190.前門の虎、後門の狼
「地形の特徴、それに崖の特徴からほぼここが遺跡の入り口で間違いないですね」
遺跡の発見者である冒険者の情報を元に簡単な地図や、細かな地形情報を文章で書かれていた羊皮紙をくるくると纏めバッグに再びしまうココロ。
「人生って怖い」
事前に知られていたここら一帯は地形の起伏が激しく、崖と呼称できる地域もそれなりに存在する。
だから崖半ばに生み出された窪みが、地形の経年劣化等により鍾乳洞へ突き抜けて、その洞窟の先に遺跡があるなどとは誰が思おうか。
「なに思春期の女の子みたいな顔で空を見上げているんですか?」
「思春期だから、思いっきり思春期真っただ中だから。あと見ていたのは崖」
「はいはい、そうですねー」
気の抜けた返事で僕をあしらうココロ。一体こちらをなんだと思っていやがるのか。
何にせよ見上げた崖に、今まで歩いて来た道程、周辺の景色を確かめたら……十中八九あの窪みは僕達が、ユリアンと共に王都へ向かった道中に空けたものだ。
いつ鍾乳洞に繋がってしまったか具体的な時期はわからないが、少なくともあの日空洞が近くにある気配無く、十何年も経つ今の今まで誰も存在に気付かなかった。そして穴を空けた張本人に仕事が回ってきた、と。乾いた笑いがどうしてもこみ上げてくるのは仕方ないことだろう。
最近こんなことが多い気がする。ルゥのように忘れた頃に復讐の凶刃で倒れない事を願う。
「僕がロープ付けてきますね」
初めに見つけた冒険者が後続のためにロープを取り付けられているなんて優しい現実は存在しない。そもそもロープを持ち歩く冒険者は少ないし、持っていたとしても僕なら後続に金にもならない思いやりをくれてやるぐらいなら自分の荷物で腐らせる道を選ぶ。
以前ここで崖を登った時は両手両足を使い魔法で掘削し少しずつ登っていったが、あの時とは持っている装備や技術が違う。躊躇わず助走をつけ、跳躍。勢いをつけて着地した壁を足場に、来た方向へと戻るように再びジャンプ。三角飛びと呼ばれる技術。複雑な掴む場所のある構造体や木々の合間、あるいはもう少し足場がしっかりとしているのであれば駆け上がるよう斜めに跳ぶこともできるのだが今回はこれで十分だ。
崖から離れつつも、走り高跳びを行うよりは数段高度を確保できた状態で腕から魔道具製のチェーンを伸ばし、先端に付いている刃を崖に突き刺してアンカーのように返しを展開。僕程度の体ならば支えられる事を信じ収納し、再び近づいてくる崖をしっかりと踏みしめたら魔道具を抜き去ってもう一度斜め上に跳躍……あとはこれの繰り返しで窪みまで登っていける。
「アレンさんからお願いします!」
大人が入るにはだいぶ狭く……僕が入るには若干余裕があるスペースに虚しさを覚えながら、再び安易に崩れてしまわないよう地盤が確かな箇所へと楔を打ち込みロープを固定。アレンからハンドサインで今から行くから気を付けてくれという連絡を受け取り、楔がしっかりと機能しているか彼が登っている間確認。その中で自身が入っている窪みの奥から風が流れてくるのを感じた。目視できるのは奥へ崩れ去るように穴が更に歪な形で崩れ落ち、下へ潜り込めるような空間ができていることか。遺跡自体はすぐにたどり着けるらしいが、鍾乳洞そのものは想像よりも大きそうだ。
「狭いな」
「奥見てくるんでここお願いしてもいいですか?」
「いや、私が見て来よう。ランタンを貸してくれ」
「お願いします、気を付けて」
わざわざ体格が大きく男であるアレンが皆を閉所で迎え入れる理由は無いか。
素直にランタンを手渡し、その背中を見送る――こうして、合法的に危険な偵察を任せられる。
どこからか聞こえた煩い雑念を振り払い、一人ずつ上がってくるように身振りで下の人間に伝える……アレンとココロ以外ハンドサインが伝わらないのが面倒だな。カレット辺りにもリーン家で使われるものではなく、後ろめたい連中が使うような物を教えておくか。
「おおぅ……」
ある程度登ってきたことを境目に、さっさと狭い場所からおさらばしたくて鍾乳洞へ入り込むと感嘆の声が漏れた。
以前ヒカリと仕事を行った洞窟とは違い水が滴る音や岩の間をせせらぎ流れる音、それが入り口付近に置いてくれていたのだろうランタンから発せられる光に、中央に冒険者が設置していた篝火、アレンが周囲を探索するために持っている松明、最後に奥へ見えている青い構造体、遺跡が発する光源で照らされ、どこか神秘的な様相を見せていた。
「綺麗ですね」
「だかそういったものにはトゲがあるというのが常識だ」
「何かありましたか?」
尖った鍾乳石、目的である遺跡のことだけでは内容で詳細をアレンに伺う。
「足元が崩れた。穴からは底が見えなかった事から、この鍾乳洞の下部にまた別の大きな空洞が存在していると思われる」
「"奇跡というものは危うい過程が積み上がり生み出される。故に美しいのだ"」
「誰の言葉だ?」
「さぁ? 誰のものか、そもそも誰かが詩っていたのかすら怪しいですが。
なんにせよ長居はしたくないですね、どうせ危険ならば仕事の目標である遺跡内部のほうが精神衛生上良い」
それから全員が洞窟に入り、一通り景色を確かめることと地形の記憶を行った段階で十分に気を付けて遺跡の入り口まで移動。
「どうするの? 隊列は」
ヨゾラの問いに、全員の視線が僕へと集まり少し思案。
見たところ長い通路が続いており、途中の電源が落ちているのか視野が十分に確保できず果てが見えない虚無が広がっている錯覚を覚える。
前方には知識が豊富だったり対応力が高い人間を、後ろには戦闘能力が高い、反応速度が早い人材が欲しい。
「……カレット、武器は展開できる?」
「この壁じゃむり。その辺の土を持っていくことならできるけど、動きが遅くなる」
「それでいい。カレットとココロが前衛二人。後列にアレンさんとヨゾラお願い。
僕にフェルノさん、ルナリアさんは中列で他のサポート。安全な位置だけれど気を抜かず、余裕がある分できることを増やしてください」
全員から承諾の意が来た時点でココロにランタンを渡して進行を始める。
カレットの特大剣が遺跡特有の魂鋼でもない青白い地面を擦る音に、徐々に遠くなる鍾乳洞の水音を背に緊張を高めながら歩みを進めるとあまり時間をかけずに前の二人が足を止めた。
「何か設備が見えますね、カウンターみたいな? 受付でしょうか」
「カレットの見解は?」
「そのカウンターに挟まれて、何か枠が見える。何かの作りかけ、みたいな」
現状少なくとも危険は無いようで、僕も二人の間から顔を出して様子を伺う。
初めに抱いた感想は空港。
それにしてはあまりにも狭いホールに、受付で挟まれるようカレットの言う枠は扉の縁のように見えて。三メートルほどの高さを持つその枠組みは金属探知機のように通り抜ける人間を待っているように見えるが、そのゲートの手前に何故かそれを操作するような操作盤が置かれているのが不気味というか不格好で違和感を覚えた。
「進みましょう、角には気を付けて」
探知魔法を走らせるがあまり目立った反応は返ってこないし、何か物音を発する存在も近くには感じ取れず、兎にも角にも近づいてみなければ何もわからない。
「一応周囲から探索してみましょうか?」
「そうだね」
ココロと共に視線をゲートに向けたまま皆で施設内部の探索を始める。
結果から言えば特に収穫は無かった。休憩室や事務室だっただろう目立つ特徴もない部屋が僅かにあるだけで、ゲートがあるメインホールの規模、それにここまでたどり着くまでに歩いて来た廊下の長さ的に全容はその程度なのだろう。だからこの施設の目玉と言えばゲートに尽きる。
「一体どんなものだろうね、もしここでお楽しみがあるとすればこれだけなわけだが」
緊迫感などなく、ルナリアは掘り当てた鉱物が金か鉛か確かめるように、けれど警戒を怠らず距離を離したままゲートを見る。
「どう思いますか?」
「第一印象はカレットが言ったように扉の枠組みだね、製作途中で戦争でも起きて放置されたのかと思ったよ。
けれど施設を一通り見てある程度使われていた痕跡があったことから、これが完成形なのだと認識させられた。
現状確認されている遺跡で、まるで別の場所に移動する装置が多々様々な形態で見つかっているようだね。これもその一つに私は見える」
概ね同感だ。
ゲートの反対側には少し空間が用意されているだけでどこか別の場所へと続くような廊下や扉があるわけでもなく。
ただ転移する、その程度の設備を主目的に運用する施設と言えば一体どんなものになるのか。小規模、けれど確かに大衆向けに運用されていた。
わからない、まだ操作盤には触れていないし、動かねばこれ以上は無駄な推測が浮かぶだけか。
「僕が、触れてみます。他の人は散開して、こちらや周囲の状況を警戒してください。
……あぁゲートの前後には絶対に立たないでくださいね。入り口からゲートへ一直線で繋がっていることが気になります。何かしらを廊下に射出する兵器の可能性もあるので」
銃弾か、熱線か、あるいはガンマ線か。
無いとは思うが警戒し、操作盤と思われるものを至近距離で見下ろ……少し背を伸ばして眺める。
何だろう、ゲーム機を触っていた経験があるからか、この世界でこういった装置を触ったことが無いのだがどこがどういったボタンやレバーかなんとなくわかる。実際に割り振られている機能はわからないが。
施設の自爆スイッチとか含まれていないと良いのだけれど。まぁ大概そういったものには保護や確認があるだろうから大丈夫か。
「ん」
一つのボタンを押し込んだら、カチリという音と共にゲートからブォンと駆動音が聞こえた。電源ボタンだったかな、特に異変は見当たらない。ゲートにも、それを操作した僕自身にも。
もう一度ボタンを押し、動力供給が途絶えたのか駆動音が止まったことを確認し再び電源を入れる。間髪入れずつまみを握り、何か小さい文字で書かれているレバーを書かれているメモリに沿って一段階だけ回す。何故二百年程度で同じ地域で使われる言語がまるで違っている事実に怒りを覚えながら。
視界が青白く染まった。
いや元々青白いのだが、天井に備え付けられている光源とはまるで違う明かりを、ゲートが本来扉でもありそうな空間に一面光らせていた。
眩しくて直視できないということは無いのだが、しっかりと隙間なく覆われているせいで本来見えていた反対側の景色が見えなくなっている。辺りを見渡して異常が無いことを確認し、僕はレバーを適当に回すとゲートの色が青から黄色、赤、紫と変色していった。
警戒色は恐ろしく、電源は入れたままだが何色にも発行していない初期の段階にした段階で皆を集める。
「何かわかったか?」
「見た通りですよ。起動させて、色が変えられる。多分それぞれで機能が違うのでしょうが、これ以上は何もわかりません」
「ならば試すだけだな」
アレンの言葉に頷き、カレットの剣を少し土に戻してゲートへと投げ入れる。
特に異常は無く、反対側に丸めた土塊はぼそりと着地した。
迂回し回り込み、特に土に異変が無いことを確かめて今度は短剣を抜いて通り抜けさせるがこれまた異常無し。金属探知機でもないか。
「色付けてみますね」
ゲートを青白く発光させ、土塊を投げ入れると光を通り抜けずに土塊は消失。
黄色に変えても投げ入れた土塊は戻ってこず、新しく特大剣から土を取り投げ入れ。
……これの繰り返しで、全て同じ結果に終わったところで一旦青色に戻し、今度は棒状に伸ばし固めた土をゲートに差し込む。
「あら」
引き抜いてみれば土はそのままで。
特に半ばまで差し込んだ部分に異変があるわけでもない。濡れているわけでも熱を持っているわけでも。
「焼却炉ってわけじゃないわけだ」
「ついでに往復できそうですね」
興味深そうに、本番はこれからだと言いたげなルナリアに僕も頷く。
十中八九ゲートなのだろう。どこかに繋がっているような、以前のような一方通行のものでもなく。
色により行ける場所が変わり、入った瞬間即死ということも無さそうだ。深海で圧殺や溺れ死ぬことも、土が極端に温度差が発生したわけじゃないので空高くに放り出される可能性も少ない。
ただ、そうなるとこのゲートの先を確かめる必要がある『どこかに繋がっているっぽい扉がありました! 中は調べてませんが報酬ください!』なんて間違っても言えない。それもこのゲート以外特徴が無いといっても過言ではない施設、きっと重要なものになるのだろう。
「剣……ちっちゃくなちゃった……」
しょんぼりし、カレットが眺め見るは自身の名を与えられた魔剣。
元々土で出来ていてあまり特別なオーラは感じなかったものの、散々使い捨ての道具としてゲートに投げ入れられたせいで二回りほどサイズが小さい。ただでさえみすぼらしい見た目はよりみすぼらしく、カレットが気落ちするのは仕方ないと皆が微笑ましそうに笑った。
「一休憩するか。土と薪を補充してな。
あの光の先を探索するならばこのホールを拠点として使う必要があるだろう」
アレンの言葉に皆で肩の力を抜いて、遺跡の出口へと歩き出す。
後方、青白く発光したままのゲートの電源を切り忘れたことを思い出したが、まぁ現状無害だし他の照明は大概生きているので寿命は気にしないでいいだろう。少し目立つぐらいが丁度いいと思い、わざわざ後戻りする手間を惜しんで鍾乳洞に入る。
人の気配に、炎の魔法で照らされた向こう側。
一瞬エターナーの手違いでバッティングしたのかと思った、そうであってほしいと願った。
「なるほど、情報通りですね。数は七、お嬢様も見当たらない、と」
けれどその威圧感が、暗闇を響き渡る声が、明かりで照らし出されている容姿が。その甘えを許さない。
「刈り取らせて頂くとしましょうか」
十名以上居る兵士の先頭で、僕達の方を向いて彼女ははっきりとそう告げた。
テイル家親衛隊隊長、盾刃のイル。
数で劣るこちらには彼女を抑えられるヒカリどころか、シィルと副隊長すら存在しないのに。
- 前門の虎、後門の狼 終わり -




