第二話 悪役にされる令嬢 捜査編
トライオン王子の発言により王宮舞踏会の出席者の視線はシャーレットへ向けられる。その視線には劣情も嘲笑も宿っておらず、畏怖の念が込められていた。
「シャーレット! お前は昔からそうだった! 高慢で他人に興味がない! 友人だなんだと言っていながら、セシリーが倒れているのに表情1つ変わらねェ! どうせ腹の中じゃ平民だなんだと見下していたんだろ?! セシリーが倒れたことは計画通りか? お前が毒盛ってんだから、全部知ってたもんなァ!? “鉄”の令嬢!」
トライオン王子は黒い手袋をつけた指をシャーレットに向けて突き指す。
「トライオン殿下——」
使用人のジェーンがトライオンに何か言い返そうとすると、シャーレットは静止を促した。その顔は眉ひとつ動かさず無表情という言葉が綺麗に当てはまっている。
(セシリーは平民出身。その存在は学園内外問わず知られている。ですから、殿下が彼女のことを知っているのも不思議ではないですが、ここまで肩入れするとは……少々意外ですわね)
「俺見たぜ! セシリーって娘が倒れたのは、そのグラスを飲んだ後だった。きっと、落としたその飲み物に毒が入れられてたんだ!」
「私もその娘が飲んでいるのを見ました」
トライオン王子の発言に乗せられたか、その場にいた者たちは、次々とセシリーがグラスに口をつけてから倒れたと証言をし出した。
「フッ、もうすぐ憲兵と医者がやってくる。そうすりゃお前がセシリーに毒を盛った犯人だってハッキリするぜ。殺人犯と結婚なんてできねェ。婚約も破棄だ」
「そうですか、なんの問題もありません。ワタクシが殺人、ましてや友人であるセシリーをなんて……」
(ですが、なぜセシリーはワタクシが毒を盛ったなどと言ったのかしら……。2人で話していたときに盛られたと勘違いしている?)
セシリーの近くには、抱えるトライオン王子と、グラスなどが置かれているテーブル、セシリーが飲んでいたとされる地面にグラスが転がっている。飲み干していなかったのか、グラス付近には液体も散っている。
セシリーは既に苦しんでいる様子などなく、トライオン王子の腕の中で死んでしまっているかのようにピクリとも動かなくなっていた。
(トライオン殿下はワタクシが犯人だと思い込んでいらっしゃる。憲兵が到着してすぐ、第二王子の名の下、ワタクシを取り押さえるよう命じるでしょう。残り少ない時間で犯人がワタクシではない証拠と、真犯人の証拠を見つけなければなりませんわね)
「オレ様はセシリーをベッドへ寝かせてくる。シャーレット、お前はここから出るんじゃねェぞ」
そのままトライオン王子は舞踏会場から出るためセシリーを抱えようとする。
「お待ちください殿下」
「なんだシャーレット、どけ! 殺人犯の言うことなんか聞けるか」
「仮にワタクシが犯人だとしても、これは事件でございます。であれば、証拠の隠ぺいなどを防ぐため、被害者であるセシリーも含め、現場はこのままにしておくべきです」
「ふ、ふざけるな! セシリーは今も毒が進行しているんだぞ! こんなところに寝かせておけるか」
「殿下は先ほど憲兵と医者を呼んだとおっしゃいました。つまり、現在この付近に医者はいない。であれば、入れ違いなどをしないため、やはりこのままにしておくべきです」
「グッ…………好きにしてろ。セシリーに触るんじゃねェぞ!」
そういうとトライオン王子はセシリーから離れた。
シャーレットは証拠となるものを探すため、先ほどまでセシリーが倒れていた付近へ近づく。
すると、その周辺には微かな甘い香りがしていた。シャーレットは散っている液体を薬品の匂いを嗅ぐようにして確かめ、発生元が液体だと気づく。
(この甘い匂いが毒なのかしら? 相手に毒だと悟られないように作られているのかもしれませんわね)
疑問を残しながらも捜査を続ける。
(指紋……ウェイターは全員手袋を付けているから、飲んだセシリーの指紋があるはず)
シャーレットは「ワトソン」と一声呼び、化粧直し用のパウダーを取り出させた。そのパウダーをグラスの表面にまぶすことでグラスについた指紋が浮かび上がってくる。
シャーレットはハンカチ越しにグラスを手に取り、浮かんだ指紋を自身の暗いドレスの上で見ることで視認性を上げる。
しかし、そこに浮かび上がった指紋は同一人物と思われるものだけであり、2人以上の人間が触っているようには見えなかった。
(ということは、これはセシリーのもの? いえ、指紋に気を取られていたけれど、このグラス飲み口の痕がありませんわね)
指紋は1人分だけ。口をつけた痕もない。グラスには水滴はなく、液体と同じ甘い匂いもまったくしない。
周辺の物を一通り捜査し終えたシャーレットは立ち上がり思考を深める。
(あのグラスに口をつけていないということは、アレを手にする前から毒の入った何かしらを口にしてしまったということ? いえ、他の方たちの証言によるとセシリーは飲んでから倒れたと……。一体どういう……遅効性の毒で、タイミングでそう見えただけ?)
「ホームズ様、指紋はいかがでしたか?」
「……卓上に置いてあるグラスで飲みかけのものはなかったから調べる必要がありそうなのは、落ちていたグラスだけだったわ。でも、そのグラスからも指紋は1人分だけ。セシリーのものと思われるものしか浮かび上がらなかったわ」
「……それはおかしいのではないですか?」
「なぜ? セシリーが倒れていた場所と落ちていたグラスの位置的にも、アレはセシリーが持っていた物のほかないわ。であれば、指紋もセシリーのもの以外ないでしょう」
「ですから、それがおかしいのです」
「だからなぜよ」
「ホームズ様も仰っていましたが、セシリー様は綺麗好きなため手袋をしていらっしゃいました。であれば、グラスに指紋など付くはずありません」
「!? 状況的に勝手に思い込んでしまっていました。そうですわ! 彼女はウェイターと同じく指紋が残らない……だとするなら、このグラスに残された指紋は一体……」
「1番考えられるのは毒を仕込んだ人間でしょうか」
「そうね……けれど、調べた内容からすると、あのグラスを飲んでセシリーが毒で倒れたというのは、ありえないわ」
「ですが、皆さまがおっしゃっていたではないですか。あの落ちているグラスを飲んでからセシリー様が倒れたと」
「えぇ、でもグラスから確認できたのは、セシリーから検出されるはずのない指紋だけ。あれだけ香る甘い匂いはおろか、口をつけた痕すらも残っていないわ」
「であれば、あのグラスにセシリーさまは口をつけていないということですか?!」
「そう考えるほかないわね」
「ならばなぜ、そんな物がセシリーさまの倒れた場所に……。それよりも、セシリーさまが飲んだと言われるグラスはどこに」
「殿下に聞かなければならないことがありますわね」
状況を整理したシャーレットは真相を究明するためトライオン王子の元へ向かおうとするが、その時——
「トライオン第二王子! ご無事ですか?!」
「おォ、ようやく来たか」
シャーレットたちが声のする方へ顔を向けると、トライオン王子が呼んだであろう憲兵たちと医者がやってきていた。
トライオン王子は憲兵を扇動してセシリーが倒れている近く、シャーレットの元へやってきた。
「オレ様の許嫁だった鉄の令嬢が、セシリーという平民の娘に毒を盛って殺害を計ったんだ。こんな奴と婚姻など結べん。そっこく捕縛しろ!」
「お待ちください、殿下」
「なんだ? 犯罪者。最後の悪あがきか?」
「いいえ、ワタクシが犯人ではないという証明を、これから行わせていただきます」
「何を言うかと思えば、そんなことするまでもない! お前たちも殺人犯の言うことなど無視しろ」
トライオン王子はシャーレットの推理に対し、聞く耳持たず、そのまま捕縛を強行しようとする。
「まぁ、そう言うなトライオン」
「んぁ? オレ様のことを気安く呼ぶんじゃっ……あ……兄上」
「久しぶりだね」
ヒース・ドラコーン。トライオン・ドラコーンの兄。この国の第一王子である。シャーレットたちと同じ学園に通い生徒会長を務める。容姿端麗、頭脳明晰、品行方正、その人徳は学園に収まらず国を跨ぐ。
切れ長の碧眼が印象的な、中性的で上品な美形。細い輪郭と柔らかな微笑みに、知性と優しさがにじむ。長い金髪を低めの位置でまとめた一つ結び。前髪は長く片目にかかり、繊細で優雅な印象を受ける。
「なんでここに……友好国へ行ってたんじゃ」
「弟のめでたい席だからね、無理にでも出席したかったのさ。それより、何をそんなに焦ってるんだい?」
「あ、焦ってないかいねェよ! ただ、こんな危険人物、さっさと追い出したいのさ」
「でも、彼女は違うと言っていただろう」
「犯人が自分から素直に『やりました』なんて言うはずねェだろ」
「なら、話くらい聞いてあげてもいいじゃないか」
「な、なんでそんな——」
「あぁそれと、さっきから気になっていたんだ。大した口を聞くようになったみたいだね。ボクがいない間に。トライオン。流石この国の第二王子だ。」
「ッ…………」
ヒース王子は憲兵たちの方へ振り向く。
「君たちも憲兵なら、事件の捜査くらいしなさい」
「ィ……イエス、ユアハイネス!」
「まぁ、捜査の方は彼女がやってくれたみたいだけどね」
ヒース王子は憲兵をたしなめた後、シャーレットへ歩み寄る。
「お待たせしたね。一応言っておくとボクは君の肩を持つ気はない。無罪は主張するのなら、しっかり証明するんだよ」
「ヒース殿下、ありがとうございます。ですが、ご心配には及びません」
シャーレットはヒース王子とすれ違うように前へ歩き出す。




