真犯人を追う~④
彼が長官と呼ぶのは、恐らく警察庁長官だろう。いわゆる全国の警察組織のトップだ。警視長の彼より上は、警視監、警視総監であり、その序列の最上位にあたる。そこまで根回しが出来ているのなら信用するしかない。
但しその人事権は、内閣府の外局にある国家公安委員会が持つ。委員会は大臣の国家公安委員長と、五人の委員の計六名による合議制だ。委員は任命前五年間に警察や検察の職歴の無い者で、法曹界、言論界、産学官界等の代表者から、内閣総理大臣が衆参両議院の同意を得て任命される。その為、政府や与党が関与する余地は大きい。
といっても現在の委員会のメンバーは、高等裁判所の裁判官と大学教授が二名、マスコミ関係者と内閣法制局長官で構成されていた。よって今回の事件を隠蔽しようと画策しても、そう簡単にいかない可能性は残されている。
政府、与党を揺るがす大事件になりかねないけれど、リストに挙がっていない大臣や議員、官僚達にとっては、ライバルを蹴落とす絶好の機会でもあるからだ。
もっとも影響力を持つ警察庁長官を味方につけ、捜査対象外にいる議員達の力を借りられれば、疑惑の究明が出来るかもしれない。少なくとも目の前の佐々は、そう働きかけていると口にした。
それならばそこに賭けてみるしかないだろう。
「分かった。ごめんなさい。言う通りにする」
顔を上げて彼が立っている方向に目を向け、改めて頭を下げた。
「事情聴取は終わったのか」
大山に尋ねたらしい。
「はい。一通り伺いました。後程調書と報告書を上げます」
彼の答えを聞いた佐々は、須依に向かって言った。
「だったら烏森の病室へ顔をだしていいぞ。少し前に検査が終わり、診断も出たらしい。今はベッドに横たわり、少し休んでいるようだ」
「面会できるの」
「ああ。だが彼にもこの後事情聴取をしなければいけないから、あまり長くは話せないぞ」
「分かった」
須依が立ち上がると、脇で控えていた女性刑事が介添えをしてくれ、彼がいる病室へと案内してくれた。しばらく歩き部屋に着いて扉を開けると、声をかけられた。
「おお、須依。大丈夫だったか」
烏森だ。言葉の調子からは元気そうだと分かる。見えない為、どれだけ体に損傷を受け、どんな姿になっているのかは不明だ。それでも無事だと実感出来たからだろう。思わず目から涙がこぼれた。
「おい、おい。どうして泣くんだよ。死んだとでも思ったのか。大丈夫だって。骨は二、三か所折れて数か所にひびが入っているらしいけど、頭に異常はない。入院も必要ない程度だ。痛み止めを貰っただけだし、コルセットや固定器具を付けていれば日常生活は送れる。足を失った時の事故に比べれば大した怪我じゃない。時間が経てば骨なんて引っ付く。かえって丈夫になるくらいだ」
「私が見えないからって、空元気を出しているんじゃないですよね」
「本当だって。手首を骨折したのは厄介だが、幸い利き手じゃない左だ。肋骨なんか放っておくしかないし、他にひびが入ったところも治るまで待つしかない。といっても取材はしばらく控えた方が良さそうだな。須依も話を聞いただろう」
「さっき佐々君が来て、説明を受けました」
「そうなのか。診断が一旦終わった後、俺は別の刑事から告げられた。しばらくしたら本格的な事情聴取が始まるらしい。だから帰るまでもう少し時間がかかる。そっちは終わったのか」
「はい。ついさっき。烏森さんの聴取が終わるまで、外で待っています。本当にすみませんでした」
そう言って頭を下げると彼は怒りだした。
「何を言う。俺だってある程度の危険は承知の上だった。今回は相手が予想以上の早さで行動に移しただけだ。須依の責任じゃない」
「いえ。佐々君にも指摘されましたが、警察の捜査を甘く見て事件の重大さを過小評価していた点は否めません。私のせいです」
「それは違うだろう。二人で話し合い、慎重を期して行動し納得した上での結果だ。俺も考えが至らなかった。少なくともお前だけが悪いということはない」
そこで別の刑事らしき人が話を遮った。
「すみませんが、そろそろ事情聴取をさせて頂けますか。見たところ、烏森さんの体調は問題なさそうですから」
彼はそれに同意した。
「そういう事だ。続きは後にしよう。悪いが外で待ってもらえるか」
「分かりました。失礼します」
再び女性刑事の誘導により、少し離れた廊下の椅子に座るよう促され、須依は腰を下ろした。佐々はどこかで大山達から報告を受けているのか、近くにはいないようだ。他の刑事も用が済んだ須依には関心がないらしい。
ぽつりと一人取り残された為、心を落ち着かせ考えを整理してみようと試みる。
烏森の言う通り、神葉の動きは予想以上だった。覚悟していなかった訳ではない。事実、万が一に備え自分の身に何かあった場合、それまで得た情報を他の人に渡るよう、二人共準備はしていた。
ある一定期間時間を過ぎて操作をしなければ、烏森は須依と編集長宛に、須依は烏森と佐々へとクラウドに残した情報ファイルが自動送信されるよう、セットしていたのである。
幸い今回は彼からそうしたメッセージを受け取らずに済んだが、もしそんな事態に陥ってしまったと想像したら、震えが止まらなくなった。今までは気を張っていたけれど、今更ながら襲われた時の状況を思い出し、ぞっとした。
かつてサッカーで鍛えた足腰は、今でも自発的に筋トレし維持しているつもりだ。それでも健常者で命知らずの若者達に大勢で攻撃されれば、盲目の須依などひとたまりもない。同じく日頃から鍛えている烏森でさえ、なす術がなかったのだ。
入院せずに済んだとはいえ、重傷を負った烏森と今の須依の二人だけで身を守るにも限界がある。またこれ以上、佐々や大山といった警察の手は煩わせられない。よって取材の続行はしばらく諦めざるを得ないだろう。
真相は突き止めたい。けれど今のままだと無理だ。やはり佐々達を信じ、任せるしかないのか。盲目の記者にできることなどもう無いのか。
だが負けたくなかった。障害者だからといって、できないことを理由に諦めていた時期はもう過ぎたはずだ。
様々な葛藤を抱え、悶々と自問自答を繰り返し、これまでの経緯を頭の中でまとめながら新たな突破口がないかと探ってみる。しかしこれといった解決策はなかなか見いだせなかった。
小一時間は経っただろうか。見知った気配を感じた所で声をかけられた。




