佐々達の捜査~⑤
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外へ出た後、的場が悔しそうに言った。
「あの程度で良かったのですか」
井ノ島は知らないだろうが、彼も須依との関係を知る一人だ。最後の過去における仕打ちを盾に、開き直ったかのような台詞を聞いてよく怒鳴らなかったものである。佐々自身が思わず叫びそうになったほどだった。
それでも彼に伝えた。
「追い込むチャンスはまだある。焦るな」
彼は頷き、息を整えている間に大山が呟いた。
「次はどうしますか」
「やはり寺畑だろう。これは現在続いている捜査にも関わってくる」
「そうですね。これまでにはなかった新たな切り口が見つかりましたし、そこから崩せるかもしれません」
寺畑は社内からの不正アクセスの罪で逮捕、起訴されていたが、佐々達の捜査により別の事実が見えてきた。これは烏森の件を追う内に見つけた副産物である。
だがこれはとてつもなく重要な情報だった。大山から二課の連中に伝えていた為、その裏取り捜査は既に始まっている。恐らく近い内に明らかな証拠が出てくるだろう。
さらにいまだ黙秘を続けている、セイナの藤原やその他構成員達との関係が確かめられれば、彼らを有罪にする証拠も固められる。新たな罪名が浮上し、再逮捕だってできるかもしれない。
刑罰が重くなり、藤原や神葉幹部の出所可能な時期が遅くなれば、組織自体の存続も危ぶまれる。そうすれば口を噤んでいる下っ端も自らの保身に走り、やがて供述し始める可能性は高い。
彼らが白通から得た機密情報の中身はまだ解明されていないが、それも時間の問題だ。
一部漏洩した際に文字化けしていた部分や、公表されていないデータが残されている。それらの分析が終われば政治家達との癒着も証明でき、悪党どもの息の根を止められるだろう。
大元の漏洩事件における、完全解決に向けた道筋はこれで見えてきた。烏森が一人で行っていた取材の謎も解けた。そこから露呈された事実は、須依と井ノ島との繋がりに大きく関与している。
よって導き出される答えは今の所一つしかない。けれどそれを立証するには、まだ足りないピースがある。動機についても推論に過ぎず、やや曖昧だ。井ノ島が難しいのなら、彼女を追い込んで供述を得たい所だが、その為にはもう少し物証が欲しい。
そう思っていたところに、鑑識から新たな報告が上がって来た。それは被害者が倒れていた部屋の内線電話の受話器、及び番号ボタンに、何かで突かれた傷の正体が分かったという。
付着していた微物を分析した結果、ゴム素材と判明。しかも主に視覚障害者が使用する白杖の先端、石突と呼ばれる部分で使われるものだと突き止めたのだ。
白杖の石突は基本的にナイロン素材が使われ、丈夫で滑りやすいことが最大の条件とされており、それぞれ特徴があるという。
初めから白杖に付属しているペンシルチップという先端が細いものは路面との引っ掛かりが多く、小さな段差や境界線の検知に優れているらしい。ただそのひっかかりが、歩く際のストレスにもなりやすいようだ。
他に取り換え可能なマシュマロチップ、ローラーチップ、パームチップなどの種類があり、どれも丸みがある為路面の凹凸への引っ掛かりが無いに等しいという。その分ストレスが無いので、ペンシルチップと比べれば快適に歩けるそうだ。
これらの中から鑑識は、パームチップで使われるゴム素材だと突き止めた。さらには同じ微物が、被害者の頭を砕いた花瓶の欠片からも微量ながら検出されたという。
よって当時宿泊していた人達の所持品でゴムが使われているものの分析はもちろん、須依に白杖の提出を求めたと報告を受けている。その検査結果は一両日中に出るようだが、恐らく彼女の物で間違いないだろう。
そうした物証から、少なくとも被害者が血を流して倒れた際、フロントに電話をかけたのが須依である確率は高くなった。
普通の視覚障害者なら困難だろうが、空間認識能力の高い彼女ならそれぐらいの芸当はできるはずだ。佐々や的場達は直ぐにそう思った。また凶器を使ったのも彼女だと考えられる。
もちろん別の人物が、彼女を罪に着せようと白杖を使った可能性はあった。だがその場合、まず彼女から杖を奪わなければならない。しかも花瓶はともかく、健常者がわざわざ白杖の先端で小さな電話のプッシュボタンを押すなど、現実的には困難だろう。
その場所にいた形跡を残すならば、別の方法もある。なのに何故フロントに連絡し、人が駆け付けるよう仕向けたのかと考えれば、辻褄が合わない。最初から殺すつもりなら、そのまま放って置けばいいのだから。
けれど彼女が犯人なら、襲った際の感触で被害者はかなりの重傷を負ったと気付き、怖くなってフロントに助けを呼んだ可能性はある。そうなると、本気で殺そうとまでは考えていなかったのかもしれない。
しかし佐々の読みが正しければ、カッとなって咄嗟に取った行動にしては矛盾が生じる。またその場に井ノ島がいたのか、それともいなかったのか。さらに何故二人はアリバイを証明し合い、庇うような真似をしているのかという謎はまだ解けていない。
こうなれば、ここまでの捜査結果を本人に直接ぶつけ、自白を促す方が解決は早いと思われた。同じ情報を共有し、佐々の推測を聞いた的場や大山もそれがいいだろうと同意している。
それでも佐々は躊躇した。一方であの強情な須依が、そう簡単に口を割ると思えなかったからだ。それならもっと早い段階で真実を告げていたに違いない。
勘が鋭い彼女なら、警察に白杖の先端部分の提出を促された時点で、フロントに電話をかけた件を指摘されると気付いたはずだ。
にもかかわらずまだ自首していないところを見ると、何か固い信念を持った行動ではないかと思われた。そんな彼女が築いた砦を崩すには、もっと決定的な一撃が必要ではないだろうか。
その為、これまでの捜査で分かった点とそこから推理した流れを頭の中で整理し直した。
まず被害者は、傷病休暇中に祖対課のマークが緩くなったと気付き、それを利用して井ノ島や寺畑の周辺を取材し始めている。そこである事実を突き止め、それを確認または認めさせる為、井ノ島に取材と称して面会を申し出た。
秘密を知られた井ノ島は、東京から離れた伊豆でなら会うと持ちかける。さらには須依の同席を条件にした。それを被害者が嫌ったのも、目的を考えれば当然だ。
けれど彼女がいても問い詰める方法を思いついたか、知られても良いと覚悟を決めた為に条件を飲み、二人で伊豆に向かったと思われる。
被害者が所持していたパソコンの中身を調べれば、恐らく確証が得られるだろう。ただ残念ながら、現時点ではそれができない。しかし被害者が死亡、または意識を取り戻せば可能となる。よってこの点はそう遠くない内に結論が出るだろう。
問題は、何故井ノ島が須依を同席させたかという点だ。本当に被害者の暴走を止める為だったのか。それとも別の意図があったのか。また何故伊豆だったのか。
そこで佐々はある可能性に気付いた。やはり二人は被害者の部屋にいたのだ。そこで事件が起こり、彼らは須依の部屋に隠れた後、従業員達が被害者を発見し騒ぎ出した。それを見て、二人は互いのアリバイを証言し合う約束をしたのだろう。
けれどここで決定的な謎にぶつかる。彼女がどうしてそんな取り引きに応じたのか。被害者をあのような目に遭わせた原因が自分にあると罪の意識を持ったなら、素直に告白すればいいだけだ。
しかもフロントに電話をしたくらいなら、二人が犯した過ちを何故隠そうとするのか。素直に名乗り出れば、罪が軽減されると彼女が理解できないとは思えなかった。
罪の意識が強すぎて、意図的に重い罰を受けようとしているのだろうか。責任感の強い彼女なら、それ位はしかねない。
ただそうだとすれば、井ノ島がそれを手伝う理由はない。犯人が捕まらなければ、アリバイがあるといっても動機のある彼は、やがて疑いの目を向けられると恐れただろう。ならば彼女を警察に突き出せば済むはずだ。
そうしない、またはできない理由があるのではないか。そこまで考えが至った時点で、ふと思い当たった。彼が最も恐れているのは、被害者が辿り着いた事実を明らかにされることだ。
それはもう佐々達に知られたが、逮捕して公表する情報ではない。よって警察から洩れる心配はなかった。ならば彼は今、何を最も危惧しているかを考えた場合、一つだけあると気付いたのだ。
東京に戻った後も、須依を含めた二人は二課の刑事達により監視されている。よって下手な動きはできないだろう。けれどそれで良いのかと考え直す。
もし被害者が亡くなれば、秘密は闇に葬られる確率が高い。しかし意識が戻れば、それは叶わなくなる。そうした事態を避けたい人物は、佐々の推理が正しければ一人だけしかいない。
そこでいちかばちか、罠を仕掛けようと企んだ。それはその人物の監視を、表面上だけ解く事である。そうすれば、まだ伊豆の病院の集中治療室で眠っている被害者の命を狙うかもしれない。そう考えたのだ。




