2. 不思議な髪型の女子
残りの春休み期間も変わり映えのしない日常であっという間に消費され、高二の始業式を迎えた。
おそらくこれがこの高校で俺が過ごす最後の半年、ということになる。
自分が高二になったということ以外はまるでなにも変わっていないかのような、いつもと同じ風景の中を、俺は学校に向けて歩き出した。学校まで一定距離がないと自転車通学は許可されないという規定を恨めしく思いながら、通学路を見渡す。
ランドセルそれ自体が歩いているように見える、小学生になったばかりの子供。
大きめの制服がまだ全然似合っていない中学生、そして様々な学校の制服が混在する高校生。
いつもと変わらないと思っていた風景も、よく見ると春らしい初々しさにあふれていることに気付く。
そんな感慨を抱きつつも、二十分ちょっと歩いているうちに、いつもの建物が目に入ってくる。
信夫山南側の麓に鎮座する、県立信夫丘高校。福島県の県北地区のトップ校として長年の歴史を誇る、伝統校だ。
ただ、うちの高校は進学や部活動の実績が抜群なわりに、どうも全体的なイメージがあまりよろしくないという問題を抱えている。
正確に言うならば、悪いイメージの原因は百パーセント制服にある。
時代錯誤感すら漂わせる、漆黒の詰襟学生服上下を強いられる男子。限りなく黒に近いグレーのブレザーに白のブラウス、そしてワインレッドのボウタイという女子(ちなみにブレザーより若干薄めのグレーのスカートには、ボウタイと同色でチェックの織り柄が入っている)。
在学生や受験生への好感度を端から投げ捨てているような、イマっぽさの欠片もない制服。そんなわけで俺たちは、同世代の学生のみならず近所の人からも、ビジュアル面では憐憫の目で眺められがちな生活を送っている
そんな制服に身を包んだ男女が、定刻までまだ余裕を残す校門に、ぞろぞろと吸い込まれていく。俺もいつも通りの、遅くも早くもない時間に到着した。
さて今日の最重要イベント、それは新クラスの発表。
正直に告白すると、俺はこのイベントに賭けていた。近くの神社にお参りしたことすらある。
なんとか最後の半年だけでも、五十嵐さんと同じクラスになりたい。学生生活で他の接点が期待できない以上、クラス替えに期待するしかないのだから。
クラス名簿は昇降口の扉の左右に控えめに張り出されてるだけのようで、人だかりがすごいというか、酷い。こんな事務連絡はメールか何かで事前通知してくれればいいのにって思うけど、どうも電子的に名簿を流すのは個人情報保護云々でダメらしい。
うんざりとしていても何も解決しないので、俺も他人を見習って人混みの中に突入する。
八クラス分、三百二十人の名前がぎっちりと記された中から、まずは自分の名前を探す。ラッキーなことに、全体の四分の一も確認しないうちに「岩崎直」という文字列を、二年二組の名簿の中に発見した。
そしてそのまま俺は捜索対象を「五十嵐由希」という名前に切り替え……てはみたものの、事態は芳しくない。
自分のクラス、なし。
両隣のクラス、なし。
──彼女の名前を発見したのは、なんと八組の名簿。
教室のある階まで違うから、顔を合わせる機会自体もほとんどなさそうだ。最悪としか言いようがない。
思わず膝に手を当てて、深い溜息をこぼす俺。
結局、五十嵐さんと一緒のクラスになれたのは中学に転入してからの一年半だけだったか……。残念だけど、こればかりは仕方がない。
気を取り直して、一年の時のクラスメイトや中学の同級生がいないかどうか、あらためて自分のクラス名簿を確認してみる。
お、宏樹がいる! とりあえずはこれで楽しい学生生活は約束されたも同然だな。
あとは、あれ? 古川さんも一緒なのか。
彼女とは中学の生徒会で縁があって以来、五十嵐さんの親友ということもあって、そこそこ顔を合わせたり挨拶を交わす機会がある。なにより、彼女が同じクラスなら、五十嵐さんと接する機会もそれなりにあるだろう。
さほど親しい間柄とはいえないのに利用する気満々でいる自分が嫌になるけれど、ささやかな安堵感が自分の中に生まれたのも確かだ。
他のクラスメイトはいまいちパッとしない連中ばかりでがっかりだが、最後の半年を一緒に過ごすメンツとしては十分以上だろう、と思う。
そんなことを考えつつ教室へ向かう連絡通路を通過して、教室の扉に手をかける。
「よう、岩崎!」
教室で俺にまっさきに声をかけてきたのは、やっぱり宏樹だった。
「おう、宏樹。また一年よろしくな!」
お互いに右腕を上げて掌を軽く打ち合わせてから、さっそくこのクラスの構成についてヒソヒソ話──つまりこのクラスに可愛い女子は以下略といったような話だ──を始めていると、背後に不穏な気配を感じる。
春先の陽気にも関わらず全身に鳥肌が立つような恐怖心。
ヤバい、新クラスになって早々にやらかしたか?
ビクビクしながらゆっくりと振り向くと、小柄で柔らかそうなほっぺをした、不揃いの前髪パッツンのショートヘアという不思議な髪型の女子が、はにかんだような微笑みを浮かべていた。
普通だったら驚いてしまうところだろうが、幸いにも中学以来の知り合いでホッとする。
「なんだ、古川さんか。驚かさないでくれよ」
なんだとは何よ! とでも言うようにほっぺをさらに膨らませて、不貞腐れた表情を作りつつも、嬉しそうに彼女は切り出した。
「岩崎くん、久しぶり。同じクラスって初めてだね」
「だな。一年間よろしく。あと、変な噂広めないでくれよな……」
「変な噂ってなんだ?」
「頼むから話をややこしくしないでくれ、宏樹」
「で、この可愛い子、知り合い?」
さっさと打ち切りたい話題に喰い付いてきたと思ったらそれかよ。相変わらずだけど、お前のコミュ力、ハンパねえな。
「可愛い子って誰だよ」
俺たちの会話でニコッとしたりムスッとしたりする古川さんの表情の変化を一通り楽しんでから、古川さんを宏樹に紹介する。
「えっと、この子は古川、古川……」
あ、あれ?
古川さんと話をすること自体が久しぶりなせいもあって、名前が出てこない。
さっきクラス名簿でフルネームを見たばかりだし、五十嵐さんが彼女と話をするときはいつも名前で呼んでいたはずだから、絶対に頭の中に入っているはずなのに。ちょっと待て、えっと、なんだったかな……。
「智・佳!」
しびれを切らしたように、古川さんが自分の名前を強調する。悪かったよ。
「ごめんごめん。古川智佳さん。中学の生徒会で一緒だったんだよ。あと、まあ、いろいろと接点がそれなりに」
古川さんは中学時代に五十嵐さんと同じく吹奏楽部に所属していたこともあって、生徒会活動以外の用件でも、よくうちのクラスにやってきたものだった。だから当然の成り行きで、五十嵐さんと近くの席にいた俺と話す機会も多かったわけで。
それに五十嵐さんと仲の良かった古川さんは、一緒に行動していることが多かったんだけど、そうすると五十嵐さんを無意識のうちにいつも目で追っている俺が、古川さんを目にする機会も多くなるのは必然、ということになる。
でもそんな失礼な話を本人の前でできるわけもないし、宏樹に説明するにも面倒だから、その辺は適当にごまかしておこう。
「了解、俺は菅野宏樹。この学年は菅野姓が四人もいて紛らわしいから、みんな宏樹って呼んでる。だから、古川も気にしないでそう呼んでくれ」
「わかった。宏樹くん、よろしくね」
クラス替え当初によくあるこんな会話は、担任が入ってきたことでお開きになった。
これから始業式、明日からは授業開始だ。
この土地で最後に暮らすことになるであろう高二の半年は、こうして始まった。
──翌日の昼休み。
弁当をパクつきながら、宏樹が周囲を窺うようにキョロキョロと教室を見渡す。なにやってんだよ? と胡乱気に宏樹の顔を見つめると、ヒソヒソ声で俺に尋ねてきた。
「そういや、古川なんだけどな」
「なんだ?」
「あの髪型、なんていうか、個性的というか……」
言いにくそうにしてるから、俺がはっきり言ってやろう。
「ああ、少しヘンだよな」
「お、おう。お前、付き合い長いんだろ? 昔からああなのか? 理由でもあるのか?」
「最初に見かけたときは、違ってたような気もするんだけど……」
俺が古川さんを初めて個人として認識したのは、生徒会役員選挙の立会演説会だったはずだ。
中二の終わりころに行われたそのときの情景をなんとか思い出そうとしてみても、漠然としたイメージを記憶から引き出そうとするたびに、どうしてもあの不揃いな前髪パッツンのイメージに塗りつぶされてしまう。
「少なくとも、中三の生徒会活動が始まった頃からは、あの髪型なのは確実。たぶん、なんか信念ってか願掛けってか、そういうのがあるんだよ、きっと」
「そういうもんかねえ……」
いまいち納得しきれねえという表情で、宏樹は弁当に視線を戻した。まあ俺も別に納得してるわけじゃないけど、それでも。
「でもな、あの髪型。俺は古川さんらしくて、すごく似合ってると思ってる」
「お前がそこまで言うなら、そんなもんなのかもな」
「最初は違和感あるかもしれないけど、すぐに慣れるよ」
別にフォローしたってわけじゃないんだけどな。




