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俺が聖女だなんて聞いてない! ~幼馴染を助けたら、なぜか『癒しの光』が発現しました~  作者: エス


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リディアの日記②

「じゃあ、読むね」


 ユナが確認するように俺たちへ視線を向ける。


「お、おう……」


 カイルがやけに神妙な顔で、ごくりと唾を飲み込んだ。俺も黙って頷く。


 テーブルの上には、俺が持ってきた淡い桃色のノートが置かれている。九年前に亡くなった二人の母親が残した日記だ。二人ともさっき俺が事情を話した時は、母親の日記が残っていたことに目を輝かせていたが、だんだんと緊張の方が優ってきたようだ。


(まあ、それもそうか)


 ただ母親の目線で綴られた当時の思い出に浸れるだけなら、それでいい。だがこの中には、今になって浮かび上がった二人の出生をめぐる謎、その答えが書かれているかもしれないんだから。


「やっぱり待って! ドキドキしすぎて倒れそう! 実はお前はうちの子じゃありませんなんて書いてあったらどうするの!?」


 ユナはそう叫ぶと胸の前で両手をぎゅっと握りしめ、そわそわと身をよじった。


「いや、ないだろ。おまえカイルと似てるし、お袋さんともそっくりだったじゃねぇか」


「そっか……う、うん! そうだよね!」


 頷きながらも、何度も浅く息を繰り返している。まあ、ユナだって本気でそんなことを疑ってるわけじゃない。冗談でも言ってなきゃ、落ち着かない気持ちを持て余すんだろう。


「ユ、ユナっ!」


 突然、カイルが声を上げて立ち上がった。ほんのりと赤い顔でぐっと拳を握りしめ、何か重大な決断でも下したかのようにユナへ向き直る。


「大丈夫だ! たとえ何が書いてあったって、おまえが俺の妹なのは変わらねえからな!」


「いや、そこはたぶん普通に妹だから安心しろ」


 こっちはこっちで、だいぶおかしい。

 二人とも落ち着かないのはわかるが、この調子じゃ日記を読み始めるころには夜中だ。


「おい、代わりに俺が読むか?」


 そう提案してみたものの、二人の母親の日記を俺が真っ先に読むってのもおかしな話だよな。案の定、ユナがサッとノートを掴む。


「だ、大丈夫! 私が読むからっ!」


 ユナはもう一度だけ俺たちの顔を見回すと、表紙をそっと手で払い、今度こそ覚悟を決めたようにゆっくりとノートを開いた。


「見て。お母さんの字。綺麗……」


 ユナがほうっとため息をつき、開いたページを俺たちにも見えるように傾ける。日記は二人の母親が結婚し、新しい生活を始めた頃から綴られているようだった。さすがに最初から全部読んでいたら時間がかかる。そこはあとでゆっくり読んでもらうことにして、ひとまずカイルを身ごもった頃までページを進めてもらった。



 * * *



  王歴683年


  8月28日

  月のものが遅れているの。

  もしかして、赤ちゃんができたのかしら。

  アルベルトに話したら、

  私以上に大喜びだったわ。 

  「きっとそうだ!」なんて、

  まだ決まったわけでもないのにね。

  男の子だったらどんな名前がいいとか、

  女の子だったらこんな名前がかわいいとか、

  気が早いったらありゃしない。

  でも、本当は私も同じくらい嬉しい。

  大好きなアルベルトとの子どもを

  授かれるなんて、夢みたい。

  明日、イリス先生のところへ行ってみよう。



  8月29日 

  赤ちゃん、できてた! どうしよう嬉しい!

  アルベルトったら、

  「リディアはもういっさい重たい物を持つな!」

  ですって。笑っちゃったわ。

  でも、イリス先生が、

  「少し気になることがあるから、

  また一ヶ月後に来て」って。

  なんだったのかしら。赤ちゃんが危ないとか、

  そういうことではないらしいんだけど。



  10月3日

  今日は本当に驚いた。

  赤ちゃんは一人じゃなかったの。

  なんと、二人もいるんですって! 双子よ!

  前にイリス先生が言っていたのは

  このことだったのね。

  嬉しい。すごく嬉しいはずなのに。

  どうしよう。まずはアルベルトに相談しなきゃ。



 そこまで調子良く読みあげていたユナが、ページをめくる手をぴたりと止めた。おもむろにノートを裏返すと、何かを探すように表紙の隅々まで確認している。おそらく、これが本当に自分の母親の日記なのか心配になったんだろう。だが、表紙のどこにも名前らしきものは見当たらなかったらしい。ユナは顔を上げ、困惑気味に俺を見た。


「ねえロイ。これ……本当にお母さんの日記だよね?」


「あ、ああ。母さんがそう言ってたし、さすがに間違えたってことはないと思う」


「どういうことだよ? 日付的には、その赤ん坊って俺の話だよな? は? 俺って実は双子だったのか?」


 カイルが動揺を隠しきれない様子で俺に詰め寄ってくる。いや、俺に聞くな。俺だって混乱してるんだ。


「とにかく、続きを読んでくれ」


「う、うん」


 俺が促すと、ユナは戸惑いながらも小さく頷いた。もう一度ノートを表に返し、さっきまで読んでいたページへ視線を戻す。


  10月4日

  昨日は夜遅くまで話し合っていたわ。

  アルベルトも私も真っ先に思い出したのは、

  あの話。

  まさか私たちが双子を授かるなんて。

  願うのはただ一つだけ。

  どうかこの子たちの間で

  悲劇が繰り返されませんように。

  でも、それよりまずは世間の目から

  双子を隠すことが先決ね。

  この国では双子を忌み嫌う人がまだ多いもの。

  ヴァリアントには双子がいないわ。

  それだけに何か悪いことが起きるたび、

  この子たちのせいにされるかもしれない。

  最悪、迫害なんてことになったら。

  ううん、絶対だめ。

  みんなをどう誤魔化すか。

  今日はそれを二人で考えなきゃ。



  10月5日

  決めたわ。

  この子たちは双子ではなく、年子として育てる。

  ごめんね、堂々と産んで育ててあげられなくて。

  でも、あなたたちが後ろ指を指されて

  生きていくのは嫌なの。

  そうと決まれば、お腹が目立ってくる前に

  リーベルに行かなきゃ。

  双子ならきっと、

  普通より早く目立ってしまうものね。



  11月15日

  リーベルに到着したわ。

  アルベルトは仕事があるから、ひとまず私だけ。

  リーベルはのんびりしていていいわね。

  気候もいいし、

  本当は毎日でも散歩したいくらいなんだけど。

  でも、こっちの人たちには、

  私の赤ちゃんが双子だと知られてはいけないの。

  お母さんにまで嘘をついてもらうのは

  申し訳ないけど。

  どうか出産まで隠し通せますように。



「なあ……これって……」


 カイルが思い詰めたように顔を上げる。だがユナはそれには答えず、信じられない様子で口元を押さえると、今読んだばかりのページへもう一度目を落とした。


 ここまで読めば、さすがに俺たちにも話が見えてくる。


 ――カイルとユナは双子だった。


 ユナたちの両親は、双子を忌み嫌うヴァリアントの世間の目から二人を守るために、二人が双子であることを隠したのだ。


 そう考えれば、これまで引っ掛かっていたことにもすべて説明がつく。

 

 お腹の大きさに違和感を持たれる前に、母親が早々に王都を離れたこと。

 生まれた二人のうちカイルだけを連れて王都へ戻り、ユナをリーベルに残したこと。

 王都では、ユナを年子の妹として迎え入れたこと。

 リーベルでは、あの日までそこで育っていたのはカイルで、ユナは王都で生まれたと偽っていたこと。


 王都とリーベル。それぞれに違う話を信じ込ませることで、二人が同じ日に生まれたという事実を隠したんだ。


 やがて、ユナがぽつりと呟いた。


「じゃあ……流星群の日、おばあちゃんに背負われていたのは、やっぱり私だったんだね」


「……みたいだな」


 カイルもそれだけ答えると、何とも言えない顔でユナを見つめる。二人とも、すぐにはそれ以上の言葉が出てこないようだった。


 そりゃそうだ。十八年間ずっと一つ違いの兄妹だと思って生きてきたのに、いきなり実は双子でしたなんてわかったところで、簡単に「そうだったのか」で済ませられるはずもない。


 しんと静まり帰った部屋で、コチコチと時計の振り子の音だけが規則正しく部屋に響く。


「続き……読んでいいかな」


 いつの間にかユナは、またノートを持ち直していた。まだ戸惑いは残っているようだが、どうやらここで読むのをやめるつもりはないらしい。


「お母さんが書いていた『悲劇』がなんなのか。知りたいの」


 俺とカイルが黙って頷く。

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