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私、ノノア・マーシャルのおじいちゃん、アダン・マーシャルはろくでもないおじいちゃんだった。
朝からお酒を飲んだかと思うとふらふらと仕事もせずに晩までどこかに出かけるし、酒場に行っては若い踊り子のおねえさんにちょっかいを出すし、あげくの果てには「大丈夫、大丈夫だから」と言って(何が大丈夫なのかさっぱりわからない)実の孫である私の胸やおしりを触ってくるような酔っ払いのエロジジイだった。
そんなおじいちゃんが、この前死んだ。
死因は病死。知らぬ間に体内で病気が進行していたらしく、気づいたときには上級治癒魔法も効かない手遅れ状態だったらしい。
最期は家族に見守られながら、おじいちゃんは天国へと旅立った。
ということで、ひまつぶしとお母さんに頼まれたこともあり、今はおじいちゃんの部屋で遺品の片付けをやっているんだけど……。
「まったく、死ぬ前に身辺整理くらいはしといてほしかったな」
思わず愚痴がこぼれてしまう。
ひとつひとつの遺品をいるかいらないか適当に判断して片付けをしていたけれど、それでも物が多すぎて一向に終わる気配がない。
おじいちゃんはなにかと物を集めるのが好きな人だった。ゴミじゃないかと思う物を拾ってきたりもしていた。
なんでこんなゴミみたいなのを拾ってくるんだろうと思ったこともあったけれど、いま思うとあれは収集癖だったのかもしれない。
「あーもうめんどくさい!」
このままではらちが明かない。
私はクローゼットに入っているわけのわからないものを片っ端から出すことにした。
でっかい石のような謎めいた物や、緑色にくすんだ布や、木炭みたいなのや、うずまきの形をした根っこのようなもの。そんな感じの変なものを部屋の中央に集める。
これらは全部ゴミ、ガラクタ。捨てる物に決定。
「よーし、いい調子!」
スピードに乗ってきたのでクローゼットからじゃんじゃん物を出す、出す、出す、出す!
「うわっ!」
勢いよく物を出した拍子に、どさささっ、とカラフルな色をした本が何十冊も雪崩のように落ちてきて、私のつま先に当たった。
「いったーい」
つま先を手でおさえて痛みを和らげる。
ふと、落ちてきた本を見てみたら、それはエッチな本だった。それもなんと数十冊すべてエッチな本。おかげで私のまわりにはエッチな本だらけ。本当にろくでもないエロジジイだ。
この有り余るエネルギーをエッチなことに費すんじゃなくて、もっと社会のために使ってくれたらよかったのに。
エッチな本の表紙には、胸を寄せて腰をくねらせ投げキッスのポーズをしているバニーガールの子がいた。
「これのどこがいいんだろう……」
なんでおじいちゃんはこんなのに夢中になるんだろうか。私には理解ができない。
とはいえ男の人はたぶん、みんなこういうのが好きなんだろうな、とも思ったり。
「こ、こうかな……」
胸を寄せて、腰をくねらせ、投げキッス。
私もやってみたらおじいちゃんや男の人について理解ができるかもしれない、と思ったのでやってみた。
「ねーちゃん?」
不意にドアの方から声が。私は瞬時にエッチな本のポーズを解除。
振り向いたら、いつの間にかドアの横に弟のラックがいて、私をじっと見ていた。
い、いまの見られちゃったかな……?
見られたとしたら最悪だ。
「ラック! 部屋に入る前には必ずノックしてっていつも言ってるでしょ!」
「え、だってここ、ねーちゃんの部屋じゃねーじゃん」
「私の部屋じゃなくても同じ!」
「なんだようっせーな」
ラックが指で耳栓をした。
続けて、耳栓をした状態でラックは口を開く。
「お昼だから下降りて昼飯食おうって母さんが言ってるぞ!」
そう言うとドアを閉めてラックはドタドタと階段を降りていった。
「なによ、あいつ」
10歳になって多少は成長したからなのか、なんか最近のラックは生意気になった気がする。ガキからクソガキになったみたいな。あとで注意してやろうかしら。
てかそれよりも、ラックから何も言われなかったってことは、とりあえずさっきのは見られてないってことよね。よかった。
さて、あとちょっとだけ整理したら下に降りよう。
私は気合いを入れ直してふたたび部屋の奥のクローゼットから物をじゃんじゃん出し始めた。
そしたら突然、「おい」と、またドアの方から声がした。ラックの声だ。
ラックはさっき下に降りていったはず。戻ってきたってことは、何か私に言い忘れたことでもあったのかな。
ラックの方を向いたら、ラックはなぜか私を見ながら不敵な笑みを浮かべていた。
「なによ? まだなんか用?」
「なあ、さっきのポーズはもうやんないのか?」
……最悪だ。やっぱり見られていた。
「サ、サッキノポーズッテ、ナンノコトー?」
「エッチな本のポーズだよ。練習してたんだろ?」
「うぐっ……」
唸った声がでてしまった。
だめだ。何も言い返せない。
うろたえた私を見てか、ラックは呆れた顔をして、「はぁ……」とため息をついた。
「ひとつアドバイスしてやるよ」
「ア、アドバイス?」
「こんな部屋の中じゃなくて、家の外でああいうポーズはやったほうがいいと思うぜ」
「なっ……!」
「そんじゃあなバーカ」
ラックがあっかんべーをして部屋を出ていく。
「ちょっ、ちょっと待ちなさい!」
なに今の態度、腹立つ!
6つも年下のくせにいっちょ前に生意気なこと言ってきた!
いままでは私がお姉ちゃんだからって我慢してきたけど、もう許さないんだから!
私はクソガキのラックを走って追いかけた。その瞬間だった。
「痛っ!」
つま先に激痛が走って悶絶する。
ラックに気を取られていたせいで、部屋の中央に集めていたゴミのことをすっかり忘れていて全力で蹴っ飛ばしてしまった。
誰だこんなところにゴミの山を置いたのは!
と怒りたくなったが、置いたのは私自身。
ああもう私のバカバカ!
つま先は痛いしゴミ山蹴っ飛ばして部屋が散らかったし、こうなったのもすべてあのクソガキラックのせいだ。あとで絶対に叱ってちょっとだけ泣かせてやる。
そう思いながら、私はゴミ山を蹴っ飛ばした勢いでドアの近くにまでぶっ飛んでしまったボロボロの本を手に拾った。
「……ん?」
本を手に取ったそのとき、不思議な感覚がした。
よく見てみると、この本はただ劣化したんじゃなくて、ずいぶんと使い古されてボロボロになっているように見てとれた。
表紙には『レシピその2』と掠れた文字で書いてある。
おじいちゃんらしくない本だと思った。
レシピと書いてあるからたぶん料理のレシピ本だとは思うけど、少なくともあのおじいちゃんが料理をしていたのを私は見たことがない。
「気になる……」
中にはどんなレシピが書いてあるのか、想像がつかない。
もう一度表紙をじっくりと見てみる。
文字は掠れてはいるが、書かれている筆跡は間違いなくおじいちゃんのものだ。右肩上がりに文字が走っているから間違いない。
「見てみよっと」
考えていてもしょうがない。
私は好奇心のままに表紙をめくった。