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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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184.魔剣、ミミズ添え

「それで、カレットの武器はどういったものなの?」


 中庭に出て、シュバルツがロングソードを持っているのに対してカレットは謎の物体トを未だ所持しているのみ。


「邪魔にならない場所でやろう……そう、その辺の土なら大丈夫」


 ヒカリの言葉にカレットは頷き、謎の物体にカレットの魔力が吸い込まれていくのがわかる。魔道具を動かす際に使うような微々たる量、それだけの魔力をトの字をした物体に流し込みカレットは身を屈めて地面に押し当てる。

 そして、引き抜いた。

 魔道具が現在進行形で剣を生み出しているにもかかわらず、まるで伝説の剣が岩から抜かれるような錯覚。

 片手で数えられるような短い時間で両手にて肩まで引き上げられた剣は、宝剣とは決して呼べない文字通り土色の色彩で出来ていた。


「ほう」


 感嘆か溜息を漏らしてシュバルツは歩み寄り、生み出されたばかりの剣に近寄る。

 トの字をした物体は剣の柄で、刀身は中庭の土。刀幅は一般的な大剣の二倍ほど広く、これを背もたれにして体重を任せたら人一人の姿など隠れてしまうほどのもの。

 所謂特大剣と呼ばれる特殊な部類。馬上にてその質量を持って鎧毎敵を叩き切る……ぐらいにしか用途がないのだが、この世界で馬に乗って戦闘を行うような状況はまず生まれない。つまるところ趣味の武器であり、実用性から見たらゴミ。


「魔力で引き締められ、刀剣を維持すると共に強度を増しているのか。刃の部分も……指を当てて引けば一般的な刀剣同様切れるな」


 指先に滲んだ紅い雫を、傷口を即座に治癒してシュバルツはふっと息をかけて飛ばす。

 あぁ、もったいない。体外に出ても舐めるなりして再び取り込めば魔法で再利用できるのに。

 という感情は産まれながらにして魔力量が極端に少ない僕やヒカリだけが覚えるものなのだろうか。カレットも魔力量一般的だし。


「とりあえず構えてみようか」


 どういったものか判明したところで、ヒカリがカレットにそう提案する。


 ……。


 …………。


 ………………。


「動かない」


 刃を傾け、自身の腕力でいざ持ち上げる。そんな状態をしばらく続けた後、カレットはそう呟いた。

 当然だろう。土を固めた特大剣、持つ人間の身長並みの長さに、それ以上の刀幅。何十キロあるねん。普通の武器は大概十キロ以下に収まるんだぞ、どうみてもそれ超えてるじゃん。


「剣の維持に魔力は使ってる?」


「うん」


「わかった、少し代わろう」


 そんなことを聞いてヒカリは持ち手を代わる。恐らく刀身が崩れないように魔力による制御を移したのだろう。


「……普通の状態じゃとてもじゃないけど持ち上げられないわね」


 何度か力任せや、体に武器の体重を乗せるように巧みに持とうとするが特大剣の先端は未だ地面を擦る。


「んっ……ここまで、ならっ……!!」


 何段階かに分けて肉体強化の魔法を走らせたのだろう。

 ようやく剣を持ち上げ、両手で前方に上段の構えを行うヒカリ。そこから振りかぶり……後ろへ重心が逸れた直後今までかろうじて保っていただろう態勢が崩れて尻餅をつくように背後の地面へと特大剣を突き刺した。


「おぉ、今のちょっと可愛かったよ」


「うるさいっ。

シュレー、やってもらっていい?」


 珍しく頬を少し赤らめながら声をあげ、シュバルツへ特大剣を渡す。


「俺に八つ当たりしないでください……」


 気に入らない愛称で呼ばれたのがつまらないのか、若干気乗りしない様子で特大剣を持ち上げるシュバルツ。


「流石成人男性は力が違うか」


「……ただ、尋常じゃなくつらいぞ、これっ!」


 それは見てわかる、腕がプルプルしているもの。魔法でリミッターを外してそれだろう? やばない?


「振り下ろすぞ……!」


 誰も居ない場所へ武器を動かすようにはしているのだが、こうして声を掛け合ったりすることは大切で、そもそも普段扱わないような質量の武器でどう制御できないかわからなくて恐ろしいのだろう。

 頭上でしっかりと構えて、ヒカリとは違い何もない空間へと振り下ろされた特大剣は棚が倒れるよりも酷い振動を僕達に地面で伝えつつ、シュバルツの体を反動で少し浮かした。


「ぷふっ、今の少し可愛かったよシュレー」


 まるで少女のような動作で、それも自身で予期していなかったのか慌て地に足をつける様子のシュバルツを僕は愛称で呼んで煽る。


「……ちっ。お前もやってみろ」


「はいはい」


 持ち手を変わり、魔道具の制御も行う。

 本当に維持に使う魔力は微々たる物だ。これを持ち上げるための肉体強化に使う魔力量のほうが何倍も何十倍も多いだろう。


「ふんっ」


 まずは肉体強化せず己の力と技のみで持ち上げようと試みる。

 刃が地面から浮き上がる気配はまるでなく、力を込めて傾いた特大剣を支えるので精一杯だった。


「ふんぬー!」


 肉体強化をして持ち上げようと試みる。

 強化、試みる。強化、試みる。強化……。


「無理」


 肉体を破壊する覚悟でリミッターを外し、魔力で精一杯強度も力も補強したが僕の出した結論はこれだった。引きずる程度は可能だろうが、万が一こけてしまいその上に剣が倒れこめば大怪我は確実。

 え、これ何キロあるの。三桁行っているのだろうか。理論上も不可能とは初めて陥る事態だ。


「アメ、体まっか。かわいいね」


 誰のせいでこうなっているのだと思わずそう告げたカレットに叫びたかったが、その隣で嫌らしい笑みを浮かべてこちらを見ている二人が彼女の代わりに黙ったのだとしたらそちらから嫌味や皮肉が聞こえなかったことに感謝するべきだろう。


「この武器、使うの?」


「使いたい」


 僕よりも少しだけ体の小さい彼女は迷いなく答えた。

 潤む瞳を覆うのはロマンの一文字。


「ならこれから一杯成長して、日々鍛えて、魔法も上手く使えるようにならないとね」


「わかった」


 ヒカリの言葉にカレットは頷く。

 彼女がやると言ったことは必ずやるし、やりたくないことはハッキリと口にするようになっている。

 だからこれからは親衛隊の中に混ざり戦う術を身につけて、きっと命を奪う決断も躊躇わずにするのだろう。


「実際のところこれどうやって使ったものかしらね、振り下ろすだけじゃ次が無いし」


 振り下ろしてしまえばドスンと隙だらけ。

 本来武器を扱う際は流れと言う物がある、右下から斜めに切り上げれば、一度頭上に持ち上げて振り下ろす連撃が行える。突き出せば、その後体を引きながら武器を手前に戻しつつ切り裂ける。

 体や武器の動きに流れを作ることでスムーズな攻防が行えるのだが、この特大剣は質量が尋常じゃないせいでそれも叶わない。当たれば防御を無視するほどの威力になると思うのだが、当てる避ける以前の段階で満足に武器を振るうことができない。

 近づいてきたヒカリに制御を移すと、シュバルツが何かを思いついたのか思わせぶりに声を潜める。


「上からが駄目ならば、下か?」


「あぁ、なるほど」


 その言葉で思いつくことでもあったのか再び腰のほうから空へと上段に構えるヒカリ。

 地面スレスレに背中の方まで振り子のように持ち上げ、次は今描いた軌跡をなぞる様に前方へと切り上げる。

 厳密には上から下ろしつつも、それが弧を描くせいで振り下ろした勢いをそのままに攻撃に転ずることが出来るのか。

 本来刀剣において下段の構えというのは、盾も第三者も何も無く一本の武器、例えば刀を果し合いに使う際、振り下ろされる刀を持つ手をカウンターとして切る狙いが多い。

 ただこのイレギュラーな武器にヒカリは武器を制するのではなく武器に上手く振り回されるよう、膨大な質量を移動させる装置として自身を扱った。


「せいっ!」


 その結果がこれだ。

 単純に振り下ろすだけの一撃よりもスムーズな初動で行われる初撃に、次いで行われる二撃目は切り上げ頭上まで掲げた特大剣を全力で振り下ろすだけ。

 再び鈍い振動が地面から伝わり、心臓は新しい価値観を得たように早鐘でトクトクと脈打つ。


「あと考えられるのは単純に横へ振り回して回転する、とかかな。味方を巻き込む可能性があるし、冷静に上や下へ潜り込まれたら目を回しそうになっている隙だらけの自分が居るけど、使いどころを間違わなければ武器の特徴を利用した運用は幾らでも見つかると思う。

こんな武器の師は周りにいないから、少しでも似たような武器を持っている人から色々と聞いて回って自分で開拓しないといけないけれどね」


「わかったっ」


 未だ扱えぬ武器を元の土に還して、魔道具本体である柄を持ったカレットは珍しく声に感情を乗せて弾ませる。


「製作者は何を考えていたんだろうね」


「単純にサイズの大きい刀剣である事、土が武器になる事のロマン。それか逆にアメが望むような取り回しの良さを実現したかったのだろうね」


 本来は持ち運びが容易い柄だけを運び、必要な際にその辺にあるだろう土や類似する物体で得物を作る。

 まぁ言わんとしている事はわかるが、生成によりできあがる特大剣という強烈なジレンマが……まぁそれも良いものなのだろうが。


「この魔道具に名前は無いのですか?」


「んーあったかなぁ。探せばどこかの資料に書かれている可能性もあるけれど……まぁカレットが決めちゃいなよ、呼びやすいように名前をさ」


 頷き、うーんと悩むが名を与えられたばかりの少女にすぐ良い案が出てくるとも思えず、僕は我慢できずに口を開いた。


「カレットでいいんじゃない? 魔剣カレット。

魔道具の剣で、所有者の名前。これなら忘れないでしょ?」


「それでいい、魔剣カレット……うん、いい」


 微笑む少女の表情を僕は網膜に焼き付ける。

 戦うと決めたことは、何時か柄だけを残して戦場で死する可能性が生まれたことも意味する。

 もしカレットが死んで、武器と今まで作り出した死体だけが残るのだとしたら。


 そこに少女の名だけが、逸話と共に魔剣と歩き続けるのだとしたら。



- 魔剣、ミミズ添え 終わり-

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