詩織との接触~①
翌日も朝から良く晴れてはいたが、気温はまだそれほど高くない。感染者が出て学級閉鎖されるか閉園になるか等しなければ、この時間なら子供達は学校や幼稚園に登校、登園し終わっているはずだ。また家の主人も会社に出勤しているだろう。
よって主婦にとっては家事をしているか、それとも一段落させてくつろいでいる時間帯と思われる。それならいきなりの訪問とはいえ、門前払いされる確率が低い。
そう狙って目的の家の前に二人は立っていた。ここの住所は須依のかつての同級生達に連絡を取り、うまく取り繕って聞き出した。烏森によると一軒家でまだ新しく、四人家族にしては大きいという。
それでも年収二千万弱はあるだろう井ノ島なら、ローンを組めばそれ程無理せず建てられる規模のようだ。一家の大黒柱としては頑張ったといえる。
須依達はこれから、彼の家にいるだろう詩織に会おうとしていた。井ノ島に続き十数年振りの再会だ。とはいえ前回と同じく彼女の姿形や表情は見えない。それでも気が重かった。
彼とは喧嘩して別れた訳じゃない。よって未練などなく、気持ちも比較的断ち切れていたからだろう。昨日会った時、思っていたより動揺したけれど話は淡々と出来た。相手の方が戸惑っていたと思われる。
しかし今日は違った意味で仲が良かった女性だ。その上元彼だった相手と結婚したのだから、彼女だって気まずく思うに違いない。友達としての付き合いも、最初から激しく喧嘩別れをして決別した訳ではなかった。徐々に距離を置かれ自然消滅したのだ。
けれどその後風の噂で色々と嫌な話を耳にし、彼女を問い詰めた。その時に二人が付き合いだしたと告げられたのである。やがて結婚したと聞かされた時は、裏切られた思いを拭い切れなかった。よって彼らに対する感情は、離れてから拗らせたと言えるだろう。
その為今回の事件がなければ、決して会いたくない相手だった。年齢を重ねて図太い性格になった須依だが、昔からそうだったわけではない。
父が転勤族だったこともあり、かつてはなるべく苛められずに済むよう目を配り、人の機嫌の良さや悪さ、機微に鋭い子供だった。
人に嫌われないよう行動する癖がつき、ある時笑った顔が嘘くさいと言われ、ショックを受けたこともある。それから毎日のように鏡を見ては、笑顔を作る練習をした時期さえあったほどだ。
そうなった要因の一つは、プロ野球の南海ホークスの大ファンだった父親が付けた名前である。生まれは大阪に近い和歌山県の北部だが、昔から転校を繰り返す度にでよくからかわれた。しかも南海の身売りにより球団名がダイエーに代わってからは、特に酷かった記憶がある。
“みなみ”という響きは好きだが、幼い頃から南海と書くことに抵抗があり、気にいってはいない。しかもいい大人となってからは、キラキラネームのようで嫌いになったくらいだ。
上も下も名前のようで、苗字のようでもある。その為人には、主に須依と呼んで貰うようにしていた。
ちなみに二つ上の兄の名は克也だ。野球ファンにとっては言わずと知れた、南海ホークスで活躍し監督兼選手にもなった、今は亡き野村克也氏から取ったという。
兄もまたその名前でよく苛められたらしい。特に男だったからか、野球で遊ぶ時は必ずキャッチャーをさせられていたそうだ。
まだ視力を失っておらず運動好きだった須依が、当時はそれほど盛んで無かったサッカーを始めたのも、父の野球好きに反抗していたからだったと思う。
それにからかってくる野球男子から遠ざかるには、格好のスポーツだった。何故なら周りは野球を余り知らないまたは好まない、サッカー好きの男子ばかりいたからだ。
そんな中で男子を味方につける為のサッカーが良い武器になった。それがその後も長く続けられた理由の一つだったと思う。
転校という煩わしい行為を繰り返し、学校という小さな檻での生活を守る手立てから始めたサッカーだったが、須依は次第にのめり込み練習し続けていた。
すると好きこそものの上手なれというが、小学校高学年頃からめきめきと上達したのだ。それが中学の時に父の都合でサッカーの盛んな静岡へとたまたま転校した為、地元のクラブチームに所属することとなった。
そこから有望な選手として周囲の目に留まり始め、チームの推薦を受け日本代表のユースから声がかかるまで成長したのだ。そこから高校二年まで、日本代表のユースに参加していた。
当時は同年代に澤穂希さんがいて、十五歳の時にユースを飛び越え日本のA代表にまで選抜され話題となった頃である。そうした環境が影響したのだろう。現在と状況は大きく異なっていたものの、一部のメディアが彼女を取り上げることも多くなっていた。
おかげで女子サッカーが注目され、当時ユースだった須依も澤に続く逸材で、さらに美少女選手としてほんの少しだけ騒がれたのだ。その為社会人になってから、当時ファンだったという人物がいて驚いたこともある。的場がその一人だ。
今でもその傾向は残っているが、女子スポーツ選手の場合、少しばかり見栄えが良ければ、実力は二の次でも騒がれていた。
近年はそれなりに実力が伴わないと騒がれ難くなったものの、当時は現在と比べれば女子サッカー人口もずっと少なかった。よって今となっては、マイナースポーツを盛り上げる為に必要だったのだろうと理解できる。だがあの頃はそう思えなかった。
須依の身長は、当時の年齢の女子にしてはやや高い百六十五センチあった。しかしすらりとして平らな胸の上半身に比べ、下半身はどっしりして太腿やふくらはぎが太かった。それでも周囲の選手達と比べれば目鼻立ちが整っている分、目立っていたのだろう。
当時はとても嫌だった。周りが騒ぐ分、男性だけでなく女性のファンも少なからずいたが、それ以上に敵も増えた。特にサッカーとは余り関わりが無い人達による、妬みや苛めの対象となったからだ。
できるだけそんな目に遭いたくないと、身を守る為に始めたサッカーで受けた誹謗中傷により、須依の心は折れた。そこで高校二年の終わりに、大学受験を口実としてサッカーからすっぱりと足を洗ったのだ。
慰留してくれた友人達を振り切った手前、絶対落ちる訳にはいかないとその分必死に勉強をした。その結果念願の一流と呼ばれる某大学の社会学部に合格し、卒業後は大手新聞社に入社できたのだ。
サッカー以外でも、努力すればその分成果は上がるという自信が付いたのもこの頃だった。そうした影響もあり、大学に入学した年の夏休み明けには、化粧などで堂々と自分の外見を活かすようにもなった。
人の顔色を気にしてばかりいた性格は、所謂大学デビューしてからようやく物怖じしなくなった。異性との付き合いもそれなりの経験を重ね、比較的充実した生活を送っていたと思う。
社会人になってからは政治部の記者として懸命に働いた。サッカー部時代と同じく男子に負けない馬力と勝ち気を武器に、数々のスクープをものにした。キャリアウーマンを気取るまで成長したのだ。
けれど視力を失い再び挫折した。その傷を深くした相手の家が目の前にある。そう考えるだけで昔の弱い自分が顔を出しかけた。それでも意を決した須依は、烏森の誘導でインターホンを押した。
カメラの前に立っていれば相手は気付くはずだ。いやもしかすると時間が経ち過ぎ記憶から消され、誰だか分からない可能性もある。自分では確認できないが、見た目も随分変わっているだろう。
そんな想像が頭をよぎったせいか息苦しくなる。しばらくの静寂がそれをさらに増大させた。感染症対策を理由に訪問を断ってくれないかとさえ考えてしまう。
ようやくガチャリと音がした。どうやら相手が出たらしい。はい、とだけ短い応答がされた。それでもそのトーンから警戒心や驚き、困惑といった様々な感情が読み取れた。
深く息を吸った須依は、表情が見えるようにマスクを外し用意していた言葉を告げた。
「突然申し訳ありません。井ノ島詩織さんのお宅でしょうか。私、学生時代に同級生だった須依南海です。ご主人の件で少しお話をさせて頂きたいのですが、お時間よろしいでしょうか」
やや間を空けて彼女の声が聞こえた。
「少しお待ちください。今開けますから」
もう少し抵抗されるかと覚悟していたが、意外な対応に戸惑っていると、開錠音が耳に届く。
「じゃあ、中に入ろう。玄関はもう少し先だ」
玄関先まで数メートル歩く間に烏森が耳打ちしてくれた。インターホンは門の外にあり、中から門扉のロックを解除しなければ、中に入れない仕組みらしい。塀も二メートル以上の高さがあるという。当然の用に防犯カメラも設置されているようだ。
そこまでセキュリティがなされているのなら、豪邸といっていいだろう。もしかすると井ノ島の給与だけでなく、詩織の家からの補助も受け建てられたのかもしれない。
マスクをつけ直しようやく建物の入り口に辿り着いたところで、扉が開く音がした。
「どうぞお入りください」




