173.愚者はダンスの終わりに気付けるのか
気に入らない人間は不快なだけだ。
私を産み出してくれた父も優秀ではあったが退屈な人間で、奴を囲っていたつまらない貴族と共に目の届かない場所まで隔離するのが、私が王として玉座に座る過程であり、初めての仕事であった。
そうした上流階級の人間にもおもしろい連中は多いもので、当時副団長であったあの男は空虚な目をしたまま圧倒的な武を維持するし、妄執に狂ったテイル家、その殺意ある家を冷静に対処するリーン家とその一人娘。
人類全てを憎み目に余る人間全てを所構わず排除してきた、誰よりも自分自身を憎むふざけた存在も居れば……あぁ、また最近そうした匂いを醸し出している少女を見つけた。
玉座はいい。この高さならば、大概のものは見通せるのだから。 ――リンカネート=リル
- 愚者はダンスの終わりに気付けるのか 始まり -
「レイニス出るとき、ヨゾラ寂しそうだったね」
もう何度繰り返されたかわからない話題。
飽きずにまたヒカリと繰り返し、今はユリアン含めた三人で王城へ向かう途中。何故だか今年も僕は名指しで呼ばれ応えないわけにもいかず、こうして面倒ながらも王都まで足を運んだ次第だ。
秋に入った頃合にはヨゾラはもう呼ばなくても友人の家に遊びに来る感覚で屋敷を頻繁に訪れ、僕達だけではなく他の人々とも軽い雑談ならこなせるほどに親睦を深めていた。
名目上リーン家と竜信仰者の緩衝材、竜信仰者側としてはスパイ。適度に疑われぬよう、訪れるヨゾラに価値があるよう情報を渡していたが、ダミーの情報に怒っていたり、本命……こちらとしては元から用意した大した物資なども積んでいない馬車を襲撃し、人員に被害は出ていないくせに物資が奪えた現実に喜んでいる周りの人間にヨゾラ本人は呆れたように報告を行っていた。
『竜討伐を掲げているのは私達個人であってリーン家ではない。リーン家に関する行動を妨害しても何も変わらない』
『……遠回しに伝えたのだけれど、伝わっていない。もう少し頑張ってみる、何か道はあるはずだから』
そうして結果的にだが二重スパイを勤めているヨゾラは、きっと今も心から両陣営の両立を願って行動を続けているはずだ。
そんなやり取りを思い出しながら、去年の召集で竜信仰者に竜討伐の活動が決定的に知られただろう原因の王城を仰ぎ見る。多分今年も貴族の一部が竜信仰者と繋がっていて行動が筒抜けになるのだろう。
「シュレーも寂しそうだったけどね」
「愛され主人め」
「それだけじゃないよ」
「……?」
「わからないのなら今はいい」
クスクスと笑うヒカリと、そんな様子の娘を微笑ましく見守るユリアンと共に僕達は王城へと乗り込んだ。
進行は恙無く進められた。
退屈な表面上の挨拶に、義務的な貴族の報告。挨拶も裏に隠された駆け引きが面倒で。
僕は二度目となれば慣れたもので、ドレスを汚さないように注意しながらあまり取られていない普段じゃ食べられない物珍しく上質な料理をせっせと取り分け、近くにいる使用人を指で使いながら飲み物も補充。
他の貴族はなんだコイツはという視線を向けていたり、たまに幼姫と視線が合うと含みある嫌らしい視線がニヤニヤと向けられたが全て無視。
ヒカリとユリアンが何も思わないのであれば、僕は長旅で呼ばれた疲れとストレスを吹き飛ばすために好き放題料理を食い散らかせて貰う。
「料理は楽しめてもらえたかな?」
「それはもう……くふっ……」
相変わらずユリアンとは別にヒカリと共に呼ばれ、挨拶も無くリンカネートにそう尋ねられ思わずヒカリより先に僕が答えた。
少しだけ堪えきれずげっぷが漏れたのは、流石にはしたないほど胃に放り込んでしまったなと反省。
にしても今回も見なかったなマヨネーズ。二度、それも城での食事に混ざり込まないとなればケチャップやカレー粉はあるくせにマヨネーズだけ無いのかこの世界。少し寂しい。
「去年は大変失礼した」
口にする言葉とは裏腹にまるで姿では謝罪の気配など見せずに、僕達が立つ床より少し高い位置に備えられた玉座からリンカネートが見下ろす。
何のことかとヒカリを横目で見れば彼女は既にこちらを横目で見ており、周囲に視線を走らせるといつの間にか騎士団長ジーンが護衛の一人に混ざっていた。
「……。
私も好奇心に負けて部下に調査を頼んで見れば、少々過激な成り行きに陥ってしまったそうで」
一瞬沈黙したのは思惑が外れた動揺か何かだろうか。
貴族の報告を聞く際には一切玉座から立ち上がらなかったにもかかわらず、ゆっくりを腰を上げてリンカネートは耳に粘りと張り付くような声音でそう告げる。
「腹を突かれてどうだった? 腕を落とされて痛かったか? 足を取られた感覚は?」
ゆっくりと歩み僕へと近づきながら、一挙一動を見逃さまいと瞳の動きすら覗き見るように少女が近寄る。
動きに同期するよう言葉が記憶を、ゆっくり、ゆっくりと当時の出来事を思い出させる。
内臓を破壊されるほど強く蹴りつけられ、全身裂傷刺傷打傷に溢れながらそれでもまだ足りない、届かないと片腕片足をもがれ……最後に、なんて言ったんだっけ?
「なぁ、私は約束を果たすのも吝かではないぞ?」
僕の顎をクイッと持ち上げた手を振り払いながら、二歩分後ろに跳び助走。
『殴らせろ』
その伝言が確かに届いたのを確認して、現国王リンカネート=リルの顔面を殴り飛ばした。
立ち上がったばかりの幼姫は玉座へ、頬を腫らし口内を切ったのか血液を唇から漏らし、今の今までこの瞬間に我慢してきた不平不満は全身を振るわせる悦楽となり。
すぐさま騎士団二名がこちらへ駆け寄り、僕を床へと引きずり倒す。
「お前っ! どこで何を、そして誰に行ったかわかっているのか!?」
リーン家の人間が再びやらかしたぞ。
そう遅れて騒然となる会場の中、僕を組み伏せる兵達の声が響く。片方は怒鳴りながら僕を地面に押し付け、もう片方は無言で剣を抜く音が聞こえる。
「……っ! ……まぁ待て、どんな弁解が口から零れるのか楽しみじゃあないか?」
意図的に漏らしただろう血液を手の甲で拭いつつ、周囲に響き渡る声でそう尋ねる幼姫。
仮面、剥がれてますよ。
「なぁアメ、何故王を殴り飛ばした? 殴り飛ばしてどんな気持ちだった?」
「最っっ高に、気持ちよかったです。もう一度殴らせてはもらえませんか?」
僕の発言に兵士は床へと髪を引っ張り頭部を叩きつけて、もう片方の兵士が構える剣が首筋に当たる。
「待て、と言っている」
「もはや予断はありません! このふざけた発言を洗い流せるのは、本人の血液以外では不足です!」
「お前、減給な。次に命令無視してみろ、首を飛ばしてやる、物理的に」
「……」
「それで、質問の片方に答えてもらっていないが? 何故、殴った?」
「それはあなたが良く知っているかと思いますが」
「問いに答えろ愚か者!」
ヒカリを拘束しているだろう兵士から蹴りが飛んで来る。
絨毯の敷かれた床に叩き付けられるのとは違ってそれは痛い。
「おい、私は命令に従えといった、そして痛めつけろとは一言も言っていない……首はいらないのか? あぁそうか、お前にはまだ面と向かって忠告していなかったな、なら減給で済ませてやる」
「それだけはっ!」
「あ? 命が惜しいのか?」
「いえ、金のほうです!」
「……」
威勢良く答えた兵士の声で周囲が、幼姫すら巻き込んで絶句する。
僕は思わず首の角度を上へ向けて、何が起きているのか確かめたくて視線を向ける。
「おいっ、何を言っているんだお前! 余計なことを言って首を飛ばされてみろ、金どころじゃなくなるぞ!?」
沈黙を破ったのは僕を拘束している兵士。この場でお前が真っ先に喋るんかい。
「いや、金も大事だろ!? 何のために大変な思いをして騎士団に入ったと思っている!?」
「そりゃ国への忠誠のため……いや、金だな」
「だろう? だから金だけはマズイって」
「間違いない」
なんだろう。今日はここまで仕組まれていたのだろうか。だとしたら凄いと思う。
「……お前ら、雇用主の前でいい度胸しているな」
「ひっ!」
本気の悲鳴だった。
「こいつを裁く前にお前達の処分が先だな、命か金か今すぐ選べ」
「「金です!!」」
本気の即答だった、考える必要もなく口から出たのだろう。
アホだ、アホ兵士が二人いる。そういえば騎士団に必要なのは才能一つだけだったな、人格は問われないんだ。ここまで。
「その態度気に入った、お前達名は?」
「ライムです!」
「レモンです!」
「男の癖に名前まで愉快なライムとレモン。
お前達に二つ教えることがある、金の次で良いから大切に記憶しろ。
一つ。団長を見ろ、お前達の上司が真っ先に動いていないのは必要がなかったからだ」
注意を集めたジーンは寡黙な態度で目を瞑ったままで。
多分僕とリンカネートのお遊びに加え、部下二名が場を余計に混乱させたせいで現実を直視したくないのだろう。
「二つ。減給は無しだ、お前達のがめつい根性は押し殺すべきではない。他に適切な部署があれば異動も考えよう、現状の仕事では満足できないだろう」
「やったぜ」
「おっしゃ」
今の一言で多分一つ目に教えたこと頭から飛んでいる気がするが大丈夫だろうか。
「少しでも理解したのなら拘束を解け……立て、アメ」
相変わらず周囲の視線は刺さるように痛いが、僕の間近で武装し拘束していた兵士二人はすんなりと拘束を解き、指示されるがままに姿勢を正す。
「お前はとんでもない事をしてくれた。大勢の著名人がいる前で、ただの使用人が、一国の王を殴り飛ばした。
でも私はそれを許そう。なに、不思議な話じゃない、もとよりそういう契約だったしな……リーン家の息女」
「……はっ」
僅かにヒカリの反応が遅れたのは、多分今の今までやることが無くてうたた寝でもしていたのだろう。
活気を入れるための返事だったのだろうが、半分夢から唐突に覚めた授業中に居眠りをしていた生徒のような反応になっている。
「従者共々、今までもこれからもよろしくな」
「えぇ、こちらからも付き合ってあげても良いですよ?」
不敵に笑う王に対し、ヒカリも負けず劣らず不敵に笑って見せた。
流石に居心地の悪くなった会場に居座る器量は無く、離れた場所にあるバルコニーから夜空を見上げていると背後から忍び寄る気配が存在して適当に振り向く。
殺意は無いし、こちらは武器も無いが襲ってきても逃げようと思えば逃げられるだろう。
「何故気づけた」
振り向いた視線の先には一人の男。去年に一度だけ見た、僕と戦った眼帯の男だ。
その目を覆う眼帯か、先ほど幼姫に煽られなければ思い出せなかっただろう。
「何故って……そういう訓練をしていたから?」
「今時のメイドは隠密看破も必修なのか」
「今時の騎士様は暗殺技術も必要なんですね」
「……」
「……」
「……」
無為な沈黙に、先ほどまでの会話を忘れて改めて挨拶をすることにする。
「こんばんは」
「……あぁ」
「どうしてこんなところにいるんですか。あなたの主は今広間で働いていますよ」
「王城を守るのも騎士の仕事だ、実際最高の不穏分子であるお前はここへ居るわけだしな」
「何も怪しいことはありませんよ……少し周りの視線が痛かっただけで」
「けっ! 随分好き勝手したそうじゃないか」
知っているのではないかと非難の目を向けたかったが、それよりも先に王を……いやむかつく奴を人前で殴り飛ばした快感が先に込み上げて忘れた。
「あの生意気な王も少しは懲りただろうに」
僕だけではなく男性も、どこか溜飲が下がったように少しだけスッキリとした様子で先ほどの出来事を思い出す。
「……僕が言うのもなんですが、もし告げ口とかされたら問題になると思うのでは」
「なに、アイツは俺が嫌っていることを十分知っている。その上で手元に置いているんだ……あぁ、そう考えると改めて忌々しい奴だ」
「王が嫌いなんですか?」
「アイツだけじゃない、この世に存在する生けるもの全てが嫌いなだけだ」
そう断言する男性の瞳には僕と、僕の瞳に映る彼自身も含まれていた。
魔刻化。
自身を魔法的存在に書き換える、自責の法。
アレンから聞いた概要では、魔刻化したい対象の部位を切り開き、手等を差し込み魔力で神経や肉体を焼き切って変化させるそうだ。
この際想像を絶する痛みが身体を襲うらしい。つまり目の前に居る男性は、片目を潰した後でその中に指を入れ、それ以上の痛みを魔刻化が終える長時間堪えた。どれだけ自身が至らないという自責があればそれほどの痛みを堪えられるのか、僕には想像も付かないが。
「もし良ければ友達になりませんか? 人間嫌いなあなたが、こうして話してきてくれたのだから他の人より僕は少しでも受け入れやすいのだと妄信しての発言ですが。
そう、たまに、本当にたまにこうして顔を合わせるとき、少しずつ会話をしていくともしかしたら改善されるかもしれませんし」
「そうだな、世界中を人間を皆殺しにした時にでも考えてみる」
そんな世界には僕も、きっと一人残った彼も自殺して居ないだろうに。
そう思い振り向くと既に男は背中を見せていた。それが、少し立ち止まる。
「アッシュだ」
「アメです、一文字同じですね」
「……ふんっ、気が向いたらまたこうして声をかけさせてもらうさ」
「はい、お待ちしています」
僕の返事はもう彼の耳には入っていない。もしもまだ声が届くのなら言ってあげたかった、それが友達だって言うんだよって。
世界を滅ぼす必要はない、世界を見つめる唯一の自分を殺す必要もない。ただ自分を許すだけで、甘えるだけでその自己嫌悪から逃れられるだろうに。
「みんなバカだなぁ」
声は夜空に届かず、きっと喧騒に紛れ誰にも届かないで僕の耳にだけ入った。
- 愚者はダンスの終わりに気付けるのか 終わり -




