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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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197.変わるモノ、変われないモノ

 五日目の始まりは唐突だったと言っても過言ではない。

 今まで通り探索を続け、開けたホールの果てにある長い廊下に陽光のような光を確認し、そこが出口ではないかと皆で期待を抱いた瞬間、先ほどまで立っていた後方の空間に体が浮くほどの激しい地震を伴って何かが落ちて来た。

 それは一であり全であった……と意図し詩的な表現を行うつもりなんてどこにもない。それが何かを表すには適切な言葉だったと確信できる。

 無数のゾンビ、化け物が繋がりあい、溶け合い、その巨体が震える度にぽろぽろと群から零れ落ちた個体が万全ではないもののこちらを見て起き上がり。

 そして、吠える。口と思わしき部分を化け物達が自身の体で構成し、そこから体を振るわせるほどの声量でこちらを得物と認識し歓喜の声を上げた。


「逃げて! 光の元まで早く!!」


 化け物に嫌悪感を抱く恐怖ではなく、単純に竜と対峙するような威圧を醸し出す存在に恐怖を抱き、真っ先に動けるようになった僕は誰よりも遥かに小さな体で叫ぶ。

 遅れてイルがクアイアの体を小突いて渇を入れ、ココロは駆け出そうとし未だ足が竦んで動けないフェルノを庇うためその場に立ち止まる。


「ぐうっ――!」


 二人を薙ぎ払おうとした、体長五メートルほどの物体が振るった腕をイルが盾刃で全身を覆い全力で庇う。

 一メートルほど重量に引きずられ、辛うじて受け止めた攻撃もその衝撃か数体のゾンビの分離を許す。

 それをココロが薙ぎ払い、片手でフェルノを抱きしめるよう掴んだ時点でこちらを見たため咄嗟に魔道具を展開し鎖を伸ばす。もう片方は柱に巻き付くよう出口らしき方向へ伸ばし、期待していなかったものの先に進んでいたクアイアが補助するように腕へと鎖を巻き付けた。

 ココロが倒れるように跳び、僕もすぐに跳び、両方の魔道具を収納しながらもクアイアが全力で引っ張るため期待していたよりも遥かに早く距離を離し、少し遅れてココロ達が居た場所へと群体の腕らしき物が振り下ろされ、再び分離した化け物が増えた。


「ココロさん、すみませんっ!」


「いいから動けるなら走って……!」


 そう言いながらも動き出すココロの腕は血液以外でも赤く染まている。恐らく感染してしまったのだろう。

 駆け出す二人についていこうとし、未だ廊下の入り口辺りで立ち止まっているクアイアに後方を振り返る。時間稼ぎかイルが最後尾に残されており、どうやらそれを待っているらしく魔砲剣を掲げ姿勢制御を行う。

 ……任せきりにはいかないか。


《二度逝け》


 詠唱を行い、急速に充電。

 背中を見せ駆けるイルに食いつこうとする雑魚を雷により蹴散らし、どうにか僕達へと追いつきそうな彼女を確認してクアイアは引き金を引く。

 大砲でも放たれたような鈍く重い音に、近くに居てわかる射出時の衝撃波。イルを捕まえようとこちらへ巨体を揺らして四肢で近づき、避ける気配も無く片腕に魔砲は命中し……一度転んだものの内から湧き出すように幾つもの化け物が空いた穴を塞ぐよう群がって再びこちらへその何かは近づき始めた。


「ははー……ありゃ無理だ」


 貯めていた魔力を吐き出した弾丸を再装填する様子も見せず、クアイアは早急に諦め僕達と肩を並べて駆け出す。

 先を進んでいる二人から援護が届かないと思えば、既に感染しているココロは己を盾にか、それとも攻撃を受けないよう立ち回れないほど既に理性を食われているのか、片腕に刀を持ち敵を切り裂き、もう片腕に持った鞘で打ち払い、足も使い進路を塞ごうと横道から溢れ出す化け物相手にどうにか通路が埋まりきらないように暴れていた。

 誰かが範囲攻撃で道を切り開くしかない。フェルノは矢による遠距離攻撃から、弓を剣に変形させて応戦しているが捌ける数など限られており、クアイアは魔砲剣をリロードしていない、僕は手榴弾を尽かしている。


「イルさん、前方をお願いします!」


「あなたはっ!?」


「時間稼ぎを!」


 適材適所。

 武器も持たず、爆発の魔法も十分に扱えない僕は囮が相応しい。


《自壊ロジック"戦場で滑稽に踊る"》


 言葉により、僕が壊れる。僕は僕を忘れる。

 魔道具の使用許可:却下。刃状でも捕縛される可能性高し。

 残存武装の確認:毒の付着したナイフ一本ずつ、短剣、煙玉。それぞれ化け物相手には通常の生命体とは違い効果が衰える可能性が極めて高い。

 今行える最善の行動は? 己が身を武器に時間を稼ぐこと――承諾。


 頭肥えの頭部を素手にて破壊。

 死爆ぜ型の化け物を短剣で迎撃、致命傷は与えず反撃に応じられた片腕を切り落とす。

 巨腕型の突撃。死爆ぜ型を身代わりに。爆発の影響外に出ることが困難、残存魔力を考慮し肉体の損傷を許す。魔法による防性、防ぎ切れず衣服や肌に損傷。行動に支障は無し、痛み止めは辛うじて不要。

 群体による頭上からの腕撃。指と思われる隙間に身を滑り込ませ回避、噛みつこうとした個体の頭部を蹴りにより破壊。

 再び増殖した個体の対処は位置関係からこれ以上困難、撤退の開始。

 群体による横方向への薙ぎ払い――物理的に回避不能。威力の想定不能、全身を硬化及び攻撃方向へ向け破壊魔法で対応を試み、退路へ向けて地を蹴り体を丸める。


 全身を引き裂こうとする痛みに、僕は意識を肉体へと吸い込まれる。

 運良く密度の低い場所で殴られ、破壊魔法が有効打となったようで群体の腕部に穴を空ける形で宙に放り出されたが、そもそも接触しなければ破壊魔法は行使されず衝撃が無くなるわけじゃない。

 我ながら命懸けの綱渡りで上手くやれたものだと今更安堵。そして再び同じことはやれない、やりたくないと多大なストレスを実感し魔力残量からも忘我魔法はもう使えないと悟り、何とか受け身を取りながら傷塗れの全身で駆け出す。


 期待通りにイルが進路を切り開き、ロングソードと今まで出し惜しんでいた飛翔する剣を青白く輝かせながらもこちらの安否を確認し待ち構える皆へと駆ける。

 こんなに通路長かっただろうか、こんなに走るスピード遅かっただろうか、こんなにも後ろに迫るあの化け物共の動きは機敏だっただろうか。

 生き延びられるか焦り、何とか陽光のような明かりを漏らしている扉を確保している皆に追いつき、五人で光に飛び込んだ最後に僕が見たのは、こちらを仕留められなかったことに口惜しそうな様子で吠える、通路を破壊し進んでいた化け物の塊だった。



- 変わるモノ、変われないモノ 始まり -



 夢見が悪い時の目覚めのように息苦しさを覚えて、極限状態を思い出して無理やり身を起こすと辺りは遺跡の入り口付近。鍾乳洞からゲートがあるホールに移動した景色に見えた。

 帰ってきた……そう安堵すると同時に胸に上っていた液体を吐き出す。赤く染まった液体がコップ一杯分ほど口から出てきて、あのでかい奴の腕で殴られた時内臓がやられたのだと今更ながら確認、魔法により回復を始める。

 辺りを見渡すと光に飛び込んだ他四名も同じように身を起こしている最中で、今自分達がどのような状況下を確認しているようだ。


「事情の説明を求める」


 少し遠く、長く続く廊下の入り口付近で焚き火を囲んでいたアレンと、その後を続くように武器を構えてこちらに近づくカレットにヨゾラ。見た感じ無事だ。


「一時的な協力関係です! 今回レイニスへ帰還するまではお互い不干渉を約束しました!」


 ココロがそう叫び、僕の方へと視線を向ける三人にそうだと声は出せないものの必死に頭を上下する……追加で吐きそう。


「わかったわ。

無事で良かった、みんな」


 ヨゾラが呟き、武器をしまうと同時に身構えていたイルとクアイアも警戒を解く。


「……そちらの、状況も教えてもらえますか?」


 ようやく喉が声を発せられる状態になり、僕は三人に問いかけた。


「アメと、そちらの女性が向こう側へと行った。アレンが二人テイル家の兵士を投げ入れ、一度戦場は解散。

ココロとフェルノが続いて、そっちの人が私達の防衛を突破し突入。当面は様子見のつもりで、テイル家の動きも無し。そろそろ日が落ちそうだったから、休息の準備を行っていた所」


「……あの日から、一日も経っていない?」


「そう言っているつもりだけれど……あの日?」


 不可思議な物を見た様子で尋ね返すヨゾラに、僕達向こう側に行った勢は思わず事態を受け入れることに戸惑いを隠せない。


「五日分、歳を取ったか」


 時間の流れが逆じゃなくて良かったと僕は安堵を漏らす。


「えぇ……それだけでいいんですかっ?」


「慣れる。生きていて良かった、そうとね」


 強烈な既知外による嫌悪感と恐怖に身を振るわせ、こちらを見ているココロに僕は笑う。

 前時代の存在に触れあってこの程度で済んだのは心からマシだと思う。


「……ルナリアさんは?」


 傷はあっても、感染病やあの空間で得た物資が忽然と消えていることも確認し、遅れルナリアが居ないことに僕は疑問を抱く。

 所用で席を外しているには長く、ここに居た三名がテイル家の人間を警戒しているにしては沈痛過ぎる憂いを覚える表情。

 無言で後ろを指示され、ゲートの光が赤く変色している事実を一瞬把握できずに動揺する。


「ルナリアはね、みんなが帰ってこなくてしばらくしたら我慢できなかったみたいで"私も楽しんでやるー!"って言いながら、てきとうにそこをカチカチいじって消えてったよ」


 口に出すことも憚られたのか、無言を貫いたアレンとヨゾラに代わってカレットが無邪気にも事実を……認めたくないふざけた行動を伝えてくる。

 推測するに青かったゲートを赤色に変更し、命を好奇心の代わりに捨てる覚悟でルナリアはゲートを潜った。

 怖い物見たさと言っても彼女に限度はあると僕は信じていたし、既に内部へ人が存在するにも関わらず操作盤を弄りどう影響するかを考える良識も持っていると信じていた。

 何というか……惜しくない人を亡くしたな。悪い人ではないけど底抜けにバカだったわ。


「きっかーん! てね? あら、皆さんお揃いでどうしたのかな。私の帰りを待っていてくれでもしたのかな?」


 追悼した瞬間にルナリアがゲートから僕達とは違い意識を失うことなく顔を覗かせる。少し寂しいと思った気持ちを返せ。


「そちらに能動的発言は認めません、中で何がありましたか?」


「……動く死体みたいな化け物共がひっきりなしに襲ってきて、最後に現れた化け物の集合体みたいなデガブツを潰したら今この状態」


「え、一人で?」


「一人で」


「特別な状態は無く?」


「うん。死体の間でこの野太刀一本で」


 嘘をついている様子が無いことを確かめて、僕達は無言で外に出ることを決めた。




「それではお先にどうぞ。我々は残存兵力の収集を行い、日をずらして町へ帰還します」


 広げた洞窟の入り口、崖の中層から夕陽に染まった世界を見下ろしながらイルと別れの挨拶を告げる。


「今回はありがとうございました」


「……次回は再び敵同士ですよ」


 どこか物悲しそうに笑ったと思うのは僕の願望からか。

 昔王都へ向かう際崖を登った時、あの時四人で肩を並べた日と何もかもが違う。隣に居る人も、時間も、胸に抱く感情も。

 でも同じものが一つだけある、あけ色に彩られた景色は以前と変わらない。

 大きな地形変化はなく、レイニスの南、王都の西。南は海で、西側は僅かな湾岸部の隙間を除いて険しい山に囲まれた、類似し取れる資源も面積も将来性の無い土地。当然人の手が加わるなんてあり得なく。


「さようなら」


「えぇ」


 立ち止まる二人とは違い、僕達はレイニスへ向かい歩みを進める。

 きっとこれからも、状況は様々に変わるだろうから。



- 変わるモノ、変われないモノ 終わり -

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