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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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187.作戦会議 地に足付けた連結論

「頼まれていた書類です」


「ご苦労」


 シュバルツが纏めた資料を僕がユリアンへと運び、そのまま退室しても良かったが僕が入る時に閉じられた書物のタイトルが気になり話題を振る。


「どのようなお話だったのですか?」


「実体験のように綴られた遺跡を探検する冒険譚だ」


 そう前置きを敷き、語られたあらすじに僕は記憶に無い遺跡の話だと確かめる。


「フィクションですよね?」


「まぁそうだろうな、このような遺跡の発見報告は聞いていない」


 大半が水で水没し、一瞬の油断で命を落としてしまう数々の罠や、奥に潜むこの世のものとは思えない化け物の姿。

 ……まぁよくあるファンタジー物か。現実の遺跡はもう少しつまらなく、無慈悲なものだ。

 財宝なんて呼べる代物は前時代の人間の日常品で、トラップは生活感や文明水準の違いから勝手に生まれる致死性のもの。自動ドアを知らなくて挟まれて死んでしまうものだ、多少規格外だが。


「けれどフィクションもそう悪いものじゃない。虚構の物語に触れ、私が感じたものは本物なのだからな」


「詩人ですね」


「貴族になれば舌が上手く回らねばやっていられないからな」


 冷やかしながらも共感しつつ、僕はユリアンと共に少し笑いあう。


「ただ自身が経験したことが一番だな」


「……」


「今でも四人で王都を目指して郊外を歩む日々を夢に見る」


 何を指して開かれた口かを悟り、筆舌し難い感情に目を細めようやく飲み込めた頃合に開いてみればユリアンもまた僕と同じように目を閉じており。

 けれどその瞼の裏には思い出が走っているのだろう。ユリアン、僕、コウ、ルゥの四名で整備されていないレイニスの南東を降り続けた日々が。


「もし情勢が許すのであれば私もまたそうした日々に身を置きたい」


「……何時かは、可能になるかもしれませんね」


「そうだな。カナリアが私を必要とせず、跡継ぎにも困らなくなった。そのような日が来るのであれば」


 訪れたとしても遥か未来の話。

 老いて体は満足に動かず、夢も気づけば擦れてしまう様な何時かの話。


「随分、館が賑やかになったな」


 覚えた寂しさは僕だけが抱いたものではなかったのだろう。このまま退席するには後味の悪い感覚を切り裂くためにユリアンは新しい話題にそう口を開いた。


「……あの、すみません」


 ココロとアレン三人でここへ来て。

 ソシレを飼い、ヨゾラを拾い、カレットを買った。ルナリアはたまに顔を見せるようになったし、エターナーとユズは気軽に遊びに来てしまう。


「いや、責めているわけでは無いんだ。アメが来て、ヒカリはよく笑うようになって、それからも多くの人々がお前に誘われこの館に訪れるが、皆優秀で、おもしろく、そして心地良い人々ばかりだ。

アメには人を惹き付ける魅力が……いや、それは無いな」


「えっ、その評価は酷くありませんか? どう考えても今のは無条件に僕を褒めるタイミングでしょう」


 朗らかに笑いながらも、最終的には真顔になってそう呟くユリアンへ詰め寄る。


「厳密に言えばあるか無いかで言えば魅力は無いのだろう。

でもお前の周りに集まる人々は、皆アメを通して別の何かを見ている。落ち着ける場所や仲間だったり、信じるべきものや、新しい自分」


 反面教師。二次感情。鏡。

 それらの言葉が頭に浮かぶ。僕自身を見てくれている人はあまり居ない、そんな確信。


「私は無論お前が好ましく思っているが、中にはあまり興味が無くただの中継地点としてしか認識していない者もいるだろうな。本人が自覚するにしないにしても。

そんな人の惹きつけ方もあるのか、あるいはそれを人は人望があると呼称するのか。まぁ何でもいいだろう……あぁ、ただ人を集めるのは構わないが、屋敷の空間を埋め尽くしてしまわない程度に、な」


「気をつけます」


 テイル家との戦闘で死者が出るようにはなったが、常に新しい人員は募集しているし特に離職者が出るようになったわけでもない。

 これ以上不用意に人を呼ぶつもりは無いが、今までもそう思ってきた上での惨状なので気をつけるだけ気をつけよう。



- 作戦会議 地に足付けた連結論 始まり -



「ほれほり、ふぁぐせんはいぎをはひめまーす!」


 口にクッキー頬張りながら何言ってくれているんだこの宿の主は。


「追い出されるか、自主的に出ていくか好きなほうを選んでください」


 ヒカリの私室で対面のソファーに座っているユズを睨んで僕は尋ねる。


「……真面目にやり直すから残っちゃダメ?」


 その隣にはエターナー。

 僕はソファーの真ん中に、ヒカリを左側、カレットを寝室に近い右側に抱えている。

 シュバルツは更に増してしまった女性比に気後れしてか、ソファーに座ろうとはせずに執事の役割に徹することにしたようだ。


「これより第二回竜討伐に向けての作戦会議を始めたいと思います」


 顎を少し上げて威圧してみたら、ユズはしっかりとやり直すようにしたようだ。

 というか今日は別に作戦会議する予定などなく、改めてカレットの紹介も含めてのんびり雑談でもするつもりだったが何故か流れが勝手に変わった。


「第一回はなにをしたの?」


「これからどう手札を増やしていくか」


「ふぅん」


 拍手など当然なく、身が引き締まる思いも当然なく、カレットの問いに適当な返事をしたらどうでも良さそうな相槌を打たれて。


「それで、今日はどのような会議を行うのですか」


「今日のエターナーなんだか機嫌が悪いね」


「誰かさんに良いように使われたことが判明したもので」


 演説の際特別席を案内し、協力報酬にヒカリの手製お菓子が普段から食べているものだと先ほどバラしたばかりだ。

 事情を全て知っているのにヒカリは煽るために素知らぬ顔でぶり返し、エターナーは子供の反抗期かというようにシュバルツが淹れる紅茶だけに手を付けて今日は茶菓子に手を付けようともしない。普段からカロリー摂取は控えめな様子だったが、今日は誰でもわかるほど露骨だ。


「今日は戦闘寸前で出来る準備や、実際にどのような段取りで竜を追い詰めるのか、何をどうしたら止めに至れるか、ですね」


「え、それって今話せることなの?」


「まぁ机上論でしかないですけど」


 基礎の大部分はヒカリと夜更かしをして語り合った日に作り上げ、今までそれを詰めてきたに過ぎない。


「話しちゃうの? 話しちゃっていいの?」


「……どういうことですか?」


 やたら足踏みをするユズに思わず怪訝そうな視線で尋ねる。


「なんていうかさ、竜を倒すってことはアメ達の大きくて長い目標を果たす瞬間なわけで、他の人から見たら英雄誕生のシーンでしょ」


「まぁ、そうなるんですかね」


「手品の種、特別な魔法の原理、物語のクライマックス、推理小説の犯人からトリックまで……そんなものを今明かしちゃうの?」


 エターナーの影響か表現が書籍関連に寄っている気がする。


「明かします、誰かに見せるために歩いている人生じゃないので」


「えーそれってちょっと残念」


「……成功するかもわからないですし、まだ漠然として手元にない手札がある前提で話を進めますし」


 一度、心の中を整理するためにゆっくりと瞬きをする。


「後世に残るような何かを、伝説が始まるのは、結果を出した瞬間ではなくそこに向かって歩き始めた頃からです」


 物語はオチも大事だが、そこに至る過程もまた重要である。

 エターナーはそれを理解してか、クスリと一度笑みをこぼしてから口を開いた。


「それで、その伝説を残そうとする英雄殿(・・・)はどうやって竜を倒すので?」


 イントネーションが一々癪に障る。

 僕たちが行うのはあくまで個人的なわがままであり、周りを巻き込んだ復讐であり、間違っても褒め称えられたくて、尊敬や畏怖を浴び歴史に名を残したいなどと考えておらず。


「まず天候はあまり気にしないことにします」


「てんき?」


「以前の事例だと……いや、雪や雨が降っている場合、数量を気にせず土以外に水も魔法で扱える環境というのは便利と聞いたが」


 ようやく発言したシュバルツにヒカリは笑う。


「まぁ確かに一理はある、けれど一理しかないわ。そしてその要因は、あの炎竜が本気を出せば一撃で吹き飛ぶ物」


 大規模な爆発、炎竜撃が発生した村と、レイニスでの竜害。ともに酷く乾いた空気が肌で感じ取れた、眼球を覆う膜ですら奪い取るのではないかという錯覚を抱いてしまうほどの。

 ここら一帯の水分を一気に薄くできるのは明らかで、炎が水に弱いという観念を灰にするのも容易だ。


「魂鋼で炎球を防いでも進行を食い止めて軌道を逸らすので精一杯。だから炎は諦めるわ」


「諦めて攻略は可能なのですか?」


 エターナーの問いにヒカリから回答権を引き継ぐ。


「はい、可能です。少なくとも僕が観測した中で炎球を飛ばしたのは距離が離れている牽制と追撃のみ。

至近距離に潜り込めば炎を攻撃手段として魔法を行使する時間は竜にとって致命的なのでしょう。球状に纏めず拡散して吐き出すことも可能かと思いますが、急ごしらえでしか吐き出せず威力も速度も不十分。二人居れば片方は攻撃を続けられるかと」


 避けた炎球が山火事を起こした記憶は無い、消滅させられた場合再度独自に起動するプログラムと共に無暗な自然破壊を行わないよう設定付けれているのだろう。たとえ山火事を起こそうが避けることには変わらないのだが。


「攻撃はヒカリの魂鋼製の魔砲剣。僕は現状無いので適当に魂鋼製のナイフでもこの場では設定しましょうか」


 未だ魂鋼は見つかっていないこと、見つかったとしても僕の武器を作成する量は期待できないこと、竜の甲殻自体は手に入れられたので魂鋼や僕が手にする攻撃手段が通用するか試すことができること。それらの前提を伝えて会話を続ける。


「ヒカリは竜の攻撃を受け止め衝撃を殺すことができます。僕はできないのでヒカリを盾や囮にするか、単純に素早く動いて攻撃を避けます」


 コウは実際に普通の盾で何度も受け流して見せた。ヒカリもあれから時間が経っているので同等以上の、それも盾も魂鋼製を目指しているので十分正面から渡り合える。

 僕はそうした小賢しい動きは得意だし、今もまだそうした訓練を続けている。


「竜の攻撃は強靭で、素早く、重たいですが、小回りは効きません」


「はやいのと何がちがうの?」


「行動に移るのに予備動作が必要で時間がかかったり、その後の隙が大きい。それに加えて巨大な自身の体で、上手く攻撃できない箇所が必ずどこかに生まれ続ける」


 特大剣を振るい似たようなカレットに丁寧に教える。

 噛みつくためなら大きな体で口を大きく開けて踏み込む動作が必要だ。動きそのものは速いのだが、その体重を支えるために必要な動作は必ず出てくる。体当たりをするのならば転ばないように気を付け、尻尾を振るにしても振り回されないように制御する必要がある。

 例えば首の下や、背中の上。そこに僕たちが張り付けたのなら相手からは視認できない場所で、それも魔法を扱わずに攻撃するには転げまわったり形振りを構わない手段を求めることができる。

 それは致命的な隙とも呼べる。一人ならばそうした形振り構わぬ対処で終わりだが、もう片方が別の場所にいるのならばそうした無様をさらした竜は渾身の一撃を叩き込むに適した存在だ。


「だから攻撃と防御は隙や死角を利用することで十二分な効果を示すと思っています」


「合理的ですね」


「俺から聞いてもそう思える」


 エターナーの対外的な印象に、シュバルツは戦いを知る身として同意を示す。


「そうして僕達が手札の半分ほどを消耗し、竜が手ごわい相手だ、そう認識した場合相手も手札を見せ始めます。

最も僕達が危険視しているのは……」


「翼」


「翼、ですか」


 言葉を奪っていったヒカリに、エターナーは意外そうに単語を復唱する。


「えぇそう。一度飛ばれてしまえば手の届かない空から一方的に攻撃も、傷ついた体を癒すために逃走も許してしまう」


「なるほど」


 以前はコウの魔砲剣が早々に翼へ穴を空けた。それが原因で空を飛ばなかったかもしれないし、それが無くとも僕達は竜にとってわざわざ空を飛ぶ必要のない敵だったのだろう。


「そもそも飛ばせないことがベスト。あの巨体が、翼で空を飛ぶというのは物理的に不可能であり、それを実現しているからには魔法が関与している。

魔力を全身に伝わせ、羽ばたき、足で地を蹴って……この大きな予備動作の合間に片翼でも落としてしまえるのが一番の理想」


「もしも初めから飛んでいたらどうするの?」


 ユズは嫌なことでも思いついてしまったかのような表情でヒカリに訊いた。


「その時は竜に迎撃の用意があると仮定する。まぁ二人相手に竜が逃げたり、そこまで警戒して対処することは早々無いだろうけれど。

迎撃してくるのであれば気を付けるのは空中で静止した時」


「え、なんで? 空中だけど動きが止まるって事は攻撃のチャンスじゃないの?」


「相手の攻撃タイミングでもあるの」


「??」


 頭を埋め尽くす疑問符がユズから溢れそうになる。


「一度大きな鳥と戦ったことがあるんです。

その鳥も竜並みに大きくて、とてもじゃないけど飛ぶことができるようには思えませんでしたが飛んでいました」


「魔法で、ってことだよね?」


 恐る恐る、自分の考えが明後日の方向へ飛んでいないかと警戒するユズ。


「はい、魔法で、です。

魔法で飛んでいる鳥は、攻撃の際に必ず動きを止めていました。そして竜もまた、空中を飛んでいる際に何か攻撃をした報告はありません」


 レイニスへ寄ってくる最中、あるいは旋回しレイニスの上空で威嚇、または警告を行っている合間。


「そこから僕達は仮定を立てました。魔法による飛行中、移動か攻撃しか行えないのではないのかと。

時間単位で出力できる魔力量に人間含め皆限界があるのでそれが関係しているのか、単純に並行作業を脳が処理しきれない、あるいは物理的に限界があるのか」


 なんにせよ複数の可能性がある以上仮定に信憑性は高まり、そもそも飛ばせないことが最善という前提も揺るがない。


「もし初めから飛ばれていた場合はこんなものですね。人間は飛べないので木や宙に魔法で浮かべた足場を使って追いついて、飛んでいる竜を落とせたらそれは良いのですが」


 希望的予測であり、そもそも可能性が少ない道。

 初めから飛んでいるのあれば魔砲剣の残弾がゼロになるまで色々と試し、無理だった場合は即座に逃走だ。気配でも覚えられ次もまた初めから飛んでいる可能性はあるし、そもそも住処を変える可能性もさらに上がるのだが仕方のないことだ。逃げることを許されるかも怪しいし。


「どうにかして翼を切り落とし、僕達も消耗しているものの戦えると仮定しましょう。

重傷を負った竜はそれだけの脅威二人を前にして、たぶん手札の中の切り札を切るのだと思います」


「あーそれは知ってる。時間を操ったり、空間を捻じ曲げたりできる竜も居るかもしれないんだよね」


「それはお伽話か、戦前の全盛期な竜に限ると願いたいけれど。

ただ十中八九奥の手を竜は持っている。一応予測しているのだけれど確証がないし、複数持っている可能性もあるからこの場では話題に出さないわ。

どれだけ事前に予測し、互いに満身創痍の中で対処できるか、これが要よ」


 炎竜らしく炎に纏わる何かを隠し持っているのか、それとも別の土や水といった属性を操れるのか。

 単純に身体強化でも様々な方向性に、対処法が必要となるのでこればっかりは実際に戦い引き出せる段階に至れなければわからない。


「ということで戦う際の段取りや心構えでした。今日はもう無粋な話題はやめにしましょう」


 特に反対意見がないことを確かめて、唐突に始まった作戦会議の幕を閉じるのであった。



- 作戦会議 地に足付けた連結論 終わり -

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