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第4話「ミス聖女」

雲一つない晴天に恵まれたその日。

王都のど真ん中に組まれた特設会場で、この日のメインイベントの開催を告げる声が朗々と響き渡った。


「それではこれより“ミス聖女”コンテストを開催します!! 今年も各地から選りすぐりの美女が集結しました! さあ、栄光は一体誰の手に輝くのでしょうかあああああ!?」


その声に応えるようにわああーと盛り上がる広場。王都の中央広場、通称“アリア広場”は常にない熱気に包まれていた。


生まれて数か月の乳飲み子から頭より腰の方が高い位置にあるような老人、さらには肌の色や服装から他国の観光客とわかる者まで、広場は老若男女多種多様な人間で溢れかえっていた。


一年に一度の、それも世界で一番有名な祭りといっても過言ではないこの追悼祭。300年目の節目ということもあり、屋台やイベントの主催者は数か月前から入念な準備を行いこの日に備えていた。


そんな数あるイベントの中でも名物行事“ミス聖女”コンテストは注目度で群を抜いていた。なにせこの国の象徴でもあり、世界の救世主でもある聖女――その名にあやかって国一番の女性を決めようというのである。特別審査員には王侯貴族も名を連ねており、つまるところ国公認の聖女が選ばれるわけだ。


審査基準が明確にあるわけではないが、伝説の聖女は“とんでもない美人”で、“女神のような慈悲深さを持ち”、かつ“魔王と相対できるほど強い”という伝承が残っている。だから当然のようにそれに準じた人物が選ばれるべき、という認識が古くからハインレンス国民には浸透していた。


ただし最後の強さに関しては、なかなか舞台上で発揮できるものでもなく、また一般人には縁遠い分野でもあったので、ここ数十年の優勝者は主に顔と性格で選ばれていた。


つまり時の経過とともに、聖女というよりはただの美人コンテストに成り代わっていたのだが、魔物の脅威もほとんどない現代、国民にとっては大した問題ではなかった。


審査員は広場にいる観衆と選出された貴族の面々なので、どれだけ彼らにアピールできるかが勝負の分かれ目となっている。

過去のコンテストの優勝者は貴族と結婚する者も多く、平民が玉の輿に乗る絶好の機会でもあった。参加者たちも一世一代の晴れ舞台であり、勝負の舞台でもあるこのコンテストには並々ならぬ情熱を燃やしている……一人を除いて。


誰もかれもが期待に胸ふくらませ、各々の応援団が出場者の名前を連呼する中、

沸き立つ観衆に負けないような大きな声が広場に響いた。


「ご主人様―! ファイトー!」


それに続いて少年の周りにいる、全体的に身なりのいい集団から次々と声が上がる。


「アリア―頑張れー!」

「かわいいー!」

「アリアちゃーん! 君が一番だよー!」

「必勝ですわー!」

「お姉さまぁぁ!」


気合の入った応援グッズを振り回す彼らの視線の先は、舞台の一番端っこ。王立魔法学園から推薦で選ばれる特別出場者の位置だった。


この日のために勝負服を着飾った女性たちがそれぞれ最高の笑みを浮かべる中、一人無表情……いや、むしろ若干不機嫌そうに自らの応援団を睨む少女がいた。


 その服装は、細部にこだわりがあるものの、他の参加者に比べるといささか地味なものであった。だが、その冴え冴えとした雰囲気と、ニコリともしないのにひきつけられる美貌が、居並ぶ美女たちの中でも一際異色を放っていた。


しばらく目線で「やめろ」と応援団に思念を送っていた少女だったが、全く効果がないことに気付いたのか……やがて諦めたように深いため息を吐いた。

そして、死んだ魚のような目を虚空に向けながらぼそりと呟く。


「………帰りたい」







見渡す限りの人、人、人。

王都中の人間が集まっているのではないかというほどの人の波が広場を埋め尽くしている。


ご丁寧にも最前列をキープして本人そっちのけで大騒ぎしているのは、いつものメンバーだ。キラ、ライル、フィル、ミア、ローズ、ルナ、全員横一列に並んで横断幕を掲げている。キラとルナに至っては身長が足りないため、それぞれプラカードを持って一生懸命飛び跳ねていた。

横断幕にはでかでかとした文字で”学園の聖女アリア”という悪夢のような文字が躍っている。


……もはや拷問以外の何ものでもない。

今すぐ燃やしつくしたい衝動に駆られるが、理性を総動員してなんとか押し留める。


昨日の夜中、使い魔まで呼びだして皆で何を作っているのかと思ったら……久しぶりに死にたくなってきた。恥ずかしすぎる。


変装だろうか、レストは眼鏡をかけたうえにさらに帽子を目深にかぶっていた。そんな彼が少し恥ずかしそうに一歩離れたところで他人のふりをしているのが、いかにもこれが現実であると知らせていた。一層打ちのめされた気分である。


襲い来る失意とともに視線を下げると、この日の衣装が視界に入る。普段の自分なら絶対着ないような煌びやかで動きにくい服だ。


ちなみにフィルが「これを着たら優勝間違いなし!」と用意した“勝負服”なる露出度の高い真っ赤なワンピースはさすがに拒否した。あれは服とは呼ばない。ただの布っきれだ。完全にフィルの趣味である。


その代りに、ミアとローズの手によってほぼ無理やり着させられたのがこの衣装だった。

真っ白という、それだけで自然界と戦場では真っ先に狙われそうな色に、さらにキラキラと輝く小さな石が随所にあしらわれている、もはや死にに行くような格好である。

その上薄く化粧を施され髪型まで変えられ、この場に投げ込まれたわけだ。


あいつらは、こういう時だけ全員で結託してくるから性質が悪い。

両脇を女子二人に引きずられながら、唯一助けてくれそうなレストに手を伸ばしても、光の速さで顔をそむけられ「目の色を変えておけ」という意味のわからないアドバイスを残して逃げるように去っていくだけだった。


それでも逃げようとすれば、キラの影に捕まり――そう、捕まったのだ。多少油断していたとはいえ、使い魔に捕らわれる主人なんて恰好がつかないにも程がある。


極めつけは学園長だった。

このミス聖女コンテスト、優勝者には結構な賞金が支払われるらしい。

だからといって今は以前ほどお金に困ってもいないし、私が心惹かれる要素にはならないのだが、そこで黙っていないのが学園側、もとい学園長だった。


なんと学園代表として出場し優勝した場合は、賞金のいくらかを学園に寄付する慣習があるらしい。厳しい地方選抜を勝ち抜いた強豪が出揃うこの大会で、この十数年学園から優勝者が出たことはないらしいが、ライルたちの調べによると確かに過去の優勝者達はその慣習に従っていたという。


結果、「優勝して賞金をもぎ取って来なさい」と学園長から指令がでた。多分話の途中で「お金には困ってないので大丈夫です」と言ったのがまずかった。それまでは緩く出場を打診されていただけだったが、その失言から学園長の空気が変わったのだ。


明細書をちらつかせながら「あなたは困っていないかもしれないけれど、学園は少し困っているのよ。おほほほほっ」と、普段の穏やか顔をどこかにかなぐり捨てたのか、血走った目をギラギラさせながら迫られた。正直怖かった。 

取りつく島もないとはあのことだ。学園長もよっぽど切羽詰まっていたのだろう。


ここ最近はあまりすることもなくなったが、確かに以前の私は派手に破壊工作を繰り返していた。

 だが、まさか被害額がそこまで上っていたとは……それを引き合いに出されては、 ぐうの音も出なかった。特待生という学園に対する義理もある。


一瞬何もかも放り出して国を出ようかとも考えたが、天秤にかけるとわずかに学園での生活の方が重かった。


失くすには、惜しい絆ができてしまったのだ。


ちなみに後から聞いた話だが、これにもライルたちが一枚噛んでいたようだった。本当に悪知恵だけはよく回る。

結局、罪滅ぼしというころで、万が一優勝することがあったら賞金は全額学園に寄付するというところで話はまとまった。


そうしてなんやかんやで言いくるめられて、ほいほいこんなところまで来た次第である。

羞恥に耐えて舞台に踏みとどまっているが、自尊心は先ほどから瓦礫の様にどんどん崩れていっている。


他の参加者を眺めても、とてもじゃないが勝てる気がしない。デスマッチだったら瞬殺できる自信があるが、世の中ままならないものである。


「さて、お次は毎年恒例王立魔法学園からの特別推薦枠での出場です! 自己紹介をお願いいたします!」

「………アリア・セレスティです」

「………」

「………」

「あの、他には……? その、特技とか……?」

「魔法と魔物狩りです」

「………」

「………」

「そ、それはすごいですねー! なんでも“学園の聖女”と呼ばれているそうで!」

「……不本意ですが」

「えっとー……なんで睨まれているのでしょう」


最初の自己紹介からしてこんな様である。そもそも自分がみたいなのが優勝できるわけがないのだ。学園長には悪いが、私にはこれで精一杯だ。参加賞で我慢してほしい。


香水やら化粧品やらいろいろな匂いが籠る会場裏の控室。次の出番が来るまで椅子に座り、ガクッと肩を落とす私の姿は、きっと敗戦者のように見えるだろう。


(……私はこんなところで何をしているのだろう)


尋常ではない場違い感と寂寥感が心を削る。


これはミス聖女を決める大会で、でもそもそも聖女は私で、だが本当は聖女なんて虚像の存在で、じゃあ私は誰だ?………段々己のアイデンティティまでわからなくなってきた。


自問に耽る私の視界に、カツカツとした音とともにヒールの先が入り込む。顔をあげると、色香漂う美女が仁王立ちしていた。


「あなたが今年の学園代表ですって? ………くっ、確かに手ごわそうだわ」


目の前の美女は、きわどいラインまでスリットの入った真っ赤なドレスを見事に着こなしている。まさにフィルの理想がそこにいた。

惜しむらくは今現在の表情が舞台で見せたような艶やかな笑顔ではなく、般若のように歪んでいることだろうか。


会話を聞きつけたのか、近くにいたこれまた愛らしい美少女も乱入してきた。彼女はキラの好きそうなフリルいっぱいの衣装を翻しながら、勢いよく私を指さす。


「でも、名前からしてやらしいわ! あなたみたいな卑怯者には絶対負けないから! 賞金は私の物よ!」


最後の一言でいろいろ駄々洩れだったが、その意気は買いたいと思う。ついでに好きでこの名前に生まれたわけではない……というより聖女になったわけじゃない伝えたかった。できるわけもないが。


「……是非健闘してくれ。私も応援しよう」


「きー生意気だわ!」


それでも敬意を表して応援の言葉を送ったのだが、どうやらお気に召さなかったらしい。心の底から言ったのに心外である。


その後も謎の審査は続いた。薄っぺらい布に着替えたり、司会者と毒にも薬にもならない話をしたり……と言っても私のはまだマシな方だろう。他の参加者はよくそんな恰好で人前に出られるなというあられもない姿で壇上に上がっていた。その時の男性陣の盛り上りようと言ったら……特にフィルは釘づけだった。誰の応援に来ているのかわからない。いや、別に誰を応援しても構わないが。


「それでは最後に特技を見せていただきましょう!! 1番のナディアさーん」


「はーい! それでは、詩を歌いまーす♪」


さっきのフリルの女性の声が聞こえる。控室に設置されている通信用の魔法具を見ると、満面の笑顔が画面いっぱいに映っていた。

人は声色ひとつでここまで印象が変わるものか。さきほどとは打って変わって、明るく無邪気、人類皆友達と言いそうな雰囲気を出している。内面は邪気だらけとはきっと誰も気づくまい。


なるほど、つまりこれが――

「……“ぎゃっぷもえ”作戦か」




――頓珍漢な事を言っても誰も突っ込まないまま、女たちの醜くも華麗な戦いは終盤戦を迎えようとしていた。



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