198.砂山で出来た日常
・タイトル
遺跡F-1。
・概要
国により要請された、発展都市南部に位置する新規発見された遺跡の調査報告。
・本文
遺跡へと続く入り口の詳細な箇所は既存する別紙を参照。
該当遺跡は人の手により空けられたと思われる崖中層に位置する空間から、経年劣化より貫通しただろう奥に位置する穴から降り立ち、広大なスペースを保有する鍾乳洞を通り抜けた先に存在する。
崖の昇り降りを補助するロープ、それに発見者が備え付けた篝火が鍾乳洞中央に置かれているが、捜索する場合個別に昇り降りする手段と光源を確保すること。
また鍾乳洞の地盤は不安定で陥没に注意。目測では測れないほど深い場所に別の水流が存在する空間に繋がっていると推測される。鍾乳洞自体に他特筆すべき脅威は確認できず。
・遺跡
遺跡内部は後述する深層以外危険な箇所が見当たらず、事務室や休憩室と思われる個室が"門"と呼称する周囲に位置する。
門は隣接する操作できる装置を触るまで非活性化状態にあり、装置により電源を入れることで活性化、本来の性質及び脅威を現す。
レバーを動かす毎により、無発光(稼働状態)、青、黄、赤、紫の順で、扉の枠組みのように設置されている門の内側を発光させ、背後に位置する景色を視認できない発光状態で稼働する。
この発光状態の門を潜ることで、通過した人間は遺跡深層へと転送される。
内部は様々な役割を担い、荒廃し閉塞された施設で構成されており、化け物と呼称される動く死体が内部で人間を襲う。
複数の個体が確認されているが、共通している脅威として裂傷等で体内へ化け物の成分が流れ込んだ際、非常に早い速度で全身を蝕む病にかかる。
感染していない通常の傷とは違い魔法による治癒の効果がほぼ効果を成さず、この病気の治癒も深層で食料などと同様に得られる薬品以外で行えていない。
この病は初期段階では傷口を赤から青紫に変色させ、徐々に青さを増していく。初期の段階では正常な思考の妨害、傷口の痒み、食人欲求の発生で止まるが、治癒が望めない場合各症状がより悪化していき最終的には化け物に変化してしまうと思われる。このため化け物による傷や、餓死による死亡以外にも、この病を事実上の死因として警戒せねばならない。感染してから病が最終段階に至るまでは半日も必要無いと思われる。
青と赤に発光させた遺跡深層の探索は終えており、各詳細は別紙を参照とすること。
深層に門で移動した場合傷や体験した記憶は残るものの、各物質、病や物資は深層に存在する出口から遺跡表層へ戻ってきた場合原因不明の事象により失ってしまうため、これ以上の調査や人を近づける行為は物資や人材の浪費に繋がるためお勧めできない。非稼働状態を維持し、国で隔離することが賢明と思われる。
また深層で得た食料は失うものの、内部で食していた場合栄養等は持ち帰れる模様。他に内部で主観数日経っていても、外部では半日にも満たない時間しか得ていない奇妙な現象等は有効活用できそうな可能性を残すが、様々な現象、施設の目的や多くの性質、深層と表層の違い等に満足な仮説も立てられないため慎重に扱うように強く推す。少なくとも筆者は死体が歩いたり、満足に治癒のできない病が蔓延る世界を見たくはない。
- 砂山で出来た日常 始まり -
エターナーに渡す遺跡報告書を書き纏め、変な場所が無いかヒカリとシュバルツに確認をしてもらう。
ゲートを赤くした場合の内部はルナリアが近日中に書き上げる予定だ。頼んだとき文章を書くことが久しぶりだと呟いていたのが懸念ではあるが。
「私も行きたかった! アメと一緒にドキドキな体験したかった!」
「そのドキドキが未曾有過ぎて連れて行けなかったんだよ」
案の定ヒカリがじたばたと駄々をこねるが、無理な物は無理だ。
「それで、アメ個人としてはこの遺跡をどう見てる?」
「んー十中八九娯楽施設か何かだと思ってるよ。中に入らない限り現時代の人間には危険が無いと思うけど、万が一アイツらが外に出たことを考えたら怖いから書いてないけど」
多分中で死んでいたら実際に死んでいただろう。
もしテイル家の兵士二人があの後帰って来ていたのならば話は変わるだろうがわざわざこの件で連絡を取るつもりはない。
「アメがむこうがわから帰ってきたときね、ここがぎゅーってなったの」
そう言って胸を押さえるカレットの頭に僕はそっと手を置く。
「どうしようもなく嬉しかったとか、悲しい時に胸が苦しくなるでしょ。
それで人は心が、心臓にあるって言うんだ。
……心配してくれていてありがとう」
あまり心配の実感が無い様子でこちらを見るカレットに僕は曖昧に笑う。
でも僕は知っている。人の体がどうやって動いているか知っている。
生きるために全身へ血液を運んでいる心臓が、嬉しい時、悲しい時……まぁ感動した時に、臓器の働きを加速させて、結果息苦しさを感じるんだけれど――知っていても、知っているからこそ、僕はどこかに魂があるって思ってる。
あくまで機械的なこの心の臓にか、機械的ではないほかのどこかにか。
「何はともあれ一仕事終了で、お財布も余裕が生まれると」
「火の車が鎮火した程度で全然遊べないけどね。月々の支払はどうにかなりそう」
そこで扉がノックされる音が聞こえ、シュバルツは無言で腰掛けていたソファーから立ち上がりヒカリの後ろに控える。
今の僕とカレットは、まぁメイド服じゃないのでいいだろう。
「どうぞ」
「失礼します」
ヒカリの言葉に入って来たのはクローディアにシャルラハローテ。手には何かチラシのような物を一枚持っている。
「ルナリア様からの書類です」
書類と言って良い物かわからない物体をヒカリにシロは手渡し、そこでヒカリは何かに気付いたように口を開く。
「指の数何本に見えるかしら?」
三、そう頭で思ったのは皆同じだっただろう。
「三、です」
「残念、四よ。
シャル、明日まで休息を取りなさい。そして午後の体調をオーリエに報告すること」
さっさと立てていた三本の指をしまいヒカリはそう捲し立てて、不満気ながらも何か言える確信も勇気もなかったのかクロを残してシロは退室していった。
「どうしてあんな意地悪を?」
「目の焦点が不自然にずれた」
「それだけで休ませなくとも」
「念のためよ。
普段しっかりと働いているのだし、勝手に増えた有給で心身ともにのんびりと楽しんでほしいわ」
誰もが問いかけたい問いを、答えがわかりきっている僕が代わりに行い、ヒカリはそう簡潔に答えるとクロの方に向き直る。
「念のため確認するけれど、クローディアがサボり過ぎている負担がシャルに伸し掛かっているわけでは……無いのよね?」
「あたしは……!」
「主、それは私から保証します。彼女は徐々に意識を改善し、最近ではすっかり頼れる人員に成っています」
シュバルツが言うには一時給金に差が出たことも今はもう改善されたようだ。
今回ヒカリの言葉に抵抗するクロを庇い建てるように口を挟んだのも、彼女がそれだけのことをするに値する人材に成長しているのだろう。
「そうよね」
「あの、無礼を承知で発言を許してもらっても良いでしょうか?」
思案気な様子で意識をどこかへ向けているヒカリにクロは尋ねる。
「もちろん構わないわ。気分を害してしまうような問いを行ってしまったもの。罵倒でもなんでも受け入れるわ」
「いえ、そういうのではなくて……最近他の家とのごたごたで屋敷全体が慌ただしくなっていますよね。
仕事が増えるだけじゃなく、あたしやシャルは大丈夫なんですけどショッキングな光景を目にすることが多くなっていて、他のメイドや執事の人達に精神的な負担がかかっているように見えます」
争いとは無縁な人々が気配に当てられているのか。
「結果他の皆、それもシャルが気を配り率先して仕事を引き受けるせいで隠せないほどの疲労が募る、と。
貴重な意見助かるわ。人員補充に、仕事の効率化をこちらで考えてみる。もし他に要望や不満点があったら、他の人含めて気兼ねなく伝えてくれると嬉しい」
「わかりました」
一礼し、不満を抱かず退室していったクロの顔にはもうシロの事しか考えていない様子だった。
これから少し仕事をサボり、シロを労いにでも向かうのだろう。
「シュバルツも私の代わりに行う仕事がキャパシティーの限界に近いわよね」
「そんなことは……いえ、隠していても益になりませんね。
恐らくそうだと思います。精神的には余裕があるのですが、肉体と時間の面でそろそろ限界がそう遠くない日に訪れるかと」
「……秘書でも付ける? 貴族に仕える執事に秘書を付けるだなんて構造に欠陥があるとしか思えないほど可笑しな対処だけれど」
「そうして戴けると助かりますが、適任者が居ますかね」
「確かに、ね」
強面のシュバルツに波長が合い、文字の読み書きができるだけではなく計算等もできる知識の豊かさ。
複雑な事情を抱えた僕達に不満を抱かず盲目的な姿勢を選び、職を変えられる人間。
幾つかの条件ならば兼ね備える人材は多いだろう、ただこれが全てとなれば……。
「……僕、一人知っているよ?」
「名前は?」
「今日は無理そうだから後日ね。
……それよりもあんにゃろ、仕事を押し付けやがって」
ルナリアからという紙を見てみれば、遺跡深層での出来事を箇条書き、しかも汚い字で書き散らしているのが一見してわかり、食事をしながら片手間に書いたのか油と思わしき染みが付いている。
紙の最後には『必要な情報はほとんど口頭で伝えているからあとは頼んだよ。報酬はエターナーに』と当てつけのように打って変わり綺麗な字で僕に向けて書かれていた。
確かにレイニスに向かう途中にお互い色々と会話したけどさ、雑談レベルだったじゃねえか。それを情報としてまとめ上げ、公的機関に渡すに適した文章に整える労力、それを全部唯一赤いゲートを潜った当事者が放棄して逃げやがった。
わざわざメイドに押し付けたということはすでに屋敷には居ないだろうから、分け前からサボった分確かに引いてやろう。
「……主の親類ですからね」
「くっ……」
事情を確認したシュバルツは苦笑いを零し、ヒカリは押し付けすぎている自覚に負い目があったのか珍しく悔しそうに口を結った。
「ぷふっ」
詳しい事情も知らないだろうに、珍しい雰囲気だけを見て口から空気を漏らして笑ったカレットにヒカリは八つ当たりか飛びついて、二人でキャッキャと縺れ合い始めたのを僕とシュバルツは遠い目をしてソファーに身を投げた。
- 砂山で出来た日常 終わり -




