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告白する?しない? 迫る転校タイミングを横目に見ながら俺(私)は……  作者: ねこくも
第3章 勉強会、そして夏の終わり
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2. 助っ人召喚

 そして勉強会の当日がやってきた。


 待ち合わせ場所に現れたのは、例によってまともな車とは思えないような排気音を奏でる、白い軽自動車だった。夏の日差し対策と思われるような大きめのサングラスをかけた女の人が、運転席の窓を開けて顔を出す。


「岩崎くん、お待たせ。今日はよろしくね!」


「お姉ちゃん、もう一回受験勉強したいの? 付いてこれるの?」


 クリティカルなダメージを与えられそうなキツい言葉で姉を黙らせた古川さんが、車から出て、俺の方に向き直る。黒っぽい太めのパンツに、少しルーズな、ライトグレーの七部丈カットソー。


 いつもながら身体の線が出にくい露出控えめの服装だけど、暑くないんだろうか。今日の予想最高気温、三十五度を超えてるぞ? まあ、パンツは麻素材っぽいし、暑さ対策は考えてるのかもしれないけど……。


 少し恥ずかしそうに、何か文句ある? とでもいうような目で古川さんは俺を見て、あらかじめ伝えられていた注意事項を確認する。


「岩崎くん、ちゃんと朝ごはん食べた?」


「ああ」


 なんでか理由は不明だけど、事前の注意事項に「朝食をしっかり摂ること」って書かれてたから、意識していつもより多めに食べてきたけど……。毎度のことながら嫌な予感しかしない。


「それなら、いい。じゃあお姉ちゃん、お願い」




 車は一路、保原方面に向かう。


 保原というのは伊達市の一部で、市町村合併するまでは独立した町だったらしい。地区名だけでなく、宏樹が電車通学に使っている阿武隈急行の駅名としても、その名を残している。


 ちなみに保原駅から福島駅までは、阿武隈急行で七駅、二十分前後というところ。ただ、福島駅からはうちの学校まで十五分近く歩くことになるから、阿武隈急行を使った電車通学生はそれほど多くなく、男子生徒は自転車通学派(気合いを入れて一時間前後)の方が多い。


 とはいえ、荒天時のキツさや、アップダウンあり人家が少ないエリアありといった道中の条件を嫌って、全体的には女子生徒を中心にバス通学派が多いのが実情だ。そうは言っても、実際にはバス通学の場合でも、二十五分程度の乗車時間に加えて、バス停から学校までさらに十五分は軽く歩くことになるんだけどな。


 宏樹から昔聞かされたそんな情報を思い起こしているうちに、車はちょっとした坂を登って、一昔前は廃墟マニアにかなり有名だった(らしい)遊園地跡地を横目に見ながら、ゆるやかに右にカーブする。


「いいなあ、お泊りで勉強会。私にも高校時代、そんなイベント欲しかったなあ」


「お姉ちゃんには彼がいたでしょ」


 妹に一発で粉砕されても、見習いたいと思うくらいの打たれ強さで、姉は続ける。


「いい? 岩崎くん。大人がいないからって、お酒はダメだからね」


 うちは両親とも飲まねえし、酒に手を出す理由はないかなあ……。父方のおじさんが酒で失敗しちゃったのを見て決めたらしいんだけど、反面教師ってやつだろうか。


「あと、若い衝動に身を任せちゃダメだからね。もしどうしても我慢できなくなった場合でも、ちゃんと避に」


「お姉ちゃん!」


 強烈な意志が込められた言葉と視線は、場合によっては物理的に人を傷つけることすら可能なのでは? ありえないことだろうけれど、そんなことを俺は思わずにはいられなかった。




 車内でそんな馬鹿話を続けている間に、車は事前に宏樹から連絡のあった住所付近に到着した。


 農地がほとんどで、家がまばらにしか見えねえ……。これ、事前に地図アプリで調べておかなかったら、間違いなく迷子になってるパターンだ。


「ナビありがとね。わかりやすかったし、私の専属コドラにならない?」


「岩崎くん、コドラってなに?」


 古川さんがヒソヒソ声で俺にたずねる。なぜか車内で十分に効いているはずのエアコンに勝る冷気が、俺を包み込むような錯覚を感じる。


「コ・ドライバーっていって、ラリーのとき助手席に座って、ペースノート読み上げたりしてナビする人のこと。まあ、案内人みたいなもんかな」


「よくわからないんだけど」


 古川さんは俺の説明を途中で引き取って、車外の熱気すらかき消すことができそうな視線で、姉を睨んだ。


「とにかく、お姉ちゃんが(よこしま)なことを考えてるのはわかった」


「じゃ、勉強頑張ってね。岩崎くん、智佳をお願いね。智佳は岩崎くん困らせちゃダメだからね?」


 状況の不利を察した古川さんのお姉さんは、意味深な笑顔で最後にそう付け加えてから俺たちを車外に放り出し、爆音を残して走り去ってしまった。


「どういう意味だろ」


「たいした意味なんてないから、取り合っちゃダメ。行きましょ」


 古川さんは、お姉さんに対してはやっぱり徹底的に冷たいようだ。いいコンビに見えるんだけどな。




 念のためにと送られていた家の周囲の画像を頼りにして、俺たちは宏樹の家に到着した。


 自然な生垣に囲まれた、かなり大きめの和風建築。敷地の一角に農機具置き場が用意されている。そういえばあいつの家、農家だって言ってたっけ。


 玄関ドア脇のチャイムを押すと、待ち構えていたかのようなタイミングで、Tシャツに短パンという出で立ちの宏樹が現れた。


 さすがに今日は古川さんが一緒ということを意識してか、しっかりした生地、デザインの物を選んでいて、それほど雑とかだらしないといった感じは受けない。まあ格好については、Tシャツにルーズなクライミングパンツ合わせてる俺も似たようなもんだろうし、そこは良しとしよう。


 でも一つだけ言わせろ。


 お前が首から下げてるの、どう見てもスポーツタオルじゃなくて、ただの手拭いだろ?




「よう、待ちかねたぜ。じゃ、行くか」


 宏樹はそのままサンダルをつっかけて、少し離れたところにある、比較的新しめの二階建て、大きな物置っぽく見える建物に俺たちを誘った。近づいてみると、どうやら物置と思われるのは一階だけで、二階は別のスペースになっているらしい。つまり物置というよりも、離れといったところか。


 物置部分のシャッターの隣にある玄関ドアを開けて、宏樹が説明する。


「一階は物置で、二階が俺の部屋。木造でボロくなってた物置建て直す時に、ついでってことで用意してくれた」


 階段を上がって通された部屋は、思ったよりも広かった。


 手前にキッチンやらユニットバスへの入口のスペースがあって、奥に私室というレイアウトになっている。


 それにしても、広い。


 俺の家のリビングが十二畳程度らしいんだけど、薄いベージュ系の壁紙の効果もあってか、少なくとも同じくらいの広さはあるように見える。大学生の一人暮らしの部屋と言われても、「広すぎじゃね?」って思うくらいだ。


 宏樹いわく「その気になれば風呂以外はここで完結できる」らしい(ユニットバスは狭いから、シャワーで済ませる場合以外は使いたくない、とのこと)。


 ただ、置いてある家具は普通の勉強机と若干の本棚、おそらく冬はコタツに早変わりしそうな四角いテーブルと座布団、パソコン関連とゲーム機、そしてベッドくらいで、普通の高校生らしさに溢れている。部屋が広く見えるのは、モノが少ないせいもあるのかもしれない。


「しっかし、いい部屋だな」


「俺が家から出たら親が趣味の部屋に使うって、ケチらなかったおかげだな」


 感心する俺に、そっけなく答える宏樹。


「そういえば宏樹くん、弟さんがいるんじゃなかったっけ?」


「羨ましがってるけど、中学生のうちからこんな部屋にいたんじゃ、自制できねえからな。少なくともうちの高校受かるまでは、母屋で監視付き生活だ」


「そりゃ、仕方ねえな」


 そんな会話を交わしながら、バッグから筆記用具他を取り出し、勉強会の準備を整える俺。とはいえ、始まる前にもう少し休憩時間があると思っていたんだけど。


「さて、早速始めるか」


「なにを?」


「勉強に決まってるでしょ? なんのために集まったと思ってるの?」


 なんというか、想像していたよりもはるかに本気モードだった。


 そして配られたのは、体裁的にどこかの大学の過去の入試問題と思われる、数学のプリント。しかも御丁寧に、これまでの学校の授業範囲+αで答えられそうなものばかりを集めている。


 いきなりこれかよ、容赦ねえなと吐息を漏らそうとしたとき、合点がいった。あっ、朝食しっかり食ってこいってのは、こういうことかよ!


 簡単に罠にかかった小動物を見るような目で俺をチラッと眺めてから、宏樹は笑いを噛み殺すように宣言した。


「制限時間は二時間半、終わったら昼飯にしようぜ。じゃあ、開始!」




「俺、すでに頭が破裂しそうなんだけど」


 二時間半の悪戦苦闘が終わり、母屋のダイニングで宏樹の母さんが用意してくれた大盛りの冷やし中華を頂きながら、愚痴をこぼす。


「やっぱり数学は駄目ってか、無理。もう俺、私立文系でいいよ。一刻も早く数学のない世界に旅立ちたい」


「まだ始まったばかりだろ」


 笑いながら冷やし中華を啜ってる宏樹はまだ良いんだよ。古川さんの目が怖いんだってば。


「なに言ってんの? これから答え合わせしながら、岩崎くんがどこで間違ってるのか、なにがわかってないのか、逐一確認するんだけど?」


 出来の悪い児童を注意する、小学校低学年時代の担任を思わせるような口ぶりだった。


「ま、いまならまだ取り返せるだろうから、頑張ろうぜ。基本さえ押さえりゃ、あとは場数の問題だし」


 顔こそ笑ってるけど、宏樹の声は「これからシゴくから、覚悟しろ」としか聞こえない。


 いったいなんなんだ、この本気合宿。てっきり遊び目的だと思ってたのに。気安く「参加する」とか言うんじゃなかった……。




「そろそろ再開しようよ」


 そんな古川さんの無慈悲な一言とともに、俺たちは再び宏樹の部屋に移動した。


「そういえば宏樹くん、私たちでもわからない問題はどうするつもりなの? 秘策があるって言ってたけど、そろそろ教えてよ」


 こいつら、他にも何か企んでんのかよ。


 勘弁してくれというか、お願いですから許してくださいって、もう土下座したい気分になってきた。


「ああ、その話な。強力な助っ人を手配してる。そろそろ来るはずなんだけど」


 と言ったそばから、どこからかメッセージの着信音がする。


 「俺だな」と宏樹はスマホの画面を覗き込み、「噂をすれば……」と第四のメンバーを迎えるために、部屋から出て行った。俺は古川さんに顔を向けてみるものの、彼女にも心当たりがまったくないらしく、お互いに首をひねるばかり。




 しばらく経って、階段を上る音とともに、話し声が近づいて来た。


 女の声? まあ確かに女の子が古川さん一人だけで一泊二日ってのは……と思ってたから妥当といえば妥当なんだけど、いったい誰だ?


 そんなことを考えているうちに話し声と足音はドアの前で止まり、俺と古川さんは緊張で身を硬くする。


「待たせたな!」


 そう言ってドアを全開にした宏樹の後に続いて「どうも」と頭を下げながら入ってきたのは、なんと……俺の想い人、五十嵐由希さんその人だった。


 黒のポロシャツにベージュのハーフパンツという、あまりラフにならない程度の軽装に身を包んでいる。


 そして髪型! いつもはロングヘアをそのまま流しているのに、今日は襟足あたりでまとめてから、ねじってアップにしてる、というのか? 女の子の髪型はよくわからないんだけど、どうしていつもこうしないのかってくらいに、とにかく文句なく可愛い。


 衝撃を受けたのは俺だけではなかったようで、古川さんも五十嵐さんを指差しながら、しばらく声も出ない様子だった。それでもなんとか復活して、俺と共通の疑問をぶつける。


「え……。由希と宏樹くんって、いったいどういう関係なの?」


「せっかく我が学年三位さまを頼りになる助っ人として召喚したってのに、お前らそういう反応かよ」


 両手を腰に当てて呆れ顔の宏樹をフォローするように、仕方がないといった表情で、五十嵐さんが爆弾を炸裂させた。


「宏樹は従兄弟なのよ、母方の」


 一瞬間が空いてから、俺と古川さんの「えええええええええーーーーーーーーっ」という絶叫が、部屋中にこだました。

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