真犯人を追う~③
言葉に詰まった。容態にもよるが、彼の協力なしで今後の取材は進められない。この段階で他に依頼しても、危険が及ぶと知って引き受けるほどの命知らずな人はいないだろう。
それでも諦めきれなかった。またこれほどの大事件だからこそ、マスコミが手を緩めてはいけない。スクープが欲しいという馬鹿な理由ではもちろん無かった。
「ジャーナリストが暴力に屈しては終わりです。それだけではありません。今回の事件の真のターゲットは、私利私欲に走った大物の政治家達であり官僚達でしょう。このままでは自らの保身に走り、真相を闇に葬りかねない。それだけは絶対許せません。あなた方はそうならないと断言できますか」
今度は彼が口籠る番だった。それはそうだろう。警察が捜査し真実に迫ったとしても、ある段階で政治的判断だと上から圧力がかかる恐れがあった。
そうなれば、お役所勤めで上意下達を絶対とする彼らが拒否するなど、まず不可能だろう。そうした裏の権力者達の動向を監視し、暗躍を阻止するよう行動するのが記者等のマスコミの役目なのだ。
今回の件はまさしくそうなる危険性が高い。例え犯人達が逮捕されたとしても、漏洩した情報が真実で官民の癒着や不正な金銭授受があったのなら、法に照らして罰せられなければならないのだ。
国家公務員であり、国民の税金で働いている官僚達なら尚更だ。またいやしくも国民に選ばれた議員なら、国民に真実を公表し代表として相応しいのか信を問う必要がある。
日本の報道の自由度ランキングは、先進国の中で最も低いと言われて久しい。だからこそ濁った世界を照らし、何が起こっていて真実はどこにあるのかを伝える努力は欠かせなかった。
大山から反応が返ってくる前に、車が病院へ到着した。その為話を中断し須依は車から降ろされ、再び八城の誘導により烏森が運ばれた外科病棟まで移動した。
万が一に備えてだろう。一旦診察室へと連れて行かれ、須依自身に負傷が無いかを診られた。もちろん間一髪のところで車内に逃げ込んだ為、特に怪我はしていない。
異常なしとの医師による診断が出て、外の廊下に出された。その後は椅子に座って待つよう指示された為、彼の容態を確認した。
聞くところによれば体中に打撲の跡があって腕や足の骨にはひびが入り、手首や肋骨は骨折をしているという。幸い咄嗟に頭部は守ったらしく、目立った傷は無いらしい。
大山が言った通り命に別状は無さそうで、重症とはいえ入院までは必要ないだろうと聞き、須依は胸を撫で下ろす。ただ念の為にと今はMRI検査をして、脳内に損傷がないか確認中だと告げられた。
全ての検査が終わるまでまだ時間がかかるという。だから別室で改めて事情を聞きたいと言い渡された須依は場所を移動した。そこは空いていた個室のようだった。
そこで促され、椅子に腰かける。目の前にはやはり大山が座り、その背後に先程と同じく、女性刑事らしき人の気配が感じられた。
一息ついたところで話は再開された。といっても車中での続きではない。神葉愚連隊やセンナに目を付けるまでの経緯や、どこまで取材をしてどのような情報を手に入れたのかを確認されたのだ。
須依は、昔の伝手を使って漏洩したリストに挙げられた中の一人の政治家と面会したこと。そこでの話から今回の事件に、白通と関係を噂されていた反社が関わっている可能性に気付いた点。そこから過去の取材によるものや組対課から得た情報を元に、フロント企業のセンナなら実行できたのでは、と目を付けるまでを説明した。
もちろん赤星との関係や鷲見という具体的な名前は伏せた。それは告げる必要がないと判断したからだ。大山も本筋から外れていると思ったのか、深くは追及してこなかった。
一通り話し終わり、彼からの質問が途絶えた所で尋ねた。
「私達を襲って逮捕された人達は、何か供述しているのですか」
「組対課で取り調べしていますが、ほぼ完全黙秘しているようです。何故襲ったのか尋ねても、気にいらなかっただけとしか言わないと聞きました」
そんな態度なら、神葉やセンナとの関係も認めないだろう。ただそこは組対課も素人ではない。かなり厳しい追い込みをかけ、これまでの構成員達の動向などから繋がりを見つけるに違いない。
それでも情報漏洩事件との関わりまで辿り着くのは難しいはずだ。それなら従来通り、CS本部や二課によって僅かに掴んだらしい痕跡から、更なる証拠を集めるしかないのだろう。
「烏森さんの検査が終わり、容態が落ち着けば傷害と車を傷つけられた器物損壊に関しての被害届を正式に出して頂きます。その後はしばらく二人共、安静にして下さい。須依さんも怪我はなかったとはいえ、怖い目に遭ったのです。少しは休んだ方がいいでしょう」
大山が車内での会話の続きに触れた為、須依は告げた。
「烏森さんの容態次第ですが、ある一定期間は取材を控えなければならなくなると思います。ですが諦めませんよ。もし止めろと言うのなら、私達が動き出すまでに犯人を逮捕し、真相を暴いて下さい。そうすれば動きようがありませんからね。どんな圧力がかかろうと、隠蔽しないと約束して頂ければ結構です。そうでなければ私達は取材を再開します」
言い終わった瞬間、途中で感じた別の気配を発する人物から怒号が飛んだ。
「いい加減にしろ! 自分が置かれている立場をまだ理解していないのか!」
突然出された余りの大声に、須依は震えあがった。
「参事官、いらっしゃっていたのですか」
大山の言葉に、怒鳴ったのは佐々だと分かった。何となく察知していたものの、学生時代も含めここまで激しく憤る彼と接した記憶は無い。もちろん自身が怒られた覚えもなかった為、驚きすぎて体が硬直した。
彼はさらに続けた。
「彼らがいなければ今頃どうなっていたか、想像できないのか。命は何とか助かったが、烏森さんは重傷を負っているんだぞ。頭を殴られ打ち所が悪ければ、死んでもおかしくなかった。寺畑の件で警察を出し抜いたと勘違いし、調子に乗っているんだったら大間違いだ。分かっているのか」
何も言い返せなかった。寺畑の件では上手く利用されたと忸怩たる思いをした為、勘違いなどしていない。しかし前回の失敗を取り戻そうとしたことや、警察の捜査を甘く見ていた点は確かだ。
それほど進んでおらず、また政治家達の圧力に屈してしまう恐れがあるとして侮り疑っていた。その分記者である自分達が動かなければならない。そう考えていたが、驕りだと指摘されれば否定できなかった。
実際、佐々達は須依達の動きを察知しマークしていたのだ。それがなければ彼の言う通り、今頃この世にいなかったかもしれない。そう思うと今更ながらに震えが生じた。
まだ死にたくない。やり残したことは沢山ある。それに須依の判断の甘さにより烏森を失う事態になれば、いくら後悔してもしきれないだろう。
項垂れている姿を見て察したらしい。急に声が和らいだ。
「反省してくれたならいい。それに俺達が上の圧力に屈し、まともな捜査が出来ないと危惧したことも理解できる。だが心配するな。漏洩事件が公になった時点で、そうならないよう長官に直談判していくつか手は打たせてもらった。もちろん絶対大丈夫とは断言できない。何が起こるか分からないからな。それでも真相を究明する姿勢は須依と同じだ。それだけは信じてくれ」




