現世の蛹 編 第九話
著者:根本鈴子 様@coconala
企画:mirai(mirama)
蘭が生まれる少し前、真白は不完全な人間の男の姿をして、朱世蝶を眺めていた。
真白は人間の願う「最期の願い」を背負った、すぐに消えてしまうかもしれないような、そんな弱い存在だった。
人間は、どうしてそんなにも願うのだろうかと真白は不思議に思いながらも、いつも同じところで同じように朱世蝶を眺めていた。生きてもいないし、
そしてその朱世蝶達が、人間の願いによって真白と同じ、「願いから生まれた」存在になった。それが、蘭だった。
「……おい、起きろ」
「猫ちゃんじゃないと嫌、私寝ていたいの」
返ってきた言葉は酷く少女らしい声色で、また寝言とも捉えられた。
真白は仕方なく、猫の姿になった。そして蘭に再び「起きろ。ここで寝るな」と言うと、蘭はむにゃむなにゃと言いながら、真白を抱きしめて「猫ちゃん」と言いながらまた寝てしまうのだった。仕方がない。そう思って、真白は猫の振りをするようになった。
蘭は呆れられているとは知らず、起きた時、腕の中に居る白い猫に「真白」と名付け、本物の猫と思いながら接するようになった。
真白は最初、それが少し嫌だったが、慣れてしまえば猫と言うのも案外悪くないと思ったのだった。そして蘭は真白にたくさんのことを人間の言葉で語りかけた。
「今日は友達とクレープ食べたんだよ」
「学校でね、嫌な先生がいるんだけど、実はその先生は本当はとてもいい人だったの」
そんなことを、よく真白に言って聞かせた。
でも、そんなこと、あるはずもない。何故なら蘭は朱世蝶だから。学校に通うこともなければ、人間の友達もいない。その虚言壁とも取れるそれらは、蘭が人間の「少女達の願い」だったから出て来ただけのこと。叶わなかった願いを、蘭が叶えたつもりになっていただけだ。真白は猫の振りをして、蘭の行くところに付いていき、「居ることのない友達」の振りをして過ごした。
蘭と真白は、次第にお互いのことを離すことの出来ないモノとして見るようになる。
しかし本当は、蘭も真白も知っていた。そんな関係が長く続くはずがない子とも、すぐに終わりがやって来ることも。ふとした瞬間、互いのことを同じと思う。透けて見える。心がわかる。でも、その入れ物は仮のもので、ずっと形を保ってはくれない。
「ねえ、真白、面白かった? もう私達、消えちゃうね」
蘭は自分の端々から空へ舞い上がっていく朱世蝶を見て、真白に問う。
真白は答えた。
「ああ、とても面白かったよ」
「……そっか。私もだよ、真白!」
二人は、初めて本当の笑みを見せた。




