188.宝刀抜く意味
「そうでした、アメ」
日も落ちて、いざ解散といったタイミングでエターナーが僕に振り返り名前を呼ぶ。
「なんですか、まだ根に持っているんですか?」
「……まぁそれはありますが別件です。
危険ですが実入りの良い仕事が国から出せるのでした」
「昔から思っていたんですけど」
「はい」
「重要なことは先に言ってください」
「考えておきます」
少し間を空けてエターナーは口を開いた。
「……重要なことを告げたら、そこで会話は終わってしまうじゃないですか」
聞こえるか怪しい声量の、恐らく独り言。
多分せっかくの会話の機会を、もう少し楽しみたいということなのだろうか。
声の大きさから聞いて欲しかったのかどうかわからず、それに言葉の意味もどうとでも取れて、僕は聞こえなかったことにして無視を決めた。
「今切り出すということは後日伺えば良いですか?」
「はい、案内所までよろしくお願いします。
無用な心配かと思いますがあまり長期間は確保できないことに、ヒカリを連れてきても無駄足になることを頭に入れておいてください」
あまりにも直接的な言葉に、思わず隣に居るヒカリにこいつ次はどうしてくれようかと見上げたら彼女は気にしていないように軽く笑った。
「種類が種類なんだよね」
「そういうことになります」
「ならアメだけで話を聞いてきて」
「任された」
- 宝刀抜く意味 始まり -
翌日。
実入りの良いという言葉に釣られて一人エターナーの元へすぐさま足を運ぶ。僕の財布は未だに火を噴いている。
「南に確認された新手の遺跡を探索してくださる人員が欲しくて」
「無理です」
「……」
「……」
即答した。遺跡という単語が出た瞬間から僕は口を開き始めていた。
「……一応理由を尋ねても?」
「場合によっては竜より危険じゃないですか。部屋の出入りで死にかねない事態はもう二度と御免です」
どんなに報酬が良くとも予兆無しの即死トラップは御免被る。例えば指紋認証が生きていてドアノブに触れた瞬間レーザーが飛んでくるとか、時計に近づいたら急激な老化で老衰するとか。
いくらでも最悪は予測できるものの、前回探索した水族館達はそれを上回る奇妙さにまるで化け物の腹の中で毎日を過ごしているような感覚があった。
「あら、アメは一度でも遺跡に入った経験があったんですね?」
「無いですけど、一度たりとも入りたいとは思えないです」
皮肉の応酬を不毛と感じたのか、エターナーは一度軽く息を吐く。
「まぁそこまで言うのであれば別の人材を探すことにします。
以前提出されていた書類を見た限りこれ以上ないほどの人材だと思うのですが、本人が否と申すのであれば仕方がありません」
そう呟く瞳に映る感情は諦観。それを見た僕の心の奥底で、何かがピンと音を立てた。
……諦めさせたくない、出てきた感情は純粋な物。遅れて思い出すのはルゥの死に仕方ないと諦めてしまった過去の自分自身。
せめて手の届く場所にいる人に、自分が手を伸ばせばできる目標で諦めさせたくはない。諦めることに慣れてしまったら、本来できることも気づけばできなくなってしまう。それだけはさせたくない。
「詳細を聞かせてもらってもいいですか?」
そう尋ねるのに随分と勇気が必要となった。何せ彼女の願いを、自分自身の願いを叶えるのに賭けるのは命。
人間同士争う戦闘や、全ての終わりである竜に挑むことですら格が違う前時代の遺跡という存在。
決して力尽きるわけにはいかないという覚悟があった、けれどどれほど準備や適切な対処を行っても成す術なく散る可能性も十分理解していた。
それでも、ほとんど答えはもう決まっていたのだ。
「私から告げるのもなんですが、本当によろしいので?」
「何もよろしく無いです。だから僕の気が変わる前に早く既成事実を築いてください」
自分で言っていてわかる支離滅裂な言葉。今でも理性が徐々に顔を見せて、僕の身を動かす感情に囁きかける。死にかねないぞ、と。
「……レイニスの南に新たな遺跡が発見されました。入り口と、そこに至るまでの道のりだけが発見した冒険者により記されており、内部の性質は一切不明。勝手はわかると思いますが可能な限り遺跡の特徴を調べ、実際に体験した人間として考察等後続に続く人間のために文章を残してほしいです。
基本の報酬がこれで、有事が発生した場合は危険度に合わせて、情報を追加で得られるようならばそれに対しても加算で」
およその報酬は僕一人だと一年半は遊んで暮らせるほどの物。
ただこれを前回で挑んた五名で挑むとした場合大幅に分割され、危険度から目を背けるとしても準備や往復探索の労力時間。半端な仕事では到底追いつかない金額の大きさに、それでも届き切らない日々の出費。
「受けます、受けますよ。国が情報を求めて、エターナーさんは困っている。ですよね?」
そんなわけはない、理性が吠える。
わりに合わない、理性が叫ぶ。
「そう、なりますかね」
「なら決まりで。後日用意した人員と装備を報告するので手続きをお願いします」
「わかりました、ご武運を……それと、ありがとうございます」
何に対しての感謝かは知らないがエターナーは優し気に微笑む。
「そんな言葉は無事に成果を持って帰る事ができたその時に言ってください」
重大な仕事を遂行するために、自身が助力を乞う人間を選ぶというのは難しい行為だ。
未知の危険に背中を預けられる相手で、能力があり信頼関係があり、一緒に死んでくださいと願い是と返ってくる相手が必要で。更にわがままを言うのであればそんな相手が死んでしまうと僕は当然相当な精神的ダメージを負うわけで。
「すまないな。できるのであれば手を貸してやりたいが、主が動かない以上これを機に片づけてしまいたい仕事が山ほどある」
ヒカリの私室、いつもの三名に報告を行ったらシュバルツに頼んでもいないのに断られた。
特に不満はない。今回エターナーがあらかじめ想定したようにヒカリを探索に使うことは考えていなかった、化け物の腹に飛び込むのは最大でもどちらか片方だけだ。共倒れにならない限り僕達の竜討伐という復讐は受け継がれる。
「いせき、ってどんな場所?」
「わからない、それを調べに行くの。
前回は僕が辛うじて別の世界の常識として持っていたものだったけれど」
カレットにそこまで説明してマズイと懸念が脳裏を埋め尽くす。次に出てくる言葉の予測など容易い。
「わたしも行きたいな」
「いいんじゃない? 忘れられない経験になるだろうし、せっかく戦えるようになったのだからね」
思わず零れそうだった難色が口から出る前にヒカリがカレットの背中を押す。
最小限戦え、僕に協力的。思い出話として前世の話を伝えている数少ない人間で、そういった方面でも僕以外に対応能力が高い人材として適しているのだろう。
別にカレットの人生に口煩く干渉するつもりもないし、身請けした代金を返済しろとも思っていない。
可愛い子供には旅をさせろ……か。今になってその言葉が痛感できるとは。
「ね、ダメ? わたしがもらうお金はほとんどアメにあげてもいいから、いっしょに行きたいな」
「……いいよ」
「やったっ」
主力ではなくおまけ枠としてカレットを換算しつつ、他にどのような人間へと声をかけるべきか僕は頭を悩ませた。
「いいですよ」
困った時にはココロだ。そう思った僕は早速彼女を尋ねると二つ返事を貰えた。僕はどれほどこの子に助けられているのだろうか。
「ありがとう」
「いえいえ、私はアメさんに返せないほどの恩がありますからね。この身が役に立つのならば喜んで助力させていただきます。
もう少し人数が必要ですよね?」
「うん、六名か八名は確保したい」
分担して作業を行う必要があったり、見張りが必要な状況で休息を取ることを考えたら二人組を三セット以上作れることが望ましい。
「フェルノにヨゾラも声をかけましょうか」
「え、協力してくれるかな?」
「……? 何を心配しているか私には予想もつきませんが大丈夫でしょう」
流石に友人と呼べる間柄、その上破格の報酬も出るとはいえ危険度を考えたらココロほど心地よい返答が来る人間はあまり想像できず。
「自分でよければ行かせてください」
ココロの部下であるフェルノは彼女を見てそう言って。
「……わかった、協力する」
ヨゾラは僕を見て確かに頷いた。
「これでカレットちゃん入れて五名ですね」
「……アレンは呼ばないの?」
基本黙って僕の後ろを付いて来たカレットにココロは視線を向けて思案すると、注目を浴びている本人はそんなことを言ってのける。
やたら親し気に名前を呼んだが親衛隊で訓練している時、僕と同様にアレンにはお世話になっているのだろう。
「うん、そうだね。若干年齢層が薄いから居心地悪いかと思ったけど、逆に経験が足りていない人間ばかりで乗り込むほうが怖いよね」
もはや主軸となっているココロは一つ頷くと、僕とカレットをアレンの部屋まで連れていくことにしたようだ。
「あぁ、構わないぞ」
「えぇ……?」
アレンへ事情を説明し、即座に返ってくる共に死ぬ覚悟に思わず狼狽える。
「どうした。やはり不都合があったのか?」
「いや、そんなことは無いんですが、よくもまぁ皆気軽に返事をしてくれるなぁと」
そこで一度ココロとアレンは視線を交わして、僅かに笑みを零してから何事もなかったかのように会話を続けた。
「頼んでくる相手が相手ですからね」
「どういう……」
「それは良いとして、私とアメだけでは年齢層が低いことが若干気になるな」
もはや発起人としての発言力は薄く、アレンとココロは今後を見据えて僕を無視するように思案する。
「私もそう思っていました。アレンさんの方でもう一、二名参加してくれるような知り合いはいませんか?」
「居はするが……この名に聞き覚えはあるか? アメ」
いくつか挙げられた名前は知らなかったり、誰かは知っていても顔が咄嗟に思い出せずに口籠る。多分親衛隊に所属している人の名前だと思うのだけれど。
「このようにリーダーであるアメがあまり親しくない人間だと統率に問題が出る可能性があり懸念が残るな」
「アメはもっと居ないの? 大人の知り合い」
カレットの無邪気な問いに必死に考える。
シィルやツバサは実力もあり、それなりに親しい部類だが流石に副業の遺跡探索に私兵の隊長と副隊長を駆り出すわけにはいかない。名誉顧問のエリーゼも手練だが、家庭持ちだしそもそもこのような頼みを聞いてくれるほど今の僕とは親しいと呼べない。
ただ六名は若干心許ない。僕、カレット、ココロにフェルノ、ヨゾラにアレン。十分戦えて、信頼関係があり、できれば年齢が高い立場上動ける人間……一人、該当するだろう人間が思いつく。いやでもマズいだろう、ただ背に腹は代えられない感は確かにあるわけで。
「よくおもしろい話を持って来てくれた」
何時か本人が言っていた『用事があればエターナーに伝言』を実際に行ってみた際、最後のメンバーはすぐさま屋敷へ顔を出した。
ルナリア=ミスティ。
カナリアの姉で、家出して冒険者を行っている物好き。武勇はシィルに匹敵するものと聞いていたので問題はなかったが、それ以外に今まで目を瞑られている様々な問題が浮き彫りになりそうで断られることを内心どこかで願いながら説明を終えたら嬉々とした様子でルナリアは笑った。
「いやぁ遺跡探索なんて何年振りだ。それも今回未探索の遺跡なんだって? まさか死ぬまでにこのような経験をできるとはな。
エターナーの奴め、アメに仕事を振るのは構わないが私に声をかけるよう予め口添えしていても良かっただろうに」
「あの、力を貸してくれるのは嬉しいですが本当に慎重にお願いします」
多分エターナーが話を持っていかなかったことと、僕がこうして今更躊躇っている理由は同じだ。
「わかっているさ。なに、どうせ私が死ぬよう状況は全滅するようなレベルだ、気にすることはない」
もはやどこからツッコめばいいのか僕にはわからない。
「取り分は少なくて構わない、貴重な経験をさせてくれることにこちらから感謝したいほどだ。あの子、カレットの事などで余裕が無いのだろう? 遠慮せず持っていくといい。
そのカレットに、他の参加者も愉快な連中を集めたな。今から探索へ向かう日が楽しみだ」
その愉快なメンバーを集めた僕は何故か胃が痛いんですけどね。
- 宝刀抜く意味 終わり -




