現世の蛹編 第八話
著者:根本鈴子 様@coconala
企画:mirai(mirama)
蘭と真白は自分達が朱世蝶だと知った。いや、知っていた。知らない振りをしていただけだ。認めたくなくて、あるはずのものをないと言う、子供のように自分に嘘を吐いていた。
心臓の音が、蘭と真白からは聞こえない。
「真白、私達って朱世蝶なんだよ」
「にゃー?」
「うん。人に害を与える、朱世蝶なんだよ」
「にゃあ」
蘭と真白は高いビルの屋上で、夜風に当たりながら、天高く昇っている月を見上げていた。
空には朱世蝶がちらほら飛んでいる。分達も、本来はあの朱世蝶達と同じなのだと思うと、蘭は虚しいような、なんとも言えない気持ちになっていた。
しかし真白はそんなことは思っていないのか、呑気に欠伸をしている。
「お前は、何も思わないの?」
「にゃあー……?」
今更、何を思おうと言うのか。そんなもののために今まで生きていたのか。
まるで真白はそう言いたそうな眼をして、蘭を見ていた。
蘭はその眼が、少しばかり恐ろしかった。
あまりに全てを知っていて、全てを受け入れることの出来る、まるで聖人のような、それでいて悪魔のような……。そんな眼差しに感じたのだ。残酷な現実を知っている。
……真白は本気になれば人間の言葉など、好きに話せる。
だが、そうしなかったのは、蘭との関係が心地よかったからに過ぎない。
真白は、最初から全てを知っていた。蘭が生まれたその瞬間から、共に居たのだから。
蘭は忘れていたのだろうが、真白だけは蘭の誕生を覚えていた。
しかし、蘭も既に思い出してしまった。自分の誕生について。そして最初に出会った真白と、人間の言葉で話していたことを……。
「もういいよ。真白。猫の振りなんかしなくても。本当はたくさん喋れるもんね」
真白は猫の姿のまま、蘭に寄り添う。無も言わずに、ただ側にいる。
「真白、本当は、知っていたんでしょ? 私達が、朱世蝶で、気づいてしまったらまた朱世蝶に戻ってしまうことも、何もかも。だから、自分が消えそうになってまで、私のために猫の振りをしていたんでしょう?」
「……ああ、そうだな。蘭」
真白は猫の姿から、人間の姿になった。しかし、身体が透けている。不完全な姿だった。
「真白、どうする? もう、私達に時間なんてないかもしれないよ」
「お前の好きなように生きればいい。私達にとって、時間などという概念はないようなものだ。私はお前さえ生きていてくれれば、それでいい」
「確か、私が生まれた時も、そう言ってくれたよね……。でもどうしたらいいのか、わからないよ。生きてると言っても、人の形を保っているだけで精一杯なんだから……」