不審者との出会いは奇跡だった
昼下がりの下校中、私はうつむきながら帰っていた。生まれてから今まで十七年間一度も空を見上げた記憶はない。特別そういった体なわけでも何か強制されているわけでもなく、そんな事をする気もさらさらなかった。なぜなら上を向けば首が痛いからだ。
私の家は一軒家で学校から出てすぐの川に沿って歩けば二十分程度でつくところにある。閑静な住宅街の中でもひときわ大きく立派な家だが、それを建てた当の本人たちがいないのでだからただのガラクタである。正直言ってキッチンと自分の部屋さえあればあとの部屋は他人にでもくれてやりたいぐらいだった。
溜息をついた。もう、自分の幸福など残機はゼロだというのにどうして溜息が出るのだろう。答えは簡単だ。そんなもの迷信に決まっているからだ。幸せばかり気になって仕方がない人がでっち上げた、如何にもそうであろうと感じてしまう迷言でしかない。
「学生なのに溜息なんてついて・・学校でなにかあったのかな?」
ふと知らない男の人の声がして思わず足が止まる。顔を上げてないので男の顔はわからないが、アパートの門にいるので恐らくここの住人だろう。だが、私は決してその男に声をかけられたから止まったわけではない。その言葉に不快感を感じたからだ。世の中の学生がみんな幸せなわけがないだろう。
しかし、だからといってわざわざ知らない人につっこむのも面倒だし関わりたくないので、とりあえず歩き始めてスルー。
「君、昨日もここで溜息してただろう?」
このセリフで確実にこの男が不審者だと確信した。私はブレザーの右ポケットから携帯を取り出しす。
「確かに急に声をかけて不審がる気持ちはわかるが、110番しないでくれ」
男は慌てながらそうは言うものの、門から出てきて止めようとはしなかった。
「いつも庭掃除のときに見かけるだけだから」
だからといって、そんな他人の溜息なんて覚えているものだろうか。自意識過剰なわけではないのでストーカーまでは考えないが怪しすぎる。というか、覚えられてるだけなら別にここで立ち止まる必要はもうない気がした。
私がまた歩き始めると今度は声をかけてこなかった。まったく変な男にめをつけられたもんだ。なんだ、昨日も溜息をついていたなんて。誰がどこで溜息ついてようと勝手ではないか。それをわざわざ覚えてるなんて溜息フェチだ。
さて、明日からは少し遠回りのなるが、別ルートから登下校しよう。
家に帰り、早速風呂に入った。いつもはもう少しリビングでくつろいでから入るのだが、今日はどうもさっきの事が気になって洗い流したかった。体をいつもより丁寧に洗ってからゆっくりと浴槽につかる。しかし、それだけではどうにも頭は落ち着かなかった。きっと久しぶりに話しかけられたからであろう。クラスでも名前も顔も覚えられていない私に、たかだか溜息ごときで声をかけてきたあの男が謎で何度も思い出してしまう。こんなの初めてだった。
そのあとは、料理をしてもテレビを見ていても忘れるどころかむしろ興味を持つようになっていった。急に声をかけてきた溜息フェチに興味を持つなんて私は自分も残念な人間になったものだとひどく落胆して溜息をつく。ストレスが加わり続けることでいつか人間はガタがくると前に聞いたが、それはどうやら本当かもしれない。悔しいが、いくら無視しようとしても現実がこうなのだから認めざるを得なかった。
ベッドに入り、目を閉じる。
夜は好きだ。なんてったっていくら寝ていたって不都合はないし、夢の中ならば嫌な夢でもすぐに忘れられる。都合のいい時間だと思っている。
今日もそれにすがって私は眠りについた。
次の日、どうしても気になって帰り道だけいつもの道で帰った。勿論、警戒心はあるので、アパートを囲んでいる塀にピッタリとくっついて門の方をチラッと覗く。しかし、庭に男の姿はなかった。いつも庭掃除で見かけると言っていたのはやはり嘘だったのだろうか。私は自分自身を鼻で笑った。
こそこそと塀に隠れるのもなんだか馬鹿馬鹿しくなって、またいつものように溜息してから門の前を横切ろうとした。すると、頭上付近で声がした。
「隠れているから誰かと思えば、溜息の子じゃないか」
この声のトーンは昨日の男だろう。二階建てのアパートの一番手前の窓からよく聞き取れるということは、顔を出しているらしい。なにやら変なあだ名をつけられてしまった。
「あ、庭に僕がいると思って警戒してたんだね」
自信ありげに言うが、半分正解で半分違う。
「でも、今日は部屋の整理なんだ。もしかしたら、さっさと通ってしまった方が気づかなかったのかもしれないね」
男がどんな顔をしているのかはわからないが、どうやら笑っているようだ。
しかし、私にとったら彼に気づかれないようにする方法ならわざわざ提案されなくてもある。余計なお世話だ。
「今日は立ち去らないのかい?」
男は私にそう問いかけたが、私は答えられなかった。それはきっと自分のせいだ。
頭からどうにも離れないことに対して沢山疑問はあるのにそれをどうやって解消すればいいのかわからなかった。こんなにも切羽詰まる感じを私は知らない。
「・・あまり考えすぎもよくないよ。じゃあね」
男は一方的に話しかけて別れを言った。しかし、私はそれがしたくて安全ルートから変更したわけではない。窓が閉じる音がする。ここで終わればいつもと同じ、何もわからないままこの興味もいつか忘れかけてしまう気がした。そして、二度と自分がここを通らないような気がした。
「ま・・まってください・・!」
一体、これは誰の声なのだろう。まったく知らない人の声がした。
男は窓をまた開けた。
「何か用かな?」
声だけでは彼の表情がわからない。だって、返事を返する人の表情なんて私は知らないんだ。まるで小さな子供が初めてキャッチボールをしたみたいに、どこにどう返せばいいのかわからなかった。そもそも受け取り方も拾い方も知らない。
「今のは君が言ったんだよね?」
彼は聞き間違いだと思ったのか、心配そうに尋ねる。このギクシャクした感じには私は覚えがあった。クラスでもこんな感じだからいつも話しかけられなくなるのだ。
声は出ないが、私は恐る恐る頷いた。それが伝わったのか男の声のトーンが上がる。
「ちょっとそこで待てて!今行くから」
男はそう言いながら部屋の奥へと行ってしまった。
まずい、このままでは来てしまう。そう思ったが、ここまできたらなんだかどうでもよくなってきた自分もいた。たとえ、男が不審者でも私一人がこの世から消えたところで一体誰が悲しむだろうかと考えて、それならば自分の好き勝手にやってやろうと思った。
男が急いでぼろぼろの鉄階段から降りてきた。その時、私は不意にであったが初めて男の顔を見た。
男は黒縁の眼鏡をかけていて少し癖っ毛の黒髪で高身長、黒いズボンに上は紺のTシャツの上に深緑のエプロンをしていた。なんだか本屋さんのような身なりだ。
「まさか君から話しかけてくれるとはね」
目の前にくるとやはり男の身長は高く、見上げないと見えなさそうだ。まあ、首が痛くなるし人の顔など見たくないのでわざわざ見上げたりはしない。
もう私は引き下がれないところにまで来てしまっていた。自分の興味本位でここまで来てしまったのだ。逃げ場はない気がした。
「また無口になってしまったね」
男は飽きもせずにひたすら優しい声で話しかけてきた。一体彼は何度私に向かって一方的に軽く投げかけてくれたのだろうか。私にそんなことをする人を私は知らない。その謎を知りたくなった。
男はまた投げかける。
「あぁ、いきなり来たから
しかし、私はそれを取る前に自分から新しい球を剛速球で投げ始める。
「なんで話しかけてくるんですか。あなたの意図がわかりません」
また聞き覚えのない声がする。きっとこの声が私なのだろう。自分の声はこんな感じなのか。男はいきなり話し始めた私を見て少し呆気にとられていた。
「強いて言うならただ、いつもうつむいて溜息をついていたから放っておけなかった・・からかな」
男は下手くそな私の言葉も何気なく受け取りそう答えたが、それはそれで謎が増えた。お人よし過ぎではないだろうか。それで私に通報されたらどうしたのだろうか。
「まあ、無視されるの承知で声をかけたわけなんだけど・・」
「そこまで気を遣われる義理ないですけど」
そう言うと彼はうーんと唸る。
「理由がいるとは思わなかったなぁ・・」
「??」
彼の回答はすべて私には訳がわからないものばかりだった。この人は一体何者なのだろうか。何を考えていて、何が目的なのかさぱりわからない。
私が悩んでいると、アパートの二階の渡り廊下からまた別の男の声がする。
「おーい、螢今日の夕飯・・・・・え、お前・・・!」
「遼、変な勘違いはやめてくれ」
どうやらこの謎の男は螢というらしい。螢が遼と呼んだ二階の男は笑った。
「じゃあ、いつものか。いやぁ、うちの螢がすまんな。お嬢さん」
私はどう反応していいのかわからず、体が硬直した。人から話しかけられるのはやはり怖い。相手が自分をどう思っているのかと考えてしまうのだ。
「ほら、遼が声かけるから困っているじゃないか」
螢がそう言っていると、今度は私の後ろからランドセルを背負った少年と少女がアパートの敷地内に入ってきた。
「ただいまー!」
「あれ、螢ちゃんこの人だぁれ?」
少女は私を見上げて首をかしげる。
「あれか、ナン
「翔太、やめなさい」
螢は少年の口をポスッと塞いだ。もう、私の頭の中は真っ白になってきた。子供はもっと苦手なのだ。正直帰りたくなった。
「まったく、どこであんな言葉覚えたのやら・・・すまない、いきなりで驚いたね」
少年と少女を適当にあしらってから螢は心配そうに言った。しかし、大丈夫なわけなかった。こんなに声をかけられたのは初めてで何がなんだかわからなくなってきた。どうして私はこんなところに来てしまったのだろう。
「帰ります」
逃げるように立ち去る私に螢は昨日と同じで引き留めなかったが、遼と呼ばれた男がいきなり私に言った。
「そのままでいるのは簡単だがいつか自分の首を絞めることになるぞ」
「こら、遼!」
螢は彼を叱ったが、悔しくも彼の言う通りである。言い返す気も起きないので私はまた楽な道に逃げた。
その次の日、学校でやはり私は一人だった。慣れてる筈なのになんだか物足りない感じがするのは何故なのだろう。まるで自分の存在などないかのような感じが、どんなにそれが仕方のないことだと諦めようとしても認めたくない自分がいた。三年生、最後の校外学習は県内の遊園地らしい。少し遠いので移動はバスになるのだが、うちのクラスは奇数であるので私は必然的に余ってしまった。隣の席は誰もいない。もう何年もこうだから慣れてしまった。
家に帰ってもやはり誰もいなかった。夕暮れの家は薄暗く、オレンジ色のリビングはなんだか急に寂しさを感じた。この時間帯はなんだか苦手だ。
暫くテレビを見た後、風呂に入ると夜になった。あとはまた寝て自分の残り時間が自然に終わるのを待つだけだ。しかし、今日はなんだか気分を紛らわせたくて散歩したくなった。別に特に目的はない。
パジャマからジャージに着替えて外に出る。外は丁度いい気温で、夜特有の香りが頭の中を落ち着かせてくれた。このまま家出をしてもきっと気づいてくれる人はいないかもしれない。悲しむ人もいないだろう。私の名前、存在が証明されているのは紙きれだけだからだ。だから、明日は適当にお金を引き下ろしてどこかに行ってしまおうと思った。自転車を使えば一日だけで県外には行けるだろう。あとはどうにでもなってしまえばいい。
近くの公園のベンチに座って一息つく。誰もいないので落ち着いた。早速私は脳内で家出の計画を練り始める。時間を削ることしか考えない毎日よりも目的のない旅の計画を考えているほうが楽しく感じた。そうしていると、後ろから影が近づいてきた。警察官だと思い、急いで振ると昨日の遼という名の男がいた。
「こんな時間に珍しく人がいると思ったら昨日のお嬢さんか」
昨日は二階を見上げなかったので、初めて彼の顔を見た。遼は暗めの茶髪で、青ジャージの上は無地の白い半袖のTシャツを着ていた。そして、手元にはコンビニの袋がある。私はもうてっきり二度と会わない気でいたので、予想外の遭遇に頭が真っ白になった。
「どうした、夜に一人でいると危ないぞ」
遼は後ろから回って私の前に来た。正直もう構ってくれるなと思った。しかも、昨日会ったばかりなのに別れ際に変なことは言ってくるし、話しかけてくるなんてやめてほしい。ほとんど他人同士ではないか。
「まあ、うっとうしいと思うのもわかるがな」
彼はそう言いながら私の隣に座る。隣に人間がいるなんて初めてだ。
「そういうのわかりやすいですか、私は」
昨日から彼にはなんだかいろいろ読まれるのが、なんだか不思議でたまらなかった。そんなに私は読まれやすいのだろうか。
「いや、むしろ無表情すぎてわからん。・・・普通の人ならな」
最後に何やら興味のあることを彼はボソッと付け加えた。それではまるで自分は違うみたいではないか。しかし、どうやらわかりやすいわけではないようだ。
「まあ、類は友を呼ぶってよくいうだろ。そんなもんだ、友ではないにしろ」
この男が類なんて、彼と私は一体何が同じなのだろうか。遼はなにやら袋をあさり、中から棒アイスを取り出して私に差し出してきた。私は首を振って断る。
「いいから受け取れ。どうせ螢の分だ」
「余計に受け取れませんよ」
そう言うと彼は押しつけてきた。押し付けられたことのない私はなんとなく受け取ってしまう。しかし、どうにも食べづらいだろう。
「物もらうの慣れてないな」
遼は急に考え出した。そして、こちらを見て言う。
「昨日と今日でお前に関してわかったこと。その一、他人が大の苦手。その二、そもそも関わり方を知らない。まあ、見る限りじゃ周りの環境のせいかね。で、その三はそれから逃げようとしてる・・・おっと、図星か?」
私は思わず反応せずにはいられなかった。いきなり言われたことにも驚いたが、今さっき自分の置かれている環境が嫌で嫌で丁度逃げ出そうと思っていたばかりのを見破られてしまったのが何よりびっくりした。正直、この男が怖く感じた。自分の全てを見透かされそうで怖い。もう、何年も打ち明けていないこの気持ちを今さら誰かに知られるなんて嫌だし、どうせなら墓場まで持って行ってしまおうとずっと思っていたのだ。それを何も知らない人に当てられるなんて一番最悪だ。
「帰ります」
「本当はあのアパート、お前みたいな寂しがりの施設みたいなもんなんだ。俺も含めてみんな元々人間不信やらコミュニケーション障害やらが集まってる。恐らく螢はお前に何かあると思って声かけたんじゃないか?」
彼はくい気味にそう私に告げる。それを聞いて初めて彼がさっき言っていた「類は友を呼ぶ」の意味がわかった。私は自然と体を止めて彼の話の続きを聞いてしまっていた。
「俺は今、大学で心理学学んでるからお前が度々みせるSOSサインがわかった。昨日見た時からいろいろわかったよ。例えば癖で手を隠すとかな」
遼はそう言って私の手の方を見る。確かに私の手は自分でも気づかないうちに上ジャージのポケットに収まっていた。思い返してみれば確かに癖である気もする。
「それは心を開いてないって証拠だ。常に入ってるってことはお前は誰も信用してないんだな」
アイスの袋を開けて彼は食べ始めた。こんなにもマイペースそうな人もはたして私と同類なのか疑いたくもなるが、なんだか先程よりは楽な感じがした。
「もう帰るんだろ?さっさと家でアイス食べないと溶けちまうぞ」
男はベンチから立って、アイス片手にフラフラとどこかに行ってしまった。彼の去った後の公園は静かで私はいつもの溜息をついた。
次の日、私はいつもより目覚めがよかった。相変わらず家族は家に帰ってこないし、学校でも誰も私の存在に気づいていないが、昨日の夜に考えたあの計画を実行しようと思うとそんなのどうでもよくなって気にならなかった。今日の放課後にでも早速動き始めよう。そして、何も考えずに生きていこう。私の体は不思議と軽くなり、学校が終わるとすぐに私は銀行に行って、余りに余った両親からの愛情すら感じない大量のお小遣いがどのくらい貯まっているのか確認した。金はあったが、私は鼻で笑った。こんなものが欲しいわけではないのだ。なのに、奴らは私の言葉なんて聞きやしない。一体家族とは何なのだろうか。
家に帰って荷造りを始めようと思った。この町とも遂にさよならだ。朝起きた時からその覚悟はもうできている。
しかしなぜだろう。なぜこんなにもさびしいのだろうか。
私は日が沈み始めた帰り道で突然頭の中、奥の方が押されるような痛みに襲われた。これは体の調子が悪いわけではない。この痛みはずっと昔に感じたことがある。
あぁ、だれもとめてくれないことがかなしいんだ。ともだちのいないわたしなんかに・・・わかりきっているのにそれでもだれかがそばに・・・ほんとうはだれかとなりにいてほしい。
人はいつか幸せが来るとテレビに出ている人は語っていた。なら、一体それはいつなんだ。迷信なのではにだろうか。そんなあやふやなもの信じながらこれからもただ、寿命が縮まるのを待てばいいのだろうか。もうそんなのうんざりだ。
誰もいない住宅街。どこからか楽しそうな母子の声や美味しそうなカレーの香りが漂ってくる。羨ましい。私は気づくと昨日の公園に来ていた。最後に信じてみたかったのかもしれない。しかし、期待通りにはいかないもので、何時間経っても私は一人だった。まあ、当たり前の結果だといえばそうである。空はもうほとんど青黒になっていて、辺りはすっかり静まり返っていた。私は溜息をついた。
「また溜息をついているね」
聞き覚えのある声に私は不意に顔を上げた。すると、目の前には螢がいた。そして彼の後ろにはまた知らない青年がいる。
「奏斗、先に帰っててもらっていいかな。七時までには帰るから」
「一つ貸しだからな」
「はいはい、じゃあよろしく頼むよ」
螢はそう言うと私に向き直り、ニコッと笑った。その時、初めて彼の表情を見た。というか、久し振りに人の顔をしっかりと見た。
「こんなところでどうしたんだい?制服ってことは学校帰りだよね。それにしては遅くないかい?」
彼は他人なのに何故だか私に気を遣ってくれる。それは同類だからだろうか。それとも私を憐れんでいるからだろうか。本当は心配してくれる事が嬉しいはずなのに、それを望んでいたはずなのに、いざそれを目の前にすると私はどうしていいかわからなくなった。彼の言動のすべてに悪態を返したくなるのはなんでなんだろうか。
「いちいち来ないでください。もう帰りますから」
本当はこんな事が言いたいわけじゃない。もっと無様な自分の気持ちも、今これからしようとしている事も全部打ち明けたい。そして、どうか止めてくれ。私がここに来た理由もこんな時間まで残った理由も全ては自分を受け入れてもらいたい一心だった。こんな私でもどうか居場所を・・・
「もう我慢しなくていいんだよ。・・そんな目いっぱいに涙を溜めて、耐える必要はあるのかい?」
気づいたら目の前がぼやけて見えた。頭の奥が痛い。喉の奥からケモノのような声が出てきそうになって私はうつむいてそれを必死に抑え込んだ。正直頭の血管が切れてしまうのではないかと思った。
「ご・・ごめんなっ・・さい・・」
いきなり泣いてしまったのが申し訳ないのに、言葉もまともに出ない。
「大丈夫、大丈夫だから。君が泣く理由を教えてほしいな」
螢はしゃがんで私の顔を覗き込んだ。こんなに親身に私の話を聞いてくれる人を、私は知らない。でも、今はそれにすがりたくて仕方がなかった。
「・・きっ・・聞いてくれますか」
「勿論。話してごらん」
「私・・・本当は一人なんて嫌なんです。バスだって隣に誰かいてほしいし、自分の存在を一人でいいから覚えていてほしいんです。それにお母さんもお父さんも家に帰ってこない・・。そんなの私が生きてても死んでても一緒ってことじゃないですか。そんなの考えたくないし認めたくない。それならいっそのこと本当に消えたいです・・。だから、今日・・家出してここから逃げようと思ったんです。どうせ・・私がいなくなったって・・っ・・どうも思わないし、むしろ・・・・・そんな奴いたかなんて言うんです。私はこの世にいらない子なんだと思います」
全てを言い尽くした私は口を閉じた。涙は止まることなく落ちていく。こんなに泣いたのは何年ぶりだろうか。螢は最後まで聞いてくれた。本当にいい人だ。これで私も心置きなくこの地を去ることができる気がした。そう思っていると螢が口を開いた。
「自分の存在価値なんて他人に決めてもらわなくてもいいじゃないか」
彼のその言葉はあまりにも予想外で私の中によく溶け込んだ。
「周りの人たちは残念だね。もしかしたら君みたいに悲しみを知っている人と知り合えたならよかったかもしれないのに。人の気持ちがわかる人、僕ならそういう友達がほしいけどね」
彼はまたニコッと笑った。追い込まれていた私は徐々に冷静に戻っていくような感じがした。すると、いきなり私の背後から声がした。
「あー、もうグダグダしてんなぁ」
私は驚いて振り返るとともに、なんだかデジャヴを感じていた。
「さっさとうちに呼べばいいだろ、螢!このままだとこのお嬢さん、頑張りますって言って張り切って家出するぞ」
なんだか途中、気に食わないものまねが入った気もするが遼が仁王立ちしていた。
「そんな無茶なこと・・!」
「ん?そうなのか?」
二人の目線は私に向けられた。そんなに見られても混乱するだけなのだが・・。というか、うちに呼ぶとは・・まさか、あのアパートに勧誘されているのだろうか私は。
「家出するぐらいなら騙されたと思ってうちに来い」
「ちょっと遼、それは強引過ぎないかい?」
「これから夜道を一人旅するぐらいならまだそっちの方がマシだろう」
遼は半分以上螢の言葉を無視して私の顔をじっと見ていた。確かに、意味のない旅よりも少しでも可能性の感じるこの人たちの元の方がいい気がする。出会ってからの時間はまだ少ないが、話した時間は家や学校よりも多い。それに加えて、なによりこんな私でも誘ってくれるのだ。正直、そんな理由でついていくなんて冷静な目線で見れば馬鹿だが、もっと冷静に見れば家出しようとしたこと自体、馬鹿であるのだからこの際もうどうにでもなれと決意をした。
「・・お願いします」
「ほらな」
「ぇえ?ほ、本当にいいのかい?」
「家出よりも安全ですし」
私は涙を拭いて立ち上がった。泣いてしまったことにはなんだか恥ずかしさがあるが、なんとも心が軽くなって清々しい感じがした。まだ螢は戸惑いを隠せていないようだが、遼は上手くいったことに満足げな表情をしている。
「じゃあ、さっさと荷物持って来い。そろそろ夕飯だからな」
「え・・・」
遼の言葉に私は固まった。もう既に移住する感じになっているのは私の勘違いだろうか。夕飯もそちらでたべる感じなのか。というか、今日もう行く感じになっていないだろうか。
「君はいつもいきなり過ぎるよ」
「お前は遅すぎだ」
二人はなにやらもめ始めた。私は一体どうすればいいのだろうか。完全に置いてけぼり状態だ。しかし、冷静になりたいので今日は家で休もうと思い、私は家の方角を向いた。また家で一人になるのだろうか。そしたらまた嫌な気持ちばかりが出てくるのではないだろうか。二人のほうを見た。彼らはまだなにやら言い合っていた。言い合っているのに仲がよさそうに見えた。羨ましい。
「すぐ行ってきます」
私は二人にそう言うと走って家に荷物を取りに行った。二人はそう言った私を見てポカーンとしていた。
螢は安堵の溜息をつく。
「はぁ、これが上手くいったからいいけど・・ほんと冷や冷やするよ君には」
「まだ気は抜けないがな。でも、これからどうするんだ?未成年なんて勝手に引き取って。別にあいつには親がいないわけじゃないだろ。最悪、裁判沙汰になるぞ」
遼がそう言うと、彼は口元に笑みを浮かべながら鼻で笑った。
「確かにそうだけど・・今までまともにあの子を見てあげなかった人が裁判なんて笑えるね」
はじめまして。ねこのすけでーす。
やはりスマホよりもパソコンのほうが小説は書きやすいです。(笑)
はい、まだ実話は少しだけしか入れてないんすけどねw
これから素敵で個性の豊かなキャラクターたちが続々と出てきます。
おたのしみに