183.縁を司る剣
夏に入ったある日、シュバルツがヒカリの私室に入ってきたかと思うと食事の感想を言うようにこんなことを言った。
「リーン家復興後、テイル家との抗争で初の死者が出ました」
「どちらの陣営に?」
それに対しヒカリは暢気に休憩がてら縫いっていたカレットのぬいぐるみの作業を止めずに尋ねる。
「テイル家です」
「そう。せめてこれがこちら側の被害なら、数名程度までは不満が溢れないよう堪えることができたでしょうに」
「つまりこれからは加減しなくてもいいということ?」
今の今までは殺せる状況でも命は奪わなかった。
戦いながらヒカリが居ない場所では実戦形式の訓練のように血を流しながらも殺気は抑え、まるで茶番のような戦闘を両家の間では繰り返してきた。
「うん。相手側が堪えてくれるのであれば今までのような形式ばかりの戦闘を続けられるだろうけれど、まぁ無理かな。
戦力差、それに人の目がなければ積極的に戦力を削いでいこう」
ようやく幕締めで、これからは壊れた舞台の跡地で血肉を撒き散らしながら踊る。
「今までたたかっていたのに、だれも死んでいなかったんだ?」
「うん」
カレットの問いに僕は頷く。
「それは」
その答えに満足したのか目を細め。
「すごいね」
カレットはそう笑った。
「凄かった、が適切だけどね。もう終わってしまったから奇跡はお終い、これからは平気で人が死ぬ現実に戻るの」
殺して、恨まれ。殺され、恨んで。
怨嗟は止まらない、どちらかの陣営が力尽きるまで決して止まらない。
和解などありえない。こちらが歩み寄るつもり等毛頭も無く、あちらが何かしら平和的なアプローチを掛けてきた歴史も無い。
ただでさえリーンの血筋が受け継がれていくことに老いたテイル家の人間は苛立ちを隠していないのに、何食わぬ顔をして竜を討伐し栄誉を得ようとしている……ようにあちら側からは見えるのだろう。
「わたしも、戦えるようになりたい」
そうした現実を正しく理解しているにもかかわらず、そう請うカレットに僕達は仕方ないと肩を竦める他なかった。
基本的な魔法を扱えるようになったり、最低限の体力はつけたものの僕ほどではないがまだまだ体格の劣る十歳の少女。
無茶だと一蹴することはできた。でもそれよりも幼い段階で狩りを行っていた僕達の過去や、それに少女が何かしら戦う術を身につけなければ自身の身すら守れない世界でそうした望みを止められようも無い。
それが僕達が望んだ自分の意思というのであれば尚更だ。
- 縁を司る剣 始まり -
「どんな武器がいいの?」
「ルナリアが持っていた大きなのがいいな」
武器庫に四人で向かい、カレットに尋ねてみたら思わずハハハと笑えない冗談でも聞いたときに浮かんでくるような乾いた笑い声が漏れた。
君、僕より少し小さいぐらいじゃん。ヒカリが使っているロングソードはね、僕達が持つと野太刀のようなサイズになるんだよ?
「まぁ試すだけ試してみるか」
「そうね」
カレットには若干甘い(僕に特別厳しい?)シュバルツはそう呟いて倉庫内を歩き始め、ヒカリにもそれに続く。
まぁ厳しい現実に対峙すれば否応にでも自分に適した得物を選ぶだろう……素手は良いぞ、体格誤魔化せて状況も選ばない。僕はまるで教えるつもりは無いが。
「あれ、この剣……?」
雑多に纏められているものとは違い、壁に掛けられ管理されていたロングソードを思わず掴む。
目立った特長は無い。鞘に収められた刃は綺麗に手入れされているものの年季を感じさせ、特に魔道具や業物といった特別さを感じさせない。質だけで見ればわざわざ壁に飾る必要も無い他の有象無象と変わらないのだろう。
この剣、僕、いつか手に取った。
でもそれが何時で、どういった理由で手に持ったかまでは思い出せない。遠い遠い前世の記憶を漁るような、デジャブじゃないかと自分で疑いたくなるような感覚。
「どうした?」
「いや……」
まるでカレットの要望に似つかない一本の刀剣に引き込まれている僕に不安でも覚えたのか、近くに居たシュバルツが顔色を窺ってくる。
ただ頭の中にある既視感を上手く言葉にできず、そんな曖昧な言葉で手にした剣を見せることしかできずに。
「……」
そんな僕と同じように、彼もこの変哲も無い剣に引き寄せられる。
無言で求められ、差し出したロングソードを見るシュバルツの目は僕と同じようで、少しだけ違っていて。
「主」
「んー?」
どうしてお前もそんな目をするんだと、疑問を口にする前にシュバルツはヒカリを呼んだ。
「この剣ですが頂いてもよろしいですか?」
「……。
うん、いいよ」
ヒカリも一瞬含みを持たせたような瞳をしたが、すぐに目を細めて微笑みながら感情を隠してそう告げた。
「……あぁ、悪い。お前に確認していなかったな、アメが欲しいのでなければ俺が貰ってもいいか?」
「あぁ、うん。それは全然」
特に武器を持つ意識は無いのだけれど、と本来出そうになった疑問とは別の当たり障りの無い言葉が口から出て行く。
それを尋ねてしまったら、何か致命的な一線を超える気がしてとても怖かった。
「こっちは見つかったわよ」
目的は終えたと告げるヒカリに、その隣で何かトの字をしたような謎の物体を嬉しそうに抱えるカレット。
魔道具か何かだろうか。トンファーには見えなくもないがとてもカレットが望んでいたような武器には見えない。
「出るか」
「……うん」
様々な感情と言葉を飲み込んで、僕はシュバルツの背中に続いた。
「ほう、武器でも見繕っていたか」
「えぇ、カレットのね」
廊下に出ると僕達が出くわしたのはユリアン。
家長たる者と何故偶然鉢合わせるかと言えば今僕達が入っていた倉庫はリーン家の敷地内にある二つの屋敷、その小さい方の武器庫だった。
大きい方にある武器庫は言ってしまえば質よりも量で、皆の荷物置き場になっている気配すらある。
数の少ない珍しい武器や、魔道具、単純に高品質な武具を漁るために僕達はここへ来て、ユリアンの活動域内に入っただけのことだ。
「その剣……」
「すみません、何か問題がありましたでしょうか?」
鋭い視線をシュバルツが持ち出した剣に向けてユリアンは思わせぶりに呟く。
「いや、所持すること自体に問題は無い。
ただ、その剣、手元に置くことは重く……いや、苦しくは無いのか?」
何か重大な事実に、僕だけが気づいていないのではないかという疑念。
「多少思うところが無いと言えば嘘になりますが、この剣を持つことで抱く想いは決して負の感情と一蹴できるものではなく、断じて、主に誓った忠誠が覆るものでもありません」
皆について行けていない劣等感、あるいはついていけないように気を遣われているのではないか。
「ならば良い。シュバルツ、お前も我が家が目指すように、己が進みたい道を進むがいい」
そんな複数の要因に思考が重なり、僕はもう能動的にこれについて模索するのは諦めよう、そう思った。
「……縁とは、不思議なものだな」
僕を見、剣を見、シュバルツにヒカリを見てからユリアンはそう呟く。
- 縁を司る剣 終わり -




