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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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195.同道

 眠っていて、落ちていた意識が更に落ちる。

 落ちて落ちて落ちて、悪夢のような現実から叩き落されたのは僕が今まで零してきた大切なモノが落ちた灰の海の底。

 羽が舞い落ちるようにふわりと着地した僕の体の代わりに、少しだけ地面の底に溜まっていた灰が舞い上がる。

 思わず入ってきた空を見上げたら、相変わらず澱んだ曇り空に微かな陽光のような光源が見えるだけ。

 上げていた視界を下ろしたら灰が幾つか固まりつつあって、ココロのような淡い桜色でもなく、鮮やかなピンク色をしたスイ……でもなくその兄であるジェイドが顔を見せた。


「こういう時、出番があるのはスイじゃなかったっけ?」


「いや、今回は俺だな」


 思わず舞台に似つかわしくない言葉を告げてしまい、灰で作られ色合いを手に入れた人形は苦笑いで答える。


「それで今日は何の用? 僕の一部ならわかっていると思うけれど、リアルが物凄く大変でね。

深層意識で気づいた何かを今伝えられても受け取れる余裕が無いの」


「そんな状況でも必要な物を伝えに来た」


 そう前置きをしてジェイドは神妙にこちらを見る。


「アメが竜を倒す目的、あくまでそれは手段であり目的では無いはずだ。何時からかそれは見失われているようだがな」


 それ。

 竜を倒す目的。

 見失っているのだろうか、ずっと変わっていないと僕は信じていたが。


「俺達を助けてくれた時、その時の記憶を掘り返せば――」





 目が、覚めた。夢を見ていた……気がする。

 僕、いま零した。

 とても大切な何かを、手のひらに乗せようとした時に零して、しまった。

 咄嗟に伸ばした手は虚空を掴み、胸に伸びそうだった手で思わず額を覆う。


 ……。

 ……忘れてしまったものは仕方ない。

 必要なら忘我魔法を思いついたように後で改めて気づけるはずだ。


「アメさん、そろそろ時間です」


 ノックし、そうイルに声を掛けられた段階で僕は個室から姿を現す。


「おはようございます、休息は十分ですか?」


「えぇ、おかげさまで。珍しくよく眠れた気がします」


 壁や床はこちらから壊せないのにボロボロで、遠くからは倒したゾンビの異臭が漂う。

 何も良い事などあるはずがないのに。昨日の相棒は、どうやら今日も頼もしそうだった。



- 同道 始まり -



 二日目は一日目の延長のようなものだった。

 特にアクシデント等が発生するわけでなく、特にゾンビの種類が増えるわけでもなく。

 一日目に出会った存在が場所を変え手段を変え、数を変えて襲ってくるのを僕はイルと二人で淡々と撃退し続けた。

 目に生気はあまりない……一々ゾンビ相手に驚いたり気持ち悪いと感情を持つよりも、今は気持ちを押し殺してやるべきことをやり続けた方が良いと判断してのことだ。

 大きな水場は大概汚染されていたり、破壊あるいは襲撃対策観点で安全とは言えない場所に設置されており、結果体を清潔にできそうな環境は見つからず、衣服は徐々に消耗し体臭は汗など以前にあのクソ野郎どもの体液で下水道で果物を潰したような臭いがこびり付いている。

 正直死にたいが、ここで死んだ場合ゾンビになるのだろうかとどうでもいい想像をしたらそれはそれで癪に障ると気付いた時点で、今までよりもなお足掻きに足掻いてなんとか生き延びよう、そう思った。


 異変があったのは三日目だった。


「何か聞こえますね」


 遠くから響く喧噪に、足を砕いてバランスを崩した巨腕型のゾンビへ止めを刺すため、致命傷に至るまで淡々と盾刃の先で巨体へ穴を空けていたイルの動きが収まる。


「争う音に、人の声、でしょうか?」


「幻聴では無いようですね。正体が何であれ行ってみましょうか」


「えぇ」


 ちゃっかり始末したゾンビの胸辺りからドロップ品……体液塗れの戦利品を手に持ってそれが清潔な水を入れた容器であることを確かめて荷物へ入れるイル。

 迫りくる十近い普通のゾンビの群れから、一匹死角を狙うように天井へと這い上がった死爆ぜゾンビがこちらへ飛び掛かった所をイルが突き刺して瀕死に持ち込み、こちらを一目しゾンビの集団へ投げ入れられた死爆ぜゾンビを僕は腕の暗器を展開し止めを刺す。

 遅れて発生する爆発に、手足が散りじりになるゾンビ達。魔法で保護しながらも爆発の影響から明後日の方向へ飛んで行こうとした魔道具を制御しつつ、相変わらず水や土が無くて魔法を十分に扱えない環境に不満を覚えながら死体の山を飛び越えるように進む。

 争いの音に反応してか、一匹遅れて高速でこちらに駆け寄ってくる頭肥えのゾンビ相手にスライディング。そのまま両足を脇で掴み、下方向へ上手く反応できなかったゾンビは顔面を強く地面に打ち付けて潰れる。若干ぴくぴくしている辺りまだ生きているっぽいが放置でいいだろう、なるべく汚れたくない。


「もう少し……」


 あとあの角を曲がれば音を発生させる存在の全容が知ることができる。ただ現状知ることができている情報を鑑みるに……。


「くぅっ――!」


 唯一の不足していた情報、それが今曲がろうとしていた壁に青白い複数の矢により壁に突き立てられて、決死の覚悟なのか態勢を整えるどころか満足に座ることもできずに魔砲剣を構える。


「クアイアっ!!」


 部下の名前を叫びイルが加速。

 盾刃を下から上へ大きく薙いで魔力を収束させていた魔砲剣を弾き飛ばし、まるで既知外の存在に絶体絶命だった少女は目を丸くする。

 続いて僕も角を曲がり、フェルノが追い詰めた少女に止めを刺すため近づいていたココロの刀を短剣で辛うじて受け止める。


「……状況を、説明してもらっても良いですか」


 双方が双方の味方の攻撃を受け止め、ココロは鍔迫り合う刀から力を抜かずに僕へ睨みを効かせて尋ねる。


「一時的な協力関係。化け物以外はレイニスへ帰るまで殺させない」


 その言葉にココロは僕の後ろを眺め、ゆっくりと刀を引いてから鞘に収めた。


「アメさんが言うなら信じますよ」


 僕も改めてイルとクアイアに振り返り、敵意が無いことを確認すると隊長殿と二人微笑みを交わした。





 一旦落ち着ける部屋に全員で集まり互いの情報を交換し合う。


 僕達がゲートを通ってしまった後の戦線は大体予想通りだった。

 上手く廊下を塞ぎ、人数差を誤魔化す。どちらかによる決定打が生まれるまで防衛ラインはじりじりと下がり、流れを変えたのはアレンだったそうだ。

 優れている体格に魔刻化された右腕を利用、あとは崩した相手の態勢を投げ技で二人ほどゲートに叩き込んだらしい。こうなってしまえば主力であり司令塔であるイルが欠け、鍾乳洞に空いた穴から落ちるわゲートに入れられるわされてしまったテイル家は一旦鍾乳洞の外に陣地を構え引いたそうだ。

 次に長丁場を想定しリーン家の人間が外から薪を調達しつつ、荷物とバリケードを整理。ここでココロが僕の安否が気になり我慢しきれず突入を決意、フェルノもそれに助力する形でゲートを潜った。


「んであたしも隊長殿が気になって、二人分人数が減りあんたらの警戒が薄い時に機動力重視でここまで飛び込んだ。

仲間は見つからないし、変な化け物は大勢居るし、ようやく生きている人間に出会えたかと思ったら先に入っていたらしいそっちの二人に襲われて。いやー流石に死ぬかと思ったわ」


 気楽に言うがさぞかし絶望し、その絶望を覚悟してからイルを助けることに決めたのだろう。

 あっけらかんと語るクアイアは表層では計り知れない素質を備えているに違いない。


「その忠義に心から感謝します」


「やめてって隊長。あたしはお金を貰って働いているだけだし、あんたにも何度も助けられてきた。改まって礼を言われるようなことじゃないさ」


「それでもですよ。

ところで三人は化け物に傷を負わせられたりしてませんか?」


 自分の部下に、ココロとフェルノを見るイル。


「いえ、私達は別に」


「え、ここまで無傷なの? どうやったの?」


 僕とイルは普通に何度か襲われ薬を飲む羽目になった。

 僕が二人より戦闘力で優れているとは思わないが、イルが二人纏めても劣るとは思えない。


「……普通に自分の矢と、ココロさんによる風の魔法で化け物はほとんど近づいてこれませんでしたが」


 ……。

 ……あぁ、なるほど。

 土と水は元となる材料がほとんど見当たらないため使えない、火は密閉されている空間が多くよくわからない薬品が漏れていることもあるので使用できない。

 じゃあ遠距離魔法は充填に時間のかかる雷だけかと言えばそんなことは無いのだが、風魔法を扱うためにも元となる程よい重量を持った武器が必要だ。特にココロのような軽く、風を裂けるような得物。

 僕とイルは短剣か全身を覆えるほどの大きな盾刃で魔法により上手く増幅できるような都合の良い風は発生させられず、たまに落ちている咄嗟に使える武器はすぐに壊れてしまうマチェットや鈍器であるバールやパイプ。

 遠距離攻撃の重要性。銃よこせ銃、ゾンビものと言ったらお約束だろう。


「あたしはちょっと引掻かれたね、どうも治りが遅いんだけど」


「見せなさい」


 イルが詰め寄り、クアイアが傷を負っているらしい腕を捲り上げて全員に見えるように傷口を晒す。

 そこにあったのはもはや真っ青な傷口。

 元となる傷は小さいものの、十分に感染しているのか腕の大部分は青紫を通り越して人の肉体が持つ色をしていない。


「アメ」


「はい、どうぞ。

飲んでください、その傷を、感染症を治せる治療薬です」


 イルに視線を向けられ僕はすぐさま薬を差し出す。

 一度僕も薬が切れている状態で長い間感染している期間があったが、まだ青紫の段階で抑えきれないほどの破壊衝動が沸き上がり乱暴な言動や物に当たるような短絡的な行動を繰り返していた。時間が経つにつれ理性は薄れ、変わりに隣でどうにか暴走する僕に対応しながら進行を指揮するイルへ食欲が湧くことが多々あり……何にせよ最終的にはゾンビになる可能性が高いのだが、ここまで理性を保てているクアイアは凄いのだろう。


「……おぉ! だいぶ頭がすっきりするね!

ここまで来るのに似たような薬品を何度か見た気がするけれど」


「距離と、敵対存在は?」


「んー基本逃げて来たし、一度睡眠挟んだから薬を取りに行くのは得策じゃないかなー」


 クアイアはそう記憶を掘り起こしイルに報告を行う。傷はどうやらすっかり治っている様子で、どこか満悦とした表情を浮かべている。


「私達も似たようなものです。なるべく接敵は避けてきたので、物資の見逃しも多くあるかも知れません。

ただ構造が立体的で複雑かつ広大で、もし入り口か出口に近くないのであれば後戻りするのは得策じゃないでしょう」


 ココロがそう告げ、僕達は安全に物資を補給しながら歩を進めることは諦める。

 ほぼ一本道で、出会うゾンビ皆殺しにしてきた僕とイルは少数派らしい。寂しい。


「じゃあ全員の記憶から簡単な地図割り出して、未探索の場所に出口があると信じて進みましょうか」


 僕達だけが知っているゾンビの性質に、金属で包まれた缶詰が食料だと伝えたら三人にはやたら驚かれていたのが少し焦りを覚えた。ここまで知識量の差で選択肢が変わるのは生存率に影響しかねない。

 できればこちら側に来た方が活躍できただろうカレットに、まだ彼女と共に残っているアレン、ヨゾラ、ルナリアの顔を浮かべ、無事を願うと同時に無事に帰る、そう意気込みを抱いた。



- 同道 終わり -

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