水色のワンピース①
部屋に入るなり、このクソ暑い中、広場から抱えて帰ってきた服をどさりとベッドに放り出した。
上質な布地が空気を含んでふわりと膨らむ。俺の紺のジャケットも、カイルのロイヤルブルーも、ユナのやたら艶のある水色のワンピースも、どれも好き勝手に重なり合ってシーツの上に広がった。さらに、費用が王城持ちだと知った行商男がここぞとばかりに商魂を発揮して勧めてきた、シャツやら靴やら、ユナのバッグやらが、雪崩みたいに転がり出る。
「ったく。あいつら、自分の買った服くらい持って帰れよな」
汗で張り付いたシャツのボタンを二つ外し、どかりと椅子に腰を落とした。その辺にあった本を掴み、ぱたぱたと無造作に仰ぐ。まだ広場の熱気が体にまとわりついている気がして、どうにも気持ち悪い。
しばらく仰ぎ続けてようやく顔の汗が引いてくると、のそのそと立ち上がった。ベッドの上の服の山を見下ろし、紺色のジャケットを掴む。そのまま鏡の前に立ち、袖を通した。
(絶対ベージュだっただろ……)
鏡の中には地味な紺色に身を包んだ俺が立っていた。悪くはない。悪くはないんだが、ベージュを着た時の、ちょっと爽やかだった俺が頭から離れない。
「爽やかすぎ? らしくない? いいだろ、たまには」
小さくそう呟くと、ジャケットを脱ぎ、軽く皺を伸ばして丁寧に畳んだ。
ベッドの上の服の山に視線をやる。さっきは暑さに任せて放り出したが、このままにしておくのも何となく落ち着かない。ため息をひとつつき、広がった服を一つずつ拾い上げていった。
俺のシャツにカイルのロイヤルブルーのジャケット。カイルのシャツ。行商男に勧められるままに買ってきたが、まあこれもカイルには似合うだろう。順に揃え、重ねていく。
つるりとした生地が手の甲に触れた。ユナの水色のワンピースだ。思っていたよりずっと軽い。女ってこんな薄っぺらい服で外歩いてんのか。落ち着かないだろ、絶対。
「ほっそ。てかこれ、どうやって畳むんだよ」
持ち上げる度に生地がするりと指から逃げる。形もどうなってんだ、これ。どこが前でどこが後ろだ。
「……いきなり怒り出して帰るしな」
真っ赤な顔で、子どもみたいに捨て台詞を吐いて帰って行ったユナの姿が蘇る。
(あいつ、何にむくれてたんだった?)
俺がベージュを羽織ったとき、妙に食い気味で紺を推してきた。それから行商男に「ユナちゃんが紺を勧める理由がわかった」みたいなことを言われて、やたらムキになって言い返して。で、俺と目が合った途端、赤くなって俺を睨んで帰っていったよな。
ワンピースを畳んでいた手が止まった。
(いや、まさかな)
浮かびかけた考えを乱暴に振り払う。あり得ない。
でも……繋がる気がするんだよな。全部。
待て待て待て。違ったら死ぬほど恥ずかしいぞ。一生アイツらに「自意識過剰ロイ」とか言って、からかわれる未来しか見えん。
なのに。一度そう思った瞬間から、これまでの全部がそれっぽく見えてくるんだが!
俺が「ユナに好きな奴がいる気配なんてない」って言った時の、ルーカスの微妙な表情とか。見合いに参加することになってから、ずっとユナが不機嫌だったこととか。行商男の「女心には疎いタイプ?」の意味とか。
(ユナ……俺のこと好きなのか!?)
手からするりとワンピースが滑り落ちた。
「は? 違う違う違う違う!」
何に焦っているのか自分でもわからないまま慌てて拾い上げ、さっきよりもやたら丁寧に畳み直す。服からほんのり甘い香りがする気がして、どんどん顔が熱くなるのがわかった。
「……落ち着け」
深呼吸をひとつ。
よし、仮定だ。仮定の話だ。もし、だ。もしユナが俺のことを好きだったとしたら。
だからベージュを嫌がった? 爽やかすぎるのはらしくない、とか言って。
それだけじゃない。エドガーが俺の見合いの話を持ち出したとき、「地味顔のロイがかすむ」だの何だの、妙に刺々しく憎まれ口を叩いてきたのも?
それってつまり、俺のことを気にして、拗ねて、ムキになって、顔真っ赤にして帰ったってことか? 俺に見合いに参加してほしくなかったってことだよな?
「いや、かわいすぎるだろ」
ぽつりと本音が漏れた。
待て。ユナだぞ!? 甘いの嫌いとか言いながら、俺のデザートを毎回当然みたいな顔して奪ってくやつだぞ? 疲れたとか言って俺の肩を勝手に肘置き代わりにする、あのユナだぞ?
くしゃりとワンピースに皺が寄る。いつの間にか、心臓が早馬の足音のように鳴っていた。なんだかこのワンピースまで妙にかわいく見えてきて、慌てて頭を振る。
「違うからな! 仮定の話だ! 仮定!」
誰に言うともなく叫ぶ。これで勘違いだったら相当痛いぞ。
「はぁ……」
どうすればいいかわからん。というか、そもそもユナに何か言われたわけでもないし、どうもこうもない。俺は服を全部重ねて端に寄せると、ベッドに腰掛け、天井を仰いだ。ぎしり、とベッドが鈍い音を立てる。
ルーカスに聞いてみるか? あいつ何か気づいてそうな感じだったし。……ってだめだ。それで俺の勘違いだったら人生終わるな。ルーカスだぞ? 翌日には城中に吹聴されてるに決まってる。なんなら城の公式記録に「ロイ自意識過剰事件」として残しかねない。
「……だめだ」
ぐしゃぐしゃと髪を掻きむしる。考えれば考えるほど墓穴しか見えない。いっそ外の空気でも吸ってくるか、と立ち上がりかけたときだ。
ノックも無しに部屋のドアが開いた。ひょっこりと顔を出したのは、うちの母親だ。ったく。健全な十代男子の部屋だぞ? ノックくらいしてほしい。
「ロイ〜。今日シチュー作ったからさ、カイルちゃんちにも持ってったげて!」
ずかずかと部屋に入って来ながら当然のように言う。その手にはずっしりと重そうな大鍋。何人分作ったんだよ。
「ふたりともこのシチュー好きでしょ? ついでにあんたもあっちで一緒に食べてきちゃいな」
「は? ついでってなんだよ」
俺の動揺なんて知る由もなく、母さんはにこにこと鍋を押しつけてくる。
今よりによってそれか? 脳内がユナで大渋滞しているこのタイミングで? 天井を仰ぎ、俺は小さく呻く。
(逃げ場、なしかよ)




