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1. 運命への叛逆 ─ 初めての衝動

 九月もそろそろ残り半分を切ろうかという、木曜日の午後。


 五時間目の授業が終わった休み時間、窓から差す午後の日差しでできた陽だまりの中、隣の席の古川さんがぐったりと机に突っ伏している。


 どこか別の場所で、似たような光景を目にしたことがある気がする。不思議な既視感を覚えながら、俺は今朝のことを思い出していた。




 「今日は大事な話がある」


 そう言い残して、父親はいつもよりも早く家を出た。


 俺の中では「ついに来た」というよりも、「ようやく来た」という感慨の方が大きい。というか、待ちくたびれて精神的に疲れがたまっているのか、最近は学校でも集中できず、困っている有様だ。


 確かに父親の仕事は激務でいろいろと大変なんだろう、とは思う。でもそうは言っても、十一月頭の文化祭、そしてその後に控えている修学旅行の準備も動き始めている状況で、自分がするべきことを主体的になにも決定できない、宙ぶらりんの生活を続けさせられている俺の身にもなってほしい。




 いつもは帰宅が遅い父親も定時で帰宅して、家族団欒とは程遠い緊張感を漂わせつつ、久しぶりに家族揃っての夕食が始まった。新たなる土地への旅に出るのか、元いた場所に戻るのか、それともいまのこの生活が、まだしばらく続くのか。


 会話が弾まないまま夕食時間がこのまま終わるのかという頃合いで、ようやく父親が切り出した。まるでこれから近所に買い物に出かけるぞとでも言うような、気軽な調子で。


「十月から転勤だ。本社に戻る」


 決まってしまったという喪失感と、宙ぶらりんから解放された安堵感という、相反する感情が食卓上に往来するのを感じる。


 本社への異動ということは、住む場所は首都圏で決まりだ。また会社契約の住居が斡旋されるのか、それともなにかの目的に合わせて住む場所を決めることになるのかは、まだわからないけど。


 母親が妹の玲を元気づけるように続ける。


「玲、希望通り中高一貫の私立の女子校、受験できるわよ。その代わりちゃんと勉強して、しっかり準備するのよ?」


 玲は嬉しさと今の友人と離れ離れになる寂しさが交錯するような表情を浮かべていたが、最終的には進路希望が叶うことが勝ったみたいで、はにかみつつ、納得した表情で頷く。


「引っ越し先は、玲の希望校への通学を優先する。といっても受験が終わってない段階じゃどうしようもないから、どこにでも通えるような場所を探すことになるな」


 肩の荷が下りたような表情で、父親は続ける。


「玲の通学もあるから、これが最後の引っ越しだ。お前たちにはずいぶん迷惑をかけた。もう俺も転勤であちこち振り回されるポジションじゃなくなったし、もし今後何かあったとしても、あとは単身赴任だ」


 そして新しい土地での生活、必要な準備に話題は移った。


 夢と期待にあふれるような、明るい雰囲気で交わされる会話が、俺の上を通り過ぎていく。


「あと二週間ちょっとしかないから、直も荷造りとか、連絡急いどけよ。転校先はいくつか候補があるから、自分に合いそうなところを選べ。転入先の都合もあるから、来週頭までには決めるようにな」


 俺は結局、こうやって根無し草な人生を続けていくことになるのか……。




 混乱する頭でなんとか明日の予習を済ませてから、夏休み中の勉強会で押し付けられた暗記学習で一日分の英単語と構文を頭に叩きこみ、俺はベッドに倒れこんだ。


 手足を思い切り伸ばし、それほど高くない部屋の天井を見上げる。


 またしても転校。


 いま小六、来春中一になる玲にはそれほど不満はないだろうけど、俺はまた中途半端なタイミングでの仕切り直しを強いられる。もう慣れっこにはなっているとはいえ、寂しさや虚しさが胸中にあふれてくる。


 幼馴染なんて、俺にとってはとうの昔に八咫烏のような神話上の存在になっていたし、入学から卒業まで同じ学校で過ごすという、普通の人間なら当然の学生生活も、結局一度も体験できないまま終わることになる。




 五十嵐さんに告白しなくて正解だったな。


 どのみち成功するなんて思ってなかったけど、外部環境に振り回されてるだけの俺には、告白する資格なんて、そもそもなかったんだ。


 半ば捨てばちな気分のまま、俺はこの街に越してきてからの三年弱を振り返っていた。


 ──中学に転校してきたときの第一印象


 ──押し付けられて始まったけれど有意義だった生徒会活動


 ──宝物のような写生大会の時間


 ──高校入試


 ──入学して間もない時期の大怪我

 

 ──宏樹との出会い


 ──妙に充実していた、高二になってからの生活


 ──文知摺観音通い


 ──図書館でのデートもどき


 ──宏樹の家での勉強会……




 記憶を辿っているうちに、ふと気付いたことがある。


 この半年の充実した高校生活のイメージには、いつもあの、不揃いな前髪パッツンの女の子の姿があった。


 髪型以外の見た目は、小柄であることを除けば普通以外の何者でもないけど、笑顔を浮かべるととても素敵な女の子。しっかりしているように見えるけど、恥ずかしがり屋だったり、頑張り屋だったり、思ったよりも弱い面を抱えていたり。


 というか、最近は五十嵐さんのことを考えている時間よりも、彼女と喋ってたり、一緒に何かしてたりする時間の方が遥かに長いんじゃないだろうか。そしてこうやって、彼女のことを考えている時間も。


 ──俺はこの半年、彼女と、古川さんといったいどれだけの時間と体験を共有していたんだろう?


 いまのいままで、俺はそのことに全然気づいていなかった。




 ここまで考えて、ようやく俺は重大なことに思い至った。


 転校するということは、要するに彼女ともう会えなくなるということだ。


 いや、確かに転校しても同じ大学に進学することもあるだろうし、それ以前に別にこっちに遊びに来たっていい。東北新幹線を使えば(財布への影響はともかく)そんなに時間もかからないだろうし。だから「もう会えない」というのとは違うんだろう。


 でも、それはまやかしに過ぎないことを、俺は感覚として理解していた。


 会える会えないの問題じゃない。そう、自分の人生のいまこの瞬間を、彼女と一緒に過ごせないんじゃ意味がないんだ。


 五十嵐さんとではなく、古川さんともう会えなくなるかもしれないことの方にショックを受けていることに、俺は自分でも驚いた。こんな大切なことに気付かないまま、当たり前のように毎日を送っていたなんて。


 これまで何回も転校を経験してきた俺だけど、誰かと別れること、ひょっとするともう二度と会えなくなるかもしれないことの悲しさ、そのことの本当の意味にようやく気づいたのかもしれない。




「結局、もう二度と会えずじまい。会えない間、そこの観音様に百日参りの願掛けしたんだけど、結局ダメで」


 はじめて文知摺観音の掃除に付き合わされたあの日、少し寂しげな表情を浮かべながら石にまつわる伝承を説明してくれたときの、彼女の様子が頭の中で鮮明に思い浮かぶ。


 あのときの様子がいまさら気になって、俺はノートパソコンを開き、もちずり石の伝承を調べ始めた。


 あの和歌の詠み手は河原左大臣、源融(みなもとのとおる)……って、嵯峨天皇の皇子かよ、超大物じゃん。 陸奥按察使(むつあぜち)の役職でこっちに来てただけだから、中央に戻ることは既定路線、と。そりゃ初めから無理な恋だったのかもな、こりゃ仕方ないだろ。


 けれども、どこか既視感のある話の流れだということが、頭の隅に引っかかる。


 ん? 中央のエリートというところはともかく、俺の境遇と似てるって言えなくもない、のか?


 ──ちょっと待て。


 そういえば、なんで古川さんはあのときあんな辛そうな顔をしていた? てっきり伝承の二人に同情してただけだと思っていたけど、違うのか? ひょっとして、まさか!?


 その場で俺は、思わず立ち上がってしまった。




 くそ、こんな思いをするくらいなら、古川さんに伝承を教えてもらったあと、さっさと自分でも調べておくべきだった。


 自分で自分を殴りつけたくなるような衝動をなんとか堪えて、俺は必死で頭を働かせようとする。源融はともかく、俺は一介の高校生だ。自活能力もない、ちっぽけな存在でしかない。


 でも俺は、社会制度と身分制度で雁字搦めに囚われていた奴とは違う。自分自身で考えて、運命を変える努力をするくらいの自由なら、俺にだってあるはずだ。


 自分の人生で大切だと思ったことについて、自分からどうにかしようと足掻く。全力で!


 それは環境に流されるままいつもなにかを諦めてきた俺にとって、初めての衝動だった。自分の行く先を案内人に先導してもらうだけのような人生は、もう終わりだ。


 まずは、今回の転校をなんとか回避できないか、それに集中しよう。




 古川さんの気持ちを推し量るのは、そのあとだ。


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