佐々達の捜査~⑥
もちろん県警にも協力を得る必要があった。彼らは被害者を襲ったのは神葉の息がかかった人物だと、未だに疑っている。よって再度襲撃を受けないよう、二十四時間病室の前に立ち警戒をしていた。
彼らがいると佐々の計画は成功しない。よって話を通した上で立ち番に隙を作らせ、その情報を自然な形で相手に伝えれば、何らかの動きを見せると期待したのだ。
佐々がこれらの計画を的場や大山に伝えた所、彼らは揃って眉間に皺を寄せた。真っ先に異議を唱えたのは大山だった。
「参事官。お言葉ですが、余りにも危険です。それに必ず動くとも限りませんよね」
「だが相手の立場になってみろ。死んでくれればいいが、もし息を吹き返せば身の破滅だ。一度は覚悟していたのだから、チャンスがあれば再度試みようとしてもおかしくない」
「それは参事官の推理が当たっていた場合ですよね。もし違っていたらどうなりますか」
「もし外れていれば、何も起こらないだけで失うものはない。いや事件から四日経過し、まだ何とか持ち堪えている今だけしかできない計画だ。それに山場と言われている一週間まで時間がない」
「そうかもしれませんが、県警にどう説明するおつもりですか」
「詳細は話さなくていい。単に罠を仕掛けるとだけ言っておこう。本当に警戒を解く訳ではないからな。神葉が関係する別のフロント企業を通じ、情報を流すとでも説明すれば納得するはずだ」
彼らとは階級の差が違い過ぎるからだろう。結果的に逆らえないと判断したらしい。よって二人は指示通り根回しを行い、作戦に取り掛かったのだ。
それを受けて佐々は事前に連絡をした上で、昼間に須依の元を訪ねた。彼女は伊豆から戻った後、心労を理由に東朝から請け負った仕事を全て断り、自宅に籠っているとの報告は受けていた。
東朝としても烏森があのような事件に巻き込まれたのだ。それに関わる取材をしていた彼女が気落ちするのは当然だと思ったらしい。
無理しないでゆっくり休み、元気になったらまた声をかけてくれと伝えたという。
彼女が親と同居しているオートロック式のマンションのインターホンを押すと、応答した為名乗った。この時間は両親が出かけていると聞いていたからだ。
「佐々だ。電話で言った通り、俺一人だけどいいか」
やや間を空けた後、返答があった。
「うん。今開ける」
ロックが解除され、扉が開いた為に中へと入る。場所は知っていたが、訪れたのは初めてだ。当然部屋に上がったこともない。
やや緊張しながらもエレベーターに乗って、彼女の部屋がある階で降り扉の前についた。そこでもう一度インターホンを押す。そこで再び名乗ると彼女は言った。
「ちょっと待ってね」
しばらくして開錠した音がし、ゆっくりとドアが開いた。顔色が悪く、化粧っけも全くない彼女が顔を覗かせた。その姿を見て驚きながらも、扉を手で押さえつつ言った。
「悪いな。体調はどうだ。ずっと休んでいるんだろう」
「どうせ監視している人から聞いているでしょ。いいから入って。スリッパを出しておいたから、それを履いてね。リビングで話しましょう。あと鍵も閉めておいてね」
「分かった」
後ろ手でドアを閉めてから、言われた通りにする。靴を脱ぎ、彼女が入って行った部屋へと移動した。
キッチンやダイニングと繋がったリビングに通され、ソファに座るよう促される。彼女もその正面に腰かけた。
まずは佐々から話しかけた。
「須依の聴覚や気配を読む鋭さは知っているが、それでも監視を気付かれるとは刑事としてまだまだ未熟だな。俺から言っておこう。だがそれも今日辺りに解かれるだろうけどな」
「それはどうして。井ノ島君にも付いているみたいだけど、そっちはどうなるの」
「なんだよ。あっちも気付かれているのか。だらしないな。それにしてもあいつと連絡を取っているのか。珍しい事もあるもんだな」
「私はそうでもないけど、彼はすごく過敏になっているからじゃないかな。だから監視にも気が付いたんだと思う」
「どうしてそれ程過敏になるんだ。ああ、すまん。そういう話をしに来るんじゃないと言ったよな。ただ俺は須依を心配してきたんだ。もちろん烏森さんを襲撃した犯人を、まだ捕まえられていない件の責任は感じている。だがそっちの捜査権限はないからどうしようもない。同じ警察として頭を下げるだけだ」
「佐々君にそんなことをして貰っても、烏森さんが助かる訳ではないでしょう。だったら無駄よ」
「彼の容態について、何か聞いているのか」
「昨日も電話で奥さんに聞いた。まだ予断を許さない状況が続いているけど、少し持ち直す可能性がでてきたって。それで伊豆に見舞いへ行こうとしたけれど、私が行ったって何も出来ないからやめた。彼にも失礼だし、これまでも何度か思い直してきたようにね」
彼女は大きく溜息をつき俯いた。佐々は頷き告げた。
「そうか。ちなみに彼の警護も解くらしい。県警から報告があった。俺としては早すぎると思ったが、これも向こうの管轄だ。口出しは出来ないからな」
急に顔を上げた彼女は、険しい表情をして尋ねてきた。
「どうして。彼は襲われたのよ。警備は必要でしょう」
「俺に言われてもな。県警の判断だ。それを受けて、こっちの監視も解く判断をしたのだろう。警視庁としても、必要以上の人員は避けないと考えているようだ。情報漏洩の件だって、裏取りの為に皆かなり走り回っている。事件は他にもあるからな。CS本部でさえ、その他のハッキングやネットを使った詐欺等の対応で忙しい。しかし神葉やセンナの周辺は引き続き監視を続けている。だから安心しろとまでは言えないが、以前ほど危険は少ないと思う。ただ油断はしない方がいい」
「そうなんだ」
再び顔を伏せた彼女に問いかけた。
「時々、買い物で外出する以外は出ていないらしいな。仕事も全部断ったと聞いている。烏森さんがああなった事態に責任を感じているようだけど、須依が落ち込まなくて良いだろう。話によれば、井ノ島に取材していた件も隠されていたんだろ。しかも伊豆に同行するよう条件を付けたのは、井ノ島だって言うじゃないか。それが無ければ須依は蚊帳の外で、今回の事件に関わっていなかったはずだろう。それに今回はたまたま近くにいただけじゃないか。少し心身を休ませるのはいいが、部屋でずっと一人籠りっきりなっていると、余計な事ばかり考えるから余り良くない。的場も心配していたぞ」
「そんな事を言いにわざわざ来たの」
「そうさ。それに元はといえば、俺が情報漏洩事件の捜査線上に井ノ島の名前が挙がっていると、お前に匂わせたのがそもそもの始まりだ。そんな真似をしなければ、烏森さんが巻き込まれることも無かった。俺だって責任を感じているんだよ」
「それは違うわよ。あなたが色々裏で動いてくれていたからじゃない。だから神奈川で襲われた時はあの程度で済んだの。調子に乗って警戒を怠り取材を進めたのは私なのよ」
「分かった。分かったよ。責任感の強いお前ならそう考え、一人で抱え込むだろうと思っていたがその通りだったな。俺や他人がいくら言ったって聞かないのも理解している。だけど時に割り切りは必要だ。ある程度のところで自分を許してやってもいいんじゃないか。烏森さんだって、自分の事でお前が苦しむ姿は見たくないと思うぞ」
彼女は何か言いかけたが、唇を噛んで黙った。これ以上長くいても追いつめてしまうだけだ。それに女性一人しかいない部屋に二人きりでいるのも、周辺住民に余計な誤解を招く恐れだってある。
そう思い、佐々は席を立った。
「帰るの」
「ああ。顔を見て、伝えたいことは言ったから用は済んだ。とにかく休め。もし何か相談があればいつでも連絡してくれ。俺に話しにくいと思うなら的場でもいい。烏森がいなくても、他に頼っていい奴らはいる。それだけは覚えておいてくれ」
そう言い残し、佐々は玄関に向かって歩き出した。後からついてくる彼女に背を向けたまま靴を履き、ドアを開け外へ出た。その際、ちらりと彼女の様子を伺ったが、やはり顔色は悪いままだ。
内側から鍵をかける音を確認してから廊下を歩き、再びエレベーターに乗って下に降りる。マンションを出てしばらく歩き、距離を取ったところで連絡を入れた。
「今、須依に伝えた。今日中に監視網を遠ざけろ。県警には俺から伝えておく。だが気を抜くな。動き出したら県警との連携は密にしろ。そこを怠ると大事になるぞ」
「了解しました」
電話を切った後、事前に打ち合わせしておいた県警に伝え、作戦の実行に取り掛かった。これで相手がこちらの思惑通りに動けば、伊豆の事件は解決に向かうはずだ。
しかし最も懸念するのは、それまで被害者の容態が急変しないかどうかだった。彼が死亡してしまえば、計画は変更せざるを得ない。その後は全く別の様相を見せるだろう。
後者の場合は、佐々にとっても最悪の事態だ。絶対に避けたいが、こればかりは医者の腕と被害者の生命力を信じるしかない。自分達に出来るのは、ただ祈るばかりだった。




