第二十二話 闘技場デビューと、しばしの別れと。
檻が上がる。
暗い控え室から出ると、陽の光が眩しい。
歓声が、波のように押し寄せる。
中央の円形舞台に、俺は向かう。
反対側の鉄門が、軋む音を立てて持ち上がった。
出てきたのは——
黄金色の体毛。
異様に発達した前脚。
そして、黒く湾曲した角。
サヴァンレオ。
ミドルリッジで遭遇した個体より、
明らかに大きい。
「……でかくないか?」
俺は小さく呟いた。
観客席で、ガレオンが腕を組んでいる。
高みの見物とは、まさにこのことだ。
サヴァンレオが低く唸る。
地面を引っ掻く。
俺をまっすぐに見据えている。
捕食者の眼だ。
魔獣は、そのまま俺に向かって駆けてくる。
地面が揺れる。
俺は茶の式を発動し、土の壁を作る。
この技に何度も命を救われてきている。
名前は——どうしようかな。
アースウォールとかでいいか。
魔獣は土の壁にぶつかり、一瞬怯むが、
すぐにそれを破壊して突っ込んでくる。
……ブルドーザーかよ。
俺は、次なる手を打ち出す。
エイルと呼ばれた、あの女と戦った時の技だ。
落とし穴。
「アースホール!」
地面に穴が空き、突進してきたサヴァンレオがそこに落ちる。
しかし。
——ここから決め手がない。
思えば、最後はタツオやアレクシオの火力に頼ってばかりで、俺は戦闘スキルを磨いてきていない。
そうこうしているうちに、穴から魔獣が這い上がってくる。
俺は、ミサキ仕込みの紫の式術で、幻惑をかける。
紫色の霧が立ち込め、魔獣は俺を見失った。
その隙に背後に周る。
俺ができる技と言えば……
あれしかないか。
俺は、魔獣の身体の中をイメージする。
そして、その中を流れる血液を……揺らす。
「レゾナンスシェイク」
振動を流す。
魔獣がふらつき始める。
ほんの一瞬。
だが、それでいい。
俺は魔獣の巨体の背後に近づき、
背中に手を触れる。
その凶暴な手触りに、少しぞっとなる。
が、理論的には、直接触れた方が大きい〝共鳴〟ができるはずだ。
レゾナンスシェイク、近接バージョン。
名付けて——
「レゾナンスブレイク」
内部共振。
遠隔ではなく、直接内部の血液を、内臓を振動させる。
サヴァンレオが、息を詰まらせたようにのけぞる。
そして——音もなくその場に倒れ込む。
口からは、泡をふいている。
しばらく経つと、アナウンスが流れた。
「サヴァンレオ、戦闘不能です!
勝者……ルーキー、ユイト!」
観客がざわつく。
「今の何だ?」
「色んな式術使ってなかったか?」
「殺して——ないのか?」
VIP席であろう、高いところで観戦していたガレオンが、
ゆっくり立ち上がった。
にやりと、笑っている。
俺と目が合うと、ガレオンは指を下に向けた。
下階で会おう、という意味だろう。
歓声が、渦になり、俺を包み込んだ。
——気持ちいい。
今まで人生でこんなに喝采を浴びたことがあるだろうか?
生徒会長といっても地味な仕事ばかりで、
スピーチをしたとしても誰も聞いてはいなかった。
ハマってしまいそうである。
俺は、頭を振るって邪念を捨てる。
目的を見失ってはいけない。
あくまで目的はシャインとの接触と、その先にある脱出だ。
俺は、控え室に戻った。
控え室の扉を開けると、そこには既にガレオンが立っていた。
腕を組み、壁にもたれかかっている。
「……早いですね」
さっきまで上階のVIP席にいたはずだ。
俺が言うと、ガレオンは鼻で笑った。
「スピードはビジネスの基本だ。
なかなか面白い戦いだったぞ」
ガレオンはゆっくりと歩み寄る。
「土、幻惑、そして……最後のあれは何をしたんだ?」
「……企業秘密です」
わざと軽く返す。
ガレオンの口元が、僅かに歪む。
「気に入った。いいだろう。
今日からAランク扱いとする」
よし。やった。
どうやらガレオンのお目にかなったようだ。
本来なら最低ランクEからの積み上げだと考えると、
大幅なスピード出世だ。
「いいんですか?」
「興行だ。客が沸けば正義だ。
それに約束を守るのは、商売人として当然だ」
実に分かりやすい。
「それとだ」
ガレオンは顎を上げる。
「お前の二つ名を決めた」
嫌な予感がする。
「〝奇術師〟ユイト」
……うん。意外と悪くない。
「今日の戦いはまるで奇術だった。
種も仕掛けも分からん。
観客は混乱し——そして熱狂する」
ガレオンは俺を真っ直ぐ見据える。
「闘士は住み込みだ。闘士寮を用意する。
今日からでいいか?」
商売人は、成果を急ぎすぎる。
「……寮に入る前に、街を回ってみたいです。
明日からでいいでしょうか?」
一応、仲間に現状を伝えておきたい。
そして、しばらくイエナに会えなくなるのかと思うと……
正直寂しかった。
ガレオンの目が、細くなる。
数秒の沈黙。
やがて、ふっと息を吐いた。
「まぁいいだろう。存分にこの街を堪能してくるといい」
許可が出る。
ここで、俺はもう一つ切り出した。
「あと、できればお願いがあるんですが」
「なんだ」
「闘技回数を増やせませんか?」
空気が、少し変わる。
ガレオンの視線が鋭くなる。
「……理由は?」
「早くSに上がって、強い魔獣と戦いたいんです」
Sに上がりたいのは、嘘ではない。
だが、本音のすべてでもない。
目的はそこではない。
シャインに近づくには、上に行くしかない。
ガレオンは俺を観察している。
品定めする猛獣のように。
「本来は週に一度か二回程度だが……
怪我人が多くてな。ちょうど今は闘士が足りん。
望むなら毎日でも出せる」
毎日。ありがたい。
さっさと五連勝して、Sに上がってしまおう。
「それでお願いします」
即答した。
ガレオンの眉が、わずかに動く。
「怪我をしたら治るまで出場はできんぞ」
「分かっています」
「——死ねば当然、終わりだ。
そうならないように運営しているが……
Aランク以上は、時折死者も出る」
「それも問題ありません」
沈黙。やがてガレオンは、低く笑った。
「いい目だ。ある意味、狂っているな」
そして背を向ける。
「明日、朝またここに来い。寮を案内してやる」
扉が閉まる。
俺はゆっくり息を吐いた。
明日も、ということはガレオンが案内してくれるんだろうか。見た目は確かに悪徳商人だが……
そんなに悪い人には見えない。
もしかすると、それも含めて人身掌握の天才なのかもしれないが。
いずれにしても、そんなに時間はない。
俺は拳を握る。
目的は、闘技場の頂点ではない。
シャインとの接触。
そして、その先にある脱出。
俺は今日から〝奇術師〟ユイトになった。
闘士としての仮面を被り——
俺は、檻の中へ自ら足を踏み入れる。
「というわけで、明日からしばらく闘技場に住むことになりました」
イエナが見つけてくれた宿。
俺は、皆に合流すると、顛末を話した。
「〝奇術師〟ユイトかぁ。なんかいいね。
試合見に行っていい?」
タツオは言った。
「私直伝の紫はちゃんと使ったんだべな?」
ミサキは言う。
どいつもこいつも。
少しは心配とかしてくれないんかい。
「ユイトさん、気をつけて。もし危なくなったら、すぐ逃げてくださいね。
私たちも、やれることをやっておきます」
イエナが言った。
おお、我がいとしの女神よ。
まともなのはあなただけだ。
「しばらく会えないのは……寂しいですね」
イエナがそう続けると、俺はドギマギしながら、
そ、そうだな、と言って照れ隠しをする。
ミサキが、にやりと笑ったのは、
気づかないふりをした。
「でも、ガレオンって人、そんなに悪い人じゃなかったんでしょ?」
タツオがカットインしてきた。ナイス天然。
「ああ。闘士の命も大事にしていたし、約束は守るタイプの人間に見えた。ラグナも、嫌ってはいないようだったし……
悪人と決めつけるのは違う気がする」
俺は答える。
「そしたら、私たちはガレオンや、この街について調べておくべ。オルディアとの繋がりや、まだ知らない情報があるかもしれない」
ミサキが、まともなことを言った。
本来は、頭の切れるやつなのだ。
恋愛モードに入るとグダグダになるが。
「まずは、ガレオンの奴隷仕入れルートから洗いましょう。
それと、ユイトさんが闘技場に行っている間、
闘技場の裏である施設を発見しました」
イエナが言った。
「施設?」
「はい。——魔獣の育成場です。
広い敷地内で、巨大な魔獣が飼育されていました。
かなり頑丈に警備されていたので、
何かあるかと思い、ミサキの幻惑で侵入しました。
恐らくですが、闘技場の魔獣は、そこで育てられています」
「そんなものが……もしかすると、そこにオルディアの息がかかっている可能性があるな」
俺は言った。
「オルディアが人工魔獣の生産をしている以上、なんらかのつながりがあってもおかしくありません」
イエナが続ける。
「なるほど。じゃあ、皆はその辺りを調べておいてくれ。
俺は、さっさとSランクになって、シャイン=カムイを説得してくるよ」
「頑張ってね、〝奇術師〟」
タツオが笑っている。
「うるさい。お前も手伝え」
「え?何を?」
「Aランクでどんな魔獣が出てくるか分からない。
付け焼き刃でも、赤の式を鍛えておきたい。
あと、イエナも。できるか分からないけど、オートヒールを教えてほしい」
俺は言った。
「……私の紫の式はいらないんだべか?」
ミサキがふくれっ面をしている。
まずい、へそを曲げられると面倒だ。
「ミサキの術は、だいぶ教わったからな。
今日も、ミサキの幻惑がなかったら危なかったよ」
「……ふん。当たり前だべ。負けたら許さないからな」
多少機嫌を持ち直したようだ。
よかった。
俺はその夜、一夜漬けで赤と緑の修行を行った。
敵がわからない以上、備えあれば憂いなしである。
明日からしばらくは一人での戦いだ。
心細さもあるが、皆から任された仕事をやりきろう。
宿に戻り、明日に備えてベッドに入る。
窓からは、まだ街の明かりが見えている。
マルカドールの街は眠らない。
それを感じながら、俺は眠りに落ちた。




