191.死地が霞む
「あの、念のため用件を伺っても良いでしょうか?
今ここに居る我々はただの冒険者として活動しているので、そちらの意図を知りたいなぁと」
「その冒険者の皆様方を襲う野蛮な野盗とでも思っていただければ」
震えそうになった声に、イルは丁寧な姿勢で対応する。
その身から溢れる負い目は本物だ、この人は本当に、今この場で起きるだろう戦闘を申し訳ないと感じている。
「マナー違反は非常に怒る人々が居ると思うのですが」
今まで各個撃破、それもこうしてリーン家の人間として動いていない人員を襲った報告は聞いていない。
だけど負い目と同時に身から溢れる殺意が確かに、今回初めて各個撃破を狙い僕達を殺しに来たのだと否応にも察することを求められた。
「遺跡が食した人間など誰も疑問は覚えないでしょうに」
「ごもっともで……」
双方の誰もが武器を構え、襲い来る死に覚悟に身を委ねる。
「彼女、そこまでマズイのかい?」
「ヒカリ以上と思っていただければ」
囁かれるルナリアの声にスカートへ手を伸ばしつつ答える。
「シィルは?」
「時間稼ぎ程度なら」
「なら私にもそれぐらいはできそうだ」
「……信じますよ?」
「怨むのならあの世でね」
そこにたどり着かないようにするのは僕の出番。
「ヨゾラ! ルナリアと共にイルを押さえろ!! アレンにカレットは敵陣に切り込んで戦況を乱せ!
ココロは僕と共に遊撃、フェルノは全体を俯瞰しサポート。総員、生きろ――!!」
そんなこと無理だとわかっているのに、僕は心の底からそう叫び仲間の返事の中武器を取り出した。
- 死地が霞む 始まり -
真っ先に動いたのはイル。
遅れてルナリアが正面から、ヨゾラがサポートするよう飛翔する魂鋼の剣を二つ槍で振りほどきながら自由に動かせまいと燃え盛る篝火付近で拘束にかかる。
《打ち落とす》
パチパチと跳ねる火の粉とは別に、ヨゾラが詠唱を行い精密な動きで対処するせいで魔法陣が収納されても青白い軌跡を残しつつ二つの槍と共に踊り続ける。
「なるほどっ――! これは相当な化け物だっ」
ルナリアは言葉ではそう評価しながらも、ただ楽しそうに笑いながら野太刀を振るう。
イルは剣を取り出さず巨大な盾を存分に扱い渡り合いながら、弾かれる薄い刃で均衡する戦況を打破しようと試みている。
「あなたは……どこかで見覚えがあると思えばもしや……」
「忘れなよ。今ここに居るのは一介の冒険者、友人の仕事を手伝いに来たただのルナリアさ」
「フェイラ様にその首を持っていけばどう思わるのでしょうね」
「滾るのならば私の顔、そして名前を脳に刻むんだ。存分に殺しあうんだよっ!」
「そうですね。余計な想像は捨てて、今はあなた方を倒させていただきます」
ルナリアの技量も相当だが、ヨゾラが全力でサポートをして相手の力を引き出し切れていない。やはり長くは持たないか。
敵はおそらく十二、それでいてこの時点で一人相手に二人割かれている。
人数差を誤魔化すためどれだけ意表を突き、戦況をかき乱せるか。その点はカレットが十分に動いて見せた。
「切り込む」
僕より更に幼く、それでいて身の丈以上ある特大剣を難なく振り回しながら躊躇いなく敵陣へと切り込む。敵からしてみれば新顔、それも白い少女の皮を被った化け物に見えただろう。
けれど僕達は知っている。恐れは知らなくともカレットは自身の力量、それに体力の限界を理解しているのだと。
威勢よく動けるのは初めだけ、すぐに休息を取らなければ満足に動けなくなる一時的に運用できる戦力という事実。特大剣も複数人相手に満足に当てられるわけがなく、ただ振り回し隙と敵同士の空間を作ることをも目的にカレットは動き続ける。
当然相手もそれはすぐに理解し、容易に避け反撃を行う体制を作り始めたところでアレンが接敵する。
幼い少女から、唐突に体格の良い男性。挙句武器は持たず、片腕は魔刻化という事実を暗所で青白く発光させて遺跡と共に相手を威圧する。
暗所に、不安定な地形。それも精神的意表も衝けど十一の手練。辛うじて均衡を保てているのは一時的なものだ、そしてそれを相手側に崩すのは僕達の役目。
「敵中央に犬を二匹とも投擲!」
「了解」
アレンはすぐさま僕の声に反応し、遅れカレットも撤退しようと退く体を切り伏せられそうになり、その武器を持った腕を後方から飛んできた魔法製の矢が貫く。
フェルノの長所。魔刃弓と呼ばれる武器は近接戦では片手剣に、遠距離では鉄製の矢ほどの硬度を秘めた矢を扱える。
無事距離を離したカレットを僅かに遅れて爆風が襲う。
僕が二つとも投げた手榴弾が敵の真ん中で爆ぜて、死者は出せなかったものの大きな隙を生み出す。
そこに一旦引いたカレットとアレンとは違いココロがスムーズに切り込み、魔力で開かせた瞳孔が暗闇に血飛沫をいくつか舞わせたのを確認した。止めまでは刺せない、けれど混乱を継続させるのには十分で。
「あっ……!」
悲鳴を上げたココロに傷は無い。もし彼女が傷つくようならば、周りに存在する敵も動揺を示しているのは間違いだからだ。
ココロと、彼女を取り囲もうとして近づいた敵二人に、追加で傷を負って咄嗟に動けなかった二名が崩れ落ちるように視界から消え、そこでようやく爆発で不安定になった地面が堪え切れずに崩壊したのだと理解した。
共に遊撃しようとしていた態勢を改めて乱戦の中心に空いた穴をのぞき込めば、傷を負っていた二人は成す術もなく暗闇へ飲まれていき、刀を穴の側面に突き立て片腕で堪えているココロと、同様に壁にしがみ付き持ちこたえている敵二人が目に入る。
「ココロ! 掴んで!」
――二人を殺れるならば一人の犠牲など。
思わず足し算で得ようとした利益を頭から追い出して、腕から魔道具を展開させると僕は近くの鍾乳石を抱えながら態勢を整える。
人数で勝る敵側がココロへと魔法で追撃を行い、彼女は左手で鞘を握り二度飛んできた魔法を逸らすと僕から伸びたチェーンを腕へと巻き付ける。
下でバシャリと水に飲まれる音が二つしたのは落ちていった怪我人か。例え下が地下水脈等で無事でも彼女をここでは失いたくなかった。
「悪いね。貰わせてもらうよ」
何時かクアイアと名乗った僕と因縁のある少女が魔砲剣を振りかぶり僕の方へと近づいてくる。
ココロは腕にチェーンを巻き付けそこから引っ張られ肉へ傷を負いながらも空中から僕の方へと近づいており、それを支えるこちらはとてもじゃないが満足に動ける状態ではない。
他二名、落ちた敵は自力で登っているのと、味方に助けてもらっているくせにこちら側に攻撃を仕掛けられるほど人数差が存在する。
「させない」
近づいて来たクアイアの姿がカレットの体当たりで離れていき、アレンもそれに続くよう後を追って敵の団体相手に時間稼ぎを狙うようだ。
「くっ……!」
けれどクアイアの視線は僕を捉えたまま。カレットに体術で押さえられている無茶な姿勢から剣をこちらに向けて、その銃口から青い塊を吐き出した。
腕の骨が折れる音にクアイアの腕は魔砲剣を握りしめたまま反動で弧を描くよう動き、そこから撃たれた弾は僕の足元目がけて飛んでくる。最小限の動きで避けたのは良い物の、着地した箇所がだいぶ抉られておりつるりとした地面も合わさり転んでしまう。
……ココロはまだか!?
祈りながら、抱きかかえるように掴んでいた鍾乳石が片手で掴む程度しか機能せず、何か対応をせねばならないと二人纏めて落ちてしまうと焦っているとその腕に鈍痛。
何か鋭い物が僕の手の甲を貫き、鍾乳石に縫い止めた。視界の端に映る光景が、フェルノの矢が突き刺さった事を証明していた。
「……づっ!」
自力で登りきろうとした敵の腕も矢が貫き相手は暗闇へ吸い込まれ行き、僕が被弾を覚悟した風の刃も青白い軌跡がまるで暗闇を割くように無効化する。
「二人ともありがとう! また私は往きます――!」
ココロは安堵の息を漏らす暇もなく前に出て、代わりにカレットが地面を特大剣で叩き付け、避けた相手へと破砕した剣の素材である土片を鋭利に飛ばしてこちらへ舞い戻る。
「どれぐらいかかる?」
「五十」
思ったより短かった休息時間に、僕は代わりに腕から支えとなっていた矢を抜いて前へと進む。
目標である敵軍は数を衰えさえつつもアレンとココロを消耗させており、横目で見たイルを取り囲むルナリアとヨゾラも限界が近い。
休むなら、今しかないか。
敵は俄然有利、退く場所なんてどこにもない、ここが僕達の墓場。
入り口は細く敵が陣取っており、空いた穴に全員で飛び込んでも穴と水源の深さが具体的にわかっていない。敵も近くに居るそこに逃げ込めば、上から追撃を行われるか後を追われて戦場が変わるだけだ。
「――総員退くぞ!」
殴って切られて。
どの痛みが、与えたものか受けたものかわからないほどだが衝撃が何度か体に走った時、僕は一つ閃いて鍾乳洞に響き渡る声で叫ぶ。
「今更どこに退くというのですか!?」
ココロの声が近くから聞こえた気がした。
「遺跡へ!!」
あそこならば、あそこならば人数差を覆せる。
少なくとも廊下は大人数が横に並べるものではなく、青白い素材で出来た建物は破壊され構造を変えられるものではない。そして遺跡内部は僕達しか内部を把握しておらず、その入り口は未だフェルノが陣取り皆を援護している。
真っ先に陰で座り込み休息していたカレットが駆け出し、再び生成した特大剣を突き刺して入り口を半分近く隠す。その上をフェルノが弓で射りながら、限界だっただろうヨゾラとアレンが先に撤退を始める。
ココロがルナリアのサポートに入るのを見て僕は再びスカートへと手を入れて片手で煙幕を、もう片手で二本の投げナイフを構える。
最後にイルを連れながら入り込んできた二人の足元目がけ煙幕を展開し、合間を縫うように投げナイフを未だ放たれ続ける矢に混ぜて飛ばす。
――すぐさま、視界を覆いきる煙幕から煙を身に纏わせ、イルが躊躇いもなく僕達の間へと突撃してくる。
脇で身構えていたフェルノにカレットは対応できない、背を向けていたルナリアとココロも反応できない。
ヨゾラとアレンは消耗し、迷わず巨大な盾の先端は槍のように僕の胸へと突き刺さる。貫通しかねないほど強く突き刺してなお足取りは止まらず、僕は皆から引きずり離され激しい痛みと片方潰れてしまった肺の中必死に意識を手繰り寄せる。
「一瞬、おくれた、な……」
追撃のため振りかぶられた魂鋼製の刃は、その体に突き刺さる一本の投げナイフが毒により遅延を引き起こしたのか僕に止めを刺すに至らず、剣を持つ肩へと短剣を突き刺して関節部に刃を潜り込ませる。
こうなってしまえば状況は一瞬硬直する。片腕は物理的に上がらず、もう片腕は僕の胸へ突き刺す盾を支えるのが限界で。足を止めれば後方から迫る僕の味方に囲まれ、残る選択肢と言えばこのまま加速でたどり着いた最高速度を維持し壁に僕を叩き付け、一気に致命傷を与えるだけ。
「……一緒に、来てもらおうっ」
「残念ですが、地獄は一人で行ってもらいます」
僕の背中に、壁があるのあらば、だ。
遺跡の廊下が導く果てに存在するのは、一つのゲート。
「地獄より酷いところへ」
視界のほとんどを僕の体が覆いつくし、後方から漏れる光に気付いた時にはもはや手遅れな距離。
僕も万が一など許すつもりは無く、突き立てている短剣はしっかりと握りしめ、肺を潰されたほうの腕はしっかりとイルの衣服を握りしめ。
僕達は青白い光に包まれたのだった。
- 死地が霞む 終わり -




