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テオロッド戦記—異世界転移した俺、式術世界で国家戦争に巻き込まれる—  作者: ヨダカカツキ
第一章

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第一話 引きこもりと、異世界転移と。

五月も終わりに差し掛かった頃。

放課後の校舎は、部活の掛け声と下校する生徒の足音で、

いつもより少しだけ騒がしかった。

生徒たちの喧騒の中を歩きながら、

俺、片桐ユイトは、職員室に向かっていた。


担任の教師から、

「クラスの不登校者に向けてプリントを届けて欲しい」

と依頼されたのだ。


四月に三年生に進級してから、俺はその男を一度も見たことがない。

つまり、そいつは一ヶ月以上登校していないことになる。

その同級生の名前は、山瀬タツオ。


数学オリンピックで日本代表だとか、理系科目は全部満点だとか、一年生の頃から噂には聞いていたが、クラスが一緒になったことはない。


俺は生徒会長と言う役割のせいで、話したこともない同級生の家に行く羽目になってしまった。


担任教師は、大量のプリントが入った紙袋を渡してこう言った。

「頼むぞ、生徒会長。あわよくば交流を深めてきてくれ」


俺は、黙ってそれを受け取る。

都合の良い時だけ使われる、生徒会長。

実質雑用ばかりだが、内申点のためには我慢して受け入れる。


職員室を出ようとすると、担任が言い忘れていたように付け足した。

「そうそう、山瀬は一人暮らしだから、差し入れとか要らないぞ」


一人暮らし?

高校生で?


俺は疑問を飲み込んで、職員室を出た。


学校を出ると担任から聞いた山瀬の家の住所まで歩いていた。スマホで道程を調べると、学校から徒歩15分くらいだった。

道すがら、担任の言葉を思い出す。

高校生で、一人暮らし。

家庭の事情なのか、本人の希望なのか。

いずれにしても、あまり聞かない話だ。


一体どんなやつなんだろうか。


スマホを頼りに、指定されたアパートへ向かう。

住宅街の端に、古びた二階建ての戸建があった。

おせじにも、キレイとは言い難い。

空き家と言われてもおかしくない風貌である。

表札を確認するが、名前はない。


意を決して、俺はインターホンを押した。

ピンポーン。


しばらく待つが、返事がない。


もう一度押そうとした瞬間、鍵の音がして、

ドアが少しだけ開いた。


覗いた顔は、いわゆるステレオタイプ的な、

引きこもりのそれだった。

メガネの奥が見えないほど分厚いレンズ。

頬はふっくら。髪はぼさっとしていて、肌は日光をしばらく浴びていないであろう白さをしている。


「……誰?」


思ったよりハッキリした声で、彼は言った。


「片桐です。プリント届けに来たんですが、山瀬くんですか?」


そう言うと、男は一瞬だけ目を細めた。


「……ああ。片桐ユイトだね」


「は?」

フルネームで呼ばれ、思わず身構える。


「クラスメイトは、全員フルネーム覚えてるんだ。

まぁ、入ってよ」


進級してから、一度も登校していないのに…?

俺は、この男の得体の知れなさに恐怖を感じた。

山瀬は、ドアを大きく開けてながら、

メガネの位置を直している。


本音を言えば、入りたくない。

いや。入ってはいけない、と感覚が告げていた。


しかし、担任の言葉がリフレインする。


あわよくば、交流を深めてくれ。


俺は仕方なく、生徒会長の勤めとして、

山瀬の招待に従うことにした。


部屋に足を踏み入れた瞬間、

嫌な予感が正しかったことが分かった。


部屋中に、びっしりと文字がある。

壁、床、机、ドアの裏。

数式。矢印。座標。英語。記号。

見たこともない計算の羅列。

ノートPCが二台。


机の上には紙束が山になって積まれていて、

端っこには何かのコードが書かれたメモが貼り付けられている。


一目瞭然で、異様である。


「なんだよ、この部屋…」


俺の声が、情けないほど小さくなった。


山瀬は、当たり前みたいな顔で言った。

「ああ、これね。最終調整中」


「調整…?何をしているんだ?」

俺が聞くと、山瀬はPCを見ながら答える。


「あ、ちょっと待って。ヤバい、発動しちゃったかも」


会話になってない。

頭が良すぎる奴ってこういう感じなのか?


「じゃあ、プリントここに置いておくから」

プリントを渡し、帰ろうとした、その時。


「ちょっと、動かない方がいいかも、」


「いや、俺帰る——」


言い終わる前に。

文字列だらけの部屋が、白に塗りつぶされた。


光。


音が消える。


浮遊感。

胃がひっくり返るみたいな感覚。


「っ……!」


俺は反射的に目を閉じ——開けた。


そこは、草原だった。


空が広い。風が冷たい。

土の匂いがする。

視界の遠くに城壁に囲まれた街のようなものが見える。


「……は?」


俺は、ただ呆然とした。


隣に、山瀬が立っている。

さっきまでの散らかった雑多な部屋は、どこにも見当たらない。


「半分成功、って感じか」

山瀬が言った。妙に軽い。

「いやー、ごめん、巻き込んじゃったみたい」


俺は事態を飲み込まずに、こう言った。


「なんだよこれ…VRか何かか?」


俺が聞くと、は肩をすくめた。


「いや、紛れもない現実だよ。想定より綺麗に飛んだね。

でも誤差が……いや、ズレたか。うん、ズレたね」


こいつ、何言ってんだ。


「おい!説明しろ!ここどこだよ!」


山瀬は、空を見上げながら、独り言みたいに言う。


「座標がズレてなければ、超未来の日本。

なんだけど、君が来たから、ズレてるね、きっと」


何を言っているのかさっぱり分からない。


「俺にも分かるように、説明してくれ…」

俺は泣きつくように言ったり


山瀬は俺に向き直った。

メガネの奥が相変わらず見えない。


「ああ、そうだね。ごめん。えーと、最近さ。異世界転生モノ、流行ってるじゃん?」


一体、何の話だ?閑話休題、とも、思えない。


「僕ね、あれは意図的な流行だと考えたんだ」

山瀬は、俺の狼狽を気にせず、平然と続ける。


「近々、世界規模で転移が起きる。その“入り口”なんじゃないかって」


もう、完全にヤバいやつだ。

陰謀論とか、妄想癖とか、色々混じって仕上がったモンスターだ、きっと。

俺は完全に山瀬に恐怖していた。


山瀬は続ける。

「ちなみに、日本で行方不明者がどれくらいいるか知っている?」


「行方不明者…?…千人くらいか?」

俺は、とりあえず答えた。

今は、コイツの話を聞くしかない。


「正解は約八万人。防犯カメラもそこら中にあって、世界がインターネットで繋がっている時代に、ね」


俺は想定以上の多さに、息をのむ。

しかし、この話が、今の状況と何の関係があるんだ?

山瀬は、地肌に座り込んでから、続けた。


「僕はそのうちのある一定数は、どこかに転移しているのではないか、と仮説を立てた」


何ちゅう仮説だよ。

俺は、いつからか山瀬の話に聞き入っていた。


「僕はそれから、世界中で起きている神隠しや失踪事件を調べ尽くした。それこそ、過去の文献や新聞を隅から隅まで。

発生条件の共通項を抽出すれば、再現できると思ったんだ。

研究の結果、群馬のあの家が適していると判断した。

僕は両親に理由を説明して、あの家を借りた」


ツッコミどころが多すぎる…

「……お前、じゃあ、意図的に失踪した、ってことか?」

俺は、ついに口を挟んだ。


「両親承認済みだから、失踪ではないけど、まあ意図的に転移したってとだね」

登場人物全員ぶっ飛んでいる。

俺は、目眩がした。


「失敗したら……どうするつもりだったんだよ」


「だから、物体で実験したよ。次に生物。実験を優先したら、学校に行く暇がなくなっちゃった。最初は送ったきりだったけど、戻す方法も途中まで確立した」


「途中まで……?」


俺が震えた声で問うと、山瀬は悪びれずに言った。

「最後の調整実験を準備してた。そしたら君が来た。そしたら、条件が発動しちゃったみたい」


俺は、膝から崩れながら言った。


「俺が入ったことで、()()()()になったってこと…?」


「うん」

タツオは答える。


「戻り方は、分からないってことか……?」

俺は泣きそうになりながら言う。


「うん。今のところは。だから、ごめんね」


俺は叫びたかった。

でも、喉が渇いて声が出ない。


俺は自分の身に起きた出来事を理解できないまま、茫然としていた。


山瀬は、少しだけ考えていたが、

やがて立ち上がるとこう言った。


「僕のこと、タツオでいいよ」


「……は?」


「君のことはユイトと呼ぶ。これからしばらく二人で生きていくことになるからね。よろしく」


何なんだこの距離感とテンポ……

こっちは、全く気持ちの整理がついていないっつーの。


俺が返事をせずにいると、タツオは周囲を見回し、歩き出した。


「とりあえず、あそこ街みたいだから行ってみよう」


俺は、うなだれながらそれについていく。

「……お前、引きこもりの割にはアクティブだな」


「僕は選択型引きこもりだから」

歩きながら、タツオは言う。

「学校より実験を優先しただけ。まぁらちょっと太ったのは誤算だったけど」

腹の中をつまんでいる。


ちょっとじゃねぇよ、と言いかけて飲み込む。

今はそれどころじゃない。


——しばらく歩くと、小さな城壁が見えた。


門。

中世みたいな建物。

馬車。

革鎧の男。

屋台。

石畳。


「完全にファンタジーじゃねえか…」

俺が呟くと、タツオは当然のように答えた。


「雰囲気はそうだね。でも、さっきも言ったけど、

多分未来の日本だよ。ここ。

僕たちのいた、群馬」


「どこに日本の群馬の要素があるんだよ!」

思わず俺はツッコんだ。


「超未来の並行世界。どこかで座標ズレたんだろうね。想定していたのは、超未来の科学社会だったんだけど」


……情報量が多すぎる。


今どきどの異世界モノでもこんな情報量ないぞ、と思った。

いっそ、大掛かりなドッキリと言われた方がまだ真実味がある。


しかし、五感で感じる草の匂いも、風の音も、

悲しいくらい現実のそれだった。


タツオは、街の入口に着くと、門番のところへ向かった。


俺は、それをただ眺めていた。


タツオは、普通に話しかけて、普通に笑って戻ってきた。


「この街、ミドルリッジっていうらしい」


「へえ。そうなのか。……って、なんで日本語通じてるんだよ!」

俺は再びツッコミを入れた。


「転移のとき、言語記憶が補完されたんだと思うよ。多分」


何でも“多分”で片付けるな、と思うが、もはやいちいち聞くのが面倒になってきた。


タツオは続ける。

「旅人なら、とりあえず式術研究所に行ってみれば、ってさ」


「……式術?」


「この世界の魔法みたいなもんじゃないかな。ほとんどの人が式力あるらしいから、測定してみたら?って」

そういうと、タツオは迷わず歩き出した。


もう、何が出てきても驚きそうにないほどの圧倒的情報量。

頭がパンクしそうだ。

俺はため息をつきながら、タツオの後を追った。





式術研究所は、教会みたいな建物だった。


石造りの大きな扉を開けると、内部は案外明るい。

受付っぽいカウンターの奥で、白衣に似た服の職員が忙しなく動いている。


タツオがスタスタと受付に行って、そこにいる女性に言った。


「僕たち田舎から来たんですけど、式について教えてください」


受付の女性がタツオを見る。

その後、俺の方を見ると、驚いた顔をして言った。

「……珍しいですね」


その意味が分からず、俺は首を傾げた。


受付は、紙を取り出しながら説明を始めた。


「では、改めまして説明致します。式とは、この世界に流れる自然の力を、手から引き出して操る術です。色で系統が分かれます。

赤は火、青は水、黄は雷、緑は治癒。紫は幻惑、茶は土。

基本は、この六色です。例外もありますが」

受付はそう言うと、ちらっと俺の頭を見た。


「ランクとかあるの?」

タツオが食い気味に聞く。


受付は頷く。

「式位と呼ばれています。

十式が一般レベルで、一式が最高クラス。

七式から職業式者として仕事が出来るようになります。

五式以上で式術学校を卒業すれば国のライセンスが発行され、式の指導が出来るようになります」


要するに、ここは能力社会。

魔法の免許証みたいなものが、式位というわけだ。


「測定されますか?」

受付が言う。

「ただし、ここで測れるのは“主式”だけです。副式については、テオロッドまでいかないと測れません」


「テオロッド?」

タツオは聞く。


「……ご存知ないんですか?式術王国です。ここ、ミドルリッジは、テオロッドの隣国であり、同盟都市です。

残念ながら、ミドルリッジは農業国家なのでそこまで設備が整っておりません」


農業の国……。

さすがは、愛する我が故郷、群馬県。


とかどうでも良いことを考えていると、測定室へ案内された。


測定は、測定用の杖を使って行うとのこと。

タツオは、木の棒の先に透明な水晶が付いた杖を渡されている。

「杖に意識を集中してください。主式の色と、光り方でランクを測ります」

測定官が言った。


タツオが目を閉じて、集中する。

透明な水晶は少しずつ赤くなり、

その後、一気に真紅に染まった。

周囲がざわつく。


「赤。この光り方は……二式以上!?」

ざわめきが一気に大きくなった。


「二式だと……?」

「テオロッドにもいるかどうか…」


なんだなんだ、この展開は。

まるでこの引きこもりくんが主人公みたいな展開じゃないか。


許せん。許せない。


負けず嫌いな自分が顔を出す。

数学オリンピックだか何だか知らんが、ここは異世界だ!

負けてたまるか!

異世界に来てまで、なぜか張り合ってしまうのが男子高校生の(サガ)ある。


俺の番がやって来る。

杖を握り、集中する。


青の一色とか、出てこいやー!!

心の中でそう叫ぶ。


——しかし、水晶の色は変わらない。


焦る。

力を込めると、ぼんやりと水晶が白く光っている。

測定官が眉をひそめる。


「……出ない。主式の色、式位ともに測定不能です」


「……え?」


俺は声が漏れた。測定不能…?


つまり……俺、能無しってこと?


周囲の職員はざわついている。

さっきのタツオの二式とは違う、異質なざわつきだ。


「反応は出ているが……測定ができないとはどういうわけだ?」

「記録にあるか?」

ひとしきり議論があったあと、


測定官は渋い顔で言った。

「ここでは、詳しいことは分かりません。テオロッドに行かれるのがよろしいかと…」


「だってさ。ユイト。目的地が出来たね」

とタツオが言った。


何やら楽しそうなのが腹が立つ。


その後、研究所の訓練室に連れて行かれた。

式の出力を確認するとのこと。


タツオは、教官の指示に従って掌を構える。

目の前には、耐火装備をまとったカカシが立っている。


「火を、点で出してください。小さく制御するイメージで」

タツオは頷いた。


「うん。やってみる」


次の瞬間。


——轟。


カカシは、一瞬で消炭になった。


教官が固まってつぶやく。

「これが二式…」


タツオは首を傾げた。


「指示通り、点で出したけど」


教官が頭を抱えた。

「……ここで出来ることは、もうないと思います」


そして、俺を見る。


「あなたも。式者ではあるようですが、こちらでは何も分かりません。

早々にテオロッドに行くことを勧めます」


まるで厄介者のように、測定が終わると俺たちは研究所を追い出された。


「どうすんだよ、これから…」

俺は疲れ切った顔でタツオに聞いた。


「とりあえず、先立つものは金。

僕たち一文なしだからね。仕事、探しに行こう」




タツオは、ギルドに行けば仕事があると思う、と言った。

どこで聞いてきたのやら。

俺は意気消沈しながらタツオについていく。

不意に、街の窓ガラスに映る自分を見る。

学生服のまま。

それが、余計に現実を突きつける。

ああ、夢だったらいいのに。

途端、俺はある異変に気がつく。


髪が、全部、真っ白だ。


「……なんじゃこりゃあ!真っ白じゃねえかぁぁ!!」

俺は声が裏返った。


タツオが振り返る。

「髪?こっち来てから、白かったよ」


「今言うなよ!!」


十八歳にして、オール白髪。

恋愛経験ゼロなのに、オール白髪。

……どうやって生きていけばいいんだ。

いや、そもそも髪色の問題じゃない気もするが。


タツオは自分の髪を指でつまんで言った。

「あれ?僕も少し赤っぽくなってる。式の色が関係あるのかな?」

呑気すぎる。


俺は、地の底まで落胆した。


力もなければ、髪も白髪。

人生終了である。



ギルドは、まるでバーのような出立だった。

屈強な男たちが忙しく出入りしており、入るのも躊躇われる。

タツオは、一切の躊躇を見せず中に入っていった。

もう、この男のヤバさについて行けそうにない。

ギルドの中は、式術研究所よりずっと雑多な雰囲気だった。

冒険者が酒を飲み、依頼書を眺め、武器を磨いている。


受付に行くと、まずはギルド登録をさせられた。

名前と、式の色と、ランクだけ。

分かりやすい実力主義の世界なんだろう。

俺とタツオは、最初はEランクからスタート、と説明された。俺は、心ここにあらずの無気力状態でその話を聞いていた。

当然、初心者の俺たちは危険な討伐より、採集や調査のクエストを進められる。

俺はそれに従い、採集依頼の掲示板を探していた。


ふと横を見る。タツオは、討伐依頼を物色している。


「……おい。話聞いてたのかよ?」

俺はタツオに言う。


しかし、タツオは勝手に依頼の書いてある羊皮紙を取り、受付に向かっていた。


「なんで討伐なんだよ!」

クエストに向かう途中、俺は問い詰めた。


「こっちの方がタイパ良さそうだったから」

また悪びれずタツオは言う。


クエストの内容は、草原に出る魔物の掃討だった。

討伐ランクD。

Eランクの俺たちも受注は出来るが、生命保険への加入を強く勧められた。


俺は死にたくない。

さっさと現実世界に帰り、美味しいご飯を食べて風呂に入って眠りたい。


楽しそうにしているタツオと対照的に、俺は心から辟易していた。


依頼内容によると、討伐対象の魔物の名前は、

グラスハウンド。

草原に生息する獰猛な犬種で、鋭い牙を携え、群れで襲ってくるらしい。


俺たちが現場に着くと、すでに先行していた冒険者が囲まれていた。


「やばいぞ、想定より数が多い!」


明らかにピンチ演出である。

俺が身構えた瞬間、タツオが一歩前に出た。


「まずは、威嚇だね」


掌に火を集める。

何かを“微調整”するみたいに、指先で空気を撫でる。


「……フレアショット」


火玉が拡散し、花火のように散った。


次の瞬間、グラスハウンドの群れが、燃え広がる草の匂いと共に崩れ落ちた。


こちらに逃げて向かってきた冒険者が呆然とした。


「あれ、終わっちゃった?」

タツオは言った。


だが、そこで終わらなかった。


焼け跡の奥から、一回り以上大きな影が現れる。

獣のような筋肉。たてがみ。牙。

まるでライオン。

しかも、俺が知っているサイズの二倍以上。


冒険者が震え声で言う。


「サヴァンレオ……!

Bランク魔獣じゃねえか!なんでこんなところに!」


「グラスハウンドの捕食者だぞ…釣られて来たのか…!」


はい、死亡フラグ。

俺は、震えながらスニーカーの紐を結び、走り出す準備をする。

その横で、明日落ち着いたタツオが言った。

何故か、眼鏡が光ったように感じる。


「ユイト、下がって」


なんだよ、この引きこもり…

主人公の台詞じゃねえか。


サヴァンレオが吠える。

空気が裂ける。

本格的にヤバい。

俺は、死の匂いを感じた。


タツオは、掌に火を集め直す。

先ほどと違い、火が、凝縮されていく。

やがてそれは大きな火球となった。


「……フレアバースト」

タツオが呟き、火球が放たれた。


一瞬。

獣王のような魔物が、影も残さず焼け落ちた。


“討伐”というより、消去だった。


冒険者たちは、またも呆然とするが、命が助かったことなら気がつくとタツオに群がった。


「なぁらあんた、パーティ組まねえか!?」

「その火力、どこの国の式者だよ!」


タツオはそれに対して丁寧な断りを入れると、俺にこう言った。


「ユイト、大丈夫?」

その言い方が、妙に格好良くて、腹が立った。




ギルドに戻ると、報酬が告げられた。

グラスハウンド討伐:五千ソル。

サヴァンレオ討伐ボーナス:三万ソル。

合計、三万五千ソル。


タツオは計算する。


「円換算だと、三十万円くらいかな。とりあえず、当面の宿代確保。こっちの世界の装備も買えるかな?

このペースでいけば、すぐお金貯まりそうだね」


お金の心配より先に、俺は思った。

帰りたい。

情報量の多さも、命の危険も、もう懲り懲りだ。


宿についたら、改めてコイツに帰り方を問い詰めよう。

心に誓った。


宿は、ツインベッドの部屋しか空いていなかった。

夕食は、パンと薄いスープ、生野菜。


不味い。


俺は絶望した。


「……ここ、本当に日本かよ」


タツオは黙々と食べている。


「味より、満腹優先」


あろうことか不味いスープをおかわりしている。

何から何まで浮世離れしたやつだ。


その夜、俺はベッドに座ったまま、改めて言った。


「俺は帰りたいんだ。タツオ。

お前の計算式とやらで、俺だけでも戻してくれ」


タツオは、言った。

「ごめん、さっきも言ったけど、無理なんだ」


「何でだよ!?」


「あの計算は、PC、それも結構なスペックがないと回せない」


「は……?じゃあ一生帰れないってことか?」


「PC、もしくは近しい計算手段が見つかれば大丈夫」


俺は、項垂れた。

このファンタジーの世界で、こんなにメシが不味い世界で、PCなんてあるはずがない。


いや、待て。


そもそもコイツ、どうするつもりだったんだ?


「……お前、どうやって帰るつもりだったんだ?

まさか、行きっぱなしってわけでもないだろ?」

俺は聞いた。


タツオは、横になってあくびをしながら答える。

「元々は、科学が発展してる未来に来るはずだったから、

その辺は心配してなかったんだよね。

君が家に来たことで、僕が想定していた未来とは全然違う並行世界に来ちゃったんだと思う」


……俺のせいみたいに言ってくる。

そして、タツオは、当たり前みたいにこう言った。


「とりあえず、テオロッドってところに行こうよ。

ユイトの力のことも分かるかもしれないし」


俺は深くため息をつく。

どうやら、しばらくコイツのペースに合わせるしかなさそうだ。でも、ペースを握られっぱなしも腹が立つ。

俺は今にも寝落ちしそうなタツオにこう言った。


「フレアショットとか、フレアバーストとか、ネーミングセンス、考えた方がいいぞ」


俺の言葉は、タツオのいびきにかき消された。


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― 新着の感想 ―
タツオがいい奴なのか悪い奴なのかわからない感じがいい味してますね。
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