレイヴェンに持って帰ってくれないか?」
冗談めかして笑った。
本気か冗談か、分からないが、
少なくとも、信念に嘘は感じられない。
闘士に対する待遇や扱いをみても、軸がしっかりしている。
やはり、悪い人ではないのかもしれない。
二階の奥に向かうと、ここがお前の部屋だ、と言ってガレオンは扉を開けた。
そこに広がっていたのは——
広いリビング。
柔らかそうなソファ。
磨き上げられた床。
「……ホテルか?」
正直、今まで見たどんな宿よりも豪華だ。
「驚いたか?」
ガレオンが満足そうに言う。
「Aランクは闘技場の宝なんでな。
心も体も、ゆっくり休んでもらわねばな」
これでAなら……
Sランクの部屋はどれだけ豪奢なのだろうか。
闘技場=奴隷が死に向かう場所。
俺が勝手に抱いていたイメージが崩れていく。
むしろ、トップアスリートの強化施設に近い。
歓声。スポンサー。ランク制度。待遇。
違うのは——自由がないだけだ。
「早速だが」
ガレオンが踵を返す。
「今日、試合を組んである」
「……今日?」
「連戦をお望みだったのでな。
今日から五日連続、対戦カードを組んだぞ。
〝奇術師〟の正式デビュー戦だ。楽しみにしているぞ」
にやり、と笑う。
今日の対戦相手は、蛇と聞かされた。
コイルサーペントと呼ばれる、大蛇。
「巻きつかれたら、命が危ないぞ。
その時点で、敗退とみなして、強力な麻酔矢を放つからな」
ガレオンは言った。
檻が上がり、砂が舞う。
対面の鉄門が開き、ぬるりと巨大な蛇が姿を現した。
全長十メートル級。
灰色の鱗。
無駄な装飾はない。
ただ、太い。
「〝奇術師〟ユイト!相手はコイルサーペント!」
アナウンスの声が響き、歓声が上がる。
蛇は地面を滑るように近づいてくる。
まずは牽制するか……。
俺は手をかざす。
「レゾナンスシェイク」
振動を流そうと試みる。
だが、蛇の内部のイメージがうまく湧かない。
……何を揺らせばいいんだ?
その隙に、蛇が一気に距離を詰める。
っ……!まずい、思ったより速い。
尾が横殴りに飛んでくる。
アースウォールを発動するが、間に合わず、
土ごと殴打される。
避けきれず、体勢が崩れる。
次の瞬間、尾が胸から腰へ絡みついてくる。
——いきなりピンチだ。
このままじゃ、敗退になってしまう。
俺は直接コイルサーペントの体に触れ、共鳴を撃つ。
「レゾナンスブレイク」
触れた瞬間、振動が拡散——しない。
尾はどんどん巻き付いてくる。
「……揺らしてもダメなら…火だ!」
俺は右手を蛇の顔へ向ける。
赤の式。右手に、火球ができあがる。
掌に生まれた小さな炎が揺れる。
——タツオとは比べ物にならないな。
だが、この距離なら。
至近距離。
「フレアバースト!」
火球を撃ち出す。炎が、蛇の眼前で爆ぜた。
熱と閃光。
蛇が頭を引く。
締め付けが一瞬、緩んだ。
俺はその隙に身体をねじり、
——抜け出した。
砂に転がり、距離を取る。
蛇が再び鎌首をもたげる。
間髪いれず、もう一発。
今度は口元へ火球を放つ。
蛇は本能的に退き、動きが止まった。
よし、チャンスだ。
俺は地面に手をつく。
「アースウォール」
砂が盛り上がり、蛇の胴を囲む。
防御技の応用だ。
閉じ込めてやる。
コイルサーペントの周りが、土に囲まれていく。
俺は、紫の霧を出し、土の壁の中を包み込む。
壁の密閉空間なら、俺の式力でもいけるかもしれない。
「ドリームヴェール」
ミサキの睡眠技。
——すまん、ミサキ。
名前は、勝手につけた。
蛇は土の壁の中で、眠りに落ちた。
ドサッ、と大きな音がし、その場に崩れ落ちる。
しばしの静寂。やがてアナウンスが響く。
「コイルサーペント、戦闘不能!
勝者——奇術師ユイト!」
歓声が爆発する。
俺は荒い息を整えながら、倒れた蛇を見る。
やはり、赤の式はほぼダメージはないな……
鱗が黒くなった程度だ。
しかし、威嚇には役立った。
昨日、一夜漬けで訓練しておいて良かった。
俺は小さく息を吐く。
とはいえ、危なかった……
やはり命の危険は隣り合わせだ。
俺は背を向け、控え室へ向かった。
控え室には、またガレオンが降りてきていた。
「あえて危険を見せるとはな。
よい演出だ。興行が分かってきたな」
ガレオンが言った。
「いや……本気で危なかったですよ」
俺は返した。
ガレオンは目を細める。
「それなら、その方がいい。
それが伝われば、観客は湧く。
残りの四連戦も楽しみだ。
頼むぞ、〝奇術師〟ユイト」
俺は小さく息を吐いた。
こんな感じで五連戦って。
本当に俺は大丈夫なんだろうか。
あと四戦。なんとかやりきるしかない。




