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罠~①

 事態が動いたのは、ターゲットの監視を遠ざけてから三日後の土曜だった。予想通り、相手は伊豆の病院に向かっていた。よってそうした場合、起こり得る状況に対処するよう佐々は指示を出した。

 その内の一人が事前に被害者の妻や県警に連絡を入れ、容態がどうかなどを尋ねたという。もちろん監視はいないか、さりげなく確認するという念の入れ方だった。

 妻には県警から(にせ)の報告をしていた為、警察による監視が解かれたと本気で信じていたはずだ。よって演技や嘘をつく必要もなく、相手にそう伝えたに違いない。県警からも、連絡を受けた人物が上手く答えたとの報告があった。

 捜査二課は引き続き距離を置いて監視を続けつつ、追跡班には大山と的場も加わった。よって佐々はこれまで同様、執務室に座ったまま遠隔操作により、現場の状況をリアルタイムで把握していた。

「T達は新幹線を降りてから在来線に乗り換え、最寄り駅で降りました。これからタクシーに乗り込みます。間違いなく病院へ向かうつもりでしょう」

 ターゲットに符丁(ふちょう)を付け、捜査員同士で連絡を取り合っている様子を聞きながら、佐々は手に汗を握っていた。監視の目を緩めれば、恐らく相手は被害者の命を狙うに違いない。そう予想してはいたが、そこまでの足取りをどうするか気になっていた。

 もし被害者が異常な状態で亡くなれば、今回の事件の関係者達は間違いなく疑われ、アリバイを確認されるはずだ。また伊豆に移動する姿を捉えられれば、言い訳も難しくなる。

 よってどのような手を使って病院まで来るかと考えていたが、意外にも何ら特別な画策をせず移動していた。

そこから単なる見舞いと称して病室を尋ね、その際にたまたま急変したように見せかける方法を選んだのではないかと考えられる。

 確かに今の時代、車や電車でもあらゆるところに監視カメラが設置されている為、完全に足取りを消すのはむずかしい。ならば下手に小細工するよりも、堂々と訪問するしかないと判断したのだろう。

 後はその場にいても、患者の死とは関係ないように見せかけられるかどうかだ。よって直接首を絞めたり刺したりはまず出来ない。あくまで容態が急変し、命を落とす方法しか選択肢はなかった。

 といっても集中治療室では生命を維持する為、厳格な二十四時間の監視体制を取っている。様々な機器が患者の体に取り付けられているので、素人が下手に触れば警告音が鳴るだろう。よってそう簡単には細工できないはずだ。

 しかし相手はその点を詳しく調べた上で、実行に移そうとしていると思われた。事前にそう推測される物を購入している姿が、監視により把握されていた。

 その道具を使用している現場を押さえれば、殺人未遂の現行犯で逮捕すればいい。そこから取り調べを行えば、伊豆での事件の全容が明らかになるはずだ。

 もちろん被害者にもしもの事がないよう、注意を払う必要がある。万が一にも相手の思惑通り急変すれば命を失いかねない。それを防ぐ為の準備は、現在急ピッチで行われていた。

 執務室という、現場から離れた場所でしかいられない自分の無力さを実感する。しかしここだからできる役割を果たさなければならない、との使命感がそれを打ち消していた。

「T達が病院に到着しました」

 現場からの報告を受け、病室担当に確認する。

「準備は整ったか」

「間に合いました」

「了解。Tは今どこだ」

「現在病室に向かっています」

「よし。気付かれないよう、各自所定の位置で監視を続けろ」

「了解しました」

 病院各所に配置した刑事達が、それぞれそう応えた。後は相手が実行するまで待てばいい。被害者の妻には、この時間帯だけ席を外すよう捜査員の誘導で別室へと移動させた。

 全ての会話や様子は、病院内の各所に設置した隠しカメラやマイク、捜査員が持つ無線を通じ確認していた。執務室に運び込んだ複数のモニター画面を見ながら、いつでも指示が出せるよう準備を整えていたのである。

 被害者の病室に近づいた二人は、周辺に警察がいないと確認した後、容態の回復度合などを看護師から聞き出していた。

 二、三言葉を交わさせた後は気取(けど)られないよう、一人また一人と自然な形で全ての病院関係者をその場から離れさせる。事前の打ち合わせ通り、病室の外には二人だけが残る状況を作らせた。 

 すると辺りを何度も見まわした一人が懐に手を入れ、こっそりと黒い物体を取り出した。そしてもう一人に話しかけながら、病室のドアを開けようとする。それを引き留められていた。

 だが上手く言いくるめ、二人共が静かに病室へ一歩踏み出した途端、病室内の機器が警告音を発した。

 けたたましく鳴り響いたからだろう。驚きの余り唖然と立ちすくむ一人をもう一方が腕を引き、急いで飛び出し階段を駆け降りた。

 それから音を聞きつけた看護師達が、少し遅れて病室へと駆け寄り、処置を施していた。

 一方、逃走する二人を他のカメラで捉えたところ、一人は引き攣った表情を見せていたが、もう一人は僅かに笑みを浮かべていた瞬間を佐々は見逃さなかった。

 やりやがった。だがまだだ。病室では慌ただしく医師達が動き回っている。被害者を取り囲む機器を確認しつつ、 容態を安定させようと、必死になっている姿を見せていた。

 それに対し佐々がマイクで指示を出すと、彼らは落ち着きを取り戻していた。

 もう一度別のカメラに目を向けると、逃げた二人は病院の外に出て、人気のない敷地へと移動していた。

 この病院が設置した防犯カメラの死角になっている範囲だ。それを事前に確認していたから、そちらへ向かったのだろう。但し佐々の指示で後付けした隠しカメラは分からないよう設置している。

 その画面を見ながら、彼らをマークし追っている捜査員達に指示を出す。それに従って彼らは動き出していた。

 誰もいない場所に到着した二人は、病院から出ようとしている。だが一人が怪しげな行動を見せ始めた。

 これはまずい。犯行現場を押さえる為には、気付かれないよう一定の距離を保つ必要がある。しかし犯行が一瞬で終われば助ける術はない。この状況から推測できるのは背後から襲う方法だ。間に合わなければ殺されてしまう恐れがある。

「参事官、どうされますか」

 現場でもその危険性を察知したのだろう。指示を仰いできた。それぞれの声から焦る様子が分かる。佐々も手に汗を掻いていた。

 だが逮捕は現行犯でなければならない。タイミングを誤れば計画は台無しだ。といって目の前で行われようとしている犯罪を、みすみす許す訳にもいかない。

 佐々は決断した。

「全員そのまま待機。間違いなく犯行に及ぶだろうと確認できるまで駆け付けるな。こちらの気配を絶対に悟られるんじゃないぞ。相手は相当警戒している。もう気付かれているかもしれない」

「しかし、このままでは、」

「俺を信じろ。責任は全て持つ」

 そう言った瞬間、一人がもう一人の背後に回って何かで口を塞ぎ、声を出さないようにした上で懐から刃物を取り出した。

 間に合わない、と一瞬焦った。だが幸い激しく抵抗され、すんなりとは刺されずに済んだ。恐らく襲われた方が、そうなるかもしれないと予測していたに違いない。

 しかし力は相手の方が強かったからだろう。もう一度体が引き寄せられた。

「いまだ!確保しろ!」

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