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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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186.兵士の誕生、人間性の喪失

 カレットの成長は著しかった。

 ココロのように天賦の才があるわけでも、ヨゾラのように優秀な師が付いているわけでもない。

 ただ本人に無用な先入観という障害物が無く、貪欲なまでの好奇心が先へと進む歩幅を大きく進めているだけで。きっと天井は低い、戦えて僕と肩を並べる程度が精々だ。

 それが戦えない理由になるかと言えば否というのは何よりも僕自身が痛感していて、あとは訓練を終えて実戦を迎えるだけとなった。



- 兵士の誕生、人間性の喪失 始まり -



 郊外に一人、少女は武器も持たず歩いている。

 薄い肌の色は良い所のお譲様かと錯覚させるほどで、透き通るような髪は今行っている無謀とも呼べる行動のおかげで妖精か何かのように現実感を感じさせない。

 ただそのような感性は獣には無いのだろう。三匹のハウンドがガラス細工でできたような存在を傷つけることを厭わず、また薄い肌はさぞかし切り裂きやすく、美味しそうな血肉を提供してくれるのだろうとしか考えていない。

 そんな獣が自身へ近づいて来ている事を少女は察知し、まるで頭を垂れ命乞いをするように身を屈める。

 立ち上がった時に手にしていた物は一柱の大剣。特大剣と呼ばれる少女の身を容易に隠すほどの等身の長さと幅を兼ね備えた土色の武器。

 持ち上げることは叶わず、けれど動かせぬわけではなく。少女は近づいてくる三匹の気配に、自ら特大剣を引きずりながら駆け寄る。


 接敵より二テンポほど早く横へ一閃。

 鈍重な武器は見るからにか弱そうな少女に操られ、けれど命を奪うには容易い速度で弧を描くように回転する。ハウンドは当然回避行動を取る。己らの動きより鈍い攻撃を回避できぬ道理はどこにも存在しない。

 二匹は後方へ、一匹は上方へ跳躍。鋭い爪で押し倒し、喉元を食い千切らんと飛び掛ったハウンドの攻撃を、少女は蹴りで応戦した。

 後方へ宙返りを行いながら、開いた口を閉じるように顎を下から蹴り上げる少女の足。脳を揺らせど意識を持っていくことは叶わず、よろめく一匹の体を見ながら手にしたままの地面に突き刺さった特大剣を中心に地に足を付ける。


 反撃を行ってきた得物に警戒度を上げつつも、距離を離していたハウンドは一匹は正面から、もう一匹は側面へと回る。

 正面から迎い来る獣に少女は突き刺さった特大剣を持ち上げ、振り上げる途中で止めてから剣の腹で体重を乗せて打撃を与える。

 牙や爪が反撃を行える余地は無い。少女の体は獣から認識できないほどに覆い隠されており、また少女自身も攻撃を行っている敵を見えていないだろうからだ。

 全身を覆う盾、それを武器として扱いながらも視覚では認識できないものの不足では無い手応えを感じたのだろう。怯むハウンドは放置し、回りこんできたもう一匹の獣に迎撃を試みる。


 特大剣という武器が振るわれるタイミングは牽制、あるいは最後の一撃を置いて他ならない。相手の体力や魔力を削ぐにはあまりにも動作が鈍く、仕手のリソースは削がれ、命を奪うにしても威力が過剰過ぎる。

 その隙を埋める為、あるいはその隙を作るために少女は体を動かす。自身の肉体を武器として扱う。噛み付きは左腕を盾として扱い牙を食い込ませ、助走を付け飛びつかれた勢いは地面に突きたてている特大剣に体重を任せ誤魔化し、右腕は鼻頭を強打、肘で追撃、徹底的に怯んだところを眼球に腕を入れて痛みを致命的なものにする。


 その頃には始めに蹴り上げたハウンドも十分に動けており、甲高い悲鳴に応じて仲間を守るため怯んだ個体も己を鼓舞し。

 そんな中少女は一度踊っただけだった。背中を任せていた特大剣を引き抜き、初めに行ったように危ういダンスを繰り返す。

 最初と違うのは二点。ただ回るだけの少女の左腕からは赤い雫が塞ぎきれていない傷跡から軌跡を描き、一度見た攻撃を更に容易に避ける獣二匹とは違い、眼球を潰され動くこともままならないハウンドは横へ体を引き千切られて絶命した。

 残るは二匹、その二匹は効率よく避け素早く反撃に転じ、少女はそれを察知してか肉片の残る特大剣の勢いに身を委ねて足を地面から離す。

 武器を振り回し、今度は武器に振り回されるよう宙を移動し、再び地に足をつけて靴底をすり減らしながら態勢を整える少女の両手は後方。斜め上に振り上げられた刃は振り子のように助走を付けて切り上げられ、先に近づいてきたハウンドは転がるように攻撃を避ける。

 次手である振り下ろし。切り上げられた時に付いた勢いを利用し、そのまま天高くから地に向けて振り下ろす。少し寝かせた刃は二匹目のハウンドが後方へ跳んで回避を許してしまう。

 ただ少女は許すつもりは無かったようで、地を擦り切らなかった刃を再び後方へ振り上げ、三連撃目として体を前方へと回転させながら、距離を詰めつつ避けきったと安堵した獣の頭部を醜く潰した。


 残るは一匹。

 同胞二匹を失い、未だ重傷を負っていない少女相手に獣は逃げることを選んだ。

 狩られる側から狩る側に移ろった事実に少女は少しだけ口角を上げながら、息を切らしつつ少ない魔力を練り上げ、宙を横へと薙いで斬る。

 振り切った手にはもう特大剣は存在しない、いや厳密にはそれを生成する柄だけが残っている。ただ刀身は真っ直ぐに逃げる獣に追いつき、背後から体へと突き刺さる。失った刀身の分だけ少女は身を軽く駆け出し、虫の息である獣に追いつくとゆっくりと足を上げて首を捻じ切るために振り下ろした。





「おっけー、十分じゃん。三連撃できることは十二分だったけど。僕そんな技術聞いてないよ」


「さっき思いついた」


 土壇場で応用、それも手札を増やせるのは並大抵の事じゃない。

 少なくともヨゾラにはできないし、訓練に使った僅かな時間を考えると僕よりものびしろはあるのかもしれない。


「魔力残量は?」


「いま尽きる」


 そう言って、息を切らし背中を預けるため再び生成していた特大剣を土に還すカレット。

 厳密には魔力が枯れきったわけじゃない。体力と合わせ、特大剣を実戦で通用するほど十分に体を動かすためには過剰な肉体強化が必要で、長くても二、三分。それだけの時間を動けばまた五分前後の休息が肉体と魔力を回復させるため必要になる。

 一日に何度かそうした運用はできるものの、一人で戦う際はその時間内に安全を確保しなければならない。今回はそれがギリギリ間に合ったということだ、まぁ逃げる三匹目を見逃せば十分余裕は生まれただろうが。

 もしも集団で戦う際にカレットが活躍できるという状況は、整っている態勢を切り開くために一番目に突っ込む切り込み役、その後休息を挟み、崩し終えた相手の防御を粉砕し続ける作業か。


「初めて生き物を殺してみてどうだった?」


「たのしかった」


「それは重畳」


 戦う僕達に倫理や恐怖は必要ない。

 感じなかったのであればわざわざ戦うと決めている間はそこを注意する必要は無いだろう、仲間を斬らない様にとは教え込まなければならないが。


「このあと解体?」


「それが今日の仕事、報酬の半分は僕のもの」


「……アメ、なにもしてない」


「教えて見守るって大切な事だよ?」


 不満気に呟くカレットに僕は短剣を押し付け、剥ぎ取れる分の素材を三匹の死体から町へ持って帰ることにしたのだ。



- 兵士の誕生、人間性の喪失 終わり -

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