189.類は友を呼ぶ
「えーそれでは集まってくれた皆さん、今日から遺跡探索に向けて頑張っていきましょう……」
奴隷上がりの一般人で戦う世界に飛び込んできたココロ。
その彼女を慕う自身の女性的な容姿に悩んで今も女性服を着ているフェルノ。
一時期は僕達の保護者であり、組織相手に復讐を果たし余生を過ごしているアレン。
かつては戦闘が起きるほど明確に敵対し、友人の命をこの手で奪いながらも僕の傍で生きると決めた元竜信仰者のヨゾラ。
様々な要因が重なり衝動的に身請けしてしまった、未だリーン家へその代金の返済が続いている感情を吹き込んだカレット。
現状死者が出ているテイル家との争いが生まれた根本的な容易であり、ミスティという貴族の家の長女であるルナリア。
「アメさんっ、せっかくの出立ですしもっと元気に皆を纏めてください!」
うるさい。どうしてこんなイカれたメンバーを集めてしまったんだ。
深く事情を知るが故に誰も死んでほしくない。背中を預けるに相応しい並みならぬ情を抱く人々しかいない。
「ええい! 協力感謝! 誰も死ぬな! 以上!!」
気の利いた言葉なんて何も浮かんでこない。
誰かの前や上に立つ立場ではないし、そのような知識や経験は一切ないのだ。
「まぁアメには誰もそんなこと期待していないさ」
微笑みながら脇を掴みひょいっと僕を持ち上げるルナリア。
シィル揃ってセクハラやめろ、この服素肌剥き出しなんだから。
「初対面の人もいるだろうね、私はルナリアだ。しがない冒険者で、今回友人であるアメが手を貸して欲しいと言うこともありこうして貴重な体験を楽しめる遺跡探索に参加させてもらうことになった」
「ルナリアってあの……?」
「今だけはただのルナリアだよ。いやここ数年はずっとそうしているが。
そんな君はあまり見ない顔だね」
セカンドネームなど捨てたと名前は聞いたことがあったのかヨゾラに笑いかけるルナリア。
「ヨゾラ。アメとは……うん、今は親衛隊に居る」
一瞬筆舌しがたい感情を表に出したが無難にそう挨拶を済ませるヨゾラ。
正直僕もヨゾラがこちらをどう思っているかは把握しきれていない。
信仰を……友人を奪った憎悪を滾らせ、寝首を掻こうと隙を伺っている可能性は捨てきれず、だからと言って日常を共にする間柄が全て偽りの物だと断言できる自信もない。
「改めましてココロです」
「アレンだ」
自己紹介の流れに、既に全員の顔を知っている二人は簡潔に挨拶を済ませる。
「フェルノです。ココロさんの部下で……その、こんななりですが男、です」
発見された遺跡は比較的距離が近いとはいえ何週間に渡り町の外で生活を行う必要があるだろう、その際自身の性別を見誤られてしまえば問題が発生する。その点を考慮しフェルノは唯一性別を知っていなかったのだろうルナリアに躊躇いながらもそう明かした。
特に驚いた様子もなく、揶揄う様子もなくルナリアは一度頷くと最後に視線をカレットへと向ける。
「……?」
「自己紹介」
僕は変わらず抱きかかえられたままカレットへ読み取ることのできなかった空気を伝える。
「ルナリアも、わたしの事知ってる」
だから全員知っている自身が自己紹介を行う必要は無いとでも言いたいのか。
自己紹介を促されてそれを無視したという事実は、思っていたより酷いのかマシなのかよくわからない。
「……喋れるようになっては初めてでしょ? 改めて挨拶しておきなよ」
「カレット、よろしくね」
釈然としないながらも言われた通りに今は従っておこう、あとで理解できる日が来るだろうから。そうコクリと頷いて適当な挨拶をする言葉で、なんとも締まらない危険極まりない旅路が始まった。
- 類は友を呼ぶ 始まり -
危険と言っても目標の遺跡が危険なだけで道中は至って安全なものだ。
人里から離れ、体格の大きなウェストハウンドが出る地帯を通る事もそう多くは無く、野盗の類もレイニスの北や東と違い街道に沿っていないため見当たらない。
総勢七名で動けば安易に襲ってくる獣もほとんどおらず、適度に近寄ってくる獣を蹴散らしたり備蓄を節約するため逆にこちらから狩りに出る程度だ。
野外での生活もカレット、ヨゾラ、フェルノ以外は慣れており、この際技術を実地で教える余裕すら備えながら僕達は日々歩みを進める。
ある夜、フェルノと見張りについている際、直接僕と関係が浅い存在だからと疑問を問いかけた。何故危険な仕事を軽く承諾できるのか、と。
「自分が思うに」
そこで一旦区切ったのは考えを纏めるためか、単純に薪をくべる為か。
「アメさんと他の人では命の価値が違うのでしょうね」
「どういう、意味でしょうか」
単純に二度死んだ僕のことを指しているわけでもなく、言葉の意味を図りかねて馬鹿のように説明を求める。
二人が見張りについて起きているとはいえ、他の皆とは違い熟睡しているココロとカレットの寝息が少し耳に障った。
「アメさんに、ヒカリ様は竜を倒そうとしています」
「そうですね」
「対して自分達は家のために守ることが最大の目標であり、そのための戦闘では命を掛けるに値すると常に思っています」
そこまで説明されると大体理解できる。
竜と戦い散るということに僕とヒカリはあまり抵抗を覚えない。ただその段階に至る過程、例えばテイル家との争いだとか、獣に襲われ死ぬとか、そういった場所で散ると想像したら無念で仕方ないと思う。
ただフェルノや他の皆はリーン家に雇われ、自身の職務あるいは信条を全うし、そこで朽ちることに躊躇いは……当然あるのだろう。ただ毎回出撃を求められた時、心の中で遺書を書くほどの覚悟は抱いているはずだ。
そんな経験僕にはない。何時も死ぬかもしれないだとか、少し何かが違えただけで死んでいただろう経験を得た場合心臓が底抜けに冷える感覚がそこにはある。でも、それだけだ。死ぬだろう、そう思いながらも事前に死ぬかもしれない、そう心構えを行うことはきっと竜に挑むまで訪れない。僕達が自分で定める死に場所はそこ以外無いのだから。
「そこまで驕っていたつもりは無いんですけれど」
「そうは言っていませんよ。ただ見ている場所が違うだけなんでしょう」
今度は僕が薪を足す番。
燃え盛る空間に放り投げると既に炭と化していた薪をボロリと崩し、新しく足された燃料を炎は嬉々として包みゆっくりとその身を食い始める。
「気づけば随分と、人の道を外れて来たなぁ……」
「……」
思わず零れた本音に、唯一声が聞こえているだろうフェルノはどう反応して良いのかわからずに身を揺らした。
今回の仕事やこれからの日々。少し考えてみれば如何に竜を倒すための存在に僕という人間が向かい続けているのかがわかる。
もし明確に僕か、それ以外の人。どちらかが犠牲にならなければならないとしたら、僕は当人の了承を得ずに肉壁にするのだろう。竜を殺すためここでは死ねぬ、だから代わりに死んでくれと大した感情も抱くこともなく、あれだけ死んで欲しくないと願ったこの人達を盾にして。
それを考えると胸がざわりと蠢いた。未だ人間のフリをしているのか、体が勝手に反応しているのかはわからないが。
僕にはまだ覚悟がなく、薪を足す手が緩む気配もまた、どこにも存在しなかった。
- 類は友を呼ぶ 終わり -




