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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第1話 灰色の影 第4章

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04 知らせてくれても

「ところで、ルー=フィンは?」

 タイオスは気にしていることを尋ねた。

「神殿か」

「いや、いまは……どこかな、アンエスカ」

「フィレリア殿をお送りしたあとは、自警団からの報告を聞いて戻ってくるはずです」

「ん?」

 タイオスは片眉を上げた。

「もしや、あいつ、騎士になったのか?」

「ああ、そうなんだ」

 ハルディールは笑みを浮かべた。

「あなたにも手紙で知らせましたが、彼はヨアティアの討伐に出ていて」

「おいおい、知ってるさ、その辺のことは」

 タイオスは苦笑した。

「そうでしたね、失敬を」

 王は手を振った。

 彼らの認識には差異があるのだが、このときは互いに、それに気づかなかった。

「任を果たして戻り、騎士の座を受け入れたのです。まだわだかまりを持つ者もいますが、少しずつでも薄れていくと信じます」

 ハルディールは何度も思い、何度も言ったことをまた口にした。タイオスはうなずいた。

「そうだといいな」

「ルー=フィンの様子が気になるのだったら、もっと早くやってきてくれればよかったですのに」

「知らなかったんだよ、帰ってたとは」

 そこでタイオスは顔をしかめた。

「知らせてくれてもよかったじゃないか?」

「ああ……すみません」

「先ほどから黙って聞いていれば、陛下に対して何と横柄な」

 アンエスカが渋面を作った。

「『知らせてくれても』? 何と面の皮の厚い発言だ」

「アンエスカ」

 こほん、と少年王は咳払いをした。

「ルー=フィンが戻ったら、すぐタイオスに会いにくるよう、言ってくれ」

 ハルディールは素早く指示して大人たちの大人気ない言い争いをやめさせた。結果としてタイオスは、何も偉そうにした覚えはない、ルー=フィンが戻っていたら教えてくれと手紙を書いたんだからその延長だ、との台詞をアンエスカにぶつけられなかった。

「タイオスがきてくれたことで、何でも解決してしまいそうな気がする」

 騎士団長が席を外すと、ハルディールはそんなことを言った。中年戦士は首をひねる。

「解決しなきゃならん問題があるのか。俺が手伝えるのか?」

 彼にできるのは剣を振るうことばかりだ。タイオスが左腰の剣を指し示すようにして尋ねると、ハルディールは首を振った。

「いえ、そういうことではないんです。ただ、僕が安心しますというだけで」

「おいおい」

 タイオスは笑った。

「俺なんかに安心するようじゃ、アンエスカが泣くぞ」

 王子、ではない、王は騎士団長よりも〈白鷲〉が頼れると言ったようなものである。

「そういうことでもありません。アンエスカはとても重要な助言者で、師のようにも思っています。ただ」

「気の緩んだことは言えん、か?」

 タイオスが指摘すれば、少年は少年らしくない苦笑いを見せた。それは肯定と取れた。

 どうかな、とタイオスは内心でそっと考えた。

(あの眼鏡は、ハルがまだまだガキだってことくらい判ってるはずだ)

(愚痴や泣き言、弱音を頭から全部否定ってなことはないと思うが)

 彼はアンエスカが嫌いだが、ハルディール少年を支えることのできる年長者というくらいの意味ではちゃんと認めている。アンエスカがタイオスを戦士として認めているのと似たようなものだ。

(だがハルの方で、奴には甘えられんと思っちまってるのかもしれんな)

 彼はそこに気づいた。

(ま、王陛下を年齢相応に子供扱いできるのは、余所者の俺ならではってとこか)

 タイオスはそう結論づけた。

「何か気になることでもあるなら、何でもぶちまけていいぞ」

 まるで久しぶりに会った親戚の子供にでもするように、彼は人当たりのよさそうな笑みを浮かべた。

「おじさんに言ってみなさい。ん?」

「タイオス」

 今度の苦笑は、どこか楽しげなものだった。

「悩みというようなことじゃないんです。ただ、つい先ほど発生した問題をどう処理したらいいか、アンエスカとの相談がまとまっていなくて」

「話せることなら話してみろ」

「あまり言いたくはないのですが……いえ、タイオスがどうと言うのではなく」

 少年王は息を吐いた。

「何とも情けなく、不名誉な話なので」

 そう前置きをしてハルディールは、ユーソアの「狼藉」を簡単に語った。ハルディールが真剣な顔をすればするほど、しかしタイオスの顔には笑いが浮かんでしまう。

「女に手の早い騎士か。〈シリンディン騎士団〉は方向性を変えたのか?……そんな顔するな、冗談だよ」

 ハルディールが困った顔を見せたので、タイオスはすぐに手を振った。

「アル・フェイルからの国境を見張ってた騎士のことだな。ありゃ手放さん方がいいぞ」

 彼はまずそう言った。ハルディールは目をしばたたいた。

「会ったんですね。何か話したのですか」

「シリンドルへ武器を持って入ろうとする薄汚い戦士にきちんと話を訊いてきたね」

 澄まし顔で薄汚い戦士は言った。

「すみません、彼はあなたがいた間、他国にいたもので」

「ああ、そんなことを言ってた。言っとくが、俺の顔を知らなかったことはユーソアの咎じゃないぞ」

 責めるなよとタイオスは言った。かばう訳でもなく、ただの公正な発言だ。

「もし『薄汚い戦士』が剣を抜いて暴れるようなら退治てやろう、くらいのことは思って当然、奴の任務だな。……あいつとやり合えば俺も勝率は五分五分、いや、もうちょい悪いかなと思う」

 必要以上の称賛でも謙遜でもなく、タイオスは正直に言った。

「俺の見立てじゃ、クインダンと遜色ない。あれだけの逸材は普通、あんまりいないもんなんだが、何でここにはふたり、いや、四人も五人もいるんだ」

 レヴシーの技術はまだ粗いところもあるが、年齢を考えれば立派なものだ。褒めたくはないが、アンエスカの腕も――ひょんなことから、若い頃の彼の戦いを知った――かなり立つ。そしてルー=フィン。これは天才という奴だ、とタイオスは思っていた。いや、ある程度の経験があってルー=フィンと剣を合わせたなら、誰でも思うだろう。

 こいつには敵わない。

 自分の努力が足りなかったのでも、年を取ってしまったせいでもない。

 天賦の才というもの。その差。時には、狂おしいまでの嫉妬すら浮かぶような。

 だが仕方ない。いるのだ。天才というやつは。

 もっとも、ルー=フィンを別にしたって、騎士団は精鋭揃いと言える。これは〈峠〉の神の加護なのだろうかとタイオスは考えてみたが、よく判らなかった。

「ユーソアの奴も、そうだらしないという感じでもない。と言うより、騎士様騎士様とちやほやされてもへらへらしないクインダンみたいな奴の方が、全世界的には珍しいんだ」

「それは、判っていますが、そうしたことも含めて、彼らは〈シリンディンの騎士〉たるべしと」

「相当、厳しい要求をしてるってことは判ってるんだろうな?」

 タイオスは頭をかいた。

「シリンドルじゃ当たり前かもしれん。だが余所じゃな、力のある奴の悪癖には目がつぶられるのが常だ。『ほかで秀でているんだから仕方ない』という諦めに似たものもあれば、『権力者には逆らえない』なんて場合もあるが」

「……目をつぶるべきだ、と?」

「そうは言わん。そうじゃない。ただ、女遊びが息抜きになる奴もいる。それを奪うなら、ほかで気遣ってやれよと、そういうことを」

 言いながらタイオスは、あまり巧くないなと感じていた。

(間違ったことは言っちゃいない。そう思う)

(騎士を気遣うべきは団長アンエスカの役目だが、ハルは奴の上にいる。最高責任者なんだからな)

(だが、まだ子供だ)

(ハルは王様だが、そこを忘れさせないようにするのもアンエスカの務めで、俺がやっとくべきは) 

「ま、あんまり深く考えんな」

 次には彼はあっけらかんとした風情で声を出した。

「なるようになる」

 あっさりとした物言いに、ハルディールは目をぱちくりとさせた。

「……あの?」

「団長様に任せとけよ。あいつがユーソアを騎士にすることを認めたんだろ? 性癖を見抜けなかったか、気づいた上で矯正できると思ったのか、どちらにせよ、責任はあいつにある」

 タイオスは全てをアンエスカに転嫁することにした。

「お前は、奴の相談に乗ってやればいいさ」

「僕が、アンエスカの相談に」

 その言い方はもう一度ハルディールに目をしばたたかせ、それから笑わせた。

「いつもと逆だ」

 少年の笑顔に、戦士はほっとした。

 ちょっとした台詞で、少しでもハルディールの気が紛れたなら――。

(……もしかして、今回の〈白鷲〉の役目は、王様の道化師かね?)

 血生臭くなくてけっこうだ、と神の騎士は考えた。

 誰もまだ知らなかった。

 〈白鷲〉の帰還という喜ばしい出来事の裏にあることを。

 ――平時に〈白鷲〉は必要ないと。


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