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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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194.そこにいるよ

 普通のゾンビ……化け物とだけ呼ばれる通常個体はそこまで特徴は無く、深い一撃を負わせるか、頭部を含め二ヵ所の部位をどこでも良いから破壊したら活動を停止する。初めて出くわしたあの個体はやはりチュートリアル仕様の特別な存在だったのだろう。

 次に"頭肥(あたまご)え"と呼んでいる、頭がイボか何かで肥大化し何倍にも膨れ上がっている個体は物音に敏感だ。安易に音を立ててしまえば不安定な体を驚くほど機敏に動かして対象を索敵、接敵を行い、近くに他のゾンビが居たのならそれらとリンクし注目を集める偵察役も兼ねていた。

 特に強敵というわけではないのだが人間に気付いた際叫び声でも上げてくれれば助かるものの、無言でこちらに駆け寄ったかと思い慌てて振り向くと腐食した死体よりも気味の悪い存在がこちらに向かってくる様子は精神的にだいぶ来る。挙句安易な攻撃は全て気持ち悪いだけの効果を持った液体の反撃を伴う。

 音に敏感というのは弱点にもなり、空き缶などを放り投げ別の方向で物音を感じ取ったら僕達など見向きもせずそちらに飛ぶように駆け寄り、バランスの悪い体で倒れ多大な隙を見せる。そのまま放置できるのかは後ろから襲われたくはなく全て倒しているので判明していない。


 それに全身が一般人よりも二回りほど大きく、片腕は地面に手のひらが付くほどより巨大化した"巨腕型"。動き事態は鈍いのだが圧倒的に力強く、タフであり、一度掴まれてしまえば平気で全身を砕きそう……というか実際イルに助けてもらわねば掴まれた肩だけではなく心臓か脳まで潰されかけた。

 あとは猿か幼児か原型がわからないのだが四足歩行で壁や天井を這いずり回り、奇声を上げながら組み付き噛んでくる"死爆ぜ"……命名はシンプルだ。単純に攪乱や歪な肉体等による精神的ダメージがメインかと思いきや、致命傷後に肉体が脈動し集まった直後に小規模の爆発を起こした。感染や、気持ち悪い物体を飛ばしてくることは無いのだが、手榴弾より僅かに弱い程度の衝撃は単純に脅威だ。単体ならば魔法による防御で気にする存在ではないのだが、意表を衝かれたタイミングや混戦時に防御が間に合わなかった場合、致命傷を負いかねない脅威になる。


 そのような痛みを伴う恐らく命懸けなお化け屋敷を二、三時間楽しんでいなかっ(・・・)たら、当然疲労は既に限界値に近くなる。

 日中遺跡まで歩いた上、テイル家との戦闘が発生してしまった。休むには若干早い時間だろうが、状況や環境的に立ち止まるのは仕方が無いと言うものだろう。



- そこにいるよ 始まり -



「この配分はどういうことですか。私の方が見るからに多いではないですか」


 どこに自分に割り当てられた食料が多いからと怒る人間が居るのだと僕は呆れた。

 度重なる奇襲や新しい存在への対処に情報収集。将来的にと見通してリスクを背負えば当然傷を負い感染した場合は薬が、怪我を負った場合は食料が必要となる。

 ただ辛うじて今日一晩と明日の朝を過ごすには持ちそうなほどの食料に、二本の感染病を治療する薬は確保できた。そして今、その食料を分配する際に問題が発生した。


「そうですね。ただこれは適切な量です」


「今の私は傷を負っていません、食料の分配もしっかりと平等に行うべきです!」


 思わずテイル家の親衛隊隊長はこんなものかとため息が漏れそうになるが堪える。

 僕がこの施設を娯楽施設か何かだと認識できるほど知識の量に違いが生まれ、その分だけきっと視野が広い。イルからしてみれば慣れない異世界に迷い込んだようなもので、挙句物資は両手で抱えるほど限られているという絶体絶命な状態。本来の彼女ならば気づくだろう物事も見落としてしまっているだけだろう。


「僕達は同じ立場の人間です」


「えぇ。どちらが上と言うわけでもない、一時的な協力関係です」


 落ち着いて、認識の確認から。


「傷を負った人間は両間に存在する共有財産から意図して資源を振り分けて来ました」


「そうです」


「平等と、公正の違いってわかりますか?」


「それが何か」


 ここまで言って伝わらないか。やはり直接的な表現で言葉にしなければならないようだが……これを口に出すには躊躇いが生じる。


「……僕の体は非常に小さいんですよ。同年代でもそうですけど、立派な成人女性であるイルさんと比べたら尚更」


 ここまで言ったら伝わったようだが、その劣等感を改めて自覚すると堪えるものがどうしても僕の中には存在する。


「今から見張りを交代しながら睡眠を取ります、基本的に襲撃による消耗は想定していません。

必要なのは睡眠による休息と、それを実現させる生命維持に必要な基礎的な栄養素。体格の劣る僕はただ食べて寝るだけの状態だと燃費が良いんですよ。

これが公正です。今求められるのは立場に応じた平等ではなく、状態に応じた公正。もちろん見張りをしている際襲われ傷つきでもしたら物資を分けて貰う必要が出るでしょうが」


「なる、ほど。理解しました……」


 納得も後からできるはずだ。

 追い詰められ、視野や選択肢が狭まった状態が人の本来の姿とは僕は言いたくない。


「それではまた二時間後ほどに会いましょう」


 扉を閉め、壁にゆっくりと体重を預ける。

 それぞれ二時間を二度睡眠に充てる。一見睡眠時間が不足しているように見えるが、少し一方通行が続く廊下に、その末端に位置するゾンビ共が入り込む余地の無い個室。注意を払うのは簡易的に組み上げた音の鳴る罠を置いた廊下に、あとは背後から刺されないか、それだけだ。

 流石に同室で二人して熟睡する信頼も、警戒を怠る余裕も無いが見張り役がうたた寝する余裕程度は生まれる……イルがどうかは知らないが。


 にしても今日は疲れた。

 今この空間が異常なこともあるが、正直以前探索した遺跡同様どうにかなる類のレベルだ。何段階かパワーアップしてしまっているが、それは僕個人の能力も同じと言える。

 どちらかと言うとテイル家に襲われた事の方が絶体絶命に近い。イルを止められる存在が居らず、人数差をつけ退路を防がれた。

 外、どうなっているんだろう。

 イルには突破されてしまったが、幅の狭い廊下で人数差を誤魔化す布陣であの危機を皆が乗り越えられていることを祈りたい。欠員が半数……いや一、二名でも良いから生き延びてくれていたら嬉しいが、それも希望的観測ではないかと自嘲すると虚しさややるせなさが胸を覆った。


 コンコンッ。

 守っている扉がノックされる。何か用がある時、例えば倉庫のような個室にはトイレに使えそうなスペースが無かったので、用を足したい時など外に出る時は一度ノックで見張り役に知らせることにした。無用な警戒を避けるための取り決めの一つだ。


「どうぞ」


 僅かにこちらから扉を開け、声をかける。

 本来ならばあちらから十分に扉を開けて、姿を見せるものだが一向にその気配が無くもしや異常事態に陥っているのではないかという懸念が生まれた。けれど中で何か大きな物音がした様子はなく、決めつけるには早急な段階だと相手の反応を伺う。


「……あの」


「はい」


 ようやく耳に響いたのは心細い声。

 単純に開いたドアの隙間から僅かに声が届いているだけはなく、そもそも発せられた段階で言葉に自信が無いのか声量が小さいように聞こえる。


「先ほどは声を荒げてすみませんでした」


「……いえ、気にしていません。このような状況下では仕方ない事でしょう」


 わざわざ睡眠時間を削ってまで謝ることかと言えば否である。

 どこまでも生真面目で律儀な人なのだなと改めて認識した。


「あなたはこの空間であまり狼狽えないのですね」


「多少、知識や経験があると伝えました。イルさんこそ、あまり動揺している様子は無いように見受けましたが」


 半分ほどブラフによる牽制に、世辞からの探り。


「そんなことはないですよ。もしそう見えたのなら舐められないようにという虚勢が上手く出たのでしょう」


 あまりにも素直過ぎる言葉に思わず狼狽する。

 名前は知れど仕事上争いあう中、ここまで会話や同じ時間を過ごしたのは初めてで本音を晒すほど信頼関係が二人の間に存在するとは思えない。

 ただ弱弱しい声音が演技だと僕の感は告げておらず、少しだけ開いた扉の向こうで何かを企んでいるような物音もしない。絶望し心が砕けるにはまだ早いが、吊り橋効果と言うものなのだろうか。


「あなたは年齢と違って、とても大人びて見えますね。

知識と経験があり、物事を考えるロジックも優れている」


「……」


 子供にしては……だ、とあまりにも多くの感情を抱かせる言葉に僕は黙ってしまう。

 イルの意図読めず、僕の弱みと強み両方を自覚するような言葉。それらを一笑できるほど僕は人として出来上がってはいない。


「あの、良ければですけど、もう少し雑談してもらっても良いですか? このままでは眠れそうになくて」


「……構いませんけど」


 無言が拒絶に受け取られたのだと理解するのに少し時間がかかった。

 僅かに開いた扉から届く情報はあまりにも少なく、人が人と関わりあうために必要な要素はあまりにも多すぎる。


「ありがとうございます……あの……」


「……」


「……」


 居心地の悪い沈黙。

 別に雑談をするのは構わないが、一体何を話すつもりなのか。

 考えもしなかったのか、今その重大な問題点に気付いたように黙るイルに、このまま休息に戻りたいと思い始めていた僕。


「そちらの家に」


「えぇ」


 なんだ、これを機に情報を探り出そうというのか。


「……その、二家の息がかかった男性が居るでしょう?」


「……そう、ですね」


 思わずやり玉……話題に挙げられた内容に戸惑う。

 まさかここでシュバルツが出てくるとは。問題と言えば問題で、問題が無いと言えば無いとも言えるが、少なくともテイル家の人間が口に出すには、両家の人間が揃っている場で彼の存在はタブーと思っていたせいで。


「彼がどうかしましたか」


「複雑な立場故、少々気がかりで。」


「心配ないですよ。ヒカリに……お嬢様に仲良くしてもらっていて不自由なく過ごしていますし、友達は……まぁ多いとは言えないですけど僕含め仲の良い人は何人か居ますし、普通に笑って暮らしてます」


 息を呑んだ声がした。そして僅かに聞こえた、飲んだ分だけ吐き出した安堵の息。

 間違ってはいない。けれどどこか違えてしまっているような違和感。


「そう、ですか。そう、なんです……ね。

どうか今の会話は忘れてください」


 スパイとして送り込んでいるシュバルツ、そしてそのスパイがほぼ寝返っていることを情報が流れてくることで黙認しているテイル家側の人間、親衛隊のリーダーとして発した言葉と考えたら問題があったのだろう。

 忘れてくれ。そう告げるイルがあまりにも……触れようと手を伸ばしただけで崩れ落ちてしまいそうなガラス細工のように儚くて。


「あの、今から言う事は都合が悪かったら忘れてくれると助かります」


「……?」


 思わず、声をかけた。


「あなたがテイル家で何を胸に抱いて戦っているか僕にはわかりません。

お金なのか、忠義なのか、信ずる信念が似通ったものなのか。

ただあなたさえ望めば、事情が許すのであれば、リーン家はあなただって受け入れると思いますよ?」


 明白な裏切りの提案。

 相手を考えると、僕の行為はあまりにも不敬な物で。

 でも、今この場で、手を伸ばさなければ、この手を伸ばさなければ、ずっと後悔してしまう。そう思ったんだ。


「リーンという家は、私からしてみれば眩しすぎます」


 返答としては十分だった。

 何より込められた意図よりも、扉の向こう、声音から伝わる優しく微笑んでいるだろうその表情が弾けんばかりの笑顔を抑えているのか、あるいは泣きそうなのかわからなくて。


「おやすみなさい」


 僕の喉から捻るよう出てきた言葉はそれだけ。

 あとは向こうから扉を閉めてくれればもうこの場で起きたやり取りは忘れ去られる……実際に開いている扉が半分ほどスライドした。


「でも」


 でも、閉じ切れられず声が届く。

 半分閉じられたにもかかわらず、会話の初めとは違いはっきりと耳に届く力強い声。


「誰かがそう言ってくれた事実は、少しだけ救われたような気がします。

当然私には、何もかもが遅すぎたのですが」


 遅すぎる事など何もないと簡単に言うのは僕の勝手。

 そして遅すぎたと認識しているのは相手の都合だ。だから多分、イルの言い分が正しい。


「けれど、その事実も忘れてしまう」


「えぇ。約束が叶えられるのは節理ですから」


「おやすみなさい」


 二度目告げた別れの言葉に、今度こそイルは扉を閉じて意識を落とすことに決めたようだ。



- そこにいるよ 終わり -

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