第二話 護衛クエストと、式術都市と。
翌日。昨日クエストで得た報酬で俺たちはこの世界の装備を整えていた。
学生服の俺に、部屋着のジャージのタツオでは、目立ちすぎる。それっぽい旅人服を手に入れ、靴も履き替える。
それだけで少しこの世界に馴染んだ気になる。
俺たちは、昨日に続いてギルドに向かった。
まぁ、何にせよ、俺たちのランクはまだまだ低位である。
俺に至っては、単独でこなせるクエストすら見当たらない。
低ランクのクエストを中心に見ていると、
タツオが新着の所をじっと見ている。
「ユイト、これ見て」
タツオが指差したクエストを見る。
◾️急募◾️
テオロッドまでの護衛
条件:赤の高位者
推奨ランク:Bランク
報酬:十万ソル
委細面談にて
「Bランクって…全然無理だろ」
俺は言った。
タツオはじっとそれを見ている。
「でも、委細面談って書いてあるよ。
ダメ元で行ってみようよ」
そう言うと、タツオは受付に向かっていった。
おいおいおい。
どんだけ行動力あるんだよ…
ギルドの受付にタツオがクエスト受注希望を告げると、
ランクを見て難色を示された。
そりゃそうだ。BとD。二階級特進受注だ。
普通なら門前払いである。
俺は仕方ない、と言う顔をしていると、こちらを見てくる。
え?どういうこと?
「ユイト、こういうの得意でしょ」
俺は、ため息をつく。無茶振りにも程がある。
だが、テオロッドに行かないことには俺の式について何も分からない。
仕方なく、乗っかってやることにした。
俺は委細面談の部分を前面に押し出し、
「緊急クエストなら面接回数を増やした方が良い」
と受付に熱弁した。
熱意と根性しか、今の俺たちに武器はない。
5分ほど粘ると、根負けした受付が依頼主に確認しに行ってくれることになった。
「さすが」
タツオは言う。
こいつ、最初から俺に交渉させるつもりだったな。
少しの間待っていると、受付が帰ってくる。
依頼主から許可をもらったとのこと。
粘り勝ち。
上の階に行くように案内される。
どうやら、タイムリーにクエスト受注希望者の面談を順次行なっているらしい。
階段を登る途中、タツオが言った。
「面接はユイトの担当ね」
まぁ、そう来るとは思っていた。
だが、どうしたものか。
いざ機会をもらったものの、出たところ勝負である。
面接なんて、バイトの面接くらいしか経験がない。
緊張から、少し手のひらに汗が滲む。
案内された応接室に入ると、女が一人座っていた。
灰色の髪を高い位置で束ねたポニーテール。
目つきは鋭く、姿勢は崩れていない。
年齢は、二十代中頃だろうか。
鍛えられた腕は、筋肉がまだ浮き出している。
机の上には、羊皮紙の束がある。
これまで面接した冒険者の登録情報だろう。
女は名乗った。
「テリーズだ」
声は低めで、端的だった。
女は、羊皮紙を見ながら言った。
「ランクが足りていないな。なぜ条件不足で応募した?」
いきなり核心。
俺は一度息を吸った。
「テオロッドに行く必要があるから、です」
俺は直感した。
この人に、誤魔化しや嘘は通用しない。
ならば、正面からぶつかるだけだ。
失敗したら、仕方ない。
「理由になっていない」
テリーズは、冷たい声でそう言った。
「この髪を見てください。俺は、白の式者です」
テリーズは俺の髪を見ると、少し眉を動かした。
「染めてるわけじゃ…なさそうだな」
「この街——ミドルリッジの研究所では、俺の式が分からないと言われました。答えがあるのはテオロッドだけだと」
俺は続ける。
「それが、俺たちの応募理由です。応募資格に関しては、ランクは足りませんが、コイツは赤の二式です」
テリーズは視線をタツオへ向ける。
「二式?それが本当なら、確かに条件面は問題なさそうだな。ただ、お前は?白のお前は、何が出来る?」
来た。
俺は一瞬、喉が詰まった。
(何ができる?)
正直、分からない。
白の式——何も発動していない。
俺は、この世界で“ただの一般人”だ。
俺は、言葉を選んだ。
「戦闘面では、役に立たないでしょう」
テリーズの目が細くなる。
「……正直だな」
「でも、護衛は“戦闘だけ”じゃ成り立たない」
俺は続ける。
「交渉、情報収集、食糧管理、移動計画、緊急時の判断。
様々な雑用が必要です」
テリーズは、ふむ、と頷いた。
「それに、俺はタツオの赤の力を見ています。彼はまだ制御出来ていませんが、俺なら彼が暴走しても止めることが出来ます」
俺はタツオを見ずに言った。
ハッタリだ。ただ、何故か止められる自信があった。
「僕、暴走しないってば」
タツオは言った。
「うるさい。お前は自分の火力を正確に測れていない。まだ制御法も知らない。“やりすぎる”危険がある」
僕らのやりとりを見て、
テリーズが軽く鼻で笑った。
「止められるのか?」
「俺なら止められます」
「どうやって」
俺は一拍置いて答えた。
「……言葉で」
テリーズの表情が変わった。
ほんの少しだけ、興味が乗ったのが伝わる。
「…言葉で止めるか。それには、相当な信頼関係が必要だな。信頼の根拠は?」
それを言われると、即答は出来ない。
「少なくとも、これまでの旅で俺はタツオの火力も、性格も知っています。使い方も、本人より理解できていると思います」
テリーズは考え込んでいる。
俺は、たたみかけた。
「護衛任務の最優先は、護衛対象を無事に目的地に届けることだと思います。それには、赤の力と、それを理解し制御できる力が合わせて必要ではないかと」
テリーズは黙って、羊皮紙をめくった。
「確かに、筋は通っているな。お前らの付き合いは長いのか?」
芯をついてくる。
しかし、嘘はつけない。
「まだ、数日です。ただ、俺は誰よりもタツオを理解している自信があります」
テリーズは、タツオを見て聞いた。
「お前もそう思うか?」
タツオは、小さく頷く。
「信頼関係は、日数じゃ測れんからな。分かった。
しかし、白。お前の武器は、人の扱い、なのか?」
痛い所を突く。本音を言えば、自分の力を示したい。
しかし、一人の力でできないことも、チームであれば解決できることも俺は知っている。
生徒会長としての仕事を思い出す。
皆に中々言うことを聞いてくれないが、頼りにすると力を発揮してくれる連中ばかりだった。
「はい。これまでも、色んな人に助けられてきました。
俺は戦闘力としては役に立ちませんが、誰かの力を活かすことはできます。
人を頼り、動かす。それが俺の武器です」
しばしの沈黙。
テリーズは立ち上がり、机を回ってタツオの前に立った。
「確認だ。赤」
タツオが顔を上げる。
「道中の上司は私だ。命令は聞けるか?」
「合理的なら」
おい。俺が積み上げたものを破壊するんじゃない。
俺は冷や汗が出る。
「合理的でないなら聞かないのか?」
タツオは一瞬だけ考えて、言った。
「ユイトが言うなら聞けるかも」
テリーズはそれを見て、笑った。ほんの少しだけ。
その笑顔に、張り詰めた緊張が一瞬緩む。
俺の方に向き直って言った。
「いいだろう。合格だ。
…ただし。一つだけお前は間違えている。
護衛の仕事のゴールは、護衛も含めて全員が無事に目的地に着くこと、だ。
私の指揮下に入ったら、命最優先で動いてもらうぞ。
いいな?」
やだ何この人カッコいい。
ついていきます、姉さん、と言いかける。
代わりに俺は大きく頷いた。
タツオも軽く手を挙げる。
「りょーかい」
……ぶん殴りたくなる。
こうして俺たちは、
何とか護衛クエストの“採用”を勝ち取った。
護衛対象の出発日。
俺たちはテリーズに指定された集合場所へ向かった。
出発の身支度をしているテリーズに挨拶をしていると、
馬車の中から少女が顔を覗かせた。
緑色の髪。少し跳ねたボブヘアー。
服装は、白いローブのような格好だった。
歳の頃は、俺たちと変わらないくらいだろうか。
テリーズは、言った。
「今回の護衛対象だ。挨拶しろ」
「よろしくお願いします。イエナ、と申します」
その瞬間だった。
胸の奥で、何かが弾けた音がした。
(あ、これ……)
久しぶりに来たかもしれない。
忘れかけていた、いや、諦めかけていたトキメキが。
「よ、よろしく、お願いします」
声が裏返らなかったのは奇跡だと思う。
タツオは横で、いつもの調子だった。
「よろしくイエナ。僕はタツオ。こっちはユイト」
——相変わらず勝手に名前呼び。
イエナは少しだけ目を丸くしたが、すぐに微笑んだ。
「ありがとうございます。お二人とも、頼りにしています」
その言葉が、胸に刺さった。
いや、俺、頼りにならないんだけど。
しかし、この子の前で恥ずかしい所は見せられない。
俺は、何故かいつもより少し背筋が伸びていた。
出発はその日の午後だった。
馬車は一台に、所狭しと四人が乗る。
テオロッドまでは二日くらいの道中らしいが、積荷が多く、かなり狭い。
この人たちは何をしにミドルリッジに来たのだろうか。
馬車の操縦は、テリーズ。
俺とタツオは前の座席。
揺れの激しい馬車で、タツオはうたた寝をしている。
どんだけ神経図太いんだ。
イエナは後部座席で、盾がわりの積荷に挟まれている。
街道を抜けてしばらくすると、テリーズが馬車を停め、身構えた。
馬車に緊張が走る。
「来るぞ」
次の瞬間、茂みから複数の影が飛び出してきた。
ガラスのように透き通った毛並み。
最近見た、四足の獣。
「グラスハウンド…!」
と俺が叫んだ矢先。
剣が閃いた。
一体、二体。
無駄のない動きで、次々と斬り伏せていく。
速い。
そして、強い。
(……護衛、いらないんじゃ…?)
そう思った瞬間だった。
茂みから一体が飛び出し、イエナの元に飛びかかる。
俺は咄嗟に身を乗り出し、それを庇った。
「ユイトさん!」
イエナの声。
牙が迫る。
——次の瞬間、衝撃
後ろの肩が焼けるように痛む。
「っ……!」
視界が揺れる。
赤いものが、地面に落ちた。
(血……?)
足が、すくむ。
「大丈夫か!イエナ!」
テリーズが駆けつけて、その一匹を切り捨てる。
「私は大丈夫です。ユイトさん、座って」
そう言うと、イエナは俺の肩に手をかざした。
周囲の木々が、ざわりと揺れる。
緑色の光が集まり、俺の傷に流れ込む。
何かに包まれるような感覚。
俺の傷口は痛みとともに消えていた。
思わず声が漏れる。
「これが、緑の式……」
イエナは安心したように笑った。
「軽い傷で、良かった」
…軽い?肩がえぐれ、血が噴き出ても?
そうか、この世界ではこれくらいは軽い傷なのか。
俺は、改めて実感した。
この世界では、死はすぐ近くに隣り合わせていることを。
前の世界が、どれだけ平和で恵まれていたかを。
俺が回復を終えると、戦闘は、すでに終わっていた。
草原は一部、焼け果てていた。
タツオがやったのだろう。
テリーズは、焼け残ったグラスハウンドの個体を選ぶと、
迷わず解体を始めた。
「今日のメシは決まりだな」
…え?これ、食べるの…?
俺は、元の世界に早く帰りたい、と思った。
グラスハウンドとの戦闘後、しばらくは襲来はなかった。
俺は先ほどのショックと痛みを思い出し、しばらく呆然としていた。
不意に、後部座席から肩を撫でられる。
「痛み、大丈夫ですか?」
天使が微笑みかけていた。
俺は、思った。
やっぱり、帰りたくないかもしれない。
様々な感情が入り乱れていると、
路面が急に悪くなり、馬車の進みが悪くなった。
地面が、妙にぬかるんでいる。
テリーズは馬車を停め、剣に手をかけた。
「最悪だ。やっぱりいたか…タツオ、仕事だぞ」
次の瞬間だった。
馬車の横に積んであった水樽が、ぐにゃりと歪んだ。
「え?」
水が、逆流するように持ち上がる。
樽が砕け、中身が宙に浮いたかと思うと——
それは、ひとつの塊になった。
透明で、粘ついた、巨大な水の塊。
「アクアスライムだ!」
テリーズが叫ぶ。
バランスボールほどの水の塊が、三体。
馬車を取り囲んでいる。
躊躇わず切り付けるテリーズ。
しかし、いくら切ってもすぐに再生する。
「ちっ…!タツオは攻撃!ユイトはイエナの盾になれ!」
オーケー、ボス。
どうせ私にはそれくらいしか出来ません…。
俺はイエナの前に立った。
もう痛いのは嫌だが、仕方ない。
男を見せる時だ。
アクアスライムは馬車の周りを飛び回り、中々狙いが定まらない。
タツオは火力を調整しながら応戦するが、アクアスライムはすぐに地面から水を吸って回復する。
「埒があかないなぁ」
タツオが呟く。
そのうち一体が、再び水を求めるように、
馬車の残った樽へとにじり寄ってくる。
樽の横には、イエナがいる。
くそっ、どうする…
「ユイト!樽を引き離せ!スライムに吸わせるな!」
テリーズの指示が飛ぶ。
俺は、咄嗟に水樽を抱えて、馬車を飛び降りる。
アクアスライムを引き離すように走り出す。
アクアスライムは、それを追いかけるよう群がってくる。
くそっ…どうする。
しかし、アクアスライムは一群となっている。
片付けるなら、今だ。
危険だが、タツオの火力に賭けるしかない。
「タツオ!スリーカウントで、打て!」
タツオを見ると、すでに手のひらに火球が出来上がっている。
よし、行ける。
スリー、ツー、ワン、ゼロ。
俺はカウントと同時に茂みに飛び込んだ。
「フレアバースト」
タツオが呟く。
光。
熱。
刹那、巨大な火球がアクアスライムたちを包み込み——
水が、音もなく消えた。
完全消滅。
あたりには、水蒸気が立ち昇っていた。
俺は立ち上がると、土を払った。
「すいません…水、全部無くなっちゃいました」
俺はテリーズに言った。
テリーズは剣を収めながら言った。
「問題ない。命、最優先だ」
アクアスライムの襲来は、ある程度予想していたらしかった。
本来、海辺や川沿いにしかでないはずの魔獣が出没している。その情報を聞いたテリーズは、自身の剣との相性の悪さから、念のためギルドに赤の式者手配を依頼したとのこと。素晴らしい対応力だ。
「お前らがいなかったら、危なかったな」
テリーズは、馬車を動かしながら言った。
役に立てたようで、少し嬉しくなる。
まぁ、俺は走って飛んだだけだが…
しかし、喉が渇いた。
改めて言うことでもないが、水がなければ人は生きてはいけない。
近くに流れる川でもあれば事なきを得るのだが、
道中しばらく川はないらしい。
イエナは、引き返すことを提案したが、テリーズは早くテオロッドに帰るべき、と譲らなかった。
かれこれ、六時間くらい水を飲んでいない。
喉が、ひりつく。
ああ、今キンキンに冷えた水を飲めたら、最高に美味いんだろうなぁ。何万ペリカ、じゃなかった、何万ソルだって払っても惜しくない。
俺は、喉の渇きの限界から、そんな妄想をしていた。
その時だった。
馬車の周囲の草木が、ざわりと揺れた。
そこから、青い光が俺の手元に繋がっていく。
少し、頭の左側が痛む。
一体、何だ?
「……?」
掌が、冷たい。
見下ろすと、右手の手のひらから、水が溢れていた。
「…青の式?」
後ろから、イエナが顔を覗かせる。
「ユイト、髪、ちょっと青くなってるよ」
タツオが言った。
俺は混乱したまま、手を見る。
水が、止まらない。
「木々から水を集めるなんて…普通、水がないところでは青は発動できないんですが」
イエナが、言う。
訳が分からない。
しかし、喉は乾いている。
俺は、たまらずそれを口に含む。
「真水だ…ぬるいけど」
俺は呟く。
「どうせなら、器が欲しいな…」
呟きながら、コップを想像する。
今度は、反対の左側の頭がズキン、と痛んだ。
足元の土が動き出す。
粒子が集まり、形を成し——
陶器のようなコップが、左手の手のひらに現れる。
「また髪の色変わったよ!今度は赤茶色だ」
タツオが面白がって言う。
「役に立つじゃないか」
テリーズが腕を組みながら言った。
俺は、出来上がった陶器のようなコップに水を注ぎ、飲む。
——生き返る。
先ほどのイメージをもう一度。
左手から、また新たな陶器が生まれる。
今度は水のイメージ。
右手から、水が溢れる。
俺は、それを皆に渡す。
「助かったぞ、ユイト」
水を飲み干すと、テリーズは俺の肩を叩いた。
日が落ちる。夜になると、魔獣の動きが活発化する。
森に入る前に、入り口で野営をすることになった。
焚き火は、タツオが一瞬で起こす。
積荷からフライパンのような道具を取り出すと、テリーズはそこに先ほど確保したグラスハウンドの肉を並べる。
「ちょ、ちょっと待ってください。そのまま焼くんですか?」
俺はテリーズを制した。
「なんだ?肉は硬いが、仕方ないだろう」
食べた事あるんかい。
俺は、この世界の料理レベルの低さを知ってしまっている。
「調味料とかは…?」
「調味料?祝祭でもないのに、ある訳ないだろう」
テリーズは答える。
なるほど、こちらでは、調味料は貴重らしい。
ミドルリッジでの食事の不味さの理由が理解できた。
とは言え、さすがに犬肉の素焼きは厳しい。
「調理、俺に任せてもらえませんか?」
俺はテリーズに申し出た。
引き受けたものの、具体的なプランがあるわけではない。
しかし、足りないものは分かっている。
肉には、塩だ。
しかし、ここが群馬や埼玉だとしたら、海はない。
俺はタツオにこっそり聞いた。
「なぁ、この辺って岩塩取れるっけ…?」
タツオは答える。
「多分ないよ。でも、塩泉はあると思うよ」
「塩泉…?」
「塩分入ってる温泉。集めてみたら?」
タツオは、まるで俺の能力を理解したかのように俺の右手を指差した。
俺は、先ほどの要領で塩を強くイメージする。
先ほどほどの勢いは感じない。しかし、少しずつ、手のひらに塩が生成されていく。再び頭の左側のこめかみが痛む。
これが、式術の代償なのか?
俺は、我慢できるだけ塩を集める。
手のひらに、大さじ二杯くらいの塩。
なんとか料理には使えそうだ。
タツオはそれを楽しそうに見ている。
「これ、なんでも集められるのかな?鉱石とか。
そしたらユイト、お金に困らないね」
うるさい。
今は、金より美味いメシだ。
先ほど集めた塩を、肉に振る。
頭痛はすぐに治ったが、
香草は力を使わずに、タツオと一緒に足で集めた。
使いすぎた時の弊害が分からない以上、みだりに使わない方がいいだろう。
肉と塩と香草を一緒に炒める。
種子植物から、油も拝借できた。
タツオが植物にやたら詳しかったことも功を奏した。
香ばしい匂いが立ち上り、それに釣られてテリーズとイエナがやってくる。
「良い匂いですね」
イエナがフライパンを覗き込む。
はい、あなたの笑顔を見るために私はフライパンを振っています。
料理は、大絶賛だった。
確かに、今までこちらで食べた料理の中ではマシだったと思う。しかし心の中で俺は思い出していた。
ステーキの味を。
生姜焼きの味を。
やっぱり、日本のメシって美味かったんだな。
白米食べたい、と思いながら、その日の晩餐は終わった。
野営は、交代で眠りについた。
タツオとイエナが、木にもたれて眠っている。
イエナの寝顔に興味津々ではあったが、見張りの仕事は怠るわけにはいかない。
俺はテリーズと焚き火を囲み、少し話をした。
「お前らには驚かされたな」
テリーズは、薪を焚べながら言う。
「結果、護衛に選んで正解だった」
ありがたい言葉。
でも、本来の意味で俺は役に立っていない。
イエナの盾役兼、料理人だ。
俺は小さくお辞儀をして返す。
力を使い過ぎた反動なのか、頭痛がする。
「ただ。その力は、あまり使い過ぎない方が良い。
今も、体調が悪そうだ。弊害がある式術もある」
テリーズは、俺の顔色を見抜いてそう言った。
「ありがとうございます。少しでも、役に立てればと思ったんですが」
俺は答える。
「もう一度確認する。護衛の仕事のゴールはなんだ?」
テリーズは、確認するように言った。
「全員が、無事に目的地に辿り着くこと」
俺は答えた。
テリーズは、そうだ、と言って笑った。
この人は、本当に強くて優しい人なんだろう。
こんな姉がいたら、すごく頼りになるんだろうな、俺は考えていた。
「聞いていいのか分からないが」
テリーズは切り出した。
「出身はどこなんだ?」
俺は悩んだ。本当のことを話すべきか。
それとも、誤魔化すべきか。
テリーズには、嘘をついてはいけないと感じた。
短い間だが、共に戦い、救ってくれた人に対し、失礼な気がする。
「すいません。時が来たら、言います」
俺は、精一杯その答えを出した。
テリーズは微笑みを浮かべると言った。
「構わない。ユイトは信頼できる奴だ。それでいい。
タツオのことは、よく分からんがな」
焚き火が、パチパチと音を立てる。
夜は、静かにゆっくりと更けていった。
「んー、よく寝た」
タツオは伸びをしている。
俺は、野営の交代睡眠を経て、タツオの寝つきの良さと寝起きの悪さを理解した。
本来の見張りの仕事もやれているのか心配で、俺はほとんど眠れなかった。
つくづくこの性格が羨ましい。
森を抜けると、テオロッドまでは一時間くらいで到着した。
幸い、その後魔獣に襲われることもなかった。
疲れ果てていた俺は、少し馬車で眠ってしまっていたようだ。
後ろから、イエナに肩を揺り起こされる。
「ユイトさん、着きましたよ。あれが、テオロッドです」
眼前にあるのは、ミドルリッジとは比べ物にならないほど立派な城跡と、その向こうに見える城だった。
街門でテリーズが通行証を出している。
街に入ると、活気に溢れた人々が行き交っていた。
これが、式術都市、テオロッドか。
「護衛、ご苦労だった。ギルドで報酬を受け取ってくれ。
ギルドまで案内しよう」
テリーズはそう言うと、馬車を走らせた。
そうか、ここでお別れなのか。
急に寂しさが襲う。
しかし、イエナはあくまで護衛対象。
テリーズは、その従者。
俺たちは、雇われ護衛。
勝手に仲間になったつもりでいたが、本来は別の世界の住人だ。
俺たちは、白の式について知りに来た。
目的を思い出し、気持ちを封じ込める。
ギルドの前で降りると、イエナは手を振ってくれた。
俺は、ぎこちない笑いを浮かべながら、手を振りかえす。
タツオは、じゃあね、と言ってギルドに入っていく。
俺が入ると、すでにタツオは手続きを進めていた。
報酬の入った麻袋は、ずっしりと重かった。
10万ソル。
「……当面困らなそうだな」
俺は言った。
前にタツオが言っていたレート換算だと、日本円で85万円くらいになるだろう。
「うん。三ヶ月くらいは何もしなくても大丈夫じゃない」
そんな話をしていると、ギルドの受付から上の階に行くように言われた。
「ギルド長が、お話したいとのことです」
ギルド長…?
俺たちの活躍を聞いて、何か別の依頼、とかか…?
要件が分からないまま、俺とタツオは二階に上がった。
ギルドの本部のようなその部屋には、腕を組んだ男が座っていた。
なんか、最近似たようなシーンがあったような気がする。
大柄で、鋭い目つき。立派な髭。
年齢は、四十歳か、それより少し上か。
威圧感が凄まじい。
一言で言えば、怖い。
「……ガルフ=テオロッドだ」
俺は、反射的に背筋を伸ばしていた。
タツオはいつもと様子が変わらない。
テオロッド…?
国の名前が姓ということは…王族か何か?
「ユイト=カタギリです。こっちは、タツオ=ヤマセ」
俺は、こちらの世界に合わせて自己紹介をした。
「護衛の件、ご苦労だった」
低く、無駄のない声だった。
しかし、話が続かない。
一体何の用なのか。
しばらくの沈黙の後、ガルフは言った。
「白の式について知りたいそうだな」
ガルフは一瞬だけじろっ、と俺を見る。
探るような視線だった。
え、やだ、なに、何かやらかした俺。
グラスハウンドより、
アクアスライムより、
サヴァンレオより、
このひとがこわい。
俺が何も言わずに頷くと、ガルフは言った。
「明日、式術研究所へ行け。所長のサイレスに会うといい」
「連絡はしておく」
それだけ言うと、もう用はないと言わんばかりに立ち上り、去っていった。
なんだったんだ、今の。
そう思いながらギルドを出ると、
入口の前に見知った二人の姿があった。
イエナと、テリーズだ。
二人とも、少し悪戯っぽく笑っている。
「あれ…帰ったんじゃ…」
俺が間の抜けた声を出すと、イエナは言った。
「父は、ちゃんと愛想良くしていましたか?」
……父?
俺は、一瞬、思考が止まった。
まさか…さっきのあのコワモテが?
「……父?」
思わず聞き返すと、イエナは小さく笑った。
「ガルフ=テオロッド。私の父です」
横でテリーズが続ける。
「ガルフ殿に愛想を求めるのは難しいだろう。
王家の威厳を、何より重んじる方だからな」
「無愛想なだけです」
イエナが笑って続ける。
「……王家?」
俺が聞くと、テリーズは淡々と続けた。
「改めて自己紹介しよう。テリーズ=ヴァレンシュタイン。
テオロッド王国騎士団長だ」
イエナが続ける。
「イエナ=テオロッド。テオロッド王国特使です」
「ちなみに、イエナは国王レオニス=テオロッドの姪だ」
テリーズが続ける。
言葉の意味を理解するまで、少し時間がかかった。
え、てことは、めちゃくちゃ偉い人たちと旅してたの?
「え、あの人が、イエナのお父さんで?イエナが特使で?
王様の姪?」
俺は一人でぶつぶつ言う。
テリーズは笑う。
「理解しているじゃないか」
ってことは。
いつも天使の笑顔で、
怪我をするとすぐに助けてくれたあの清廉なイエナが。
俺は気がつくとイエナを指さしていた。
「……王族?」
イエナは、少しだけ困ったように笑った。
「黙っていてごめんなさい。父には護衛の方にそこまで伝える必要はないって言われたんですが」
イエナは少し溜めてから言った。
「でも……あなたたちは信頼できると思ったので」
その言葉に、俺の心は一気に湧き踊った。
「それと、明日会っていただく式術研究所の所長…サイレス=テオロッドは、私の母の弟。叔父です」
知らぬうちに、テオロッドの高貴なる方々と繋がっていく。
俺は、護衛クエストを無理に受けたタツオに感謝しなければならない、と一瞬思ったが、やめた。
むしろ、面接を乗り切った自分を褒めてあげたい。
「明日は、私は特使の報告で王宮から動けないので一緒には行けませんが、叔父には連絡しておきますね」
そう言って、イエナはいつも通りの微笑みを向けた。
その笑顔のためになら、きっと俺はどんなことも出来る。
横でタツオが怪訝そうな目で見ていた気がするが、気にしないことにした。
その夜、俺とタツオは宿で部屋を取った。
クエスト報酬を使い、今回は個室である。
魔獣の襲来も、タツオのいびきも気にせず、
ゆっくりと休むことが出来る。
俺は、久しぶりのリラックスタイムに心躍っていた。
だが。ここであることに気がつく。
宿に、風呂がない。
ここで、俺の仮説は確信に変わる。
この世界は、風呂の習慣がない。
旅の途中は仕方ないにしても、ミドルリッジでもテオロッドでもないとすると、これは文化の問題だ。
……頭がかゆい。
俺は、仕方なく宿の炊事場へ向かい、水で頭を流した。
この問題は、近く対策をしなければならない。
少なくとも、イエナと会う時には清潔でいたい。
俺がテオロッドに来て最初に誓ったのは、
風呂、少なくともシャワーの確保だった。
久しぶりの一人部屋は、旅の疲れを十分に取ってくれた。
俺は全然起きてこないタツオを叩き起こす。
寝ぼけ眼のタツオと一緒に、イエナから渡された手書きの地図を見ながら式術研究所に向かった。
テオロッドの式術研究所は、王都の中でも一段と静かな区画にあった。
白い石造りの建物は、装飾が少なく、どこか無機質だ。
神殿のようでもあり、学舎のようでもある。
「ミドルリッジの研究所とは、雰囲気が違うな」
俺は呟く。
入口で名を告げると、すぐに奥へ通された。
待たされることもなかったので、イエナかガルフが話を通してくれたんだろう。
案内された部屋は、書物と器具で埋め尽くされていた。
壁一面の棚。机の上には、用途の分からない器具や結晶。
どれも古いが、丁寧に使われている。
「ようこそ、テオロッドへ」
奥から声がした。
振り返ると、一人の男が立っていた。
年は三十前後だろうか。
背は高く、細身。
整った顔立ちだが、どこか疲れたような目をしている。
「聞いていると思うが、サイレス=テオロッド。式術研究の所長だ」
淡々とした口調だった。
威圧感はない。だが、視線は鋭い。
「君が……白、か」
その一言で、空気が変わった。
俺は思わず自分の髪に手をやる。
「あの、白の式について何かご存知なんですか」
俺がそう聞くと、サイレスは一瞬だけ言葉を選ぶように視線を逸らした。
「公式上、式術は赤、青、黄、緑、茶、紫の六種だ。
白は、文献でしか確認されていない。実在が確認された例はない」
「じゃあ……俺は?」
「空想上の生き物だ」
サイレスはそう言って、笑った。
「まぁ、まずは真偽を確かめよう。着いてきなさい」
部屋の奥へ進むと、円形の台座があった。
床に複雑な文様が刻まれ、淡く光っている。
「ここに立ちなさい」
言われるままに台座へ上がる。
タツオが横から覗き込む。
「なんか、病院の検査みたいだね」
「うるさい」
軽口を叩き合っている間に、サイレスが文様に手をかざした。
空気が震える。
台座の光が一気に強まった。
――その瞬間だった。
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられるような感覚。
息が詰まり、視界が白く染まる。
「……っ!」
無意識に拳を握った。
光が収まると、部屋は元の静けさに戻っていた。
サイレスは、台座を見つめたまま動かない。
「どう、でした?」
俺が恐る恐る聞く。
サイレスは、ゆっくりと顔を上げた。
「測定不能だ」
「……は?」
「通常、この装置は主式と副式が数値で表示される。
だが、君はどれにも該当しない」
タツオが首を傾げる。
「結局、分からないってこと?」
「いや」
サイレスはきっぱり言った。
「これが白だろう」
その声には、確信があった。
だが、次の言葉は続かなかった。
「この国で白の式について一番詳しいのは」
サイレスは、今度は自らが装置に乗って言った。
「私だ」
装置は反応し、六色の色のメーターが数値を表す。
それをそのまま読み解くならば、サイレスの式はこうだ。
真ん中のメーターにあるのは、黄色。二式。
これが主式だろう。
赤。三式。
青。三式。
緑。三式
紫。三式。
茶。四式。
全ての色が、反応している。
「式って、一人一つじゃないんですか…?」
俺は聞く。
「主式は一つ。あとは、副式が一つか、二つが普通だ。
例えば、君。乗ってみろ」
サイレスは答えると、タツオを装置に促した。
真ん中のメーター。
赤、二式。
青、十式。
黄、十式。
緑、十式。
茶、十式。
紫、十式。
「極端だな。主式しか発現していない。まぁ、こう言うケースもある」
サイレスは席に戻ると、茶を飲みながら続けた。
「私は、白の式を王宮の文献で見つけてから、研究をし続けた。そして、あらゆる式を極めれば、白に辿り着けるのではと考えた。しかし、ダメだった」
今度は、自らの金色の髪を少し指でいじりながら言った。
「ユイト=カタギリ。恐らく君には主式がない。つまり、どの式も極められる可能性がある。そこでだ」
サイレスは机に手を置き、立ち上がった。
「式術学校へ入り、基礎から学べ。
そして、式術の正体を見つけてほしい。
そこに」
「私が知りたかった答えがあるかもしれない」
「学校……?」
俺は、サイレスのペースに巻き込まれていた。
タツオが、話を遮るように手を挙げる。
「僕も入れる?」
サイレスは笑った。
「君は赤の高位者だ。本来なら学校で学ぶことはないが…
君も入った方がいい。副式も身につけないと、その火が自分を焼き尽くすかもしれない」
「どういうこと?」
タツオが聞く。
「そのうち分かるさ。この国の民なら、子供でも知っている」
口調は軽いが、サイレスは少し寂しそうな表情をしていた。
「今日は喋りすぎた。もう終わりにしよう。
学校には連絡しておく。明日にでも、行ってみるといい」
サイレスはそういうと、紹介状をしたためて俺たちに渡した。
彼から伝わる重々しさに、何か踏み込めない過去を感じていた。
研究所を出ると、王都の空はもう夕暮れだった。
「なんかさ」
タツオがぽつりと言う。
「面白くなってきたね」
こんな時ばかりは、タツオの呑気さに少し救われる気がする。




