175.己が心に従いて
「だーかーら! その場に居るだけで良いのでお願いします!」
案内所。エターナーが担当するテーブルで、僕は痺れを切らしバンバンと指の欠けた両手でテーブルを叩き、大声を張り上げながら椅子に座る相手に説得を続ける。
奥や隣に居る職員はクレーマーを迷惑そうに見る慣れた嫌悪の視線を向けるだけで、食事を取れる場所に居る冒険者達はタバコの煙を更に濃くして僕を怖い怖いと冷やかすような声が聞こえる。
「断固拒否します。何故私がそのような形でも協力しなければならないのか、こちらが納得できるよう筋道を立てて説明をしてください」
「さっきからそれ説明しているじゃないですかー! 結局難しい言葉や一見わからない理屈を並べて、面倒くさいの一点張りを続けているだけで」
「理解と納得は違うという話もしてあげましょうか? 理解というのは……」
よく回るだけの舌に堪忍袋の緒が切れて、おもむろに太股から抜いた短剣をテーブルに突き立て今までとは質の違うドンという鈍い音を響かせた。
これにはマズイと思ったのか仲介に入ろうとした冒険者をお前を突き刺してやろうかという視線で追い払い、あくまで冷静なエターナーは警備兵を呼ぼうと裏から出る準備をしていた職員を呼び止める。
「はぁ、もう冷静な生き方を試みたらどうですか? 大人気の無い」
「ごめんなさい、そろそろ十二になる頃合でして」
「そうでしたねっと……随分深く突き刺しましたね」
座ったままではどれだけ力んでもテーブルに刺さった短剣をエターナーは抜くことができず、立ち上がり体重を掛けても抜くことができず……遂にはテーブルに膝を乗せて強引に抜き去りにかかる。おい、冷静になれよ。周りの目凄いことなってるぞ。
「はい、次からはやらないでくださいね」
「で、返答は?」
勢い余って後ろへ転びそうになりながらも何とか堪え、しっかりと刃のほうを持って短剣を返して来るエターナーが席に戻る前に畳み掛ける。
「ノーで」
「……わかりました! ずっと座っていていいので! 椅子用意しておくんで!」
「私が読書中毒みたいな言い方はやめて下さい」
「違うんですか?」
今までとは違う反応だったが、機嫌でもとっておけば良いものを思わず突っ込んでしまう発言を見逃せるわけも無く。
「違いませんけど、人を本という単語を出せばなんでもホイホイと聞くような人間とは思って欲しくはないです」
「次から屋敷に来る際、入館料取るようにヒカリに進言します。ユズさんの分も」
以前から好き放題してくれているとは目に付けていた。
リーン家の三人は構わない態度だが、僕としては付け入る好きならばこの際火の無い所に煙でも熾す気概だ。
「……そうですね。それの無効に、ヒカリの手作り菓子があればここらで手を打ってあげてもいいですよ?」
一瞬硬直し、そう提案するエターナーに僕は内心満面の笑みを浮かべながら頷く。
「わかりました、ではそういうことで」
普段食べている菓子の中に、既にヒカリが作っているものが混ざっていることは後でばらしてやろう。
- 己が心に従いて 始まり -
「こんにちは、市民の皆さん。リーン家の一人娘、ヒカリ=リーンです。
お昼の町が盛んになる時間帯大声ですみません、足を止めなくても結構です。こうして演説を行ったという事実に、特定の興味がある人の耳にだけ入ればいいのですぐ済ませます。
……あ、うんそうだよーあの庭でウェストハウンド飼っている家、噛んだりしないから良かったらお家の人連れて遊びに来てねー」
簡易的に作られた持ち運びの便利な台座に乗ったヒカリは一切歯に衣着せるつもり無く、挙句最後は『リーンってあのわんちゃん飼っているお家ー?』という親を連れた子供の質問にまで反応していやがる。
台座の脇に控えるユリアンに、僕達親衛隊の一部も護衛兼見せしめとして傍に立ち、ただあまりにもフランクなヒカリの演説に欠伸や笑い声を殺しきれない連中が少し見えた。
「先日、一つの戦闘がありました。六十対二百、数の話です。錬度は違うもののおおよそそれだけの数の人間が戦うために郊外に集まりました」
人と人の戦闘。
その不穏な言葉で、既に何事かと足を止めていた人々に加えて興味を持った人間が追加で足を止める。
「諍いの原因は宗教観の物。知る人は知っているとは思いますが、私達リーン家の一部、国から許された数量の人間だけは西に住まう炎竜を討伐することを目標に日々邁進しています。
相手はあえて明言しませんが、まぁ自らの神を堕とそうというのであれば特定の神を持たない人でも彼らの怒りは推して知ることができるはずです」
ここで足を止める人が多くなった。自身に関連するものだと知ってか、それとも宗教に属する人間か。
「さて、争いの話に戻りましょう。戦闘が起きました、六十対二百名です。私達は前者であり、その部隊を指揮していた私は相手の事情も知りながら、こうして直接刃を交える経緯になったことに深い誤解を孕んでいたことも知っていました。そこで、私は涙を呑んで部下に一つ無慈悲な命令を下したのです、なんだと思いますか?」
問いかけ、考える時間を与えることで聴衆は一体感を得、聴き入って居る人間としての自覚感を覚えながらもこの演説の意味を考え、勝手に捏造してしまう。
「はい、答えは『この戦闘で敵味方含め一切の死者を出すな』です。正解した人、リーン家の門は何時でも開いているので好きな叩き方で入館をどうぞ。
この無謀とも思える指示に、愛するべき部下、家族達は答え、奇跡を作り上げてみせました。疑うのも無理はありません、知り合いに知っていそうな方が居ましたら確かめてください、もちろんリーン家関係者ではないですよ? 私含め武勇伝が好きな方が多いので、都合の良い内容へ書き換えている可能性がありますからね。相手の方、ですよ」
先ほどまでただの聴衆だった人々は、この誤魔化している相手を読み取り手として想像してしまう。
「エターナーさん、どうですかその席は?」
隣に座る、立っている私兵の中一人椅子に座っているエターナーは、ただでさえ目立っているのに尚更目立つようわざわざ中心寄りに配置しておいた。
否応にも注目を集め、ここまで来て引くに引けなくなってしまい色白い肌をほんのり染めながらも本から目を離さないことに決めたようだ。
「……恨んでいます、あとで覚えていてくださいね」
「そいつは重畳、楽しみです」
間を挟んで立っているココロがなんて酷いことを見てきたが、僕はしっかりと約束は守ったぞ。常識は守らなかったが。
別に立ち会ってくれと頼んでいるだけなのに、報酬を提示しても立つのは面倒とごね続けるほうが悪い。
ただこうして注目を浴びることで、ヒカリや僕達を知らない冒険者等でもエターナーを知っている可能性が出てくる。仮にも王政の案内所、国に仕える女性が立ち会うということはそれだけで大層なものだと誤認させられるし、無言で座っているだけでもこうして場を取り五月蝿くしている行為も国が認知していると刷り込ませられる……実際のところ許可は取っておらず、何してくれているんだと国から苦情が届いたら事後対応する前提だが。
「何分こうした派手な真似が好きな家柄でして、それを好ましく思わない礼節を重んじる他の方々とは反りが合わず揉める事も少なくありません。
ただあの炎竜はこちらにも退けない事情があり、どうしても事を済ませるまでは見逃していただきたいと、こうして皆様に迷惑をかける可能性はありますがお見逃しの程をお願いします。
……ただ、どうしても見逃せない場合は、先ほどと同じように門をノックしてください。武器で叩かれたのならすぐさま優秀な親衛隊や、私が首を落とすために駆けつけますので」
低頭し場を去るのかと思いきや、最後に物騒なことを言って台を降りるヒカリと入れ違いにユリアンが今度は登る。
「ヒカリ=リーンの父親、ユリアンです。娘が不遜な態度を取って申し訳ない、まだまだ思春期の成長過程にありまして。
謝罪と共に我々の家訓を告げたいと思います『自分に素直な行動を心掛けよ』です。この家訓があの娘を自由に育ててしまった一因であることも否めませんが、これは家訓を胸に持たない部外者にも当てはまります。どうか普段から自由に振舞ってください、我々の進む道程を完全に塞がない限り我々が皆様の行動を咎める様な事は行わないでしょう。そうして生きてきたし、これからも生きていく予定です。以上」
「「「己が心に従って!!」」」
ユリアンが終いを告げると同時に、僕達私兵は皆でそう斉唱する。
足を止めて聞いている人間に対し、疎らな拍手がしっかりと効果を上げている実感を得ながら。
「いやーあれは酷かったね」
「プロパガンダとはそう言う物だ……どうぞ、紅茶です」
いつもの三名に、今回の被害者であったヨゾラとその祖父であるナガレをヒカリの私室に招いて約束通りお茶会を開く。
あの戦闘と、その後の演説から約二週間経っており、僕の指はようやく元通りに繋がった。指だったものが手元にあればだいぶ再生は早く、日々少しずつ修復が終わり伸びていく指は見ていておもしろかった。傷は塞がっていても、体に指はまだ失われていないと認識させることで幻肢痛はそれなりに酷かったが魔法で誤魔化した。
「まぁそうした効果もあってか、竜信仰もある程度落ち着きました」
戦いを知るものは人間の可能性を再び見出して立ち上がったり、竜などではなく身近な存在であるこちらに恐怖し宗教を捨てたり。
まぁ大部分が"あいつらやばいから当分関わらないでおこう"であり、少なくとも炎竜討伐まではうざくて怖い面倒な存在は放置してくれるだろう。
「儂は神を捨てることはできませんので、竜信仰の本質を覚えている仲間と共に少しずつ宗教内での細分化を目指して行こうと思います」
「また戦う機会が出たり?」
どうしてそこで嬉々として尋ねるのか僕に教えて欲しいヒカリちゃん。
「いえ、それは無いでしょう。竜信仰の本質は言ってしまえば弱肉強食、単に竜という個体が世界で最も優れているだけで、それを何かの間違いで今の人間が堕とすと言うなれば、儂も微力ながら神殺しに加担したいと思ってる所存です。
稽古という形であればこれからも接することはできるでしょう、もちろん頻繁に顔を見せに来れはしませんが、かつて儂が一人挑んでも倒せなかった竜を討てると力説するのでしたら、喜んで歩んだ道を歩く人々が進めるよう助力しましょう」
「え、挑んだんですか。竜に」
無言で話を聞いていたヨゾラですら目を丸くして祖父を見ている。
「えぇ。あの竜ではありませんが、若く自身の力を過信していた時でした。腕試しにと挑み、勝てないと確信してから逃げおおせたのは、それだけの力があったのではなく今思えば見逃されたのでしょうな」
人としての武をほぼ極めきり、行き着く先が単身での竜討伐。それならばここまで強い人が、今の歪んだ竜信仰者を守りたいという願いを生み出した理由がわかる。
……結局、安易な殺傷に頼る間は、僕は弱いままなのだろう。ここで初めて、ヨゾラの友人を殺めた事実に後悔で胸が痛んだ。
「あ、あのっ」
しばし茶や菓子を楽しみ、思い思い思考を馳せていたら唯一手の止まっていたヨゾラが何やら決心をしたような表情で声を上げる。
「どうかしたかしら?」
「親衛隊、入りたいです。私、自分のために振るいたい、武器を」
恐らく重大な決断などを挟んでの申し出だったのだろう。
最近まで、自らの意思というものを放棄していた少女の、願い。
「そう、歓迎するわ」
「いらっしゃーい」
簡潔に告げるヒカリに、僕は気楽に迎え入れる姿勢を整える。
「ん、えっ!?」
思っていた反応と現実が異なっていたのだろう。
動揺するヨゾラに僕は笑う。
求められている武力は備えている、既に部外者でありながら顔馴染みでもある。どこにも拒否する理由が無いので、あるとすれば本人の心意気のみ。
「自分のためを思って動く。それはね、人して当然の行動、感情なんだよ」
- 己が心に従いて 終わり -




